風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動

梵天丸

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第43話 Birthday for Two ー ふたりの誕生日

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 退社時間を少し過ぎたオフィスのロビーを出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
 今日も分刻みの忙しさだったけど、何とかタスクをこなすことができてほっとする。

「このあと、スーパー寄っていい? 食材、まだ全部そろってなくて」
「構わない。ついでにワインも買っておくか」
「うん。あとケーキも。……おまえの好きそうなの、昼休みにネットで見つけたんだ」

 その言葉に、匠真は口元を緩めた。
 朝のぎこちなさはもう残っていない。
 あの寝言事件も、ようやく笑い話にできそうだった。



 スーパーでは、買い物リストを片手に黙々と歩く俺を見て、匠真が笑った。

「……そんなに緊張してどうする」

 確かに緊張はしている。
 人に料理を作るなんて久しぶりのことだし、相手が料理上手な匠真だからなおさらだ。

「初めてじゃないけど、プレッシャーがあるんだよ。おまえの誕生日だから」
「別に期待してない」
「うるさいな。期待しとけよ」

 言い返す声に、どこか楽しげな響きが混じっていた。

 ワインは少し奮発した。
 料理に合わせやすい赤。
 スペアリブ、魚、チーズに合うものを選んで、袋に詰める。

 ケーキ店では、ショーケース越しに並ぶケーキを見ながら悩んだ末、

「……やっぱ、チーズ系のやつにしよ」
「どうせほとんどおまえが食べるんだから、好きなのを買え」
「それ、今朝も言われた気がする」

 二人の笑い声が、夜の街に溶けた。



 部屋に戻ると、俺はすぐにキッチンへ向かった。
 とりあえず手際よくやらないと、日付が変わってしまう。
 昼休みにレシピを何十個も検索して、作る手順は頭に叩き込んである。
 ただし、完璧とは言えない。
 いちいちタブレットで手順を確認しながら進める。

「手伝おうか」

 タブレットとにらめっこする俺が心配になったのか、匠真がキッチンに入ってくる。

「ダメ。今日はおまえの誕生日なんだから、手伝い禁止!」
「命令口調だな」
「主役は黙って座ってろよ」

 そう言ってエプロンを結び直し、俺は包丁を握る。

「よし!」
「怪我するなよ」

 リビングから声が飛んでくる。

「うるさいな!集中が途切れるから、黙ってろ!」

 カマンベールチーズを焼き、サラダを彩りよく盛り付け、魚をソテーする。
 スペアリブの炊き込みご飯からは、香ばしい匂いが漂った。
 キッチンから流れる湯気が、部屋にやわらかく満ちていく。

 匠真はソファからその様子を見つめながら、ふと呟く。

「……こういう時間も悪くないな」



 テーブルに料理が並んだ頃、俺はすっかり疲れ果てていた。
 朝の匠真からの仕返し、息つく間もないほど詰まった仕事、そして慣れない料理。
 でも、何とか無事に匠真の誕生日を祝えそうだ。
 ワインの栓を抜き、二人でグラスを掲げる。

「――誕生日、おめでとう」

 改めて言葉にして笑うと、匠真も静かに笑った。

「ありがとう」

 赤ワインを口に含む。
 その味が、今夜の穏やかさを象徴しているように思えた。
 匠真はスペアリブの炊き込みご飯を口に運ぶ。

「うまいじゃないか」
「ほんとに?」
「レシピどおりに作るのは、おまえの真面目さが出てる」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる。俺には作れない味だ」

 その言葉が嬉しくて、颯は少し照れながら笑った。
 自分で食べてみても、確かに悪くない。
 材料の相性も、思った以上に良かった。

「そういえば……プレゼント、まだ渡してなかった」

 俺は立ち上がり、クローゼットからラッピングされたプレゼントを取り出した。
 昨日買った財布とネクタイ。
 渡す瞬間まで、心臓が跳ね続けている。

「これ、誕生日プレゼント。気に入ってもらえるか分からないけど」

 匠真は少し驚いた顔で、俺の手からプレゼントを受け取った。

「開けていいか?」
「うん」

 中身を見た瞬間、表情が柔らかく変わった。

「……これ、いいな。おまえが選んだのか?」
「うん。似合うと思って」
「ありがとう」

 短い言葉の中に、確かな温度があった。

 そのあと、ケーキを食べ、コーヒーを入れて一息つく。
 テレビもつけず、ただ静かな夜が流れていく。
 ――このまま時間が止まればいい。
 そう思った瞬間、テーブルの上のスマホが震えた。

 着信表示には、見覚えのある名前。
 九条怜央。

 匠真の表情が、一瞬で険しくなる。
 匠真は俺の方を見て、スマホをスピーカーフォンに切り替えた。

「……よく連絡してこれたな」

 冷たい声。
 電話口の向こうで、怜央が小さく笑った。

『誕生日おめでとう、匠真。』
「用がないなら切るぞ。おまえの相手をしてる時間はない」
『財布とネクタイ、気に入った? 彼、ずいぶん悩んで決めたみたいだったけど。』

 その言葉が終わるより早く、通話は切れた。

 リビングに静寂が戻る。
 匠真の視線が、俺に向けられた。

「……ごめん。黙ってて……」

 匠真はしばらく無言だったが、やがて息を吐いた。

「済んだことは仕方がない。ただ、これからはするな。怜央を甘く見ない方がいい」
「うん……そう思った」

「何か言われたのか?」

 俺は少し間をおいてから、正直に答えた。

「“この間の件はお仕置きだ”って。匠真は自分のものなのに、取ろうとするからって」
「……」
「あと、“匠真を九条から救えるのは自分だけ”だって。
 “九条にもいろいろある”って、意味深なことも言ってた」

 しばらくの沈黙。
 ワインのグラスの中で、赤い液が小さく揺れる。

「――あいつの言うことは、よく分からない」
 低く呟く匠真の声。
 その言葉に、俺も小さく頷いた。

 匠真でも分からないのなら、自分が理解できないのは当然だ。
 けれど、ひとつだけ確かなことがある。

 どうして、匠真が“平穏に暮らす”ということだけを許されないのか。
 その理不尽が、胸を締め付けた。

 俺はそっと手を伸ばし、匠真の手を包む。

「……俺はずっと、おまえの味方だよ」

 そう言って、ゆっくりと唇を重ねた。

 外では、秋の風が静かに窓を揺らしていた。
 ふたりの影を、やわらかい灯りが包み込む。
 そのぬくもりだけが、確かな現実だった。

******************

「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「Birthday for Two ー ふたりの誕生日」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

♫「Birthday for Two ー ふたりの誕生日」はこちら⇒ https://youtu.be/BpSIvugK3-w
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