したがり人魚王子は、王様の犬になりたいっ!

二月こまじ

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人魚王子、四日目の日没がくる。

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 オレは思いついたことを実行するためにじっと目を閉じる。うまくいくかは分からない。でも、やってみる価値はある。
 
「ほほっ、やっと観念したようですね」

 使者が嬉しそうにオレのペニスを口に含んだ。吐き気がして、今すぐ蹴飛ばしてやりたいけど、ぎゅっと目を閉じてやり過ごした。

──この舌はオルク。この舌はオルク。

 なんとか自分に言い聞かせる。
 恥ずかしくて居た堪れないでいると、じゃあ目を閉じていろって、オルクが乳首を捏ねながらペニスを……。

「あ、あ……っ」
「おやおや、感じているのですね」

 嬉しそうな使者の雑音は聞かないように。可愛いって繰り返し囁かれたオルクの言葉だけを思い出す。
 そう思えば、微妙にずれている刺激も焦らされているように感じてきた。甘い疼きがペニスに広がる。

「……いっ、あぁっ!」
「んふふっ、ひってしまひなさい」

 ──オルク! オルク!
 切ない快感で腰が震え、奴の口の中に白濁を飛ばした。
 満足そうにニマリと笑ったその口の隙間から、オレの出したものが垣間見える。
──いまだっ!

「あがががガァ──ッッッ!」

 白濁を刃のように変化させ、奴の喉奥まで切り裂いた。
 使者はのたうち回って苦しみ、苦悶する口からは白と赤が混ざった液体がダラリと垂れる。
 その液体で手足の縄も急いで切った。
 慌て過ぎてちょっと切り傷が出来たけど、ひりつく手足を無視して扉に向かう。後ろでは、くぐもった呻き声が聞こえてきたが、追いかけては来ないようだ。
 とにかくこの場から逃げなくてはと、そっと扉を開けて外に出た。見張りはいない。でも、いつ気付かれるかも分からない。
 狭い階段をそっと上ると風が顔を打ちつけた。甲板に出たのだ。
 空はオレンジ色に染まり、水平線近くまで太陽が落ちて来ている。随分と長い間気を失っていたみたいだ。
 数人が忙しそうに行き来してるが、こちらに気付いた様子は無い。
 喧騒と飛沫の音に混じり、どこからかドーンという衝撃音が聞こえてきた。人々の喧騒はますます激しくなる。「大砲準備しろっ」という声が耳に入ってきた。

 海に帰るなら、今がチャンスかもしれない──。

 みんな忙しそうで、気付かれずに海中に飛びこむことが出来そうだ。
 どうせ、この世から消えるなら、泡になる前に溺れても海で死にたい。

 オレは覚悟を決めて、甲板を走り出した。周囲の人間達がこちらに気付き、慌てたようにオレに手を伸ばす。
 とその時、遠くから声が聞こえてきた。

「シレーヌ!」

 潮風にのって届いたその声は、聞き間違えるわけがなくて。

「オルク!」

──迎えに来てくれたんだ!
 きっと無理だと思いつつも、どこかで来てくれるんじゃないかと。淡い期待を抱いていた胸が震えた。
 嬉しくて泣きそうになった、次の瞬間。

「発射!」

 甲板の人間がそう叫び、破裂音が船中に響く。船が大きく揺れ、船縁から黒い大きな弾が、オルクが乗っている船に向かって撃たれた。
 それが何なのかは分からない。だがその異様な禍々しさは決していいものではないことは肌で理解出来た。
 考えるよりも先に体が動く。
 安定しない身体をなんとか踏ん張り、海水を大きな斧のような波に変化させる。波の衝撃で黒い球が真っ二つに裂け、二艘の船のちょうど間で爆発した。
 船は壊れないですんだが、衝撃で船がグラグラと大きく揺れ、甲板に転がってしまった。
 あんなものがオルクの船にぶつかっていたらと思うとゾッとする。回避できて良かったと思ったが、球はまだある可能性に気が付いた。もうアレを撃たせちゃダメだ。
 海水で大きな柱を作り、そのまま乗っている船目掛けて攻撃した。船は津波に襲われたかのように大きく左右に揺れ、甲板の人間達はパニックになって叫んでいる。

「シレーヌ、飛び乗れっ。受け止める!」

 いつの間にかすぐ近くまで来たオルクが、向こうの船から叫んだ。
 その声にハッとしたように、甲板の上にいた人間が再度俺を取り押さえようと近付いてきた。
 海の泡になろうとも、なれなくても、オレが帰りたいと思う場所は一つしかない。迷わず飛び込み手を伸ばす。
 すぐそこまで迫ってくる手は、オレの背後に起こした大きな波の障壁で遮られた。

「シレーヌっ、大事ないか⁉︎」
「……大丈夫っ。オルク、オルクだ……」

 飛び込んだ胸は汗と潮の香りがした。逞しく、熱い腕の中は、この世で一番安心できる場所。

「どうして……?」

 万感の思いで呟くと、オルクはなんでもない事のように笑った。

「私は漁師だぞ。誰よりもここら辺(あたり)の潮の流れは分かっている。他国の船に追い付くなんて、造作もない」
「オルク……」

 この感情をどう表せばいいのか分からない。
 ホッとした。
 会えて嬉しい。
 でも、きっとこれで会えるのは最後。
 目頭が熱くなり、次から次へと涙が溢れる。
 熱いものが喉まで込み上げ、焼いた石のような塊が胸でどんどん大きくなった。

「好き」

 溢れてこぼれしまえば、それは流水のようにオルクに向かう。

「オルク、好き……」

 口に出すだけで、喜びが身体中に広がり身震いする。爪の先から、頭の先まで、オルクが好きだと騒ぎ出した。
 オレの中の全部、オルクが好き。
 だから、きっと泡になってもオルクが好き。

 オルクは目を見開いて、オレを見つめた。
 驚いた顔もかっこいいな、と思っているとすぐ目の前まで、顔が近づく。
 もしかしたら、キスしてくれるのかもしれない。
 目を閉じてその時を待つ。
 だが、そのままオルクはオレにドサリと覆いかぶさってきた。
 流石に重すぎて、尻餅をついて一緒に倒れこむ。

「オルク?」

 どうしたかと思って背中に触れると、ねちょりと濡れた感覚が手にはしった。驚いて手のひらを見れば、おびただしい赤に染まっていた。

「うそ……」

 見れば、倒れたオルクの背中がみるみる赤く染まっていく。

「うそ……うそ……」

 倒れたオルクの後ろに、人間が立っていた。
 それは、オレの姿をした、オレじゃないもの。

「ギィ……」

 オレそっくりの姿をしたギィが、赤く染まった短刀を手に笑っていた。あの時、父上に渡された短刀。

「なんで……」

 全身が心臓になってしまったみたいに、鼓動が煩い。
  
 なんでギィが持ってるの?
 なんで人間になってるの?
 なんで刺したの?

 この状況が何ひとつ理解できない。
 ここは海の上なのに、深海の暗闇みたいに目の前が真っ暗になっていく。

「約束、したじゃないですか」

 声はギィの声だった。低く響く、蛇の声。
 短刀からボトボトとオルクの血液が滴り落ちる。

「四日目の日没までに戻らなければ、オレがぶっさしに行きますって」

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