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小咄
身代わり濃姫(小咄)~日常譚・参(後編)~
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※小咄は、本編のサイドストーリー的な物語になります。この小咄は前後編になっています。本編とは違って、気軽にお楽しみいただければと思います。
信長は厨房に入ってくると、蔵ノ介の姿を認めて、少し眉根を寄せた。
「ああ、吉法師に見つかっちまったか。せっかくあたしが残り全部もらおうと思ったのに」
「何の話だ?」
信長は怪訝そうな顔をしたが、すぐに台の上にあるものを見つけて納得したようだった。
「ああ、帰蝶がまた何か作っておったのか?」
「はい、あの……今日は信長様に食べてもらうためのお菓子を試作して、今甘音たちに味見をしてもらっていたんです。思ったより美味しくできたので、信長様も食べてみられますか?」
美夜がそう言うと、信長は再び表情を険しくする。
「甘音たち……?」
「はい、さっき甘音たちに食べてもらってたんですけど、それが何か?」
信長の顔がさらに険しくなったので、美夜は思わず首をかしげる。
「どうかされましたか? 信長様、甘い物は苦手じゃなかったですよね?」
「そういう話をしているのではない」
信長はむっとした顔をしてしまっている。
なぜ急に機嫌が悪くなったのか、美夜にはその理由がよく分からなかった。
「え? な、何ですか? 信長様、何か怒ってます?」
美夜が戸惑っていると、甘音が少しずつ距離を取り始めていた。
「あ、えっと……あたしは用事を思い出したからちょっと……」
「私も……仕事がありますので、これで……」
甘音だけではなく、蔵ノ介もさりげなく立ち去ろうとしている。
「ちょっと待て、貴様ら。特に蔵ノ介」
そそくさと厨房を出て行こうとする二人を、信長は呼び止めた。
「それに甘音、そなたの仕事は帰蝶を守ることであろう。であれば、どこへも行く必要などないのではないのか?」
「え、いやぁ……まあ、そうだけどさ……面倒なことに関わりたくねぇなって……」
信長の様子も甘音の様子も、そして蔵ノ介の様子もおかしくて、美夜は困惑してしまう。
この微妙な空気はいったい何なのだろう。
「あの、信長様はいったい何を怒っているのですか?」
どうやら信長は怒っているようなのだが、美夜にはその理由がさっぱり分からない。
信長は苛立ったようにその理由を説明する。
「なぜ俺よりも先に蔵ノ介がそなたの料理を口にしているのだ?」
「え……」
「俺よりも先に別の男がそなたの料理を口にしているのを知って、怒らぬほうがおかしいであろう」
「いえ……それは怒るほうがおかしい気がしますけど……」
「いや、これは俺が怒るべき問題だ」
「私には理解できないです。どうして味見をしてもらうことがいけないんですか?」
「味見が悪いのではなく、俺より先にそなたの料理を蔵ノ介が口にしたということが問題なのだ」
話は堂々巡りで、信長は一向に譲ろうとしない。
「分かりました。じゃあもう、信長様のために料理を作るのやめます!」
美夜がそう言い切ると、三人が一様に驚いたような顔をして美夜を見つめてくる。
「え……」
「え……」
「え……」
「だって、私は信長様に美味しいものを食べてもらいたいからこうして一生懸命に料理をしただけなのに、そのせいで誰かが怒られるなんて理不尽です」
気がつけば美夜も腹が立ってきていて、日頃から感じている不満をぶちまけるように、一気に話していた。
「味見だって、信長様にできるだけ美味しいものを食べたもらいたいから、甘音たちにお願いしたことです。だって、信長様に食べてもらうときにはもっと美味しいもの食べてもらいたいから……それなのに、どうして甘音や蔵ノ介さんがそんなに怒られなくちゃいけないんですか?」
美夜が怒り始めると、先ほどまで怒っていた信長の怒りは影を潜め、少し戸惑うような表情をしている。
「いや、それはその……」
「私が料理を作るのをやめれば、誰も信長様に理不尽に怒られたりしないんだったら、そのほうがいいです!」
