年下将軍に側室として求められて

梵天丸

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side story3 ~義藤の気持ち~

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 今回の物語は、本編第7話で側室となった芭乃とのすれ違いに葛藤する義藤の話――。

 義藤よしふじは家臣の藤孝ふじたかから周辺領地の状況についての報告を受けていた。
 しかし、義藤の頭の中には藤孝の言葉は入ってこず、芭乃はののことばかり考えている。
「…………」
 昨夜もねやに呼んだものの、結局一言も会話を交わすことはなかった。
 芭乃のほうから何か話しかけてきてくれることを期待してしまっていた自分も悪いが、だからといって閨の中でずっと何かを耐え続けているような芭乃の姿を見ていると、義藤のほうからは言葉をかけづらいところもあった。
(そんなに俺が嫌なら、嫌と言えば良いのに。あいつだけは俺に本音を言ってくれると思っていたのに、未だに何も言わんとは……くそ……!)
 義藤は芭乃に対して、そんな苛立ちを覚えていた。
 芭乃を側室として迎え、身体も重ねれば、気持ちもひとつになることができると義藤は思っていた。
 けれども、芭乃の気持ちは、抱けば抱くほどに遠ざかっていくようで、それが義藤にとってはもどかしくもあり、腹立たしくもあった。
「公方様? どうかなされましたか?」
 義藤の反応がないのを訝しく思ったのか、藤孝が怪訝そうな顔をしている。
「あ、いや、何でもない。それで、現在の状況はどうだ?」
「今お伝えしましたように、三好の動きが気になります。それから……」
 藤孝の説明する声が、また遠くなる。
 閨での芭乃の姿が思い出され、近頃芭乃の笑顔をまったく見てないなということに気づく。
 最近義藤と一緒にいる時の芭乃は、いつも何か憂鬱な悩み事を抱えているような顔をしている。
 そんな芭乃を見ていると、本当は自分ではなく光秀に抱かれたいとでも考えているのではないかと、義藤は勘ぐってしまうのだ。
 だからいつも、芭乃を乱暴に抱いてしまう。
(芭乃が笑わなくなったのは俺のせいか? ならばそう言えば良いのに。あいつは本当に俺に対して何も言わない……)
 芭乃を側室に迎えてしまえば、何もかもがうまく収まるだろうと考えたのは大間違いだった。
 むしろ、こんな気持ちになるのなら、強引に側室に迎えることなどしなければ良かったのかもしれない。
(でも、そうなるとあいつは確実に光秀の側室になっていただろうし……)
 芭乃が光秀に……他の男に抱かれるなどということを想像するだけで、胸が苦しくなる。しかも、芭乃自身も光秀に対して恋心を抱いていたのだ。
 光秀と一緒にいる時の芭乃は、義藤が見たこともないような表情をしていた。紛れもなく、彼女は光秀に惹かれている……義藤はそう確信した。
 光秀は頭も良いし、性格も温厚だし、たとえ側室といえども娶った女は大切にするだろう。
 芭乃の幸せを思えば、光秀のもとへやるべきだったのかもしれない。けれども、義藤は絶対にそれはできなかった。芭乃が自分から離れていくことも、他の男のものになることも我慢がならなかった。
 つまり、義藤としては芭乃を自分の側室に入れるという以外の選択肢は最初からなかったのだ。
(そう言えば……藤孝もかつては芭乃を側室に迎えようとしていたのだったな)
 目の前の生真面目な臣下の姿を見ながら、義藤は数年前のことを思い出す。
 あの頃はまだ自分の芭乃に対する気持ちがどういうものなのか、義藤には理解できていなかった。
 だから、藤孝が芭乃をめとりたいと相談に来たときも、表面上は応援していたし、二人は夫婦になるのかと何となく考えたりもした。
 ただ、芭乃の父の晴舎はるいえに断られ、藤孝が芭乃を娶るのを諦めたと聞いたとき、心の底からほっとしたことだけは覚えている。
 なぜ自分がほっとしたのかまでを、その時の義藤は考えることはなかったのだが。
「公方様……お疲れですか?」
 気がつけば、藤孝が少し呆れたような顔をしている。
「す、すまん……またぼーっとしていた……」
「私は構いませんが……しかし、公方様がお疲れなのでしたら、少し休憩いたしませんか?」
 藤孝の提案に、苦笑しつつ義藤は頷いた。
「そうだな。少し疲れているのかもしれない」

