嗜虐的に恋して咬みついて

石月煤子

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 ――零時を過ぎた「ノスフェラトゥ」の大広間は正に宴も酣、狂った晩餐が繰り広げられていた。

 鼓膜を劈く暴力的な音楽がフロアを満たし、半狂乱の体で手足を振り乱す「吸血種」の群衆。

 メインステージの上では、店側からドレスアップされた「普通種」が血を奪われている最中だった。度を越えたノイズに紛れる悲鳴。乱杭歯が皮膚を貫く痛みを誤魔化すため、深酒している者、事前にドラッグを服用した者までいた。

 磔台に括りつけられた獲物に集る「吸血種」は飢えたアンデッドを彷彿とさせた――。




「欲しかったんでしょう」

 建物の二階奥に位置するVIPルームにまで一階の大広間の狂騒は途切れがちに届いていた。

「必死になって普通種を助けようとしても、所詮、吸血種ですね」

 豪奢なベッドに優雅に腰かける凌貴のすぐそばで伊吹生はシーツの上に倒れ込み、悶えていた。

「もう、いいだろ……ソレを向こうにやってくれ……」

 五感が研ぎ澄まされる。五臓六腑が歓喜する。喉が次を欲する。

 一口だけのつもりが呑み干した。

 久方振りの飲血で頭痛は消えたものの、過剰な興奮を強いられて苦悶している伊吹生を余所に、凌貴は自分のグラスに新たなワインを注いだ。

「今の貴方は何だかとても哀れですね」
「……」
「そして愚かで滑稽で。無様極まりない」

 サラサラしたサテンのシーツを鷲掴みにし、伊吹生は、特製の酒を一息にあおった凌貴に言い放つ。

「急性アルコール中毒で……ッ……今すぐにでもくたばってくれないか……?」

 プールから助け出された恩も忘れて伊吹生が睨みつければ、艶めく唇を三日月の形に歪め、凌貴は身を屈めた。

 ナイトガウンが滑り落ち、片方の肩を曝していた年上の男に覆い被さると、濡れた唇に唇を重ねる。

 口移しで与えられたワイン。

 一口目よりも美味に感じられる、その悩ましげなテイストに伊吹生は目を見開かせた。

「……血を飲めばその虜になって、他のことなんか、どうでもよくなる」

 伊吹生が飲み込めずに唇の端へ零した粗相は凌貴によって綺麗に舐め取られた。

「貴方も僕と一緒にくたばってください」

 体中に悦びの鼓動が鳴り響き、急激に募る飢えに眉根を寄せて伊吹生は口を開く。

「この悪趣味、誰がお前なんかと心中するか……!」

 真っ向から罵られた凌貴は声を立てて笑った。

 グラスはまどろっこしいと投げ捨て、手掴みにしたボトルを大きく傾ける。なかなか無作法な振舞で直接口に含むと、顰めっ面した伊吹生に懲りずにキスを。

「う……ッ」

 抗おうとした両手はシーツに縫い止められた。

 ナイトガウンがはだけた伊吹生にのしかかり、凌貴は幾度となく角度を変えては血腥い獣めいた口づけを繰り返した。

「やめ……ろ……何なんだ、お前……」

 唇の狭間で互いの舌先が赤い糸を引く。

 伊吹生の口内を嬉々として啜っていた凌貴は、恍惚とした目を月食にも似た赤銅色に染め、告げた。

「善人ぶっている愚かな貴方にイラついたんです」
「は……?」
「本性を取り繕って善人の皮を被ろうと血への渇望からは逃れられない。所詮、ただの吸血種だってことを思い出させてあげたかった」

 血とワインの味がふんだんにするキスで伊吹生の思考は麻痺した。飲血が及ぼす快楽に平伏し、抵抗する気力を失った……。






 朝が来る。

 欲望が活性化する夜を追い払い、忘れていた理性を呼び戻し、現実を突きつける無情な一日の始まりがやってくる。

「先生」

 昨夜の狂騒が嘘のように静まり返った洋館。

 門扉の前で伊吹生は少年を待っていた。

 おっかなびっくり石畳を進んだ拓斗は、残骸に成り果てた浮き輪がいくつも浮かぶプールを横目に、伊吹生の真正面へやってきた。

「先生、俺、あのさ……」

 屈んだ伊吹生は、同年代において平均的な体型をしている拓斗の首筋、両腕、ふくらはぎから足首まで入念にチェックした。

「カーニバルには出てないよ」

 恐れていた咬み痕が見当たらない拓斗のその言葉を聞いて、伊吹生は、しんなりした金髪の頭をポンと軽く叩く。カーニバルには陳列されなかったが、他の「普通種」の悲鳴や「吸血種」の咆哮を聞いたであろう少年を下界へ誘った。

「帰ろう、拓斗」

 拓斗は力一杯頷いた。

 二人で門を潜って「ノスフェラトゥ」を後にした。

「先生……俺、あのとき、ついムカッときて。必死に考えて選んだ自分の答え、否定された気がして、つい……」
「次は一緒に考えさせてくれ。お前なら常時相談を受け付ける」
「……うん。来てくれて、ありがとう」

 薄暗かった空に陽光が差し始める。

 朝焼けの元、伊吹生と共に「吸血種」の巣窟を脱し、拓斗は漸く人心地ついたようだった。反対に伊吹生の顔色は優れない。ずっと眉間に縦皺が寄っていた。

 怖気を震う程に鮮烈だった赤銅色の双眸に射竦められているような。

「ノスフェラトゥ」からは離れた。鳥の囀りがし、太陽は平等に地上を照らし始め、朝が来たというのに。

 常夜の底で深黒の青年の懐に囚われたままでいるような気がした。



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