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第一部
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城は、遠くから見ても「生き物」のようだった。
黒い岩肌に絡みつく魔力の流れが、脈打つ血管のようにうねり、
夜空に突き刺さる塔の影は、呼吸するたびに微かに形を変える。
リュナは、その城を見つめながら、胸の奥に生じる違和感を抑えきれずにいた。
――懐かしい。
そう思ってしまった自分に、すぐ気づいて、息を詰める。
理由はない。ただの錯覚だ。
人間として育ち、人間として剣を握ってきた自分が、
魔王城に懐かしさを覚えるはずがない。
「……どうした?」
隣で、アレンが小さく声をかける。
いつも通りの、穏やかで心配そうな声。
その声音に触れるだけで、リュナの心は少し落ち着いた。
「ううん。何でもない」
嘘ではない。
けれど、本当でもない。
その曖昧さを、アレンは見逃さなかったが、深くは踏み込まなかった。
作戦は、城の目前で最終確認がなされた。
「……ここ、城の裏手に抜け道があるはず」
リュナは小さく呟く。手にした剣の刃先を指で撫でながら、空気に漂うわずかな違和感を感じた。
剣に触れた瞬間、戦いの記憶が流れ込む――歴代の勇者たちの戦術、立ち回り、視線の置き所。だが、その中に、自分でも気づかぬ記憶の欠片が混ざっていた。
「この石の割れ目……昔、誰かが通った形跡がある。小さな道がここに繋がっている……気がする」
その言葉に、アレンは眉をひそめた。
(“昔”だと……? まさか、あの剣の記憶じゃなく、リュナ自身の……?)
リュナは迷わず仲間に目を向ける。
「正面からだと魔物が多すぎる。私たちはここから行こう」
レイナが少し首を傾げる。
「……でも、抜け道なんて本当にあるの?」
「わからない。でも、剣が教えてくれる気がするの」
その瞬間、アレンの胸に冷たい不安が流れた。
(俺が知っている“真実”とは違う……それでも、リュナは疑わない。いや、疑えない)
結局、パーティーはリュナの提案に従うことにした。レイナ、ガルド、ミラは囮として正面に向かい、魔物の注意を引く役目を担う。
「行こう」
リュナは小さく息を吐き、アレンと共に裏手の小道に足を踏み入れた。
道は狭く、苔むした石壁に囲まれていた。剣の感覚が研ぎ澄まされる。
リュナの心に、懐かしい感覚が波のように押し寄せる――柔らかな日差し、誰かの手の温もり、遠くで笑う声。幼い頃の記憶の欠片だ。
(……ここ、知ってる……)
アレンはその表情を見て、胸が締め付けられた。
(……やっぱり、あの子は覚えている。知らぬ間に、自分の過去を――)
魔物の気配は正面に引きつけられており、裏手は静かだった。
「この先で……玉座まで直行できる」リュナは囁く。
アレンは無言でうなずき、剣を握る。心中では、これから彼女に仕掛ける幻覚の準備を思案していた。
「……気をつけて」
リュナの声が小さく震えた。だが剣を握る手は揺れない。
(大丈夫、私たちは強い)
二人は狭い通路を抜け、古びた扉を押し開いた。石造りの階段を下ると、広間が開けた。そこから玉座へ直行できる抜け穴が確かにあった。
リュナはほんの少しだけ立ち止まり、壁に手を触れる。
剣の記憶と、自分の記憶が混ざる感覚。何か懐かしい気配――それは、幼い日の自分と、見知らぬ魔族としての世界の記憶だった。
アレンはその横顔を見つめる。胸に重い痛みが走る。
(……守らなきゃ、でも壊すことになる……)
階段の先から、遠くに仲間の声が聞こえた。レイナの弓の音、ガルドの声、ミラの魔法陣の輝き。囮は順調に魔物の注意を引いている。
リュナは微かに笑った。剣を握った手が、わずかに力を込める。
