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お雛様は自分もリカちゃんみたいな服が着たい 後編
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びっくりしたお雛様が、タイガーカットを見た。
彼女は、お雛様を見ながら泣いている。
「あ、あわわわわわわ!」
お雛様がオロオロするが、生憎、その雫を受け止めるだけのハンカチだのなんだのの装備がない。
これだから雛飾りは、と心中で悪態をつきながら自身の十二単衣の袖で、タイガーカットの瞳を拭った。
その一回では到底受け止めきれず。
ポロポロ、ポロポロと泣きながら、タイガーカットは続けた。
「忘れ去られたのには、流石に、まいっちゃったの。旅は楽しいって言ってたの、あれ、意地だった。わたしは忘れられたんじゃない、わたしから、飛び立ったんだって、思いたかった……。お雛様は、毎年、そりゃ同じところに居続けて、つまんないのかも知れなくても。わたし、きちんとあるかないかを確認してもらって、大事に和紙に包まれて、また来年会いましょうねって言ってもらえるお雛様が、ずっとずっと羨ましかったの」
絶対に、落書きされないし。
タイガーカットはポツリ、こぼした。
お雛様は、自分の顔を触る。
「高かったんだから、絶対に遊んじゃだめよ」
そう、この家の母親が口すっぱくして子どもに叩き込んでいたのを思い出す。
確かに自身に施された化粧は、購入されこの家に来た時と寸分違わぬ色で、そこにあるらしかった。
落書きをされた記憶もない。
「ま、まぁ? うちってば美人だしぃー?」
お雛様は、湿った空気を打ち消すように戯けて言ったが、失敗した。
「それに、本当はもういらないって、捨てられるのも怖かった」
どきり。
お雛様が身じろいだ。
「物」にとって、それは人間で言うところの「死」だ。
確かに、ある種寿命というものが設定されていない物にとっては、使用されなくなり、その場所から去り、焼かれ、土へとかえらない限り、生きているようなもので。
けれど期間が決まっていないため、誰かの胸三寸でその生の終わりは突如やってくるのだ。
「だけど、今年お雛様を見て決心がついた」
「え?」
今日の夜はやけに明るい。
障子紙の向こう側から、月の柔らかな光が微かに部屋を暗闇から救っている。
タイガーカットの横顔にも、そのしんとした光が当たっている。
その瞳には涙がなみなみと溜まり、けれどもう流れてはいなかった。
「わたし、もう逃げない。わたしたち物にとってはやっぱり、使ってもらえなくちゃ、意味がないって気づいたから」
そう言うと、タイガーカットはそれはもう、それはもう晴れやかに微笑んだ。
日中、彼女は見ていたのだ。
大事そうに、家族揃ってお雛飾りを和気藹々と、出す様を。
母親が鼻歌を歌いながら洗濯物を畳む際、チラリと視線をお雛様にやって懐かしそうに、昔を思い出すように、口元が微かに緩む様を。
それは彼女が旅をするくらいでは、到底手に入れられないものだった。
「わたしも最期くらい、思い出してもらいたい」
だから、行くね。
とタイガーカットは言った。
お雛飾りにもリメイクってあるらしいから、いつかお気に入りが着れるといいね、とも言った。
お雛様は声が出なかった。
出せなかった、と言うべきかも知れない。
彼女の覚悟に、見合うだけの言葉を。
そうして棒っきれのようになったお雛様に、ぎゅっと一回だけの抱擁をすると、ティモテは自身の脚力でまた、五段飾りの下へとシュッと降りていってしまった。
「追いかけなくて、よろしいのです?」
女官の誰かが声をかけた。
「……できるわけ、ないじゃん……」
ぎりぎり、女官たちへと伝わる声量だった。
「うちら、来年も再来年も……まだまだ、ここにいるもん」
雛飾りは受け継がれる。
遊び用の人形も、そうされる場合はあるが……確率で言ってしまえば雛飾りの方がそうされる可能性はうんと高い。
何よりこの家の子どもはまだ成人まで年数がある。
子が家を出るまではこの風習は続く。
そうなると、もう数年はとりあえず安泰であることが確定なのだ。
お雛様はティモテが去っていった方向の暗闇を見つめた。
が、それをやめると元のポジションへと戻り、きちんと正座をした。
「仕方がない、お勤めするとしますか」
女官は、口をつぐんだ。
彼女らもまた、かける言葉を考えあぐねていた。
「あ、もち好きなファッションは諦めるわけない!」
お雛様は鼓舞するように、努めて明るく言った。
「リメイクに賭ける!」
その瞳には、微かに涙が浮かんでいたようにも見えたが――ちょうど月が隠れたのか、部屋が暗くなってしまったので定かではない。
数十年後。
少し賑やかなな住宅街の中にある一軒家。
三十五年ローン、三十三坪の土地に建つ建売のそれは、小さいけれど庭付きという、住人の夢を叶えたマイホームだった。
そこには珍しく、半畳の床の間がしつらえられており、ちょうど季節柄お雛様が飾られていた。
娘はいないようだが、桃の節句に合わせて毎年出しているようだ。
衣装は今どきの振袖風とでも言おうか、レースとちょっとしたフリルなどもあしらわれたモダンな雰囲気になっている。
そのお雛様の向かって右隣には。
植毛され薄ピンクがかった金髪が足首まである、しかし化粧の出鱈目な人形が一体。
