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第41話 君の色を探して
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「――それで、例の広告連携は天峰さんのほうで再検討ってことでいいのね?」
会議室のホワイトボードに貼られたメモを指さしながら、
丸友AIエージェンシーの丸友冬華が確認する。
柔らかな口調だが、視線は鋭い。
業務の話になると、彼女は一切の迷いがない。
「はい。来週の火曜までに修正版のプランをLucent Core側でまとめて送ります」
「了解。――ねえ、颯」
「はい?」
「そういえば、明日って篠原さんの誕生日よね?」
ボールペンを持つ手が、ぴたりと止まる。
「……え?」
思わず間抜けな声が漏れた。
冬華はいたずらっぽく笑う。
「知らなかったの?秘書なのに」
「すみません…うっかりしていました。でも、助かりました」
「さすがに、何もしないわけにはいかないものね」
「はい…」
「私はもう関係ないけど、好きだったときに調べてたから覚えてたの。役に立って良かったわ」
頭の中が真っ白になる。
明日? 明日って――そんな大事な日、聞いてない。
どうしよう、何も用意してない。
◆
打ち合わせを終えた冬華さんを見送ってからも、頭の中は明日の匠真の誕生日のことでいっぱいだった。
通販では間に合わない。
時間もない。
それでも何か贈るべきなのは分かっていた。
けれど、今はあの件のあとで、匠真から「単独行動は控えろ」と言われている。
「……ちょっと、郵便物出してくる」
匠真にそう伝えてオフィスを出た。
心臓がうるさい。
嘘をついた罪悪感が、喉に刺さる。
◆
会社のすぐそばに、小さなブランドショップがある。
以前、匠真がクライアントとの会食で身につけていたネクタイと同じブランド。
そのときの印象が、なぜか強く残っていた。
ショーウィンドウ越しに見える革製品の光沢。
落ち着いた店員の声。
自分には少し背伸びした場所だ。
「お誕生日プレゼントをお探しですか?」
「はい。男性向けで……三十代前半くらいの方に」
店員が微笑み、いくつかの候補を並べる。
ネクタイ、財布、カードケース。
どれも似合いそうで、どれも決め手に欠ける。
時間がない。
悩んでいる間に、会社から連絡が来たら終わりだ。
――財布とネクタイ。
どちらも、彼の日常に溶け込むもの。
それなら間違いない。
「こちらにします」
ラッピングをお願いし、クレジットカードを差し出す。
包装紙の上にリボンがかかるのを見つめながら、心臓がまだ速く打っていた。
(早く戻らないと……)
袋を受け取って、店を出ようとした瞬間――。
「……久しぶりだね、颯」
冷たい声が、店の入り口を塞ぐ。
振り返ると、ガラスの外に九条怜央が立っていた。
相変わらず整いすぎた顔。
微笑んでいるのに、温度がない。
喉が固まる。
足が、動かない。
「そんな顔しないで。――警戒されると、悲しくなるな」
「……何の用ですか」
「用なんてないさ。ただ、“君の顔が見たかった”だけ」
怜央は一歩、近づいた。
香水の匂いが微かに漂う。
「ちゃんと警告してたろう? “匠真は僕のものだ”って」
「……」
「人のものを取る悪い子には、少しお仕置きが必要だからね」
頬がひやりと冷たくなった。
あの夜――薬の苦い記憶が一瞬で蘇る。
体の奥が反射的に拒絶反応を起こす。
「……失礼します」
それだけ言って、すれ違おうとした。
怜央はふっと笑う。
「匠真が九条の“呪い”から逃れる方法、知りたくない?」
足が止まる。
だが、次の瞬間、颯は頭を振った。
「必要ありません」
「そう。――じゃあ覚えておくといい。匠真を追い詰めるのは僕じゃない」
怜央の笑みが、わずかに歪んだ。
「九条の勢力にもね、“いろいろある”んだよ」
それだけ言い残して、背を向ける。
人混みの中に紛れるように、怜央の姿は消えた。
颯はしばらくその場に立ち尽くした。
手の中の紙袋が、やけに重く感じた。
◆
会社に戻ると、エントランスを抜けた瞬間に声が飛んだ。
「――遅いじゃないか」
顔を上げると、匠真が腕を組んで立っていた。
その目は、心配と苛立ちが入り混じった色。
「ごめん、ちょっと……甘いものもほしくなって、コンビニまで行ってた」
「郵便物を出しに行ったんじゃなかったのか?」
「う、うん。ついでに、ね」
我ながら苦しい言い訳だった。
けれど、怜央に会ったなんて――言えるわけがない。
匠真は小さくため息をついた。
「一人で出歩くなと言っただろう。……もう少しで、また何かあったらどうする」
「ごめん。本当に、ごめん」
それ以上、言葉が出なかった。
ポケットの中で、ラッピングされた小さな箱を握りしめる。
――これは、明日渡そう。
そのときだけは、素直な笑顔を見せたい。
けれど胸の奥には、怜央の声がまだ残っていた。
「匠真を追い詰めるのは、僕じゃない」
あの意味深な言葉が、いつまでも消えなかった。
それにしてもーー。
なぜ怜央は、俺の行動を把握していたのだろう。
まるで見張っていたかのように。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「君の色を探して」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「君の色を探して」はこちら⇒ https://youtu.be/4L4mjDt135k
