13 / 38
2-7
しおりを挟む黒塗りの高級車に半ば強制的に乗せられ、伊吹生は事務所まで送ってもらうことになった。
「自宅じゃなく事務所でよかったんですか?」
「気分転換に書類作成する」
乗り心地のいい高級車は、うまい具合に混雑を回避して「甫伊吹生司法書士事務所」にスムーズに近づいていく。
「公園で何かしていますね」
裏通りの一角にある公園では、丁度、夏祭りが催されていた。橙の提灯がぶら下がり、所狭しと屋台が並んでいる。地域の人々がこぞって参加していて毎年盛況のようであった。
「町内の夏祭りだ」
助手席につく凌貴に後部座席から対応していた伊吹生は、自分の事務所があるブロックの手前で運転手に声をかけた。
「すみません、この辺で停めてもらえますか」
「伊吹生さん、ここだと少し歩きますよ?」
位置関係をすっかり把握しきっている凌貴に苦々しさを覚えつつ「酔い覚ましに丁度いい」と、溜息まじりに返す。
「水しか飲んでいないでしょう」
「乗り心地がよすぎて車酔いした。わざわざ送ってくれて、どうも」
車が路肩に停車する。伊吹生は自分で早々と扉を開いた。車内で冷えていた肌に暑苦しい夜気がどっと押し寄せてくる。
午後九時を過ぎ、もうすぐ終わりを迎える夏祭りの音色が鼓膜に滲んだ。
「甫先生!」
公園の方角から小走りでやってきた拓斗に伊吹生は目を見張らせる。
「すごい車に乗ってるね。ツヤツヤしてる」
「マツモリ食堂」が忙しいはずの土曜の夜、甚平を着た拓斗はタコ焼きが入ったプラスチックの容器を手にしていた。
無邪気に車を褒める少年の肩を抱き、伊吹生はその場から足早に離れようとした。
「普通種ですか。非常食用に契約しているのでしょうか」
車内で時成が口にした言葉は、きっと拓斗には聞こえなかっただろう。「普通種」よりも五感が優れている「吸血種」の伊吹生は、振り返らず、ただ苦々しさを募らせた。
「暑いよ、先生、あっち行って」
わかりやすく眉を八の字にしている拓斗の背中に手を添え、歩き出す。
「この間、事務所にいた吸血種の人が乗ってたね」
「振り返るな、拓斗」
「先生、あの綺麗で怖そうな人と仲いいの?」
「そう見えるんなら今すぐ視力検査を受けろ」
いつにもまして人の行き来がある裏通りを進み、閉店時間まで一時間を切っても繁盛している「マツモリ食堂」の前へ差し掛かった。
「今、伯母さんとイトコが手伝いに来てくれてるんだ。だから今日は友達と夏祭りに行っていいよって、お母さんが」
「なるほど。そのタコ焼きはみんなへのお土産か」
「これは甫先生への差し入れだよ」
週末、営業はしていないが、事務処理に追われた司法書士が頻繁に事務所にこもっていることを拓斗は知っていた。出前の注文、もしくは店まで伊吹生が食べにくるからだ。
「今から寄ってもいい?」
拓斗がはっきり口にしなくても伊吹生にはわかっていた。先月の「ノスフェラトゥ」で、自分の知らないところで何があったのか。少年がちゃんと向き合おうとしていることを。
「もう夜遅いし、十分だけだ」
「うん。あ……でも、今の人達とご飯食べてきたのかな。タコ焼き食べれる?」
「余裕で食える」
磨りガラスの扉が店内の明かりを反射する「マツモリ食堂」を通り過ぎて、数分も歩かない内に事務所の入るビルに着いた。
「全部いいのか?」
「俺はもういっぱい食べたから」
天井の蛍光灯を一ヶ所だけ、そして冷房を点け、事務所内のミーティングテーブルで伊吹生は拓斗と向かい合う。
「忽那凌貴。アイツはノスフェラトゥのVIP客で、兄は支配人と友人らしい」
八個のタコ焼きをあっという間に平らげた伊吹生は、柄物の甚平姿で神妙にしている拓斗に説明した。
プールに落ち、凌貴に助け出されたこと。彼の協力を仰いで生き餌バイトから拓斗を外してもらったこと。何でも聞くと約束したら、血のワインによる乾杯をせがまれたこと。
「甫先生、それ飲んで、興奮し過ぎて失神しちゃったんだ……」
ただ、キスのくだりは話す必要性がないと判断し、バッサリ省略した。
「先生が興奮するって、想像できない。狼男みたいになるの?」
「想像しなくていい」
25
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる