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ま
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自我が芽生えた頃には、既に「普通の人」には見えないものが見えていた。アスファルトすれすれを浮遊する、白くぼやけた球体の群れ。満開の桜の木にぶら下がる、リンゴに似た紫の果実。何度も列車に飛び込んで消える、人のような影──。
「あれが見えるのか」
胸の中に囁くような声だった。
(幻聴? いや、違う──?)
久義はぎょっとして振り向いた。辺りは下車したばかりの人と乗車する人、次の電車待ちの人でごった返している。
電車が発車し、生じた風が白線を踏んで立ち竦む久義の左半身を掠めていく。
視界の中に久義と目が合う者は居ない。
やはり空耳だったのだろうか。
たまにあるのだ。誰も居ないのに、声や音が聞こえる。そういうときは、大抵「普通の人」には見えないものが近くに居る時が多い。が、これだけの雑踏の中だ。単なる聞き間違いがあっても不思議ではない。
ところが、そう言い聞かせて心音を落ち着かせようと息を吐き出した時である。
「そっちじゃない」
電車の騒音に混じって今度こそはっきりと聞こえた。久義はどぎまぎしながら正面に視線を戻す。
目の前で、白い何かが揺らいだ。真っ白で、白すぎて紫がかって見える程の白。さらさらと風を受け流すそれは、久義と同じくらいの背丈の男の頭髪だった。
「……誰?」
久義は夢でも見る心地で呟いた。
真っ白の髪に、真っ白な肌、薄茶色の瞳、精巧に作られた人形のような顔、他校の制服。
そういえば、最近変な転校生が来たとの噂を耳にしたばかりだった。そして、噂に聞いた転校生の外見は、まさに今目の前にいる青年と完全に一致している。
「あれは『ま』だ」
青年は、少し掠れた穏やかな声で言った。やはり胸の中に囁くような声音だ。久義はぼんやりとして聞き返す。
「『ま』?」
「そう。『ま』はどこにでも生まれるが、あそこまで成長するのは珍しい」
青年の言う「ま」について考えてみるも、マという音だけでは「ま」であるのか「魔」であるのかも理解できない。
それにしても、青年は何故こんな話をするのだろう。
久義はだんだんと状況の不自然さに気付き、小さく頭を振った。
「いや、っていうか、君は?」
「俺は『噺屋』。あんた、T高の生徒だろ」
噺屋と名乗った青年は、平然と言った。その淡々とした口振りに、久義は毒気を抜かれて頭を掻く。
「そうだけど。君って、もしかして転校生? えっと、確か……」
「噺屋コトザメ」
「そうそう、珍しい名前だよな。俺は八組の夏川久義」
「ややこしいから、俺のことはコトザメでいい」
コトザメはそう言うと、背を向けて一人歩きだした。
ついてこい、ということだろうか。なんともマイペースな男だ。
久義は呆れつつも、スクールバッグを肩に掛け直してコトザメの後を追いかける。
次の電車を待ちにすれ違う人々の目が、一様にコトザメに向いては逸らされる。目立つ容姿だ、仕方がない。しかし、久義には彼らの好奇の視線があまりにも淡白なものに感じられた。何せ、彼を見た人々は、その直後、あたかも初めから彼の存在に気付かなかったかのように、素知らぬ顔をしてホームに立っているのだ。一瞬振り返りはするものの、誰も凝視はしないし、二度見もしない。それは、都会にありがちな無関心の傾向というにも、あまりに異様な光景に思えた。
「あれが見えるのか」
胸の中に囁くような声だった。
(幻聴? いや、違う──?)
久義はぎょっとして振り向いた。辺りは下車したばかりの人と乗車する人、次の電車待ちの人でごった返している。
電車が発車し、生じた風が白線を踏んで立ち竦む久義の左半身を掠めていく。
視界の中に久義と目が合う者は居ない。
やはり空耳だったのだろうか。
たまにあるのだ。誰も居ないのに、声や音が聞こえる。そういうときは、大抵「普通の人」には見えないものが近くに居る時が多い。が、これだけの雑踏の中だ。単なる聞き間違いがあっても不思議ではない。
ところが、そう言い聞かせて心音を落ち着かせようと息を吐き出した時である。
「そっちじゃない」
電車の騒音に混じって今度こそはっきりと聞こえた。久義はどぎまぎしながら正面に視線を戻す。
目の前で、白い何かが揺らいだ。真っ白で、白すぎて紫がかって見える程の白。さらさらと風を受け流すそれは、久義と同じくらいの背丈の男の頭髪だった。
「……誰?」
久義は夢でも見る心地で呟いた。
真っ白の髪に、真っ白な肌、薄茶色の瞳、精巧に作られた人形のような顔、他校の制服。
そういえば、最近変な転校生が来たとの噂を耳にしたばかりだった。そして、噂に聞いた転校生の外見は、まさに今目の前にいる青年と完全に一致している。
「あれは『ま』だ」
青年は、少し掠れた穏やかな声で言った。やはり胸の中に囁くような声音だ。久義はぼんやりとして聞き返す。
「『ま』?」
「そう。『ま』はどこにでも生まれるが、あそこまで成長するのは珍しい」
青年の言う「ま」について考えてみるも、マという音だけでは「ま」であるのか「魔」であるのかも理解できない。
それにしても、青年は何故こんな話をするのだろう。
久義はだんだんと状況の不自然さに気付き、小さく頭を振った。
「いや、っていうか、君は?」
「俺は『噺屋』。あんた、T高の生徒だろ」
噺屋と名乗った青年は、平然と言った。その淡々とした口振りに、久義は毒気を抜かれて頭を掻く。
「そうだけど。君って、もしかして転校生? えっと、確か……」
「噺屋コトザメ」
「そうそう、珍しい名前だよな。俺は八組の夏川久義」
「ややこしいから、俺のことはコトザメでいい」
コトザメはそう言うと、背を向けて一人歩きだした。
ついてこい、ということだろうか。なんともマイペースな男だ。
久義は呆れつつも、スクールバッグを肩に掛け直してコトザメの後を追いかける。
次の電車を待ちにすれ違う人々の目が、一様にコトザメに向いては逸らされる。目立つ容姿だ、仕方がない。しかし、久義には彼らの好奇の視線があまりにも淡白なものに感じられた。何せ、彼を見た人々は、その直後、あたかも初めから彼の存在に気付かなかったかのように、素知らぬ顔をしてホームに立っているのだ。一瞬振り返りはするものの、誰も凝視はしないし、二度見もしない。それは、都会にありがちな無関心の傾向というにも、あまりに異様な光景に思えた。
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