会議室のホワイトボードに貼られたメモを指さしながら、
丸友AIエージェンシーの丸友冬華が確認する。
柔らかな口調だが、視線は鋭い。
業務の話になると、彼女は一切の迷いがない。
「はい。来週の火曜までに修正版のプランをLucent Core側でまとめて送ります」
「了解。――ねえ、颯」
「はい?」
「そういえば、明日って篠原さんの誕生日よね?」
ボールペンを持つ手が、ぴたりと止まる。
「……え?」
思わず間抜けな声が漏れた。
冬華はいたずらっぽく笑う。
「知らなかったの?秘書なのに」
「すみません…うっかりしていました。でも、助かりました」
「さすがに、何もしないわけにはいかないものね」
「はい…」
「私はもう関係ないけど、好きだったときに調べてたから覚えてたの。役に立って良かったわ」
頭の中が真っ白になる。
明日? 明日って――そんな大事な日、聞いてない。
どうしよう、何も用意してない。
◆
打ち合わせを終えた冬華さんを見送ってからも、頭の中は明日の匠真の誕生日のことでいっぱいだった。
通販では間に合わない。
時間もない。
それでも何か贈るべきなのは分かっていた。
けれど、今はあの件のあとで、匠真から「単独行動は控えろ」と言われている。
「……ちょっと、郵便物出してくる」
匠真にそう伝えてオフィスを出た。
心臓がうるさい。
嘘をついた罪悪感が、喉に刺さる。
◆
会社のすぐそばに、小さなブランドショップがある。
以前、匠真がクライアントとの会食で身につけていたネクタイと同じブランド。
そのときの印象が、なぜか強く残っていた。
ショーウィンドウ越しに見える革製品の光沢。
落ち着いた店員の声。
自分には少し背伸びした場所だ。
「お誕生日プレゼントをお探しですか?」
「はい。男性向けで……三十代前半くらいの方に」
店員が微笑み、いくつかの候補を並べる。
ネクタイ、財布、カードケース。
どれも似合いそうで、どれも決め手に欠ける。
時間がない。
悩んでいる間に、会社から連絡が来たら終わりだ。
――財布とネクタイ。
どちらも、彼の日常に溶け込むもの。
それなら間違いない。
「こちらにします」
ラッピングをお願いし、クレジットカードを差し出す。
包装紙の上にリボンがかかるのを見つめながら、心臓がまだ速く打っていた。
(早く戻らないと……)
袋を受け取って、店を出ようとした瞬間――。
「……久しぶりだね、颯」
冷たい声が、店の入り口を塞ぐ。
振り返ると、ガラスの外に九条怜央が立っていた。
相変わらず整いすぎた顔。
微笑んでいるのに、温度がない。
喉が固まる。
足が、動かない。
「そんな顔しないで。――警戒されると、悲しくなるな」
「……何の用ですか」
「用なんてないさ。ただ、“君の顔が見たかった”だけ」
怜央は一歩、近づいた。
香水の匂いが微かに漂う。
「ちゃんと警告してたろう? “匠真は僕のものだ”って」
「……」
「人のものを取る悪い子には、少しお仕置きが必要だからね」
頬がひやりと冷たくなった。
あの夜――薬の苦い記憶が一瞬で蘇る。
体の奥が反射的に拒絶反応を起こす。
「……失礼します」
それだけ言って、すれ違おうとした。
怜央はふっと笑う。
「匠真が九条の“呪い”から逃れる方法、知りたくない?」
足が止まる。
だが、次の瞬間、颯は頭を振った。
「必要ありません」
「そう。――じゃあ覚えておくといい。匠真を追い詰めるのは僕じゃない」
怜央の笑みが、わずかに歪んだ。
「九条の勢力にもね、“いろいろある”んだよ」
それだけ言い残して、背を向ける。
人混みの中に紛れるように、怜央の姿は消えた。
颯はしばらくその場に立ち尽くした。
手の中の紙袋が、やけに重く感じた。
◆
会社に戻ると、エントランスを抜けた瞬間に声が飛んだ。
「――遅いじゃないか」
顔を上げると、匠真が腕を組んで立っていた。
その目は、心配と苛立ちが入り混じった色。
「ごめん、ちょっと……甘いものもほしくなって、コンビニまで行ってた」
「郵便物を出しに行ったんじゃなかったのか?」
「う、うん。ついでに、ね」
我ながら苦しい言い訳だった。
けれど、怜央に会ったなんて――言えるわけがない。
匠真は小さくため息をついた。
「一人で出歩くなと言っただろう。……もう少しで、また何かあったらどうする」
「ごめん。本当に、ごめん」
それ以上、言葉が出なかった。
ポケットの中で、ラッピングされた小さな箱を握りしめる。
――これは、明日渡そう。
そのときだけは、素直な笑顔を見せたい。
けれど胸の奥には、怜央の声がまだ残っていた。
「匠真を追い詰めるのは、僕じゃない」
あの意味深な言葉が、いつまでも消えなかった。
それにしてもーー。
なぜ怜央は、俺の行動を把握していたのだろう。
まるで見張っていたかのように。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「君の色を探して」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「君の色を探して」はこちら⇒ https://youtu.be/4L4mjDt135k
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