したがり人魚王子は、王様の犬になりたいっ!

二月こまじ

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人魚王子、人魚姫を知る。

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「あんなに大笑いしている陛下、久しぶりに見ました」
「そうなの?」

 午前中いっぱいオルクと市場を楽しんでから城へ帰ると、オルクは政務があるからと、政務室に行ってしまった。
 代わりにヒースが部屋に茶菓子とお茶を持ってやってきた。朝目覚めたこの部屋は、『オレの部屋』として使っていいそうだ。白い窓枠の大きな窓から、海が一望出来て気持ちいい。ヒースが用意してくれた部屋らしい。
 恐る恐る飲んだお茶は、熱すぎず飲みやすくて、爽やかでいい香りがした。

「はい。ご両親が亡くなられてから、陛下はいつもどこか張り詰めておいででしたから」
「オルクのお父さんと、お母さんはいつ亡くなったの?」
「一年前に、海難事故でお亡くなりになりました。それからです。陛下が朝、一人で海に出るようになったのは。釣りに出掛けてくると言っていますが、恐らくご遺体が発見出来ていないご両親に、思いを馳せていらっしゃるんだと思います」
「そうなんだ……」

 海に沈んでくる人間は、まだ生きていれば助ける事もあるが、大抵は既に息をしていない。
 そういう時は、父上が海の生き物や人魚に転生させるのだ。
 だから、一年も前に亡くなっているなら、恐らくもうオルクの両親は他の生き物になっているだろう。勿論、オルクの事は覚えていないはずだ。

 ヒースは一瞬躊躇った様子を見せた後、暗い顔で項垂れながら言った。

「お二人が亡くなられたとき、陛下は自身の性的嗜好の問題で世継ぎが作れないので、王の地位はそのまま従兄弟のターニャ様にお譲りすると仰ったのです」
「せいてきしこう?」
「女性と関係が持てないということです。しかし、そのまま王の地位を辞すれば、陛下がご両親の後を追おうとすることは火を見るより明らかでした。我々家臣はどうしてもそんなことはさせられなかった。ターニャ様はまだお小さいですし、何より陛下は我々の唯一残された宝です。陛下を苦しめると分かっていても、どうか我々をお見捨てにならないようにと縋り付き、陛下はここにとどまってくださった」

 ヒースの言っていることは難しくて、よく分からなかった。でも、ヒースがオルクのことを心配しているのは、ヒシヒシと伝わってきた。

「ご両親がいらっしゃらない状況で、突然王に成られる重圧は計り知れません。ただでさえ、我が国はいま非常に難しい情勢です。小さな島国ですが、最近は近隣の諸外国が、我が国を手入れようと手ぐすねを引いている状態で……」
「諸外国……って、違う国って事?」
「ええ。今まで何度か隣の大国が、我が国に船を派遣した事はあるのです。ですが、丁度大きな津波があり、引き返していきました。人魚が津波を起こすというのは、海沿いの国には共通の概念としてありますので。この国に来ると、人魚の怒りをかう……と思われているようです」
「ふーん」

 実際父上が津波を起こしたかは分からないが、それでこの国が守られているならそれに越したことはない。

「それでも、最近は沖の方に見知らぬ船が停泊する事もあり。陛下の心労がますます募る一方です」

 自分こそ心底辛そうな顔で、ヒースがため息をついた。窓からは、潮風が優しく頬を撫で、穏やかな波の音が聞こえてくる。
 絵に描いたような平和な空間で、心痛な面持ちのヒース。人間って不思議だな、と思いつつオレはヒースの頭を撫でた。

「……なんでしょう?」
「さっきオルクが仕事行く時にやってくれた。いい子いい子って言うんだって」

 ヒースの顔を覗きこみながら、なおも頭を撫でると、貝が口を開けたみたいな目で見返してきた。

「シレーヌ様は、不思議な人ですね」
「ん? 人魚だからな」
「そうですね……。シレーヌ様を見ていると、むかし陛下にお読みした人魚姫の絵本を思い出します」
「人魚姫? 初めて聞くな」

 魔法使いの家には、そんな本無かった。

「昔からある、有名な絵本です。人魚のお姫様が、人間の王子様に恋をするお話です」

 思わずドキリと心臓が跳ねた。いや、違う。だって、俺は、オルクに恋をしているわけじゃないから。

「人間の王子に恋した人魚姫は、魔法使いにお願いして、人間の少女になるんです」

 ──どこかで聞いた話だな。
 いや。オレは決してオルクに恋してるわけじゃ無いけど。犬だから。オルクの犬ってだけだから。

「純粋で心優しき人魚姫は、一心に王子に尽くします。しかし王子は、結局人間の女の子と結ばれてしまうんです。人魚のお姫様は泡となって消える。可哀相なお話でしょ?」

 どうかと言われれば、正直に言って、心臓を直接鷲掴みにされたように、ギュッと傷んだ。
 泡となって消えるというところが、あまりにもリアルだ。もしかしたら、本当にあった話なのかもしれない。
 オレのオルクへの思いは恋じゃない……。恋じゃないけど、もしいまオルクが違う女の子と結ばれたとしたら、オレはどんな気持ちになるだろう。

「……そうだな」

 沈んだ気持ちで返事をすると、ヒースがオレの顔を覗き込んで言った。

「絵本に描いてあった人魚姫も、貴方のような碧い瞳をしていました」
「──もしかして、オレに釘をさしてる?」
「いいえ。とんでもない」

 ヒースはゆっくりと首を振る。金色の瞳が不思議な色合いでこちらを見た。

「陛下は、このお話が大好きでした。毎晩のように眠る前に読みながら、僕だったら人魚姫を幸せにするのに、とおっしゃっていた」

 そう話す口元は、優しい笑みを浮かべている。オレには分からない、オルクとの子供の頃の記憶を思い浮かべているのだろう。

「陛下は子供の頃、漁師になりたいとおっしゃっていました。でも、それはすぐに無理な事だと諦められた。漁師になる事を諦めた陛下は、いづれ王冠を継ぐその日まで、ご両親を支え続けようと誓われた。だが、それも昨年の海難事故で……。陛下は、諦めるのに慣れてしまっている」

 笑顔から一変、沈痛な面持ちで語り出したヒースは、そこまで言うとそっと頭を撫でていたオレの手を掴んだ。その手は驚くほど熱い。

「ひとつくらい、陛下の夢を叶えて差し上げたいのです。人魚姫を大切にしたい、幼き日のささやかな願いを。これは私の自己満足です。陛下はそんな夢、忘れていらっしゃるかもしれない。でも、どうか……。私に出来ることがあるなら、何でもおっしゃってください」

 怖いくらい真剣な瞳がオレを貫く。
 碧い瞳をした、俺に似ていたという人魚姫。王子に恋をするが、失恋して泡と散った。
 人魚姫を幸せにしたかった、幼き日のオルク。
 その願いを叶えたいヒース。
 では、オレの願いはなんだろう。

 ふいに、窓の外から聞こえる波の音が、耳元で鳴っているような錯覚に陥った。
 それはまるで、早く帰って来い、とでも言うかのように──。
 
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