 女房が入れてくれた茶を飲みながら、二人は少し休息した。
 茶には小さな菓子がそえられてある。
「茶に菓子などと今日は贅沢だな」
「はい。ありがたいことですね。一時は食べるものにさえ事欠くこともありましたし」
 父とともに京を追われ、頼る勢力もなかった頃は、その日に食うものにさえ事欠いた。
 その頃のことを、藤孝もよく覚えているのだ。
 家臣たちが野山に入り、食べることができそうな草や鳥などを捕らえて戻ってくると、歓声さえあがった。
 しかし、それも皆で分けるとひと晩ですべてなくなり、また翌日には食うものがないという状況が続いていた。
 その頃に比べると、今はまだ京へ戻ることはできていないとはいえ、随分と恵まれている。
「以前はよく、小侍従こじじゅう様がお茶を入れてくださいましたね」
「あ、ああ、そ、そうだな……」
 藤孝の口から小侍従の名が出て、義藤は危うく茶を口から吹き出しそうになった。
 確かに、芭乃が側室に入る前は、こうした仕事はすべて芭乃の役割だった。
 芭乃が茶を入れて持ってきたときに、藤孝がいつも顔を赤らめていたのが懐かしい。
「えっと、その……俺が小侍従を側室に迎えたこと、お前は恨んでないか?」
 義藤はずっと藤孝に聞きたくて聞けなかったことを聞いてみた。
 藤孝はきょとんと首をかしげ、それから笑った。
「どうして私が恨む必要がありましょう。私はむしろ喜んでおります。公方様も小侍従様も私にとっては大切な御方。お二人が生涯にわたって連れ添われるということは、私はお二人に生涯お仕えできるということなのですから」
 藤孝らしいものの言い方に、義藤は心がぬくもるのを感じた。
 この家臣は本当に裏も表もなく、素直で心が優しい。
「小侍従も、お前に嫁いでいれば幸せになれたかもしれないのにな……」
 ふと漏らしたその言葉に、藤孝の表情が曇る。
「あの……立ち入ったことをお聞きしますが、小侍従様と何かあったのですか?」
「え、あ、べ、別に何もないが……」
 うろたえていることを気づかれないよう、義藤は平静を装ったが、藤孝はますます怪しいものでも見るように義藤を見てくる。
「気のせいかもしれませんが、最近の小侍従様は以前よりも少し元気がない気がします。もしかして……」
 藤孝がそこで言葉を句切るので、義藤は自分が芭乃に辛く当たっていることがばれたのかと思った。
 藤孝が欲しくても手に入れることのできなかったものを自分は手に入れたのに、それを大切にしていないと知れたら……。
 いや、義藤とて、辛く当たりたくて芭乃に辛く当たっているわけではない。心の奥底ではいつも後悔しているし、できれば優しくしたいと思っている。
 それができない自分に腹が立ったりもしているが、決して芭乃を不幸にしたいとは考えていない……というような事情を、いったいどう藤孝に説明すれば良いのだろう……。いや、説明できるはずがない。
「私には本当のことを仰ってください、公方様」
「え、ほ、本当のことって……」
(本当のことを言えば、藤孝は俺を怒るに決まってる……こいつは怒ると怖い。本気で怒ると俺よりも怖い。言えるわけが……)
「ご懐妊……なされたのですね?」
「は……?」
 予想と違う藤孝の言葉に、義藤は目を見開く。
 しかし、藤孝の顔は真剣そのものだ。
「小侍従様にご懐妊のきざしがあったのではありませんか? 小侍従様が突然気分が悪くなられたり、食欲がなくなられたり、すぐに眠くなったり、妙に苛立たれたりするのはご懐妊のきざしということもあります。そう書物で読みました」
「いや、えっと……その……」
 とんでもない方向に想像力を働かせたものだと、義藤は戸惑ってしまう。
「公方様はそうした小侍従様の変化をご自分のせいになされて気に病んでおられるのでは?」
「え、ええっと……」
 思わず後ずさりする義藤に、藤孝はさらにぐいぐいと迫ってくる。
「お隠しになってはいけません。こういうことは臣下には真っ先にきちんと仰っていただかないと! 準備もあるのです。いろいろと!」
「お、落ち着け、藤孝」
「さあ、白状してください。できたのですね! 義藤様と小侍従様の御子が!」
 藤孝はすっかり決めつけてしまっている。
 確かに子ができるために必要なことはしょっちゅうしているが、実際にまだ芭乃にはそうしたきざしはない。
「藤孝、失望させて悪いが……まだそういう話はまったくない……」
「ち、違ったのですか!?」
「ああ、違う……」
「とても期待してしまっただけに残念です……」
 心底がっかりしている藤孝を見て、義藤も脱力する。
(まあ、藤孝らしい勘違いというか……)
 子ができたら、芭乃と自分との関係も少しは変わるだろうかと義藤は考えてみる。
 確かに子ができれば少しは変わるかもしれないが、根本の問題まで解決するわけではない。
 義藤が芭乃の気持ちを無視して強引に彼女を側室に入れたという事実までは消えないのだ。
(まだ存在もしない子に依存しても仕方がないな。俺が何とかしなければいけない問題なのだろうが……)
 しかし、いったいどうすれば芭乃と昔のような関係に戻ることができるのか、それともそんなことは不可能なのか――考えても答えは見つからず、義藤は途方に暮れたような気持ちになった。
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