1 / 11
お雛様は自分もリカちゃんみたいな服が着たい 前編
しおりを挟む
「あーだるぅ」
閑静な住宅街の中にある一軒家。
三十五年ローン、三十五坪の土地に建つ半注文住宅のそれは、小さいけれど庭付きという、住人の夢を叶えたマイホームだった。
その一室。
今時珍しい床の間をしつらえた和室の、その 床板に。
ちんまりと置かれていたのは、今はもう珍しくなくなった小ぶりな五段の雛飾り。
今は夜。
子どもらはもう大きくなり、それぞれの部屋で就寝している。
親の方も、添い寝の必要がなくなったため自身の寝室を使用している。
幼子だった頃にあったあの寝息の合唱、あの 人熱れは、ない。
昼には洗濯物を畳む母親の鼻歌や、足音が聞こえるのと違い、和室はがらんとした空気を湛えている。
「これ、はしたない」
「え、だっていつも正座してたから膝痛くってぇ」
「我らの膝は作り物、そんなわけないでしょう」
そんな空気を、ひそひそ、というよりかはしっかりと喋りつつも、しかし何故か小さく感じる音量で、誰かがかき乱した。
見ると、モゾモゾと五段飾りの上の方で何かが動いている。
それは自身の着ている着物を何枚かぬごうとしつつも、失敗していた。
「チッ、だるーい」
「口が悪うございますよ、姫」
不貞腐れたお雛様に、どこからともなく注意が飛ぶ。
一段下にいる三人官女の、向かって右、 長柄銚子を持った女官だ。
「だって、重いのに脱げないんだもん」
お雛様のほっぺたが膨らむ。
「それは当たり前でございます、我らの服は見栄え重視でありますゆえ」
三人官女のうちの向かって左、 加えの 銚子を持った女官が、姫に事情を説明する。
聞いたお雛様は、どすんと座って後ろへと寝転がると、両足を投げ出した。
「なんで、うちばっかりこんな目に遭わなきゃなんないわけぇ。そりゃ、初めは、綺麗だしぃ? なんか、キラキラしてるしぃ? 良かったけど。なんか飽きてきたし、重くなった気がするしぃー。いいなーりかちゃんは、好きな格好できて。ほんと、なんでよぉ」
ほんの数年前まで、日中、ずっとずっと観察していたりかちゃんのお着替え風景を思い出し、お雛様は唇を尖らせた。
のそり。
そこへ五段飾りの向かって右脇段下の空間から最上段へと空気が動き、黒い影がにょきりと生えた。
「どわあっ!」
驚きのあまり自身の右手側へと転がり遠ざかるお雛様は、隣に座り込んだままのお内裏様にぶつかった。
しかし彼は、痛い、とも、邪魔、とも、何も言わない。
言えない、と言った方が良いのだろうか――彼はまだ、魂を獲得していないようだった。
お雛様がその黒い影を確認しようと視線をよこせば、なんてことはない。
そこにいたのはしまい忘れられて久しい、ティモテ、通称タイガーカット。
「なんだ、タイガーか」
「その呼び名、やめて欲しいな」
タイガーカットは、困り顔のままひょいとその腕力で段の上に軽々あがると、お雛様の側に座り込んだ。
彼女は、年季の入った青い花柄のAラインワンピースを着ている。
足は素足。
しまい忘れられたのをいいことに、いつも日中はどこかに隠れて夜、こうして方々へと足を向けて気ままな旅を続けているらしい。
「わたしたちみたいになりたいって、本当?」
タイガーカットは、お雛様の瞳をじっと見つめて尋ねた。
隣に座られてもまだ寝転がっていた彼女は、タイガーカットと視線を合わせて、けれどその瞳を少しずらす。
タイガーカットはハゲちゃびんだ。
子どもは好意だったのだろう、それをやってのち大泣きしたらしいが、その後頭部は派手にハゲ散らかっている。
どうにも、その当時ショートカットの子がこの家にいなかったらしく、どうしても髪型を変えたかったようだ。
顔には元々プリントでしっかりと化粧が施されていた。
が、そのディティールが気に入らなかったのか、はたまた化粧のできるタイプに憧れたのか。
唇から、油性ペンの派手なピンク色がはみ出してたらこ唇のようになっている。
瞳のアイシャドウは、いろいろなペン色が混ざってもう何が何だかよくわからない。
お雛様は、寝っ転がっていた自分の姿勢を正しタイガーカットの横で体育座りをした。
「多種多様なファッション、できるじゃん? やっぱそこは、すんごく羨ましい」
タイガーカットの悲哀の姿を見てもなお、彼女はそう思った。
真紅、ラメ入りのピンク、ひだまりのような黄色、ひまわり柄、薔薇柄、水玉、ストライプ。
どれも、伝統を重んじられる雛飾りには、無い要素だ。
ミニスカートにショートパンツ、パーカーにドレス。
型も色々あって、テイストも様々。
特にお雛様は、ビビッドな色柄の服をみてはその好みど真ん中な様にため息をついたものだった。
対して自分の格好は。
伝統伝統と、変わり映えしない毎年同じ服同じ型。
十二単衣で色はふんだん、もちろん金糸も使ってあって豪奢は豪奢だけれど。
毎度とあっては、飽きるのだ。
せめて、着替えができるなら。
憧れたあの日々を思い出して遠くを見つめるお雛様は、隣のタイガーカットの視線には気づかなかった。
「わたしは……お雛様いいなって、ずっと憧れてたよ」
「え?」
