夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸

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第百六話 何だかよく分からない敵意を

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(た、助かった…)

「友人が来たようですので、これで失礼します」

私は少し不満顔のクルーゲ伯爵令嬢に会釈をして、エルザさんの元に向かった。

「助かりました…」

エルザさんに小声でそう言うと、くすりと笑う声がした。

「ちょうど良いタイミングだったわね。よりにもよってクルーゲ伯爵令嬢に捕まるなんて」
「急に話しかけられたんです。何だかよく分からない敵意をひしひしと感じました…」
「無理もないわ。クルーゲ伯爵家は家門としても北部に領地替えしたラウル様との接触に積極的だったけど、伯爵令嬢が昔から熱を上げているって有名だったもの。だから私もマークしていたのよ」
「そうだったんですね…ところでエルザさんは、初日には来られてなかったんですか?」
「初日にも参加していたわよ。あなたは大変そうだったから声はかけなかったけど」
「すみません、気を遣わせてしまって…」

確かに、初日のあの状況では声も掛けづらかっただろう。
人事に関しても当日までは箝口令がしかれていたから、エルザさんに話すわけにもいかなかったし。

「今日はケヴィンのパートナーとしてきたの。彼、2日目には仕事で参加できなかったから」

そう言って、エルザさんは私に恋人のケヴィンさんを紹介してくれた。

「はじめまして。ケヴィン・リンツです」
「あなたがリンツ男爵なのですね。北部の工芸士の方が、あなたのことをとても褒めていました」
「それは嬉しいですね。北部は優秀な職人の方が多いので、取引する機会も増えているんです」

エルザさんの恋人のリンツ男爵は、とても穏やかで話しやすい人だった。

「先日、エルザさんから凧の見本を見せてもらいました。ぜひ前向きに取引したいと考えているのですが」
「嬉しいです。でも、私では決められないので、後日連絡させて頂いても構いませんか?」
「もちろんです。たぶん、首都でも注目されるでしょうし、外国に持っていっても需要がありそうです」
「本当ですか。ありがとうございます!」

凧の件についてはエルザさんからリンツ男爵に伝えてもらっていることは、すでにラウル様に報告をしてある。
具体的な取引の話になった場合は、エルンスト卿が担当者として対応してくれることになっていた。

「そういえば、ケヴィンは憲法審議会のメンバーに選ばれたの。もちろん、彼も女帝賛成派よ」
「それは、とても心強いですね」
「世界では、女帝が善政を行っている国も多くあります。審議会の際には、そうした資料も提出したいと思います」

リンツ男爵のような見識の広い人が女帝誕生の必要性を訴えてくれたら、きっと多くの人を納得させることができるに違いない。
リリア皇女様が皇帝になれなければ、資質を疑われている3公爵家の誰かが帝位につくことになる。
そうなったら、事実上、皇帝に次ぐ権力を持つことになったラウル様は邪魔になり、排除に動くことはたやすく想像できた。
そういう意味でも、絶対に憲法改正は成し遂げなければならなかった。

(皇女様には…何としても皇帝になってもらわないといけない…ラウル様のためにも…)


ようやく5日間の日程が終わった。

(長かった…)

帰りの馬車の中で、ラウル様はずっと目を閉じていた。
眠っているようにも見えるけど、何となくオンとオフの切替をしているのかもしれないと思った。
何かを話しかけるのは憚られたので、私はラウル様の手にそっと手を重ねた。
すぐに手を握り返してくる感触があった。

(やっぱり眠ってなかった…)

たぶん、私には言えないようなこともたくさんあるのだろうなと思った。
ずっと黙っているのは、そのせいなのかもしれない。

(せめて、私といる時には、ラウル様が煩わしいこと考えなくてすむようにしよう…)

たとえば、こうして何も言わずに手を重ねるだけのようなことも。
沈黙だけが続く時間を共有することも、きっと必要なことなのだろうと思う。
ラウル様が背負わされたものの大きさを考えると胸が苦しくなることがある。
でも、その隣に私がいること、負担を一緒に背負うことを認めてくれていることは、素直に嬉しかった。


馬車が本邸に着いたのは、日付が変わる少し前のことだった。
馬車から降りる頃には、ラウル様の様子もいつも通りに戻っていた。

「閣下、報告が…」

ラウル様の帰りを待っていたディルク卿が耳打ちする。

「シャーレットさん、今日は遅くなりそうなので先に休んでいてください」
「はい、分かりました」

ラウル様が私の頬に軽くキスをする。
そして、ディルク卿と一緒に急ぎ足で本邸に入っていった。
また何か、良くない報告があったのかもしれない…そんな気がした。

(体制が大きくが変わったばかりだから、しばらくはこういうことが続くのかも…)

私が不安になったところで、ラウル様の負担が増えるだけで何も良いことなんてない。
だから、何でもないふりをしていようと思う。
建国祭は今日で終わりだけど、3日後には北部に向けて出発することになっている。
明日からは北部に戻る準備も始めないといけない。
慌ただしい日々が続きそうだった。
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