風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動

梵天丸

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第54話 影写 ー Echo of the Seal

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 匠真はパソコンのモニターをにらみつけている。
 その手元に、買ってきた缶コーヒーを置いた。
 ここはマンションじゃない。
 真夜中のオフィスだ。

「そろそろ眠くならない?」
「全く」
「すごいな。俺、少しうとうとしかけてから」

 コーヒーのプルトップを開けて口に運ぶ。
 いつもなら、少し甘いものを選ぶけど、頭を覚醒させたかったので珍しくブラックを選んだ。

「どう?動きはある?」
「いや、まだない。だが、必ず来るだろう」

 夜明け前の街は、まだ眠っている。
 その静けさの裏側で、どこかのサーバーは確かに息づいていた。
 小さな、しかし確かな“揺らぎ”を持って。

 夜に仕込んだ“ダミーデータ”。
 そこに獲物は食らいついてくるのか。

 午前二時二十四分。
 Lucent Coreの監視ダッシュボードに、青い光点がひとつ跳ねた。
 “封の勾玉_影写(dummy)”――昨夜、俺たちが仕掛けたダミーデータだ。

「……来た」

 リビングのモニターの前で、匠真の声が低く落ちた。
 薄い光が横顔を照らし、頬の陰影を際立たせている。
 俺はソファの肘掛けに手をかけ、画面を覗き込んだ。

「アクセスノードは“03-TK”。だけど……転送経路が変だ」
「見せろ」
「三段目のVPN経由後に、もう一層“ローカルポート”が開いてる。これ、社内からじゃない」

 言葉を口にした瞬間、匠真が立ち上がった。
 上着を掴み、ポケットに社員カードを滑り込ませる。

「現場に行く」
「俺も行く」
「駄目だ」
「昨日だって、同じこと言ってた。結果、二人で助かったんだろ」

 視線がぶつかる。
 その一瞬の沈黙で、彼が折れるのが分かった。
 匠真は小さく息を吐き、短くうなずいた。

「――いい。だが、俺から離れるな」



 夜のオフィスは、音が吸い込まれるように静かだった。
 エントランスを抜け、非常階段を上がる。
 廊下の照明は防犯モードで半分だけが点灯し、床に長い影を落としている。

 警備担当が駆け寄ってきた。

「社内VPNに不審アクセス。搬入口付近のセンサーが一度反応しました」
「監視カメラは?」
「……三秒だけ、映像が途切れています」

 匠真が短く頷く。

 「やられてるな」

 その声は低く、冷たかった。

 搬入口のシャッターに近づくと、わずかに金属が擦れる音。
 警備員がライトを照らした瞬間、影が動いた。

 ――誰かいる。

 匠真が俺の前に出る。
 次の瞬間、シャッターの隙間がわずかに上がり、黒い影が滑り出た。
 小柄で、痩せた体躯。肩にはノートPC。
 目元を覆うマスクの下から、震えた声が漏れた。

「……動くな」

 ライトに照らされたその顔を見た瞬間、息が詰まった。
 社内掲示板の夜勤シフト表で何度も見た名前。
 ――大野 零。

 匠真が一歩前へ出る。

「それを置け。中身はただのダミーだ」

 零の瞳がわずかに揺れた。
 けれど、手の中のUSBを離そうとはしない。

「……分かってる。最初からそうだって分かってた」
「じゃあ、なぜだ」
「命令だよ。俺はただ、指示どおりにやる。それが条件だから」

 低い声。諦めにも似た響き。
 その瞬間――
 外の闇で、わずかに何かが閃いた。

「匠真、上!」

 反射的に身をかがめる。
 天井の隙間から、小型ドローンが滑り込んでいた。
 赤いレンズがこちらを向き、わずかに光を放つ。

「監視されてる……!」

 匠真が舌打ちした次の瞬間、零がスモーク弾を投げた。
 白い霧が一気に広がり、視界が真っ白になる。
 足音。シャッターが跳ね上がる音。
 俺は咄嗟に追いかけたが、外に出た時にはもう姿はなかった。

 残されたのは、地面に落ちたUSBだけ。



 オフィスに戻り、データ検証用の隔離端末にUSBを挿す。
 画面に“ノイズファイル”が一つだけ現れた。
 ファイル名は「RE_01」。
 開くと、黒い背景の中に歪んだ映像。
 声が混じる。
 ――怜央の声だった。

「情報は、血を流さずに奪える。
 だけど、血を使う方が確実だ」

 わずかな笑い声。
 映像はそれだけで終わった。
 俺は背筋に冷たいものを感じながら、モニターを閉じた。

「……完全に試されたな」
「俺たちの反応速度を測るテストだ」

 匠真は腕を組み、黙り込む。
 静寂の中で、空調の低い唸りだけが響いていた。



 翌朝。
 いつも通りの出社風景。
 何事もなかったかのように柚木さんが笑顔で報告してくる。

「昨夜の監査、無事に終わりました。
 ただ、夜勤のカードキーが何枚か壊れてて、再発行しました」

 ――壊れてた、か。
 俺は短く頷く。

「ありがとう。助かりました」

 デスクに戻ると、タブレットに暗号通信の通知。
 差出人は〈Ryu〉。

(隆哉…)

“00”が消えた。追跡不能。
多分、九条の手の中だ。

 指先が止まる。
 隣で匠真が同じメッセージを見て、小さく呟いた。

「……釣りをしたつもりが、逆に釣られたか」

 その声は、ほとんど自嘲のようだった。
 俺はただ、黙って彼の横顔を見ていた。

 デスクの片隅、モニターの中で、
 “封の勾玉_影写”のアイコンがひとつだけ、
 ――ゆっくりと、淡く瞬いていた。

******************

「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「Run in Silence ― 沈黙の中を走れ」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

♫「Run in Silence ― 沈黙の中を走れ」はこちら⇒ https://youtu.be/zFZJN0bFxHc
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