5 / 11
タイガーカットの願いごと[3](終)
しおりを挟むびっくりしたお雛様が、わたしを見た。
「あ、あわわわわわわ!」
オロオロした彼女を見て一拍遅れたのち、自身、目から涙が出ていることに気づいた。
お雛様が、自分の十二単の袖で、その涙を 拭ってくれる。
折角の綺麗な着物。
お雛様は気に入らないみたいだけど。
とても綺麗な、彼女の真っ直ぐでキラキラした性格にぴったりな、まるで宝石のように引き立てているその布の重なりを。
わたしは密かに気に入っていた。
その煌びやかな服が、頬にあった埃を流した水分を汚れごと吸った。
それでもポロポロ、ポロポロと。
わたしの瞳からは水滴がとめどなく 溢れてしまっていた。
「忘れ去られたのには、流石に、まいっちゃったの。旅は楽しいって言ってたの、あれ、意地だった。わたしは忘れられたんじゃない、わたしから、飛び立ったんだって、思いたかった……。お雛様は、毎年、そりゃ同じところに居続けて、つまんないのかも知れなくても。わたし、きちんとあるかないかを確認してもらって、大事に和紙に 包まれて、また来年会いましょうねって言ってもらえるお雛様が、ずっとずっと羨ましかったの」
絶対に、落書きされないし。
わたしはポツリ、と、つい本音をこぼした。
確かに、遊んでもらえるのはとっても嬉しかった。
一緒にいろんなことをして。
笑い声が、絶えなくて。
笑顔を見るたびに誇らしい気持ちだった。
お雛様が、自分の顔を触る。
自身の化粧に思いを 馳せたんだろう。
彼女に 施された化粧は、今なお、とても綺麗に彼女を引き立たせている。
少なくとも、わたしにはそう見えていた。
その姿に憧れてもいた。
「ま、まぁ? うちってば美人だしぃー?」
お雛様は、湿った空気を打ち消すように 戯けて言ったが、空気は変わらなかった。
わたしはもう、 偽りたくなかったから。
「それに、本当はもういらないって、捨てられるのも怖かった」
その言葉に、お雛様が身じろいだ。
「物」にとって、それは人間で言うところの「死」だ。
わたしたちある種寿命というものが設定されていない物にとっては、使用されなくなり、その場所から去り、焼かれ、土へとかえらない限り、生きているようなもので。
けれど期間が決まっていないため、誰かの 胸三寸でその生の終わりは突如やってくる。
わたしの場合は、その前に行方不明になってしまって。
そもそも生きていても、死んでいるのとあまり変わらなかったけど。
「だけど、今年お雛様を見て決心がついた」
「え?」
今日の夜はやけに明るい。
障子紙の向こう側から、月の柔らかな光が微かに部屋を暗闇から救っている。
お雛様の横顔にも、そのしんとした光が当たっている。
その瞳は驚きに見開かれ、それでも彼女の美しさを 損なってはいなかった。
「わたし、もう逃げない。わたしたち物にとってはやっぱり、使ってもらえなくちゃ、意味がないって気づいたから」
宣言すると気が楽になった。
これまで三度。
大事そうに、家族 揃ってお雛飾りを 和気藹々と、出す 様を見続けてきた。
母親が鼻歌を歌いながら洗濯物を畳む際、チラリと視線をお雛様にやって懐かしそうに、昔を思い出すように――口元が微かに緩む様を。
それはわたしが旅をするくらいでは、到底手に入れられないものだった。
「わたしも最期くらい、思い出してもらいたい」
だから、行くね。
と彼女へと告げる。
お雛飾りにもリメイクってあるらしいから、いつかお気に入りが着れるといいね、とも言った。
彼女は声が出ないようだった。
言う言葉を探せなかったのかもしれない、彼女にとっては急に告げられた知らせだったろうから。
それでいい。
下手な言葉をかけられてしまったら、決心が鈍ってしまいそうだし……。
そうして棒っきれのようになったお雛様に、ぎゅっと一回だけの抱擁をすると、わたしはもと来た五段飾りの下へとシュッと降りた。
月明かりが、畳をうっすらと照らしている。
気持ちが瞳から溢れてしまわないように、少し上を向きながらリビングへと歩いた。
見つけてもらえそうな場所を選ぶと、そこに静かに横たわる。
下げた視線の先には、シミのついた青色の花柄ワンピース、そして薄汚れた素足。
頑張ったよね、わたし。
もし奇跡があるなら、次もお人形に生まれてきたいなぁ……。
だって、楽しかったもの。
友達にも、出会えたし……わたしのアイドル。
次は一緒に三人官女でもいいかもな……お雛様は、また服装にプリプリ怒るかも……しれないけど。
そう、つぶやくともなしに脳裏に浮かべながら、瞳を閉じた。
――ああ、ちょっと情けないな、まだ、多分…………涙が出てる……。
数十年後。
少し賑やかな住宅街の中にある一軒家。
三十五年ローン、三十三坪の土地に建つ建売のそれは、小さいけれど庭付きという、住人の夢を叶えたマイホームだった。
そこには珍しく、半畳の床の間がしつらえられており、ちょうど季節柄お雛様が飾られていた。
娘はいないようだが、桃の節句に合わせて毎年出しているようだ。
衣装は今どきの振袖風とでも言おうか、レースとちょっとしたフリルなどもあしらわれたモダンな雰囲気になっている。
そのお雛様の向かって右隣には。
植毛され薄ピンクがかった金髪が足首まである、しかし化粧の 出鱈目な人形が一体。
洗濯されたのか、少し古ぼけつつも青い花柄がくっきりと映えるAラインのワンピースを着て、座っている。
その口元が僅かに緩んだようにも見えたが、定かではない。
10
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる