淫魔アディクション

石月煤子

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「岬、今日は帰れ」
「今の人って志摩センセェの元恋人なんだろ」
「はい?」
「前に見かけた、胸がすげぇ女の人とは雰囲気違ってたもんな、清楚系っていうか」


ひどく冷たかった声色がいつも通りの淡泊な物言いに戻っており、ほっとした岬はひんやりした壁に預けていた背中を浮かせ、志摩と向かい合った。


「何があったのか知んねぇけど、さっきのは言い過ぎだろ。最初っから具合悪そうにしてたし、目の前走って通り過ぎていったときなんか泣いてたぞ」


志摩は淡々とした眼差しのまま腕組みした。

言い訳を述べるでもなく、岬を注意するでもなく、担任は抑揚のない口調で指示する。


「帰りなさい」


岬はむっとした。


彼女との関係を教えるつもりなんて皆目ない、余計なことは話さない、お堅い唇にイラついた。


「元恋人なんだろ? さっきの女の人誰だよ、教えろよ!」


真っ向から問いかければ。
志摩は答えた。


「いち生徒にプライバシーを侵害されたくない」


……よくそんなこと言えるな、このクソキョーシ。
……セフレについてはベラベラ話しやがったくせに。


プライバシーの保護を訴えられて腹を立てるよりも。

「いち生徒」と呼ばれたことがショックで、悲しくて、空しくて。

ろくな反応もできずに岬がかたまっていたら。


「君こそ誰?」


それまで沈黙していた男が志摩の隣にすっと並び、ほんの束の間途方に暮れていた岬に尋ねてきた。


「いち生徒と言うからには志摩の教え子なんだろうけど。岬くん、不思議な匂いをしてるね」


……また匂いかよ?
……俺、そんなにくせぇのかよ?


「同類だってことはわかるけど」


それにしてもほんと男前で美形な奴だな……、……。


「は? 同類? あんたも淫魔なのかよ?」
「阿久刀川だよ」
「芥川……龍之介……?」
「漢字も名前も違う」


すかさず志摩にツッコミを入れられ、膨れっ面で聞き流した岬に、阿久刀川はジャケットの内ポケットから取り出した名刺を渡した。


赤地の紙面に黒で印字されたクラシカル調のフォント。

英語表記で正直すぐには把握しづらく、一般企業の会社員でないのは瞬時に理解できた。


「あくたがわ……とー……?」
「阿久刀川(あくたがわ)十(とお)だよ」


自己紹介するや否や、阿久刀川は、了解も得ずに岬の顎をクイッと持ち上げた。


「優性(ドミナント)とも劣性(レセシブ)とも違う匂いだね。興味深いな」


人生初の顎クイにワナワナしている岬をまじまじと覗き込んで品よく色づく唇を綻ばせる。


日に当たるとうっすらブラウンを帯びる黒髪、凛と整った黒眉。

澄んだ黒曜石の瞳は純粋そうに煌めき、初対面らしからぬ至近距離に戸惑う吊り目を直視して。

肌艶もよき眉目秀麗な顔は好奇心旺盛な少年さながらの笑顔を浮かべた。


「抱いてみたいな」


少年さながらな笑顔からはかけ離れた大胆発言に岬が口をパクパクさせていたら。


「阿久刀川、俺の生徒にオイタはやめろ」


188センチという長身の阿久刀川より十センチ低い志摩は教え子から彼を引き剥がした。


「岬、早く帰りなさい」
「じゃあ僕と一緒に帰ろう、岬くん」
「お前はここに残れ。どうして連れてきたのか、経緯をちゃんと説明してくれ」


彼女について触れた志摩に、帰宅を促されてばかりの岬は苦しげに眉根を寄せ、阿久刀川は教師と生徒を交互に見てあっけらかんと言う。


「彼女は志摩の双子の妹だよ」





その店は繁華街の喧騒から少し離れた閑静な裏通りに建つテナントビルの地階にあった。

一直線に伸びた手摺りつきの細い階段を下れば赤い扉に出迎えられる。

「Closed」のプレートが下げられていたが、試しにガラスのドアノブを動かしてみると特に抵抗もなく、思い切って開いてみた。


赤と黒に限りなく統一された店内。


壁やバーカウンター、テーブルは黒。

革張りのソファやスツール、VIP席と思しき奥の個室とフロアを仕切るカーテンは赤。

床に至っては赤と黒のチェック柄だった。


来店したばかりだとショッキングな色合いに馴染んでいない目がチカチカしてくる。

地階で窓がなく、現在時刻がわかりづらい。


天井から吊り下げられた洋風のペンダントライトやシャンデリアが沈黙のフロアを厳かに照らしており、まるで吸血鬼が営業していそうなゴシックホラーな雰囲気を高めていた。


「すみません、今、準備中なんですが」


一般的な飲食店ではあまり見慣れない鳥かごや燭台といったインテリアを眺めていたら、壁際のカウンターの内側にいた店員に声をかけられ、慌てて目を向けて。


本当に吸血鬼がいると錯覚してしまった。


「開店は五時からです」


清潔感のある白い襟シャツ、腰から下を覆うロング丈の黒い前掛けエプロンをつけた黒髪の店員。


薄幸の吸血鬼、淑女、シスター、そんな第一印象を抱かせる性別・年齢不詳の禁欲的な外見、ならびに仄暗い翳りを纏っていた。


「そうですね、今ですとチョコレートプリンくらいしか出せませんが」
「は? チョコプリン?」
「ちなみに今日の日替わり夜定(よるてい)はハンバーグオムライスになります」


そう。

悲壮感漂うスタッフおよびダークな雰囲気に呑まれ、酔狂なバーかホーンテッドハウスなんかと勘違いしそうになるが、ここはれっきとした洋食レストランなのだ……。


「来てくれたんだね、岬くん」


何をするでもなくカウンターにただ座っていた阿久刀川は振り向き、準備中の店に図々しく入り込んできた岬をにこやかに出迎えた。


「開店前で準備中なのに、勝手に入ってきて悪ぃ」
「いいよ。歓迎するよ」


ポケットに真っ赤な名刺が入っている、昨日と同じモッズコートを羽織った岬は、昨日の服装と全て違うコーディネートで優雅に足を組む阿久刀川のそばに立った。


「志摩センセェと高校時代の友達なんだよな、阿久刀川サン」


昨日は、結局、言われた通りに岬は家に帰った。


『阿久刀川は俺の友人だ、高校の頃から世話になってる、あの部屋もコイツから譲り受けた』
『違ぇよ、俺はこの人のこと聞いてんじゃねぇ、さっきの女の人ってセンセェの双子のーー』
『岬』


ため息まじりに志摩に呼号されて。

自分もあの冷たい声を浴びせられるかもしれない、そう思うと深追いすることができず、しぶしぶ雑居ビルを後にした。


でも諦めたわけじゃなかった。
どうしても知りたかった。


家族なんていない、そう断言した志摩の双子の妹について、両親について、知りたかった。


志摩の過去を共有したかった。


「志摩センセェと家族の間に何があったのか教えてくれよ、阿久刀川サン」






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