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人魚王子、反省する。
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波の音がする。
なんで海の中なのに、波の音がするんだろう。
それに、ギィが起こしに来ない。「いい加減に起きないと、またトリトン王に怒られますよ」って、そろそろ身体を締め付けにくるはずなのに。
そしたら、魔法使いの家に行く前に、オレの秘密の洞窟の様子を見に行って。海に沈んだスプーンや靴を眺めながら、地上がどんな所か妄想して──。
「って、違う。いるんじゃん、地上に」
ガバッと、起き上がった。
すぐ近くにいたヒースがびっくりした顔でこちらを見ている。
「起きられましたか。体調はいかがですか?」
「体調?」
「熱を出して、そのまま寝込まれたのですよ。熱は下がったようですが、お加減は?」
そうだ。食事をした後、そのまま熱を出して倒れて──。
その時になってやっと自分が柔らかな寝台の上に寝かされていたことに気が付いた。誰かがここに運んでくれたらしい。
あたりを見渡すと白を基調とした、温かみのある壁には大きな窓がついており、窓の外には一面海が広がっていた。
波の音が聞こえたのは、ヒースが窓を開けたからのようだ。
「うん。なんかスッキリしてる。大丈夫みたい。昨日、ヒースがこの部屋まで運んでくれたの?」
「ええ、陛下もいらっしゃって心配しておりました。覚えておりますか?」
「……うん」
覚えている。覚えているからこそ、オルクがオレのことを心配というよりもやっかい者、と思っている事は分かっていた。
昨晩の事を思い出すと、なぜか目の奥がじわりと熱くなる。
そんなオレをヒースが心配そうに見てくるので、あえて違う話題を振った。
「なんかさ。人魚を怒らせると津波が、とか言ってなかった?」
「あぁ、聞いてらっしゃったんですか。えぇ、まあ、そのように言われています」
ばつが悪そうに言うヒースに、オレは首を傾げる。
「オレそんな事しないよ。ってか、普通の人魚なら、そんな事出来ないけど」
「しかし、私の祖父の代に訪れた人魚の方は、帰られる時大層機嫌が悪かったそうで……。その直後、大きな津波が襲ったそうです。小さい頃、何度もその話をされましたので、よく覚えています」
──なんだか、嫌な予感がする。
「その人魚が、どんな人魚だったかもお祖父さんに聞いた?」
「ええ。なんでも金の髪と瞳で、大層美しい人魚だったそうです。あっ。勿論、シレーヌ様も充分お美しいですが」
黙り込んだオレに、何を勘違いしたのかヒースがフォローを入れてきた。
間違いない。
津波を起こした人魚って、父上のことだ。
そもそも金髪の人魚って珍しいし、父上なら怒って津波を起こすくらい、矛を軽く振れば簡単に出来てしまう。
「なんか、ごめん……」
「いえ、シレーヌ様がやったわけではないので」
恐縮するヒースに「いや、それオレの父上だから」とは、とてもじゃないけど言えなかった。
「じゃあ、やっぱりみんなオレに怯えてたんだな」
「まあ、そうですね。しかし、クロエはシレーヌ様は、大丈夫だろうと言っていましたよ。僭越ながら、私もそう思います」
「クロエが?」
昨夜、手を握ってもらいながら眠ったのを思い出した。手の平に、まだクロエの感触が残っているような気がして両手をさする。
ああいうのを、『ぬくもり』というのかもしれない。
「オレさ、人魚の国では一応王子なんだよね」
「成る程。なんとなく分かります」
どういう意味で分かるのか、少しひっかかったが話を続ける。
「オレのまわりにも、侍女みたいな人達がいたんだ。朝、ギィ……ギィってのは、オレのお付きのウミヘビなんだけど。ギィに起こされた後は、侍女みたいな人魚達が、オレの髪を梳かしたり、尾びれを手入れしたりしてくれてたわけ。でも、オレさ。その子達の名前なんて、気にした事もなかったんだよ」
「……」
「昨日、オルクがオレのことをつまらない人魚って言ったけど。本当そうだな、って思ったんだ。オレ、色々欲しがるくせに、目の前の物には全然気付いてなかったなぁって」
また、じわりと瞳が熱くなる。人間って、こんな簡単に泣いてしまうものなんだろうか。
ヒースが、寝台の前に跪いた。
どうしたのかと驚いていると、オレと目線があうように覗き込んで微笑んだ。
「シレーヌ様は、おそらく誰かに何かをして差し上げた事がないのではないですか」
「何かを……?」
「だから、分からないだけだと思いますよ。例えば、仲良くしたい相手に何かをしてあげてみてはどうでしょう。色々と見えてくるものがあるかもしれません」
「仲良くしたい相手……」
一番に、昨日の怒ったオルクの顔が浮かんだ。
「何を、すればいいんだろう?」
「そうですね。自分がして貰って嬉しかった事を、して差し上げるとかはいかがでしょう」
自分がして貰って、嬉しかったこと。
なるほど。それなら分かりやすい。
「分かった。じゃあ、ちょっと行ってくるっ」
「えっ、どちらに⁉︎」
