したがり人魚王子は、王様の犬になりたいっ!

二月こまじ

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人魚王子、溺れる。

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「オレの身代わり?」
「そうっ。シレーヌ君が地上にセックスしに行ってるなんて知られたら、僕がトリトンちゃんに殺されるでしょ? 絶対バレるわけにはいかないから、シレーヌ君の身代わりをギィ君にやってもらわないと」
「いや、絶対バレるでしょ」
「大丈夫っ、ほら」

 魔法使いがどこからか出した貝殻の形の手鏡をオレにかざす。手鏡が一瞬光ったと思ったら、今度はそれをギィにかざした。
 途端、ギィの体が光り輝き、ぐにゃりと形を変えたかと思うと、オレとそっくりの人魚がそこにはいた。

「なっ」

 ギィが手鏡に映し出されたオレそっくりの姿を見て、ペタペタと手で触り自分の顔を確かめる。

「ギ、ギィなのか?」

 思わず尋ねるとギィの代わりに魔法使いが答えた。

「う~ん、若干性格の悪さが滲み出てるけど。今まで通りに朝から晩まで遊び回ってる風を装って、夜に宮殿で寝るだけならバレないでしょ」
「なんで俺が身代わりする流れになってるか分かりませんが、俺がシレーヌ様についていけないならダメですよ。こんな乳首のこんな顔した人間が地上に行ったら、あっという間に漁師にまわされて酷い目に合うに決まってます」
「ま、まわ???」

 ギィは知識が豊富なので、オレの知らないことを沢山知っている。まわされるってなんだろう。クルクル泳ぐのなら得意なんだけど。

「でも、それこそギィくんの望みなんじゃないの?」
「え?」
「酷い目にあったら、多分シレーヌ君は二度と人間の世界に興味を持たないんじゃないかな?」
「おいっ。酷い目になんて合うわけなだろっ。オレは王子だぞっ」

  抗議の声を上げたオレを魔法使いがチラリと見て、目だけで笑う。分かってるとも、馬鹿にしてるとも取れる嫌な感じの笑い方だ。魔法使いは、たまにこういう笑い方をする。

「それに……」

 魔法使いはオレに変身したギィを、全身ジロジロ見ると触手でギィの頭を掴み、ぐぃっと自分に近づけて耳元で何か呟いた。
 ギィは途端に顔つきが変わる。何を言ったんだろう。

「──分かりました。身代わり、やればいいんでしょ。ただし一晩だけです」
「えっ、短いっ」
「いや、一晩じゃシレーヌちゃん凝りないと思うよ」
「……じゃあ、トリトン王とおなじ三日」
「えっ、短いっ」
「では、四日! 四日目の日没までです。これ以上たったら、俺がぶっさしに行きますからねっ。分かりましたか⁉︎」
「うっ、は~い……」

 せっかく人間になるなら、色んな事をしてみたいから本当は一ヶ月くらい欲しいけど。あんまり長いとギィが可哀相だし仕方ない。

「じゃあ、早速行ってくるわ」
「え、もう行くんですか?」
「うん。お土産持って帰ってくるから。ギィ宜しくねぇ」

 オレは小瓶を握りしめると、さっさと海上に向かって浮上した。
 後ろの方で「あんたその乳首さらして行くつもりですかっ」とか言っているのが聞こえたが、そんなことは気にしていられない。
 この後、人間になって『イッちゃう』を体験すると思うと、夢中で尾を掻き続けた。


 
 自慢じゃないが、オレの泳ぎは海で一、二を争う速さだ。虹色の尾一目散へと上を目指すとすぐに海面へと辿り着いた。
 海上の空はまだ青白く、波は穏やか。まだ眠りから覚めない星々が点々と白んでみえた。
 早朝の澄んだ空気が、潮風と混ざった匂いがする。遠くで早起きの海鳥の声もどこからか聞こえた。人間初日に相応しい朝だ。

「よし、では早速」

 オレは魔法使いから貰った小瓶を、海上でぱかっと空けるとゴクゴクと四口飲みこんだ。

「うげぇ。なんか苦いし、つ~んとする」

 顔をしかめて苦さに耐えると、急にズキンと下腹部が痛んだ。

「んんっ⁉︎」

 尾全体の皮をバリバリと剥がされたような痛みが生じ、思わず叫ぼうと口を大きく開けると、そこに海水が大量に入ってきた。

「げほっ」

 なんで⁉︎ 
 なんか苦しいっ。必死に尾を動かそうとするが、そこにもう尾はなく、二本の重りのようなものが自分の体にくっついているだけな事に気付く。
 そういえば、なにか魔法使いが言っていたけど、ちゃんと聞いてなかった。 

 どうしよう⁉︎  
 死んじゃうとか言ってなかったっけ。

「ゲホッ、ガハッ」

 慣れない足をバタつかせるが、体はどんどん沈んでいく一方だ。

──もう……駄目……。

 脳裏に魔法使いの顔が浮かぶ。
 ちゃんと話を聞かなくてごめんなさい。
 魔法使いみたいな人間が、地上にはいっぱいいるのかと思ったから、会ってみたかったんだけど……会って……交尾出来れば……オレも…………。

「おいっ、大丈夫かっ!」

 遠くの方で声が聞こえた気がした。

「待ってろ、今助けるっ」

 声に続いて、ザブンと水しぶきの音がする。そして、ザバザバと波をかき分ける音。自分の体が上に引っ張られた気がした。いや、下に?
 更に引っ張られ、体が引きちぎらせそうな程痛い。次いで、ドンと背中を思い切り叩かれて、悲鳴を上げようとしたら、大量の水を吐いた。

「ガハッ」
「よし。水を吐けたなら、もう大丈夫だ」 

 優しい低い声を掛けられながら、背中を擦られる。

──助けられたのか?
 ゼイゼイ言いながら周りを見渡す。これは……。

「フネ?」

 人間が二人乗るのがやっとな、小舟だ。たまに海の底に落ちていて、ギィがそう言っていた。

「そうだ。船で釣りをしていたら、何やら音が聞こえた気がして見れば、人間が溺れていたから驚いたぞ。君の船は? まさかそんな小さな体で、こんな沖まで泳いできたわけでもあるまい」

 男がオレの顔を覗きこむ。

 ──あ、魔法使いと同じ茶色の瞳。

 瞳は淡い茶色だが、髪は漆黒の深い海のような色合いだ。少し長めの前髪を横に流し、後ろはすっきりと短い。
 切長の瞳には、愛嬌と鋭さが混在して、なんとなくシャチを彷彿させたが、心配そうに覗きこんでくる瞳は、人の良さが垣間見得た。
 そっと下を見ると、足が二本生えていた。 
 人間だ。
 服を着ていても分かる立派な体躯。袖から覗く太い腕。そして、その先に付いてる大きな手がオレの背中を壊れ物のように優しく撫でた。
 人魚だから船はない、と答えようとしたが、ゼイゼイと言う音しか自分の口から発する事が出来ない。
 そういえば、肺呼吸になるからどうのとか、魔法使いが言っていたっけ。口で呼吸するのって不便だ。

「ああ、いい。今は答えるな。すまなかった。少し目を閉じていなさい。俺の上着くらいしか掛ける物がないが、何も無いよりはましだろう」

 そう言うと、柔らかなイソギンチャクみたいな物をオレの体にくるませて、船の上に寝かせてくれた。
──なんだろう。凄く落ち着く。
 
 あ、『匂い』だ。
 海の中に、こういう匂いは無かった。この人間の匂いなのだろうか。お日様の匂いに、少し似てる。

「まったく。か弱そうなお嬢さんが、なんだって素っ裸で……。変わった髪の色だし、どこか攫われて逃げてきたんだろうか」

 船を漕ぎながら、人間が何か言っていたが、急激に目蓋が重くなって、目を開けてられなくなった。
 遠ざかる意識の中で、オレは決意した。

──決めた。この人間と、交尾しよう。


       
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