淫魔アディクション

石月煤子

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「この体に触(ふ)れてるだけで気持ちよくなって、俺にひどく感じてる様を見ていたら他のことは何も考えられなくなった」


岬は奥歯をギリッと食い縛った。


怖いくらい胸が張り詰めて、心がざわめいて、気が遠くなりそうで。

意識を鮮明にするため拳を握って掌に爪まで立てた。


「どうした、俺のことグーで殴るつもりか」
「ち、ちが……だって……他の淫魔にだって」
「うん?」
「俺みたいな生徒、過去にもいただろ? 慰めてやったんじゃねぇのかよ? 前に阿久刀川サンの店で黒須サンに言ってたじゃねぇか……」


『同種の教師として可能な限りの手助けをしているだけです』


「他の生徒にもホイホイ手ぇ差し伸べてきたんじゃねぇのかよ?」
「ホイホイ差し伸べてなんかいない」


あっさり回答されて岬は逸らしていた視線をものものしげに志摩へ投げつけた。


「嘘つけ!!」
「嘘じゃない。話をする程度でここまで構ったことはない。なぁ、岬。どうして泣きそうな顔してるんだ」
「し……してねぇ、見んな、あっちいけ。つぅか水ぶっかけられる必要がどこにあったんだよ、クリーニング代早く寄越せ!!」


志摩は不意に不遜な笑みを浮かべた。


不自然なまでに俯いて顔を隠した、自分の感情を読み取られまいと躍起になっている岬に告げた。


「御立派なお友達の痕跡を手っ取り早く洗い流したかっただけさ」


阿久刀川から連絡をもらい、彼の店周辺に岬がまだいるかもしれないと、急ぎ足で歩道を進んでいたときに見つけた。


歩道橋の欄干にもたれた岬。
特別な教え子に寄り添っていた濡宇朗。


歩道橋の上と下、数十メートルの隔たりをものともせず肌身に伝わってきた、親鳥と雛みたく仲睦まじげな雰囲気。


共に宵闇に染まった二人を見上げて志摩が感じたものは紛れもない嫉妬だったーー


「テメェが言うな!!」


岬は足元に転がっていたシャワーホースを拾い上げるや否や志摩に向かって大放出した。


「自分のこと棚上げしてんじゃねぇぞ!? 濡宇朗にキスされたのはどこのどいつだ! この隙だらけ教師が!」


すぐに蛇口を捻って止めたものの、岬と同じく頭からずぶ濡れになった志摩は眼鏡を外した。


「クリーニング代はチャラでいいな」
「ブレザーは高ぇんだよ! 大体っ、阿久刀川サンとはどーなんだよ!?」
「はい?」
「ヤッ……な、なんかいろいろシた仲なんじゃねぇのかよ!?」
「ありえない」


鬼の形相になりかけていたヤンキー淫魔は。

有無を言わさず志摩に抱き寄せられ、びしょ濡れになった制服の下であれよあれよという間に体中発熱させた。


「大体、お前こそいつの間にあんな悪友つくって、どういうつもりなんだか」
「あ、悪友?」
「バカップルみたいに歩道橋の上で堂々といちゃついたりなんかして、これ以上、学校(ウチ)の評判を落とすなよ」
「バカップル!?」
「歩道橋の上でいちゃついてキス。バカップル以外ないだろ」
「ッ……してねぇよ、キスなんか」
「してた」
「してねぇ!!」


