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2-1-再会
しおりを挟む午前中にして茹だるような八月上旬の炎天下。
民事裁判のため簡易裁判所に出廷し、申請していた書類をとりに法務局へ出向いていた伊吹生は、事務所に戻ると真っ先にエアコンのスイッチを入れた。
補助者は雇わずに雑務も外用も自分一人でこなしている。大量の郵便物を開封するのも一苦労だが、致し方ない。
ミーティングテーブルについた伊吹生はペーパーナイフで郵便物の開封を始めた。
街並みにすんなり溶け込む、凡庸な見た目のビルはフロア毎に二つのテナントが入っている。小さな営業所、有限会社などがぽつぽつと入居していて全体的に静かな物件だった。
郵便物で散らかったミーティングテーブルを整理していたら、三階に入る「甫伊吹生司法書士事務所」の分厚いスチールドアがノックされた。
時刻は正午を回ったばかり。頼んでおいた「マツモリ食堂」の出前だろう。手術が済んで経過は良好、店主が退院して店が再開されてから初めての利用だった。
いつもの拓斗ならば「マツモリ食堂です!」と明るい一声をかけてくる。今日はそれがない。暑さで元気が半減したのか。伊吹生は気にも留めず、重たい扉を開いて出前配達の少年を迎え入れようとした。
「どうもこんにちは、伊吹生さん」
扉の向こうにあった顔を見、伊吹生は凍りつく。
「お久し振りです」
深黒の「吸血種」がそこにいた。
「凡そ一ヶ月振りですね」
シンプルな長袖シャツにテーパードパンツ、黒ずくめのコーディネートで汗一つかいていない凌貴は親しげに微笑みかけてきた。
束の間の金縛りから脱した伊吹生は年下の青年にあからさまに眼光を尖らせる。
「帰ってくれ」
「用件も聞かずに追い返す? 司法書士の先生というのは、存外、横暴なんですね」
「単なる俺個人の性格上の問題だ。暇なおぼっちゃんに構ってやる時間はない」
「確かに夏休みで暇ではあります。今週の土曜日まである集中講義が唯一の暇潰しです」
帰るどころか中へ踏み込もうとし、いやに接近してきた凌貴に伊吹生は当惑した。
「ノスフェラトゥ」のVIPルームでキスされたことは覚えている。
『もっと欲しいくせに』
その後の記憶は曖昧だった。血の入ったワインで意識が飛んで、気がつけばベッドに一人、丁寧に畳まれた乾燥済みの服一式がそばに置かれていた。
正規品の血液パックだろうと血は飲まない。伊吹生は自分自身にそう誓っていた。
何でも聞くと約束した手前、誓いを破ったのはやむをえない。が、出会ってすぐにこちらを偽善者と決めつけ、えげつないキスまでしてきた凌貴は要注意人物に他ならない……。
「……さっさと帰ってくれないか」
「あれだけ求めてくれたのに、つれない人ですね」
「何だって?」
「ベッドを共にした相手が、ああも大胆に乱れ切った姿を披露してくれたのは初めてです」
語弊がある言い回しに伊吹生は腹を立てた。片手で扉を支え、自分より上背のある凌貴をもう片方の手で廊下へ押し返そうとした。
「甫先生、どうしたの?」
ビクともしない凌貴越しにオカモチを持つ拓斗を見つけて伊吹生は焦る。この悪夢の集合体じみた「吸血種」と少年を引き合わせたくなく、どうするべきか迷った。
「拓斗君ですか。配達、お疲れさまです」
ほんの数秒、迷っている間に凌貴に先手を取られた。
「同じブロックにある店舗から歩いてきただけで、そんなに汗をかいて。少し休んでいくといいでしょう。さぁ、どうぞ」
「ノスフェラトゥ」で生き餌バイトから外された経緯を聞かされていない拓斗にとって、凌貴は見ず知らずの「吸血種」でしかない。そんな彼に親しげに話しかけられて「普通種」の少年は困惑している様子だった。
拓斗を事務所へ招き入れた凌貴に「俺の事務所に我が物顔でお前が招くな……」と、伊吹生は悔し紛れに愚痴ってやった。
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