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一学期、二学期と志摩の家へ度々お邪魔してきた岬であったが。
客人が尋ねてきたことは今まで一度もなかった。
学校関係の連絡が来るくらいで、友達らしき相手から電話がきたこともない、また逆も然りだった。
友達が少ねぇボッチ教師。
そう思ったくらいで特に気にはならなかった。
今日までは。
昼は閉店しているカフェバーの扉の前でスマホをチェック中のフリをし、二人が五階へ到着したのを見計らって、岬は……足音を潜めて最上階を遅れて目指した。
「志摩、僕だよ、急に来て悪いね」
男が発した呼び声に、予想と違わない展開に武者震いした。
二階の古着屋でかかっている音楽の重低音が自分の動悸と完全にシンクロした。
やっぱり知り合いだった。
友達だろうか。
志摩センセェにあんな男前美形な友達がいるなんて、意外っつぅか、しっくりこねぇ。
担任に対して失礼な憶測を抱いた岬は、現在、コンクリート打ちっぱなしの共用廊下にいた。
壁の柱型の出っ張りに限界まで身を寄せ、なけなしの死角に隠れ、聞き耳を立てて。
突き当たりの鉄扉の前に立つ男女の様子を必死こいて窺っていた。
「もしかしたら留守なのかもしれない」
声は男のものばかりで女の様子はまるでわからない。
階段で横を通り過ぎたときも抜群なルックスを誇る男の方にばかり目がいって、正直、彼女の印象は残っていなかった。
「合鍵があるから入ろうか」
ひび割れた壁面に密着していた岬は大いに動揺した。
合鍵を所有するとなると相当親しい間柄に違いない。
出っ張りからこっそり顔を覗かせ、相変わらず深々と俯く女の隣でジャケットの内ポケットから鍵を取り出した男を見、動揺していたはずのヤンキー淫魔は。
素直に羨んだ。
……俺、もらってねぇ。
……生徒だから仕方ないかもしんねぇけど。
ピアニストの商売道具の如き指に携えられたキーがドアノブの鍵穴に躊躇なく差し込まれようとした、そのとき。
ガチャリ
解錠される前にいきなり開かれた扉。
「いつも急な訪問だな、阿久刀川(あくたがわ)」
志摩が現れた。
フリース素材のジップアップパーカーを羽織った部屋着姿で、近所を出歩く用のスリッポンシューズを突っかけて廊下まで出てきた。
「今月の家賃、足りなかったか。スペシャルメニューを結構注文したし、追加のオーダーも入れたつもりだったけど」
……は?
……スペシャルメニュー? 追加のオーダー?
志摩センセェ、俺の知らねぇところで夜の店で遊んでたのかよ!?
「だから現金で払うってずっと言ってるのに」
「志摩からキャッシュなんてもらえないよ」
出っ張りの陰で愕然としている岬を余所に、志摩は男前美形と淡々と会話を交わす。
ただ、男の隣で未だに震え、でも扉が開かれた瞬間にようやく顔を上げた女には一切言葉をかけようとしなかった。
明らかな拒絶。
やや距離をおいた場所にいる岬にも不穏な空気が伝わってきた。
「……を連れてきたよ」
男が彼女の名前を口にした。
岬には聞き取れなかった。
「何しにきたのか知らないけど、ここに来るのは今日で最後にしろ」
彼女に対する志摩の冷たい声は嫌というほど鼓膜に届いた。
廊下を満たす冷気よりも褐色の肌身を震わせ、まるで心臓まで凍てつかせるようだった。
「……弓誓(ゆみちか)……」
彼女は涙に濡れた声で志摩の名前を呼んだ。
そして返事も待たず、あからさまな拒絶に耐え兼ね、その場から駆け足で走り去っていった。
「あ」
当然、彼女は岬の前を通過していった。
向こうがこちらに気づいたかどうかはわからない。
やはり俯いて、堪えきれない嗚咽を喉奥に滲ませ、左手で顔の半分を覆っていた。
ほっそりした薬指の付け根ではプラチナの指輪が慎ましげに輝いていた。
三センチのヒールで階段を駆け下りていく足音が最上階の静寂を掻き乱して。
出っ張りの陰で立ち竦んでいた岬は重たげな余韻にのしかかられて項垂れた。
……あの人、志摩センセェを呼び捨てにした。
……そんな奴、今日初めて会った。
俺、わかっちまった。
きっと今の女の人こそ志摩センセェの恋人だ。
いや、元恋人なんだ。
付き合ってたけど、あの人は別の男と結婚して、志摩センセェを捨てたんだろう。
友達に付き添われて謝りにきた元恋人をセンセェは追い返したってわけだ。
「……可哀想だな、志摩センセェ」
「誰が可哀想だって?」
