比良くんと柚木ー別格アルファとありきたりなオメガー

石月煤子

文字の大きさ
20 / 126

9-1-美術室

しおりを挟む





その日は雨が降っていた。


「移動の五限ってダルくて堪んねぇわ」
「そだね」
「朝から雨も降ってっし気分が滅入る」
「正に五月雨」
「この湿気が吹っ飛ぶよーな爆弾発言かましてみろよ、へっぽこオメガくん」
「無茶ぶりが過ぎます、谷くん」


特別棟最上階の美術室。
昼休み中で予鈴はまだ鳴っておらず、絵の具の香る雑然とした室内にクラスメートの姿は疎らだった。


「来週のテスト勉強してる?」


柚木は木造の作業テーブルに着き、谷はその隣でお行儀悪く片頬杖を突いて足を組んでいた。


「全教科、ヤマはって前の夜に頭に叩き込む」
「さすが谷くん、おれには真似できない」
「で、早いところ爆弾発言ぶちかませよ」
「それまだ続いてたんだ?」


湿気もどこ吹く風でサラサラなパツキン頭を保つ谷に「爆弾発言って、例えばどんな?」と苦笑まじりに尋ねてみた。


「へっぽこオメガの柚木歩詩は、ナルシスト党の清廉潔白リーダーこと比良柊一朗氏とお付き合いしてますデス」


最近、ちょくちょくその手の話を振ってくる友人に柚木は肩を竦めてみせる。


「いい加減、否定するのも飽きてきたんですけど」
「最近のお前ら、どう考えても急接近ムードじゃねぇか」
「別に……おれは保健委員として動いてるだけだもん」
「よく二人揃って教室から消えたりしてるしよ」


カーディガンを羽織り、両耳に新品のピアスを光らせている谷の台詞に柚木は内心ヒヤヒヤしていた。


(谷くん、見た目はヤンキーだけど成績はアルファの中でもトップクラス、とにかく要領がいいんだよな)


<アルファの面汚し>とか、ひどいこと言われてるけど、生活面はともかく勉強面では中学の頃から何気に優れていたりする。
比良くんがマストだってバレるのも時間の問題だ……。


『お前のうなじ、俺に捧げろ』


(おれも性処理係として対応するのに限界の限界が近づいてきてる)


行為がエスカレートしていく<マストくん>の過激っぷりに柚木の身も心も悲鳴を上げていた。
それでも<比良くん>にとって不本意な番にだけはならないよう、うなじと本番だけは頑なに死に物狂いで守り通していた。


『苦手じゃないのなら俺と連絡先を交換してくれないか……?』


メールアプリの連絡先を交換して二週間ほど経過したが、まだ一度も遣り取りしていない。
多忙だという家族に比良がマストの件を知らせる様子もなく、どうしたものかと柚木は頭を悩ませていた。


「何はともあれ、お近づきになれてよかったじゃねぇか」


開け放されたカーテン、窓の外で降り続く長雨の気配に気持ちまでどんよりしかかっていた柚木は、谷を見た。


「憧れの王子様だったろ」
「その言い方、微妙です」
「いけ好かねぇ、胸クソ悪ぃ、憧れのキラキラピカピカなナルシスト」
「それもうただの悪口じゃ?」


<へっぽこオメガ>の名付け親で口の悪い谷だが。
差別的なスラングは決して用いない。


(谷くんは他のアルファと根っこから違う)


比良くんともまた違っていて、砕けてるというか。
階層を特別視しないで普通に一緒にいてくれる。


「でもなー、そのキスマークは隠した方が賢明かと」


柚木は心臓を縮み上がらせた。
反射的に片手でうなじを覆い隠し、あからさまに動揺していたら、谷にクックと笑われた。


「引っ掛かってやんの」
「ッ……おいっ、こらぁっ」
「おー、こわ。でも実際、前についてましたしねェ」
「ッ……」
「触ったら、えらく過剰反応したし」
「あれはっ……谷くんが変な触り方したから、です」
「実は今日もガチでついてたりします?」
「ひっ! く、くすぐったい~~……!」


片手で隠したうなじの上辺りを抓られて柚木は腹を捩じらせる。
以前から谷が仕掛けてくるイタズラ紛いのスキンシップにヒィヒィしていたら。


「やめろ」


まだ美術室に見当たらなかったはずの比良がいきなり間に割って入ってきた。
ちょっかいを出す谷の片腕を掴んだ彼の、その片目が赤く染まっていることに素早く気がついて、柚木はさっと青ざめた。


「目障りだ」


比良はマストになりかかっていた。
普段の穏やかな物腰や表情はごっそり抜け落ちて、今は惜しみなく殺気立ち、鋭く険しげに眼光を尖らせていた。
予鈴が鳴り始める。
すでに美術室にいたクラスメートは瞬く間に張り詰めた雰囲気にざわつき、友達と話しながら入ってきた生徒は何事かとたじろいだ。


「比良くん、離そう?」


背もたれのない木製椅子に座っていた柚木は立ち上がる。
谷の腕を掴んだままでいる比良に懸命に呼びかけた。


(片目だけ赤くなってる、こんなの初めて見た)


密かに心臓をバクバクさせ、周囲に比良がマストだと気付かれないよう、柚木は彼を廊下へ連れ出そうとした。


「片方の目だけやたら赤いんだな」


着席したままの谷の言葉にさっと血の気が引いた。


「っ、きっと片方の目にだけゴミが入ったんだよ、比良くん、片目だけ閉じよーか! ほらほら、早く谷くんのこと離そう!? そっか、テスト前でちょっと気が立ってるのかなっ、廊下で頭冷やそっか!!」


しかし。
比良はなかなか動き出そうとしない。
谷の腕をギリギリと掴み、力を一切緩めようともしなかった。


「比良くん……」


言われたことを一つだけ守って、片目を閉じて片目で谷を睨みつけている比良に、柚木は思う。


(こんなカタチで周りに知られていいんだろうか)


比良くんの口から家族に伝える前に、クラスメートに暴力を振るおうとして、マストだってことが判明する?