洗濯されたのか、少し古ぼけつつも青い花柄がくっきりと映えるAラインのワンピースを着て、座っている。
その口元が僅かに緩んだようにも見えたが、定かではない。
彼女は、お雛様を見ながら泣いている。
「あ、あわわわわわわ!」
お雛様がオロオロするが、生憎、その雫を受け止めるだけのハンカチだのなんだのの装備がない。
これだから雛飾りは、と心中で悪態をつきながら自身の十二単衣の袖で、タイガーカットの瞳を拭った。
その一回では到底受け止めきれず。
ポロポロ、ポロポロと泣きながら、タイガーカットは続けた。
「忘れ去られたのには、流石に、まいっちゃったの。旅は楽しいって言ってたの、あれ、意地だった。わたしは忘れられたんじゃない、わたしから、飛び立ったんだって、思いたかった……。お雛様は、毎年、そりゃ同じところに居続けて、つまんないのかも知れなくても。わたし、きちんとあるかないかを確認してもらって、大事に和紙に包まれて、また来年会いましょうねって言ってもらえるお雛様が、ずっとずっと羨ましかったの」
絶対に、落書きされないし。
タイガーカットはポツリ、こぼした。
お雛様は、自分の顔を触る。
「高かったんだから、絶対に遊んじゃだめよ」
そう、この家の母親が口すっぱくして子どもに叩き込んでいたのを思い出す。
確かに自身に施された化粧は、購入されこの家に来た時と寸分違わぬ色で、そこにあるらしかった。
落書きをされた記憶もない。
「ま、まぁ? うちってば美人だしぃー?」
お雛様は、湿った空気を打ち消すように戯けて言ったが、失敗した。
「それに、本当はもういらないって、捨てられるのも怖かった」
どきり。
お雛様が身じろいだ。
「物」にとって、それは人間で言うところの「死」だ。
確かに、ある種寿命というものが設定されていない物にとっては、使用されなくなり、その場所から去り、焼かれ、土へとかえらない限り、生きているようなもので。
けれど期間が決まっていないため、誰かの胸三寸でその生の終わりは突如やってくるのだ。
「だけど、今年お雛様を見て決心がついた」
「え?」
今日の夜はやけに明るい。
障子紙の向こう側から、月の柔らかな光が微かに部屋を暗闇から救っている。
タイガーカットの横顔にも、そのしんとした光が当たっている。
その瞳には涙がなみなみと溜まり、けれどもう流れてはいなかった。
「わたし、もう逃げない。わたしたち物にとってはやっぱり、使ってもらえなくちゃ、意味がないって気づいたから」
そう言うと、タイガーカットはそれはもう、それはもう晴れやかに微笑んだ。
日中、彼女は見ていたのだ。
大事そうに、家族揃ってお雛飾りを和気藹々と、出す様を。
母親が鼻歌を歌いながら洗濯物を畳む際、チラリと視線をお雛様にやって懐かしそうに、昔を思い出すように、口元が微かに緩む様を。
それは彼女が旅をするくらいでは、到底手に入れられないものだった。
「わたしも最期くらい、思い出してもらいたい」
だから、行くね。
とタイガーカットは言った。
お雛飾りにもリメイクってあるらしいから、いつかお気に入りが着れるといいね、とも言った。
お雛様は声が出なかった。
出せなかった、と言うべきかも知れない。
彼女の覚悟に、見合うだけの言葉を。
そうして棒っきれのようになったお雛様に、ぎゅっと一回だけの抱擁をすると、ティモテは自身の脚力でまた、五段飾りの下へとシュッと降りていってしまった。
「追いかけなくて、よろしいのです?」
女官の誰かが声をかけた。
「……できるわけ、ないじゃん……」
ぎりぎり、女官たちへと伝わる声量だった。
「うちら、来年も再来年も……まだまだ、ここにいるもん」
雛飾りは受け継がれる。
遊び用の人形も、そうされる場合はあるが……確率で言ってしまえば雛飾りの方がそうされる可能性はうんと高い。
何よりこの家の子どもはまだ成人まで年数がある。
子が家を出るまではこの風習は続く。
そうなると、もう数年はとりあえず安泰であることが確定なのだ。
お雛様はティモテが去っていった方向の暗闇を見つめた。
が、それをやめると元のポジションへと戻り、きちんと正座をした。
「仕方がない、お勤めするとしますか」
女官は、口をつぐんだ。
彼女らもまた、かける言葉を考えあぐねていた。
「あ、もち好きなファッションは諦めるわけない!」
お雛様は鼓舞するように、努めて明るく言った。
「リメイクに賭ける!」
その瞳には、微かに涙が浮かんでいたようにも見えたが――ちょうど月が隠れたのか、部屋が暗くなってしまったので定かではない。
数十年後。
少し賑やかなな住宅街の中にある一軒家。
三十五年ローン、三十三坪の土地に建つ建売のそれは、小さいけれど庭付きという、住人の夢を叶えたマイホームだった。
そこには珍しく、半畳の床の間がしつらえられており、ちょうど季節柄お雛様が飾られていた。
娘はいないようだが、桃の節句に合わせて毎年出しているようだ。
衣装は今どきの振袖風とでも言おうか、レースとちょっとしたフリルなどもあしらわれたモダンな雰囲気になっている。
そのお雛様の向かって右隣には。
植毛され薄ピンクがかった金髪が足首まである、しかし化粧の出鱈目な人形が一体。
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