最後に美夜がそう言い切ると、さすがにフォローが必要だと感じたのか、甘音が口を挟んでくる。
「いや、帰蝶……さすがにそれは……」
「甘音は黙ってて」
「は、はい……」
美夜にぴしゃりと言われて甘音は口を閉ざしたが、今度は蔵ノ介が口を挟んできた。
「帰蝶様、今後は私が気を付ければ良いだけの話だと思い……」
「蔵ノ介さんも黙っててください」
「は、はい……」
蔵ノ介も珍しく怯んだ様子で口を閉ざしてしまう。
周囲が静かになったところで、美夜はさらに信長に詰め寄った。
「だいたい信長様は、私のことがそんなに信用できないんですか?」
「いや……そういうわけではないが……」
「だったら、私がこうして味見をしてもらっているのも、信長様により美味しいものを食べてもらいたいからだってことを、どうして理解してくれないんですか? 甘音も蔵ノ介さんも、それに協力してくれているだけなのに」
「うむ……確かにそうかもしれぬが……」
「私は……誰かに嫌な思いまでさせて料理を作りたいと思いません……だからもうやめます」
美夜が改めてきっぱりとそう言うと、さすがに信長も反省したようだった。
「分かった……すまぬ。今回のことは俺が悪かった……」
信長は甘音と蔵ノ介に謝罪した。
「吉法師が謝った!?」
「…………!?」
信長に謝罪された二人は驚いている。
信長は大いに戸惑う二人に構わず、今度は美夜にも謝罪する。
「帰蝶にもすまぬ。これからはもうそなたを疑ったりはせぬゆえ、料理はしないなどとは言わないでほしい。そなたの料理は俺の楽しみのひとつでもあるのだ」
信長が反省していることは十分に伝わっていたので、美夜は微笑んだ。
「分かりました。じゃあ、せっかくだから、信長様も食べてみられますか? 本当はこれにもう少し足して、もっと美味しいものにしてから食べてもらおうと思っていたんですけど」
「いや、ぜひ今の状態のものも食べてみたい」
「はい、分かりました!」
嬉しそうに帰蝶の作った菓子を食べている信長の姿を見ながら、甘音がそっと蔵ノ介に囁いた。
「何が怖ぇって、帰蝶が一番怖ぇ気がするんだ、あたし……」
「私もそう思いました……帰蝶様は侮れないですね……」
そんな二人の会話など聞こえないかのように、信長と美夜は楽しそうに話をしていた。
信長は厨房に入ってくると、蔵ノ介の姿を認めて、少し眉根を寄せた。
「ああ、吉法師に見つかっちまったか。せっかくあたしが残り全部もらおうと思ったのに」
「何の話だ?」
信長は怪訝そうな顔をしたが、すぐに台の上にあるものを見つけて納得したようだった。
「ああ、帰蝶がまた何か作っておったのか?」
「はい、あの……今日は信長様に食べてもらうためのお菓子を試作して、今甘音たちに味見をしてもらっていたんです。思ったより美味しくできたので、信長様も食べてみられますか?」
美夜がそう言うと、信長は再び表情を険しくする。
「甘音たち……?」
「はい、さっき甘音たちに食べてもらってたんですけど、それが何か?」
信長の顔がさらに険しくなったので、美夜は思わず首をかしげる。
「どうかされましたか? 信長様、甘い物は苦手じゃなかったですよね?」
「そういう話をしているのではない」
信長はむっとした顔をしてしまっている。
なぜ急に機嫌が悪くなったのか、美夜にはその理由がよく分からなかった。
「え? な、何ですか? 信長様、何か怒ってます?」
美夜が戸惑っていると、甘音が少しずつ距離を取り始めていた。
「あ、えっと……あたしは用事を思い出したからちょっと……」
「私も……仕事がありますので、これで……」
甘音だけではなく、蔵ノ介もさりげなく立ち去ろうとしている。
「ちょっと待て、貴様ら。特に蔵ノ介」
そそくさと厨房を出て行こうとする二人を、信長は呼び止めた。
「それに甘音、そなたの仕事は帰蝶を守ることであろう。であれば、どこへも行く必要などないのではないのか?」
「え、いやぁ……まあ、そうだけどさ……面倒なことに関わりたくねぇなって……」
信長の様子も甘音の様子も、そして蔵ノ介の様子もおかしくて、美夜は困惑してしまう。
この微妙な空気はいったい何なのだろう。
「あの、信長様はいったい何を怒っているのですか?」
