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第43話 Birthday for Two ー ふたりの誕生日
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退社時間を少し過ぎたオフィスのロビーを出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
今日も分刻みの忙しさだったけど、何とかタスクをこなすことができてほっとする。
「このあと、スーパー寄っていい? 食材、まだ全部そろってなくて」
「構わない。ついでにワインも買っておくか」
「うん。あとケーキも。……おまえの好きそうなの、昼休みにネットで見つけたんだ」
その言葉に、匠真は口元を緩めた。
朝のぎこちなさはもう残っていない。
あの寝言事件も、ようやく笑い話にできそうだった。
◆
スーパーでは、買い物リストを片手に黙々と歩く俺を見て、匠真が笑った。
「……そんなに緊張してどうする」
確かに緊張はしている。
人に料理を作るなんて久しぶりのことだし、相手が料理上手な匠真だからなおさらだ。
「初めてじゃないけど、プレッシャーがあるんだよ。おまえの誕生日だから」
「別に期待してない」
「うるさいな。期待しとけよ」
言い返す声に、どこか楽しげな響きが混じっていた。
ワインは少し奮発した。
料理に合わせやすい赤。
スペアリブ、魚、チーズに合うものを選んで、袋に詰める。
ケーキ店では、ショーケース越しに並ぶケーキを見ながら悩んだ末、
「……やっぱ、チーズ系のやつにしよ」
「どうせほとんどおまえが食べるんだから、好きなのを買え」
「それ、今朝も言われた気がする」
二人の笑い声が、夜の街に溶けた。
◆
部屋に戻ると、俺はすぐにキッチンへ向かった。
とりあえず手際よくやらないと、日付が変わってしまう。
昼休みにレシピを何十個も検索して、作る手順は頭に叩き込んである。
ただし、完璧とは言えない。
いちいちタブレットで手順を確認しながら進める。
「手伝おうか」
タブレットとにらめっこする俺が心配になったのか、匠真がキッチンに入ってくる。
「ダメ。今日はおまえの誕生日なんだから、手伝い禁止!」
「命令口調だな」
「主役は黙って座ってろよ」
そう言ってエプロンを結び直し、俺は包丁を握る。
「よし!」
「怪我するなよ」
リビングから声が飛んでくる。
「うるさいな!集中が途切れるから、黙ってろ!」
カマンベールチーズを焼き、サラダを彩りよく盛り付け、魚をソテーする。
スペアリブの炊き込みご飯からは、香ばしい匂いが漂った。
キッチンから流れる湯気が、部屋にやわらかく満ちていく。
匠真はソファからその様子を見つめながら、ふと呟く。
「……こういう時間も悪くないな」
◆
テーブルに料理が並んだ頃、俺はすっかり疲れ果てていた。
朝の匠真からの仕返し、息つく間もないほど詰まった仕事、そして慣れない料理。
でも、何とか無事に匠真の誕生日を祝えそうだ。
ワインの栓を抜き、二人でグラスを掲げる。
「――誕生日、おめでとう」
改めて言葉にして笑うと、匠真も静かに笑った。
「ありがとう」
赤ワインを口に含む。
その味が、今夜の穏やかさを象徴しているように思えた。
匠真はスペアリブの炊き込みご飯を口に運ぶ。
「うまいじゃないか」
「ほんとに?」
「レシピどおりに作るのは、おまえの真面目さが出てる」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる。俺には作れない味だ」
その言葉が嬉しくて、颯は少し照れながら笑った。
自分で食べてみても、確かに悪くない。
材料の相性も、思った以上に良かった。
「そういえば……プレゼント、まだ渡してなかった」
俺は立ち上がり、クローゼットからラッピングされたプレゼントを取り出した。
昨日買った財布とネクタイ。
渡す瞬間まで、心臓が跳ね続けている。
「これ、誕生日プレゼント。気に入ってもらえるか分からないけど」
匠真は少し驚いた顔で、俺の手からプレゼントを受け取った。
「開けていいか?」
「うん」
中身を見た瞬間、表情が柔らかく変わった。
「……これ、いいな。おまえが選んだのか?」
「うん。似合うと思って」
「ありがとう」
短い言葉の中に、確かな温度があった。
そのあと、ケーキを食べ、コーヒーを入れて一息つく。