「……行こう、アレン」
「……ああ」
二人は、玉座を目指して暗い通路を進んだ。
黒い岩肌に絡みつく魔力の流れが、脈打つ血管のようにうねり、
夜空に突き刺さる塔の影は、呼吸するたびに微かに形を変える。
リュナは、その城を見つめながら、胸の奥に生じる違和感を抑えきれずにいた。
――懐かしい。
そう思ってしまった自分に、すぐ気づいて、息を詰める。
理由はない。ただの錯覚だ。
人間として育ち、人間として剣を握ってきた自分が、
魔王城に懐かしさを覚えるはずがない。
「……どうした?」
隣で、アレンが小さく声をかける。
いつも通りの、穏やかで心配そうな声。
その声音に触れるだけで、リュナの心は少し落ち着いた。
「ううん。何でもない」
嘘ではない。
けれど、本当でもない。
その曖昧さを、アレンは見逃さなかったが、深くは踏み込まなかった。
作戦は、城の目前で最終確認がなされた。
「……ここ、城の裏手に抜け道があるはず」
リュナは小さく呟く。手にした剣の刃先を指で撫でながら、空気に漂うわずかな違和感を感じた。
剣に触れた瞬間、戦いの記憶が流れ込む――歴代の勇者たちの戦術、立ち回り、視線の置き所。だが、その中に、自分でも気づかぬ記憶の欠片が混ざっていた。
「この石の割れ目……昔、誰かが通った形跡がある。小さな道がここに繋がっている……気がする」
その言葉に、アレンは眉をひそめた。
(“昔”だと……? まさか、あの剣の記憶じゃなく、リュナ自身の……?)
リュナは迷わず仲間に目を向ける。
「正面からだと魔物が多すぎる。私たちはここから行こう」
レイナが少し首を傾げる。
「……でも、抜け道なんて本当にあるの?」
「わからない。でも、剣が教えてくれる気がするの」
その瞬間、アレンの胸に冷たい不安が流れた。
(俺が知っている“真実”とは違う……それでも、リュナは疑わない。いや、疑えない)
結局、パーティーはリュナの提案に従うことにした。レイナ、ガルド、ミラは囮として正面に向かい、魔物の注意を引く役目を担う。
「行こう」
リュナは小さく息を吐き、アレンと共に裏手の小道に足を踏み入れた。
道は狭く、苔むした石壁に囲まれていた。剣の感覚が研ぎ澄まされる。
リュナの心に、懐かしい感覚が波のように押し寄せる――柔らかな日差し、誰かの手の温もり、遠くで笑う声。幼い頃の記憶の欠片だ。
(……ここ、知ってる……)
アレンはその表情を見て、胸が締め付けられた。
(……やっぱり、あの子は覚えている。知らぬ間に、自分の過去を――)
魔物の気配は正面に引きつけられており、裏手は静かだった。
「この先で……玉座まで直行できる」リュナは囁く。
アレンは無言でうなずき、剣を握る。心中では、これから彼女に仕掛ける幻覚の準備を思案していた。
「……気をつけて」
リュナの声が小さく震えた。だが剣を握る手は揺れない。
(大丈夫、私たちは強い)
二人は狭い通路を抜け、古びた扉を押し開いた。石造りの階段を下ると、広間が開けた。そこから玉座へ直行できる抜け穴が確かにあった。
リュナはほんの少しだけ立ち止まり、壁に手を触れる。
剣の記憶と、自分の記憶が混ざる感覚。何か懐かしい気配――それは、幼い日の自分と、見知らぬ魔族としての世界の記憶だった。
アレンはその横顔を見つめる。胸に重い痛みが走る。
(……守らなきゃ、でも壊すことになる……)
階段の先から、遠くに仲間の声が聞こえた。レイナの弓の音、ガルドの声、ミラの魔法陣の輝き。囮は順調に魔物の注意を引いている。
リュナは微かに笑った。剣を握った手が、わずかに力を込める。
「……行こう、アレン」
「……ああ」
二人は、玉座を目指して暗い通路を進んだ。
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