ひんやりした浴室に一段と大きく響き渡った声。


教師は特に注意を入れることもなく、無言の眼差しで台詞の続きを生徒に強請る。

濡れた白アッシュ頭を自ら掻き回して岬はしぶしぶ真実を伝える。


「あれ、寸前で俺が止めたから……ほんとに未遂なんだよ」
「本当に?」


志摩はすぐさま聞き返してきた。

ちょっとだけ動じた岬が反射的に頷けば「なーんだ」とやけに軽い口調で言い、水滴の滴る顔に自嘲の笑みを刻んだ。


次の瞬間。
再び岬に口づけた。


互いに濡れた唇が重なり合って岬は目を見開かせる。


閉ざされた志摩の瞼が視界いっぱいに写り込んで、不慣れな光景に心臓が震えた。


今にも溶けて消えそうな淡い微熱の感触。
それなのに全身に満ち渡るような。
頭の芯まで熱せられて自分の瞼も自然と落ちていく。


「ッ……」


下唇に志摩の舌先が触れた。
おもむろになぞられる。
さらに濡らされる。


「ふ」


上唇との境目を意味深に行き来していたかと思えば、やおら抉じ開けて、志摩は岬の口内を訪れた。


クチュ……と音を立て、好戦的に探られて、未熟な場所に侵攻された岬は思わず呻吟する。


「ぅ……っ……」


余計に力む褐色の瞼を薄目がちに見、密やかに笑んだ淫魔教師は。

お目当てにしていた、唇奥でどうしたらいいのかわからずに縮こまっていたヤンキー淫魔の舌にちょっかいを出した。


「う」


口内で刺激が生じる度に洩れる岬の情けない声。


奔放な舌にここぞとばかりに誘われて、奥手な舌を絡め取られると、次から次に唾液が湧いて下顎まで濡れそぼつ羽目に。


「う……ぅ、ぅ……っ……ン……っ」


岬は志摩にしがみついた。


どんどん敏感になっていく唇をやんわり啄(ついば)まれたり、吸われたり、角度を変えては侵攻の領域を広げていく教師に成す術もなく縋った。


「ふ、ぁ……センセェ……」


志摩センセェのキス、すげぇ。
きもちいい。
もっとほしい、もっと……。


「お前の処女唇、もっと頂戴」


おっかなびっくり目蓋を持ち上げてみれば志摩とバッチリ目が合った。


「……なんつぅこと抜かしてんだ……つぅかジロジロ見んなよ……」
「俺の舌に純潔奪われてる岬、ジロジロ見てたい」
「あのなぁっ……ん……っ……む……!」


涙目のしかめっ面で喚こうとしたら、斜めから大胆に口を塞がれて、手厚い濃厚キスに岬は流されざるをえなくなった。


しかしながら無防備な自分を一方的に観察されるのも癪に障る。

口内を弄られる悩ましげな感覚についつい腰を反らしつつ、上目遣いに睨むように、意地になって志摩を見返した。


「……」


唇と同様に繋がった視線。

愉悦した志摩は眼差しをより一層注ぎ、岬を真摯に見つめながら舌先を遊ばせた。


唾液を交らせるように頻りに擦り合わせる。
柔らかく潤んだ薄い肉片をじっくり食む。
我慢できずに零れた吐息さえ傲然と呑み干す。


「は、ぁ……っ……っ」


水気を含んで重たくなったセーターに褐色の五指がもっと深く食い込んだ。

不快に湿る服越しに心地のいい体温を求めて正面も密着させ、岬は、志摩に身を委ねた。


「……センセェ、俺……ずっとセンセェとキスしたかった……」


授業中に目が合っただけで愛犬並みに尻尾を振りそうなほど顔を輝かせていた生徒。


「そんなこと言われたら止まらなくなる」


思わずつられそうになって共倒れになる前に自分から視線を逸らしていた教師。


「止まんな……もっと俺の処女奪って……もう俺以外の奴とキスすんじゃねぇ……」
「じゃあシたくなったらお前がいつでも相手してくれるのか」
「相手してやるよ……だから、もう、俺にだけ……」
「わかった」


しつこく集中的に可愛がられて随分と素直になった岬の唇。

改めて煽られた志摩は欲張りなキスを再開させる。


二人きりの浴室。


今なら共倒れも厭わないと、好きなだけ唇も視線も密に絡ませ合い、特別な教え子限定の不埒な補習に耽った……。






「岬はオレの」


夜が深まるにつれて人々の欲望が鮮やかに目覚めていく街の片隅にて。


濡宇朗は風の吹き荒ぶ高層ビル屋上の手摺りに腰かけていた。

繁華街の雑然とした裏通りに建つ五階建て雑居ビルの最上階、志摩の棲処(すみか)を見下ろしていた。


「お前のモノじゃないよ、し・ま・せ・ん・せ・い」

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