どうやら信長は怒っているようなのだが、美夜にはその理由がさっぱり分からない。
信長は苛立ったようにその理由を説明する。
「なぜ俺よりも先に蔵ノ介がそなたの料理を口にしているのだ?」
「え……」
「俺よりも先に別の男がそなたの料理を口にしているのを知って、怒らぬほうがおかしいであろう」
「いえ……それは怒るほうがおかしい気がしますけど……」
「いや、これは俺が怒るべき問題だ」
「私には理解できないです。どうして味見をしてもらうことがいけないんですか?」
「味見が悪いのではなく、俺より先にそなたの料理を蔵ノ介が口にしたということが問題なのだ」
話は堂々巡りで、信長は一向に譲ろうとしない。
「分かりました。じゃあもう、信長様のために料理を作るのやめます!」
美夜がそう言い切ると、三人が一様に驚いたような顔をして美夜を見つめてくる。
「え……」
「え……」
「え……」
「だって、私は信長様に美味しいものを食べてもらいたいからこうして一生懸命に料理をしただけなのに、そのせいで誰かが怒られるなんて理不尽です」
気がつけば美夜も腹が立ってきていて、日頃から感じている不満をぶちまけるように、一気に話していた。
「味見だって、信長様にできるだけ美味しいものを食べたもらいたいから、甘音たちにお願いしたことです。だって、信長様に食べてもらうときにはもっと美味しいもの食べてもらいたいから……それなのに、どうして甘音や蔵ノ介さんがそんなに怒られなくちゃいけないんですか?」
美夜が怒り始めると、先ほどまで怒っていた信長の怒りは影を潜め、少し戸惑うような表情をしている。
「いや、それはその……」
「私が料理を作るのをやめれば、誰も信長様に理不尽に怒られたりしないんだったら、そのほうがいいです!」
最後に美夜がそう言い切ると、さすがにフォローが必要だと感じたのか、甘音が口を挟んでくる。
「いや、帰蝶……さすがにそれは……」
「甘音は黙ってて」
「は、はい……」
美夜にぴしゃりと言われて甘音は口を閉ざしたが、今度は蔵ノ介が口を挟んできた。
「帰蝶様、今後は私が気を付ければ良いだけの話だと思い……」
「蔵ノ介さんも黙っててください」
「は、はい……」
蔵ノ介も珍しく怯んだ様子で口を閉ざしてしまう。
周囲が静かになったところで、美夜はさらに信長に詰め寄った。
「だいたい信長様は、私のことがそんなに信用できないんですか?」
「いや……そういうわけではないが……」
「だったら、私がこうして味見をしてもらっているのも、信長様により美味しいものを食べてもらいたいからだってことを、どうして理解してくれないんですか? 甘音も蔵ノ介さんも、それに協力してくれているだけなのに」
「うむ……確かにそうかもしれぬが……」
「私は……誰かに嫌な思いまでさせて料理を作りたいと思いません……だからもうやめます」
美夜が改めてきっぱりとそう言うと、さすがに信長も反省したようだった。
「分かった……すまぬ。今回のことは俺が悪かった……」
信長は甘音と蔵ノ介に謝罪した。
「吉法師が謝った!?」
「…………!?」
信長に謝罪された二人は驚いている。
信長は大いに戸惑う二人に構わず、今度は美夜にも謝罪する。
「帰蝶にもすまぬ。これからはもうそなたを疑ったりはせぬゆえ、料理はしないなどとは言わないでほしい。そなたの料理は俺の楽しみのひとつでもあるのだ」
信長が反省していることは十分に伝わっていたので、美夜は微笑んだ。
「分かりました。じゃあ、せっかくだから、信長様も食べてみられますか? 本当はこれにもう少し足して、もっと美味しいものにしてから食べてもらおうと思っていたんですけど」
「いや、ぜひ今の状態のものも食べてみたい」
「はい、分かりました!」
嬉しそうに帰蝶の作った菓子を食べている信長の姿を見ながら、甘音がそっと蔵ノ介に囁いた。
「何が怖ぇって、帰蝶が一番怖ぇ気がするんだ、あたし……」
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そんな二人の会話など聞こえないかのように、信長と美夜は楽しそうに話をしていた。
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