テレビもつけず、ただ静かな夜が流れていく。
――このまま時間が止まればいい。
そう思った瞬間、テーブルの上のスマホが震えた。
着信表示には、見覚えのある名前。
九条怜央。
匠真の表情が、一瞬で険しくなる。
匠真は俺の方を見て、スマホをスピーカーフォンに切り替えた。
「……よく連絡してこれたな」
冷たい声。
電話口の向こうで、怜央が小さく笑った。
『誕生日おめでとう、匠真。』
「用がないなら切るぞ。おまえの相手をしてる時間はない」
『財布とネクタイ、気に入った? 彼、ずいぶん悩んで決めたみたいだったけど。』
その言葉が終わるより早く、通話は切れた。
リビングに静寂が戻る。
匠真の視線が、俺に向けられた。
「……ごめん。黙ってて……」
匠真はしばらく無言だったが、やがて息を吐いた。
「済んだことは仕方がない。ただ、これからはするな。怜央を甘く見ない方がいい」
「うん……そう思った」
「何か言われたのか?」
俺は少し間をおいてから、正直に答えた。
「“この間の件はお仕置きだ”って。匠真は自分のものなのに、取ろうとするからって」
「……」
「あと、“匠真を九条から救えるのは自分だけ”だって。
“九条にもいろいろある”って、意味深なことも言ってた」
しばらくの沈黙。
ワインのグラスの中で、赤い液が小さく揺れる。
「――あいつの言うことは、よく分からない」
低く呟く匠真の声。
その言葉に、俺も小さく頷いた。
匠真でも分からないのなら、自分が理解できないのは当然だ。
けれど、ひとつだけ確かなことがある。
どうして、匠真が“平穏に暮らす”ということだけを許されないのか。
その理不尽が、胸を締め付けた。
俺はそっと手を伸ばし、匠真の手を包む。
「……俺はずっと、おまえの味方だよ」
そう言って、ゆっくりと唇を重ねた。
外では、秋の風が静かに窓を揺らしていた。
ふたりの影を、やわらかい灯りが包み込む。
そのぬくもりだけが、確かな現実だった。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「Birthday for Two ー ふたりの誕生日」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「Birthday for Two ー ふたりの誕生日」はこちら⇒ https://youtu.be/BpSIvugK3-w
今日も分刻みの忙しさだったけど、何とかタスクをこなすことができてほっとする。
「このあと、スーパー寄っていい? 食材、まだ全部そろってなくて」
「構わない。ついでにワインも買っておくか」
「うん。あとケーキも。……おまえの好きそうなの、昼休みにネットで見つけたんだ」
その言葉に、匠真は口元を緩めた。
朝のぎこちなさはもう残っていない。
あの寝言事件も、ようやく笑い話にできそうだった。
◆
スーパーでは、買い物リストを片手に黙々と歩く俺を見て、匠真が笑った。
「……そんなに緊張してどうする」
確かに緊張はしている。
人に料理を作るなんて久しぶりのことだし、相手が料理上手な匠真だからなおさらだ。
「初めてじゃないけど、プレッシャーがあるんだよ。おまえの誕生日だから」
「別に期待してない」
「うるさいな。期待しとけよ」
言い返す声に、どこか楽しげな響きが混じっていた。
ワインは少し奮発した。
料理に合わせやすい赤。
スペアリブ、魚、チーズに合うものを選んで、袋に詰める。
ケーキ店では、ショーケース越しに並ぶケーキを見ながら悩んだ末、
「……やっぱ、チーズ系のやつにしよ」
「どうせほとんどおまえが食べるんだから、好きなのを買え」
「それ、今朝も言われた気がする」
二人の笑い声が、夜の街に溶けた。
◆
部屋に戻ると、俺はすぐにキッチンへ向かった。
とりあえず手際よくやらないと、日付が変わってしまう。
昼休みにレシピを何十個も検索して、作る手順は頭に叩き込んである。
ただし、完璧とは言えない。
いちいちタブレットで手順を確認しながら進める。
「手伝おうか」
タブレットとにらめっこする俺が心配になったのか、匠真がキッチンに入ってくる。
「ダメ。今日はおまえの誕生日なんだから、手伝い禁止!」
「命令口調だな」
「主役は黙って座ってろよ」
そう言ってエプロンを結び直し、俺は包丁を握る。
「よし!」
「怪我するなよ」
リビングから声が飛んでくる。