顔を上げれば目の前に志摩が立っていた。
客人が尋ねてきたことは今まで一度もなかった。
学校関係の連絡が来るくらいで、友達らしき相手から電話がきたこともない、また逆も然りだった。
友達が少ねぇボッチ教師。
そう思ったくらいで特に気にはならなかった。
今日までは。
昼は閉店しているカフェバーの扉の前でスマホをチェック中のフリをし、二人が五階へ到着したのを見計らって、岬は……足音を潜めて最上階を遅れて目指した。
「志摩、僕だよ、急に来て悪いね」
男が発した呼び声に、予想と違わない展開に武者震いした。
二階の古着屋でかかっている音楽の重低音が自分の動悸と完全にシンクロした。
やっぱり知り合いだった。
友達だろうか。
志摩センセェにあんな男前美形な友達がいるなんて、意外っつぅか、しっくりこねぇ。
担任に対して失礼な憶測を抱いた岬は、現在、コンクリート打ちっぱなしの共用廊下にいた。
壁の柱型の出っ張りに限界まで身を寄せ、なけなしの死角に隠れ、聞き耳を立てて。
突き当たりの鉄扉の前に立つ男女の様子を必死こいて窺っていた。
「もしかしたら留守なのかもしれない」
声は男のものばかりで女の様子はまるでわからない。
階段で横を通り過ぎたときも抜群なルックスを誇る男の方にばかり目がいって、正直、彼女の印象は残っていなかった。
「合鍵があるから入ろうか」
ひび割れた壁面に密着していた岬は大いに動揺した。
合鍵を所有するとなると相当親しい間柄に違いない。
出っ張りからこっそり顔を覗かせ、相変わらず深々と俯く女の隣でジャケットの内ポケットから鍵を取り出した男を見、動揺していたはずのヤンキー淫魔は。
素直に羨んだ。
……俺、もらってねぇ。
……生徒だから仕方ないかもしんねぇけど。
ピアニストの商売道具の如き指に携えられたキーがドアノブの鍵穴に躊躇なく差し込まれようとした、そのとき。
ガチャリ
解錠される前にいきなり開かれた扉。
「いつも急な訪問だな、阿久刀川(あくたがわ)」
志摩が現れた。
フリース素材のジップアップパーカーを羽織った部屋着姿で、近所を出歩く用のスリッポンシューズを突っかけて廊下まで出てきた。
「今月の家賃、足りなかったか。スペシャルメニューを結構注文したし、追加のオーダーも入れたつもりだったけど」
……は?
……スペシャルメニュー? 追加のオーダー?
志摩センセェ、俺の知らねぇところで夜の店で遊んでたのかよ!?
「だから現金で払うってずっと言ってるのに」
「志摩からキャッシュなんてもらえないよ」
出っ張りの陰で愕然としている岬を余所に、志摩は男前美形と淡々と会話を交わす。
ただ、男の隣で未だに震え、でも扉が開かれた瞬間にようやく顔を上げた女には一切言葉をかけようとしなかった。
明らかな拒絶。
やや距離をおいた場所にいる岬にも不穏な空気が伝わってきた。
「……を連れてきたよ」
男が彼女の名前を口にした。
岬には聞き取れなかった。
「何しにきたのか知らないけど、ここに来るのは今日で最後にしろ」
彼女に対する志摩の冷たい声は嫌というほど鼓膜に届いた。
廊下を満たす冷気よりも褐色の肌身を震わせ、まるで心臓まで凍てつかせるようだった。
「……弓誓(ゆみちか)……」
彼女は涙に濡れた声で志摩の名前を呼んだ。
そして返事も待たず、あからさまな拒絶に耐え兼ね、その場から駆け足で走り去っていった。
「あ」
当然、彼女は岬の前を通過していった。
向こうがこちらに気づいたかどうかはわからない。
やはり俯いて、堪えきれない嗚咽を喉奥に滲ませ、左手で顔の半分を覆っていた。
ほっそりした薬指の付け根ではプラチナの指輪が慎ましげに輝いていた。
三センチのヒールで階段を駆け下りていく足音が最上階の静寂を掻き乱して。
出っ張りの陰で立ち竦んでいた岬は重たげな余韻にのしかかられて項垂れた。
……あの人、志摩センセェを呼び捨てにした。
……そんな奴、今日初めて会った。
俺、わかっちまった。
きっと今の女の人こそ志摩センセェの恋人だ。
いや、元恋人なんだ。
付き合ってたけど、あの人は別の男と結婚して、志摩センセェを捨てたんだろう。
友達に付き添われて謝りにきた元恋人をセンセェは追い返したってわけだ。
「……可哀想だな、志摩センセェ」
「誰が可哀想だって?」
顔を上げれば目の前に志摩が立っていた。
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