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猛獣は墜ちたツバメを飼い慣らす
Un'altra rondine(バレンタイン番外編)
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「もうここには来るな」
情夫にそう言われたのは、凍えそうな真冬の日だった。
暖炉が赤々と燃える室内に入った途端、開口一番に放たれた言葉がそれだ。
「……は?」
生ぬるいほどに温まった室内で、見慣れた長い黒髪が窓際に佇んでいる。
俺の方に顔を向けることなく、相手は静かに窓の外を見つめていた。
なんでそう言われたのか、心当たりは悲しいことに山ほどあった。
まず、相手は男娼だ。血筋としてはかなり上等らしいが、家はこいつがガキの頃に武装蜂起やら統一運動やらの流れに乗れずに没落。なんやかんやあって男娼の地位に墜ちた不憫な野郎だが、うかつに同情すると顔面に蹴りが飛んでくる。今じゃ、過去の話はご法度だ。
まあそれでも、それなりに客を選べる立場ではあるらしい。性格はアレだが、ツラがいいし身体もいい。ついでに言えば声もいい。……まあ、俺以外の客なんざ、俺が選ばせねぇんだがな。
相手が男娼である以上、最初に思い浮かぶ理由としては、身請けが妥当だ。つっても俺と支配人との縁を考えりゃ、考えにくい線ではある。……が。
「……ビアッツィと縁を切りたくなったか?」
もしかしたら、別の組の野郎が経営に口出ししてきたのかもしれねぇ。それならどうにか聞き出して消すだけで済むんだが……
「理由はどう考えてくれても良い。もう来るな」
……この調子じゃ、そういう訳でもなさそうだ。
こいつは賢い。「来るな」って言われたところで聞かねぇことぐらいわかってるだろうし、身請けが理由ならケツモチをチラつかせるぐらいのことはやる。
あとは個人的に俺か俺の組が嫌になったかぐらいだろうが、店で門前払いを食らったわけでもないことを考えると……
「ははあ、なるほどねぇ。来るなって口では言いつつ、本当は来てほしいから理由を聞いてくれってことかい」
「……君は僕のことにやけに詳しいが、言葉は言葉のまま受け取ってもらいたいものだ」
整った顔がようやくこちらを向き、藍色の瞳が俺を睨みつける。
こいつはガキの頃からそうだ。尊大でひねくれもので、本音を言えない癖をして、俺にだけは分かってもらえると思っていやがる。
思えば男娼として売られる直前の言葉も、同じく「もう来るな」だった。
俺が忘れるとでも思っているのなら、とんだ大馬鹿野郎だ。
「『来るな』ってのは、どっちのセリフだ」
「……どういう意味だ」
「男娼か、自分自身か、どっちだって聞いてんだよ」
「……。……僕が、僕自身の意志で発したと言えば、君はどうする」
藍色の瞳が、ふっと逸らされる。
ああ、やっぱりな。何か、大事なことを隠していやがる。
「顔色が悪ぃな。身体か」
「……答える必要があるか」
「お袋さん、肺を病んだんだっけか。……お前もか?」
「……!」
はっと息を呑み、切れ長の瞳が驚愕に見開かれる。
……なるほどね。図星らしいな。
「……どうして」
「俺が気付かねぇとでも思ったのか? 見くびられたもんだぜ」
顔も、身体も、声も。
お前のことはいつだって近くで見て来たし、お前のことなら何でも……いいや、何でも知ってるとまでは言えねぇが、いつだって知ろうとしてきた。
舐めんじゃねぇぞ。こちとらガキの時に、魂全部奪われてんだから。
「どうしたもんか。治療費は積めるが、問題は療養地か……。シチリアよか此処のが安全だしなあ……」
「勝手に話を進めるな! そういうところが自分勝手だと何度も……」
「自分勝手なのはお互い様だろ。我儘でめんどくさいツバメちゃんに言われたかねぇな」
「な……っ、僕は君のことを思って忠告してやったのに、なんだその言い草は!」
「はいはい、愛の言葉が下手くそだねぇ。可愛い可愛い」
「君ほど気障じゃないだけだ……!」
怒る唇を塞ごうとするが、腕で阻まれる。
うつしたくねぇってか。健気だねぇ。
「……で、どうしたい?」
「……っ」
フェルドは唇を噛んで俯き、拳を握り締める。
ダメ押しとばかりに、囁いた。