「うるさいな!集中が途切れるから、黙ってろ!」
カマンベールチーズを焼き、サラダを彩りよく盛り付け、魚をソテーする。
スペアリブの炊き込みご飯からは、香ばしい匂いが漂った。
キッチンから流れる湯気が、部屋にやわらかく満ちていく。
匠真はソファからその様子を見つめながら、ふと呟く。
「……こういう時間も悪くないな」
◆
テーブルに料理が並んだ頃、俺はすっかり疲れ果てていた。
朝の匠真からの仕返し、息つく間もないほど詰まった仕事、そして慣れない料理。
でも、何とか無事に匠真の誕生日を祝えそうだ。
ワインの栓を抜き、二人でグラスを掲げる。
「――誕生日、おめでとう」
改めて言葉にして笑うと、匠真も静かに笑った。
「ありがとう」
赤ワインを口に含む。
その味が、今夜の穏やかさを象徴しているように思えた。
匠真はスペアリブの炊き込みご飯を口に運ぶ。
「うまいじゃないか」
「ほんとに?」
「レシピどおりに作るのは、おまえの真面目さが出てる」
「それ、褒めてる?」
「褒めてる。俺には作れない味だ」
その言葉が嬉しくて、颯は少し照れながら笑った。
自分で食べてみても、確かに悪くない。
材料の相性も、思った以上に良かった。
「そういえば……プレゼント、まだ渡してなかった」
俺は立ち上がり、クローゼットからラッピングされたプレゼントを取り出した。
昨日買った財布とネクタイ。
渡す瞬間まで、心臓が跳ね続けている。
「これ、誕生日プレゼント。気に入ってもらえるか分からないけど」
匠真は少し驚いた顔で、俺の手からプレゼントを受け取った。
「開けていいか?」
「うん」
中身を見た瞬間、表情が柔らかく変わった。
「……これ、いいな。おまえが選んだのか?」
「うん。似合うと思って」
「ありがとう」
短い言葉の中に、確かな温度があった。
そのあと、ケーキを食べ、コーヒーを入れて一息つく。
テレビもつけず、ただ静かな夜が流れていく。
――このまま時間が止まればいい。
そう思った瞬間、テーブルの上のスマホが震えた。
着信表示には、見覚えのある名前。
九条怜央。
匠真の表情が、一瞬で険しくなる。
匠真は俺の方を見て、スマホをスピーカーフォンに切り替えた。
「……よく連絡してこれたな」
冷たい声。
電話口の向こうで、怜央が小さく笑った。
『誕生日おめでとう、匠真。』
「用がないなら切るぞ。おまえの相手をしてる時間はない」
『財布とネクタイ、気に入った? 彼、ずいぶん悩んで決めたみたいだったけど。』
その言葉が終わるより早く、通話は切れた。
リビングに静寂が戻る。
匠真の視線が、俺に向けられた。
「……ごめん。黙ってて……」
匠真はしばらく無言だったが、やがて息を吐いた。
「済んだことは仕方がない。ただ、これからはするな。怜央を甘く見ない方がいい」
「うん……そう思った」
「何か言われたのか?」
俺は少し間をおいてから、正直に答えた。
「“この間の件はお仕置きだ”って。匠真は自分のものなのに、取ろうとするからって」
「……」
「あと、“匠真を九条から救えるのは自分だけ”だって。
“九条にもいろいろある”って、意味深なことも言ってた」
しばらくの沈黙。
ワインのグラスの中で、赤い液が小さく揺れる。
「――あいつの言うことは、よく分からない」
低く呟く匠真の声。
その言葉に、俺も小さく頷いた。
匠真でも分からないのなら、自分が理解できないのは当然だ。
けれど、ひとつだけ確かなことがある。
どうして、匠真が“平穏に暮らす”ということだけを許されないのか。
その理不尽が、胸を締め付けた。
俺はそっと手を伸ばし、匠真の手を包む。
「……俺はずっと、おまえの味方だよ」
そう言って、ゆっくりと唇を重ねた。
外では、秋の風が静かに窓を揺らしていた。
ふたりの影を、やわらかい灯りが包み込む。
そのぬくもりだけが、確かな現実だった。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「Birthday for Two ー ふたりの誕生日」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「Birthday for Two ー ふたりの誕生日」はこちら⇒ https://youtu.be/BpSIvugK3-w
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