(そんなの、やっぱりだめだ)


谷は比良の手を振り解こうとせず、ただ訝しそうにしていた。
遅刻癖のある美術教師はまだ現れず。
柚木がどうしようと焦っているところへ、さらに焦燥を煽るような面子がやってきた。


「おい、谷、シュウくんに何かしたのか」
「比良クンを怒らせるなんて信じられない」


比良にべったりなアルファ性のクラスメートだ。
一斉に非難されても谷は平然と無視し、片目を閉じた比良に焦点を定めている、それが気に喰わない彼らは柚木に矛先を向けてきた。


「この保健委員絡みで揉めてるんじゃないだろうな」
「最近、目に余るのよね、このコの言動」


バレー部に所属する男子生徒の強靭な手が柚木の頭を軽く叩(はた)いた。


「下層のクセに視界に入ってくるな」


自分達から近づいてきておいて随分な言い草である。
理不尽な振舞が板についている彼らに対し、今さら四の五の言い返す気にもならない柚木であったが。


「おい、今、何した」


比良が瞬時に谷から標的を切り替えた。
バレー部員の男子生徒の胸倉を両手で鷲掴みにした。


「お前の一片(いっぺん)残らず叩き潰すぞ」


かつてない激おこっぷりに柚木は口をあんぐりさせた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL小説家ですが、ライバル視している私小説家に迫られています

二三@冷酷公爵発売中
BL
BL小説家である私は、小説の稼ぎだけでは食っていけないために、パン屋でバイトをしている。そのバイト先に、ライバル視している私小説家、穂積が新人バイトとしてやってきた。本当は私小説家志望である私は、BL小説家であることを隠し、嫉妬を覚えながら穂積と一緒に働く。そんな私の心中も知らず、穂積は私に好きだのタイプだのと、積極的にアプローチしてくる。ある日、私がBL小説家であることが穂積にばれてしまい…? ※タイトルを変更しました。(旧題 BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった)2025.5.21

お世話したいαしか勝たん!

沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。 悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…? 優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?! ※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】

きど
BL
愛されていないのに形だけの番になるのは、ごめんだ。  オメガの王族でもアルファと番えば王位継承を認めているエステート王国。  そこの第一王子でオメガのヴィルムには長年思い続けている相手がいる。それは幼馴染で王位継承権を得るための番候補でもあるアルファのアーシュレイ・フィリアス。 アーシュレイは、自分を王太子にするために、番になろうとしてると勘違いしているヴィルムは、アーシュレイを拒絶し続ける。しかし、発情期の度にアーシュレイに抱かれる幻想をみてしまい思いに蓋をし続けることが難しくなっていた。  そんな時に大国のアルファの王族から番になる打診が来て、アーシュレイを諦めるためにそれを受けようとしたら、とうとうアーシュレイが痺れを切らして…。 二人の想いは無事通じ合うのか。 現在、スピンオフ作品の ヤンデレベータ×性悪アルファを連載中

孤独なライオンは運命を見つける

朝顔
BL
9/1番外編追加しました。 自分はアルファであると信じて生きてきたのに、発情したことがキッカケで、オメガだったと発覚してしまった。 アルファだと思っていた時も、孤独で苦しかったのに、オメガになったことで俺の人生はより厳しいものになった。 そんな時、俺は運命と呼べる相手と出会うことになる。 ※※※※※ 高校生×高校生で、オメガバースの設定をお借りしています。 設定はよくあるものだと思いますが、おかしなところがあったら、すみません。 オメガバースについて詳しい説明などは省略しています。 シリアスあり、ラブコメもあり、淡くて青い恋愛がメインのお話です。 ※重複投稿 全十話完結済み

【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる

grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。 幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。 そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。 それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。 【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】 フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……? ・なぜか義弟と二人暮らしするはめに ・親の陰謀(?) ・50代男性と付き合おうとしたら怒られました ※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。 ※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。 ※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!

欲望のままにコマンドを操る男のせいでタップダンスを踊らされています

おもちDX
BL
「ねぇ椿季、〈タップダンスを踊って見せてほしいなぁ〉」 椿季は今日も彼氏のコマンドに振り回される。彼のことは大好きだけど……今回ばかりは怒ったぞ!しかし家出した椿季に声を掛けてきたのは元彼で……? コマンドはなんでもありのDom/Subユニバース。受け攻め両視点あり。 信(のぶ)×椿季(つばき) 大学生のカップルです。 タイトルから思いついた短編。コメディだけではないはず。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

処理中です...