「言ったろ。俺は、お前のために全部を利用する」
「……ジャグアーロ……」
藍色の瞳が揺れ、頬に透明な雫が伝う。
時代に翻弄され立場を墜としても、決して涙を流さなかった野郎が、縋りつくように啼く。
「連れて行ってくれ。ここではない、どこかに」
「……任せな。愛しい人」
資金繰りはどうにかなるとしても……ウチの組織は今、大陸への移動を画策中で騒がしい。……場合によっちゃ、考えることは更に多くなる。
俺達は血統主義を覆し、蔑まれてきた奴らに光を当てようと「力」を追い求め、世界の変革を目指した。
今や組織は「力」に憑りつかれ、新たな「力」である「金」を生み出すために他を蔑み、虐げ始めている。
俺は頭首とは違う。どんなに道が険しくとも、見失いはしない。
「フェルド。お前と行く道を、何がなんでも正解にしてやるよ」
「……ああ……!」
大事なものは、最初から決まっている。
***
19世紀イタリアにて隆盛を始め、20世紀には世界各国にその名を轟かせ、21世紀を待たずに壊滅したマフィア、ビアッツィ・ファミリー。
その黎明期を支えた幹部の名簿には、「ジャグアーロ・ビアッツィ」という名が記されている。
首領の遠い血縁であり、その抜け目のなさで幹部にまで上り詰めた男は、ある日を境に歴史の表舞台から姿を消した。詳細は語られていないが、同時期に力をつけ始めた自治組織の幹部に、ジャグアーロの偽名である「ジャコモ」が存在するという説もある。
後世には「彼がビアッツィを見限ったことで、滅びが始まった」……と、評した者さえいたという。
時代は21世紀。
黄昏の路地裏にて、ある占い師は語る。
「実はねぇ、ジャグアーロがビアッツィを見限らず、ビアッツィの栄華が続く未来もあったのさ。本当だよ、アタイには視えるんだ」
「でもねぇ。ジャグアーロの生き方は何にも変わっちゃいない。違ったのは周りの方さ」
「どういう意味かって? さあ、どういう意味だろうねぇ。ただひとつ、言えることがある」
「ジャグアーロは、どちらの世界でも愛に生きたのさ」
紫とも褐色ともつかない瞳が、光を受け、蒼く輝く。
……ビアッツィには、語り継がれている伝承がある。
「黒髪に蒼い瞳の者がいれば、蔑ろにしてはならない。それは幸運の証だ」と──
情夫にそう言われたのは、凍えそうな真冬の日だった。
暖炉が赤々と燃える室内に入った途端、開口一番に放たれた言葉がそれだ。
「……は?」
生ぬるいほどに温まった室内で、見慣れた長い黒髪が窓際に佇んでいる。
俺の方に顔を向けることなく、相手は静かに窓の外を見つめていた。
なんでそう言われたのか、心当たりは悲しいことに山ほどあった。
まず、相手は男娼だ。血筋としてはかなり上等らしいが、家はこいつがガキの頃に武装蜂起やら統一運動やらの流れに乗れずに没落。なんやかんやあって男娼の地位に墜ちた不憫な野郎だが、うかつに同情すると顔面に蹴りが飛んでくる。今じゃ、過去の話はご法度だ。
まあそれでも、それなりに客を選べる立場ではあるらしい。性格はアレだが、ツラがいいし身体もいい。ついでに言えば声もいい。……まあ、俺以外の客なんざ、俺が選ばせねぇんだがな。
相手が男娼である以上、最初に思い浮かぶ理由としては、身請けが妥当だ。つっても俺と支配人との縁を考えりゃ、考えにくい線ではある。……が。
「……ビアッツィと縁を切りたくなったか?」
もしかしたら、別の組の野郎が経営に口出ししてきたのかもしれねぇ。それならどうにか聞き出して消すだけで済むんだが……
「理由はどう考えてくれても良い。もう来るな」
……この調子じゃ、そういう訳でもなさそうだ。
こいつは賢い。「来るな」って言われたところで聞かねぇことぐらいわかってるだろうし、身請けが理由ならケツモチをチラつかせるぐらいのことはやる。
あとは個人的に俺か俺の組が嫌になったかぐらいだろうが、店で門前払いを食らったわけでもないことを考えると……
「ははあ、なるほどねぇ。来るなって口では言いつつ、本当は来てほしいから理由を聞いてくれってことかい」
「……君は僕のことにやけに詳しいが、言葉は言葉のまま受け取ってもらいたいものだ」
整った顔がようやくこちらを向き、藍色の瞳が俺を睨みつける。