閑静な住宅街の中にある一軒家。
三十五年ローン、三十五坪の土地に建つ半注文住宅のそれは、小さいけれど庭付きという、住人の夢を叶えたマイホームだった。
その一室。
今時珍しい床の間をしつらえた和室の、その 床板に。
ちんまりと置かれていたのは、今はもう珍しくなくなった小ぶりな五段の雛飾り。
今は夜。
子どもらはもう大きくなり、それぞれの部屋で就寝している。
親の方も、添い寝の必要がなくなったため自身の寝室を使用している。
幼子だった頃にあったあの寝息の合唱、あの 人熱れは、ない。
昼には洗濯物を畳む母親の鼻歌や、足音が聞こえるのと違い、和室はがらんとした空気を湛えている。
「これ、はしたない」
「え、だっていつも正座してたから膝痛くってぇ」
「我らの膝は作り物、そんなわけないでしょう」
そんな空気を、ひそひそ、というよりかはしっかりと喋りつつも、しかし何故か小さく感じる音量で、誰かがかき乱した。
見ると、モゾモゾと五段飾りの上の方で何かが動いている。
それは自身の着ている着物を何枚かぬごうとしつつも、失敗していた。
「チッ、だるーい」
「口が悪うございますよ、姫」
不貞腐れたお雛様に、どこからともなく注意が飛ぶ。
一段下にいる三人官女の、向かって右、 長柄銚子を持った女官だ。
「だって、重いのに脱げないんだもん」
お雛様のほっぺたが膨らむ。
「それは当たり前でございます、我らの服は見栄え重視でありますゆえ」
三人官女のうちの向かって左、 加えの 銚子を持った女官が、姫に事情を説明する。
聞いたお雛様は、どすんと座って後ろへと寝転がると、両足を投げ出した。
「なんで、うちばっかりこんな目に遭わなきゃなんないわけぇ。そりゃ、初めは、綺麗だしぃ? なんか、キラキラしてるしぃ? 良かったけど。なんか飽きてきたし、重くなった気がするしぃー。いいなーりかちゃんは、好きな格好できて。ほんと、なんでよぉ」
ほんの数年前まで、日中、ずっとずっと観察していたりかちゃんのお着替え風景を思い出し、お雛様は唇を尖らせた。
のそり。
そこへ五段飾りの向かって右脇段下の空間から最上段へと空気が動き、黒い影がにょきりと生えた。
「どわあっ!」
驚きのあまり自身の右手側へと転がり遠ざかるお雛様は、隣に座り込んだままのお内裏様にぶつかった。
しかし彼は、痛い、とも、邪魔、とも、何も言わない。
言えない、と言った方が良いのだろうか――彼はまだ、魂を獲得していないようだった。
お雛様がその黒い影を確認しようと視線をよこせば、なんてことはない。
そこにいたのはしまい忘れられて久しい、ティモテ、通称タイガーカット。
「なんだ、タイガーか」
「その呼び名、やめて欲しいな」
タイガーカットは、困り顔のままひょいとその腕力で段の上に軽々あがると、お雛様の側に座り込んだ。
彼女は、年季の入った青い花柄のAラインワンピースを着ている。
足は素足。
しまい忘れられたのをいいことに、いつも日中はどこかに隠れて夜、こうして方々へと足を向けて気ままな旅を続けているらしい。
「わたしたちみたいになりたいって、本当?」
タイガーカットは、お雛様の瞳をじっと見つめて尋ねた。
隣に座られてもまだ寝転がっていた彼女は、タイガーカットと視線を合わせて、けれどその瞳を少しずらす。
タイガーカットはハゲちゃびんだ。
子どもは好意だったのだろう、それをやってのち大泣きしたらしいが、その後頭部は派手にハゲ散らかっている。
どうにも、その当時ショートカットの子がこの家にいなかったらしく、どうしても髪型を変えたかったようだ。
顔には元々プリントでしっかりと化粧が施されていた。
が、そのディティールが気に入らなかったのか、はたまた化粧のできるタイプに憧れたのか。
唇から、油性ペンの派手なピンク色がはみ出してたらこ唇のようになっている。
瞳のアイシャドウは、いろいろなペン色が混ざってもう何が何だかよくわからない。
お雛様は、寝っ転がっていた自分の姿勢を正しタイガーカットの横で体育座りをした。
「多種多様なファッション、できるじゃん? やっぱそこは、すんごく羨ましい」
タイガーカットの悲哀の姿を見てもなお、彼女はそう思った。
真紅、ラメ入りのピンク、ひだまりのような黄色、ひまわり柄、薔薇柄、水玉、ストライプ。
どれも、伝統を重んじられる雛飾りには、無い要素だ。
ミニスカートにショートパンツ、パーカーにドレス。
型も色々あって、テイストも様々。
特にお雛様は、ビビッドな色柄の服をみてはその好みど真ん中な様にため息をついたものだった。
対して自分の格好は。
伝統伝統と、変わり映えしない毎年同じ服同じ型。
十二単衣で色はふんだん、もちろん金糸も使ってあって豪奢は豪奢だけれど。
毎度とあっては、飽きるのだ。
せめて、着替えができるなら。
憧れたあの日々を思い出して遠くを見つめるお雛様は、隣のタイガーカットの視線には気づかなかった。
「わたしは……お雛様いいなって、ずっと憧れてたよ」
「え?」
11
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる