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タイガーカットの願いごと[2]
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最初の一年は苦労した。
大掃除や不意にやってくる部屋の模様替え、そのたびに拠点を移さなければならなかった。
けれどそのおかげでコツがつかめ二年目は、穏やかに過ぎた。
そうして三年目。
「なんで、うちばっかりこんな目に遭わなきゃなんないわけぇ。そりゃ、初めは、綺麗だしぃ? なんか、キラキラしてるしぃ? 良かったけど。なんか飽きてきたし、重くなった気がするしぃー。いいなーりかちゃんは、好きな格好できて。ほんと、なんでよぉ」
リビングと続き間である和室から、見知ったあの子の声が聞こえてきた。
どうやら、いよいよと嫌気がさしたらしい。
わたしは和室へ向かい、そこの 床の間にある五段飾りの一番上の段、向かって右脇の下へと入り、頭上へとジャンプし最上段へと両手をかけ体を持ち上げようとした。
途中、視線が段より上にいき、目当ての人物が目に入る。
「どわあっ!」
と同時に驚く声。
いきなり現れたように見えたんだろう、転がり遠ざかるお雛様は、奥に座り込んだままのお 内裏様にぶつかった。
しかし彼は、痛い、とも、邪魔、とも、何も言わない。
言えない、と言った方が良いのだろうか――彼はまだ、魂を獲得していないらしい。
「なんだ、タイガーか」
「その呼び名、やめて欲しいな」
わたしのあだ名を呼びながらほっと一息ついたのは、旅の一年目に出会ったお雛様だ。
彼女は、 十二単と呼ばれる、ズボンのような 長袴を履き、肌に触れる方から、 単、 五衣、 唐衣と呼ばれる着物の束? を羽織り、布が後ろ半分だけある 裳という腰布のようなものを 纏っている。
何年たっても色褪せていない、銀糸などで桜の 吉祥文様の入った、 紅梅色の 唐衣と、それに合わせた 柳色の 裳。
その内側に 薄花桜という平安? とかいう時代にあった、表に白、裏に淡紅、を配して白に紅を透かすことで山桜の色を表した配色パターンの、五衣と呼ばれる五枚の 衣を着ていた。
もっとも、その五衣とやらはフェイクだそうだけれど。
「それでも重いんだよーコレ、肩が 凝る」とは彼女の言。
節分の終わる頃から三月の本番までか、その近しい休みの日までのほんのひと時一緒に遊ぶ仲の彼女は、いつもなにがしか、自分の服装にブツクサ言っている。
「わたしたちみたいになりたいって、本当?」
わたしは彼女の隣に座ると、瞳をじっと見つめて 尋ねた。
そばに行ってもまだ寝転がっていた彼女は、視線を合わせて、けれどその瞳を少しずらす。
容姿に、気が引けたのかもしれない。
わたしの頭はハゲちゃびんだ。
あの子は 純然たる好意だった。
どうしても家にいないショートカットのお人形が欲しくて、でもジェニーちゃんの頭髪を切るのには 躊躇って。
結果、矛先がわたしに来た。
もちろん、初めてだったのだろう。
工作用のハサミで、ぶきっちょに切られたわたしの髪の毛はザンバラになり、頭頂部は地肌が見えるほどにハゲ散らかした。
顔には元々プリントでしっかりと化粧が施されていた。
が、化粧を書き消しできるタイプに憧れたようで。
唇から、油性ペンの派手なピンク色がはみ出してたらこ唇のようになっているし。
瞳のアイシャドウは、いろいろなペン色が混ざってもう何が何だかよくわからない。
色々された記憶はあったけれど、動けるようになり、初めてこの家の鏡に自分の姿を写してみた時には、流石に絶望した。
そんなことを思い返していたうちに、お雛様は寝転がるのをやめにしたようで。
隣で体育座りをした。
「多種多様なファッション、できるじゃん? やっぱそこは、すんごく羨ましい」
言いづらそうながらも、彼女は正直に告げる。
彼女の、そういう、裏表のない性格がわたしは好きだった。
会えばいつも一回は話の中にファッション談義が入る。
わたしたちが遊んでもらっていた中で、どんな色を気に入ったか、何故好きになったのか。
いつか着てみたい洋服のタイプ、あの子が組み合わせたファッションへのダメ出し。
特に彼女は、ビビッドな色柄の服が好みらしかった。
確かに、いつも同じ服の彼女はどこか寂しそうだ。
けれど……。
「わたしは……お雛様いいなって、ずっと憧れてたよ」
「え?」
大掃除や不意にやってくる部屋の模様替え、そのたびに拠点を移さなければならなかった。
けれどそのおかげでコツがつかめ二年目は、穏やかに過ぎた。
そうして三年目。
「なんで、うちばっかりこんな目に遭わなきゃなんないわけぇ。そりゃ、初めは、綺麗だしぃ? なんか、キラキラしてるしぃ? 良かったけど。なんか飽きてきたし、重くなった気がするしぃー。いいなーりかちゃんは、好きな格好できて。ほんと、なんでよぉ」
リビングと続き間である和室から、見知ったあの子の声が聞こえてきた。
どうやら、いよいよと嫌気がさしたらしい。
わたしは和室へ向かい、そこの 床の間にある五段飾りの一番上の段、向かって右脇の下へと入り、頭上へとジャンプし最上段へと両手をかけ体を持ち上げようとした。
途中、視線が段より上にいき、目当ての人物が目に入る。
「どわあっ!」
と同時に驚く声。
いきなり現れたように見えたんだろう、転がり遠ざかるお雛様は、奥に座り込んだままのお 内裏様にぶつかった。
しかし彼は、痛い、とも、邪魔、とも、何も言わない。
言えない、と言った方が良いのだろうか――彼はまだ、魂を獲得していないらしい。
「なんだ、タイガーか」
「その呼び名、やめて欲しいな」
わたしのあだ名を呼びながらほっと一息ついたのは、旅の一年目に出会ったお雛様だ。
彼女は、 十二単と呼ばれる、ズボンのような 長袴を履き、肌に触れる方から、 単、 五衣、 唐衣と呼ばれる着物の束? を羽織り、布が後ろ半分だけある 裳という腰布のようなものを 纏っている。
何年たっても色褪せていない、銀糸などで桜の 吉祥文様の入った、 紅梅色の 唐衣と、それに合わせた 柳色の 裳。
その内側に 薄花桜という平安? とかいう時代にあった、表に白、裏に淡紅、を配して白に紅を透かすことで山桜の色を表した配色パターンの、五衣と呼ばれる五枚の 衣を着ていた。
もっとも、その五衣とやらはフェイクだそうだけれど。
「それでも重いんだよーコレ、肩が 凝る」とは彼女の言。
節分の終わる頃から三月の本番までか、その近しい休みの日までのほんのひと時一緒に遊ぶ仲の彼女は、いつもなにがしか、自分の服装にブツクサ言っている。
「わたしたちみたいになりたいって、本当?」
わたしは彼女の隣に座ると、瞳をじっと見つめて 尋ねた。
そばに行ってもまだ寝転がっていた彼女は、視線を合わせて、けれどその瞳を少しずらす。
容姿に、気が引けたのかもしれない。
わたしの頭はハゲちゃびんだ。
あの子は 純然たる好意だった。
どうしても家にいないショートカットのお人形が欲しくて、でもジェニーちゃんの頭髪を切るのには 躊躇って。
結果、矛先がわたしに来た。
もちろん、初めてだったのだろう。
工作用のハサミで、ぶきっちょに切られたわたしの髪の毛はザンバラになり、頭頂部は地肌が見えるほどにハゲ散らかした。
顔には元々プリントでしっかりと化粧が施されていた。
が、化粧を書き消しできるタイプに憧れたようで。
唇から、油性ペンの派手なピンク色がはみ出してたらこ唇のようになっているし。
瞳のアイシャドウは、いろいろなペン色が混ざってもう何が何だかよくわからない。
色々された記憶はあったけれど、動けるようになり、初めてこの家の鏡に自分の姿を写してみた時には、流石に絶望した。
そんなことを思い返していたうちに、お雛様は寝転がるのをやめにしたようで。
隣で体育座りをした。
「多種多様なファッション、できるじゃん? やっぱそこは、すんごく羨ましい」
言いづらそうながらも、彼女は正直に告げる。
彼女の、そういう、裏表のない性格がわたしは好きだった。
会えばいつも一回は話の中にファッション談義が入る。
わたしたちが遊んでもらっていた中で、どんな色を気に入ったか、何故好きになったのか。
いつか着てみたい洋服のタイプ、あの子が組み合わせたファッションへのダメ出し。
特に彼女は、ビビッドな色柄の服が好みらしかった。
確かに、いつも同じ服の彼女はどこか寂しそうだ。
けれど……。
「わたしは……お雛様いいなって、ずっと憧れてたよ」
「え?」
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