オレは寝台から飛び降りると、ヒースが後ろから引き留めるのも気にせず、一目散に階段へと向かった。
なんで海の中なのに、波の音がするんだろう。
それに、ギィが起こしに来ない。「いい加減に起きないと、またトリトン王に怒られますよ」って、そろそろ身体を締め付けにくるはずなのに。
そしたら、魔法使いの家に行く前に、オレの秘密の洞窟の様子を見に行って。海に沈んだスプーンや靴を眺めながら、地上がどんな所か妄想して──。
「って、違う。いるんじゃん、地上に」
ガバッと、起き上がった。
すぐ近くにいたヒースがびっくりした顔でこちらを見ている。
「起きられましたか。体調はいかがですか?」
「体調?」
「熱を出して、そのまま寝込まれたのですよ。熱は下がったようですが、お加減は?」
そうだ。食事をした後、そのまま熱を出して倒れて──。
その時になってやっと自分が柔らかな寝台の上に寝かされていたことに気が付いた。誰かがここに運んでくれたらしい。
あたりを見渡すと白を基調とした、温かみのある壁には大きな窓がついており、窓の外には一面海が広がっていた。
波の音が聞こえたのは、ヒースが窓を開けたからのようだ。
「うん。なんかスッキリしてる。大丈夫みたい。昨日、ヒースがこの部屋まで運んでくれたの?」
「ええ、陛下もいらっしゃって心配しておりました。覚えておりますか?」
「……うん」
覚えている。覚えているからこそ、オルクがオレのことを心配というよりもやっかい者、と思っている事は分かっていた。
昨晩の事を思い出すと、なぜか目の奥がじわりと熱くなる。
そんなオレをヒースが心配そうに見てくるので、あえて違う話題を振った。
「なんかさ。人魚を怒らせると津波が、とか言ってなかった?」
「あぁ、聞いてらっしゃったんですか。えぇ、まあ、そのように言われています」
ばつが悪そうに言うヒースに、オレは首を傾げる。
「オレそんな事しないよ。ってか、普通の人魚なら、そんな事出来ないけど」
「しかし、私の祖父の代に訪れた人魚の方は、帰られる時大層機嫌が悪かったそうで……。その直後、大きな津波が襲ったそうです。小さい頃、何度もその話をされましたので、よく覚えています」
──なんだか、嫌な予感がする。
「その人魚が、どんな人魚だったかもお祖父さんに聞いた?」
「ええ。なんでも金の髪と瞳で、大層美しい人魚だったそうです。あっ。勿論、シレーヌ様も充分お美しいですが」
黙り込んだオレに、何を勘違いしたのかヒースがフォローを入れてきた。
間違いない。
津波を起こした人魚って、父上のことだ。
そもそも金髪の人魚って珍しいし、父上なら怒って津波を起こすくらい、矛を軽く振れば簡単に出来てしまう。
「なんか、ごめん……」
「いえ、シレーヌ様がやったわけではないので」
恐縮するヒースに「いや、それオレの父上だから」とは、とてもじゃないけど言えなかった。
「じゃあ、やっぱりみんなオレに怯えてたんだな」
「まあ、そうですね。しかし、クロエはシレーヌ様は、大丈夫だろうと言っていましたよ。僭越ながら、私もそう思います」
「クロエが?」
昨夜、手を握ってもらいながら眠ったのを思い出した。手の平に、まだクロエの感触が残っているような気がして両手をさする。
ああいうのを、『ぬくもり』というのかもしれない。
「オレさ、人魚の国では一応王子なんだよね」
「成る程。なんとなく分かります」
どういう意味で分かるのか、少しひっかかったが話を続ける。
「オレのまわりにも、侍女みたいな人達がいたんだ。朝、ギィ……ギィってのは、オレのお付きのウミヘビなんだけど。ギィに起こされた後は、侍女みたいな人魚達が、オレの髪を梳かしたり、尾びれを手入れしたりしてくれてたわけ。でも、オレさ。その子達の名前なんて、気にした事もなかったんだよ」
「……」
「昨日、オルクがオレのことをつまらない人魚って言ったけど。本当そうだな、って思ったんだ。オレ、色々欲しがるくせに、目の前の物には全然気付いてなかったなぁって」
また、じわりと瞳が熱くなる。人間って、こんな簡単に泣いてしまうものなんだろうか。
ヒースが、寝台の前に跪いた。
どうしたのかと驚いていると、オレと目線があうように覗き込んで微笑んだ。
「シレーヌ様は、おそらく誰かに何かをして差し上げた事がないのではないですか」
「何かを……?」
「だから、分からないだけだと思いますよ。例えば、仲良くしたい相手に何かをしてあげてみてはどうでしょう。色々と見えてくるものがあるかもしれません」
「仲良くしたい相手……」
一番に、昨日の怒ったオルクの顔が浮かんだ。
「何を、すればいいんだろう?」
「そうですね。自分がして貰って嬉しかった事を、して差し上げるとかはいかがでしょう」
自分がして貰って、嬉しかったこと。
なるほど。それなら分かりやすい。
「分かった。じゃあ、ちょっと行ってくるっ」
「えっ、どちらに⁉︎」
オレは寝台から飛び降りると、ヒースが後ろから引き留めるのも気にせず、一目散に階段へと向かった。
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