こいつはガキの頃からそうだ。尊大でひねくれもので、本音を言えない癖をして、俺にだけは分かってもらえると思っていやがる。
思えば男娼として売られる直前の言葉も、同じく「もう来るな」だった。
俺が忘れるとでも思っているのなら、とんだ大馬鹿野郎だ。
「『来るな』ってのは、どっちのセリフだ」
「……どういう意味だ」
「男娼か、自分自身か、どっちだって聞いてんだよ」
「……。……僕が、僕自身の意志で発したと言えば、君はどうする」
藍色の瞳が、ふっと逸らされる。
ああ、やっぱりな。何か、大事なことを隠していやがる。
「顔色が悪ぃな。身体か」
「……答える必要があるか」
「お袋さん、肺を病んだんだっけか。……お前もか?」
「……!」
はっと息を呑み、切れ長の瞳が驚愕に見開かれる。
……なるほどね。図星らしいな。
「……どうして」
「俺が気付かねぇとでも思ったのか? 見くびられたもんだぜ」
顔も、身体も、声も。
お前のことはいつだって近くで見て来たし、お前のことなら何でも……いいや、何でも知ってるとまでは言えねぇが、いつだって知ろうとしてきた。
舐めんじゃねぇぞ。こちとらガキの時に、魂全部奪われてんだから。
「どうしたもんか。治療費は積めるが、問題は療養地か……。シチリアよか此処のが安全だしなあ……」
「勝手に話を進めるな! そういうところが自分勝手だと何度も……」
「自分勝手なのはお互い様だろ。我儘でめんどくさいツバメちゃんに言われたかねぇな」
「な……っ、僕は君のことを思って忠告してやったのに、なんだその言い草は!」
「はいはい、愛の言葉が下手くそだねぇ。可愛い可愛い」
「君ほど気障じゃないだけだ……!」
怒る唇を塞ごうとするが、腕で阻まれる。
うつしたくねぇってか。健気だねぇ。
「……で、どうしたい?」
「……っ」
フェルドは唇を噛んで俯き、拳を握り締める。
ダメ押しとばかりに、囁いた。
「言ったろ。俺は、お前のために全部を利用する」
「……ジャグアーロ……」
藍色の瞳が揺れ、頬に透明な雫が伝う。
時代に翻弄され立場を墜としても、決して涙を流さなかった野郎が、縋りつくように啼く。
「連れて行ってくれ。ここではない、どこかに」
「……任せな。愛しい人」
資金繰りはどうにかなるとしても……ウチの組織は今、大陸への移動を画策中で騒がしい。……場合によっちゃ、考えることは更に多くなる。
俺達は血統主義を覆し、蔑まれてきた奴らに光を当てようと「力」を追い求め、世界の変革を目指した。
今や組織は「力」に憑りつかれ、新たな「力」である「金」を生み出すために他を蔑み、虐げ始めている。
俺は頭首とは違う。どんなに道が険しくとも、見失いはしない。
「フェルド。お前と行く道を、何がなんでも正解にしてやるよ」
「……ああ……!」
大事なものは、最初から決まっている。
***
19世紀イタリアにて隆盛を始め、20世紀には世界各国にその名を轟かせ、21世紀を待たずに壊滅したマフィア、ビアッツィ・ファミリー。
その黎明期を支えた幹部の名簿には、「ジャグアーロ・ビアッツィ」という名が記されている。
首領の遠い血縁であり、その抜け目のなさで幹部にまで上り詰めた男は、ある日を境に歴史の表舞台から姿を消した。詳細は語られていないが、同時期に力をつけ始めた自治組織の幹部に、ジャグアーロの偽名である「ジャコモ」が存在するという説もある。
後世には「彼がビアッツィを見限ったことで、滅びが始まった」……と、評した者さえいたという。
時代は21世紀。
黄昏の路地裏にて、ある占い師は語る。
「実はねぇ、ジャグアーロがビアッツィを見限らず、ビアッツィの栄華が続く未来もあったのさ。本当だよ、アタイには視えるんだ」
「でもねぇ。ジャグアーロの生き方は何にも変わっちゃいない。違ったのは周りの方さ」
「どういう意味かって? さあ、どういう意味だろうねぇ。ただひとつ、言えることがある」
「ジャグアーロは、どちらの世界でも愛に生きたのさ」
紫とも褐色ともつかない瞳が、光を受け、蒼く輝く。
……ビアッツィには、語り継がれている伝承がある。
「黒髪に蒼い瞳の者がいれば、蔑ろにしてはならない。それは幸運の証だ」と──
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