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第2章 Create for Blood
39.『Mon ami』の記憶
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「アナタは『我が友』……私の、友人です」
セルジュは、僕にそう名前をつけて、彫刻家をやめた。
目が見えなくなってしまった彼に、彫刻刀は握れなかった。それでも彼は、新たに音楽を奏で始めた。
僕は、ずっとセルジュのそばにいた。
「『我が友』よ……私は、この先どう生きるべきですか」
「弟子ができました。歌い手と演奏家です。芸名を、シエル、ソレイユ、と名付けました。可愛い子達ですよ」
「もう、ほとんど見えません。アナタの姿も、手触りでしか分からなくなりました」
セルジュは、何かを表現することを決して諦めなかった。
彫刻がダメなら音楽で、自分で演奏が出来ないのなら弟子を取って、パトロンがいなくても旅芸人として……
「新たな弟子ができました。芸名はミシェルとしました。少々変わり者ですが、器用な青年です」
「……『我が友』よ、いずれ戦火の炎は、私や弟子達をも苛むでしょう」
「『我が友』よ……。私の唯一にして至高の友人よ、私を、そして……我が弟子達を、見守ってください」
セルジュは僕の友達だった。
違う。僕に……セルジュ・グリューベル以外の友達なんていなかった。
セルジュはやがて、どこかに行った。
いつか帰ってくると思って、長い時間待っていた。
「ふむ、興味深い話だ。だが『我が友』君。キミは人間というものを根本的に誤解している」
ある日突然、前触れもなくサワが現れた。僕がセルジュをずっと待っていた場所は、骨董品店、という場所だったらしい。
「人間には寿命があり、やがて死ぬ。セルジュ・グリューベルはもう帰っては来ない。とっくに亡き者だからね」
嘘だ、と言いたかった。セルジュはいつか、また僕に色んなことを聞かせてくれるはずだから。
「輪廻転生……という考えもあるが、生憎と吾輩は仏教徒ではない。クリスチャンでもないがね」
気取った喋り方をしながら、サワは手袋に覆われた手で僕に触れた。そうして、眠っている店主の元に僕を連れていく。
「丁度いい。吾輩に聞かせてもらいたいものだ。キミが見てきた「19世紀」に興味がある」
その日から、サワが新しい友達になった。
ハナノサワ。日本から来た小説家。彼女が夜遅くまで原稿に頭を悩ませる姿は、セルジュとどこか似ていた。
「……ボクはね、人にボクを認めさせたい。この世界に、ボクの小説を響かせたい」
「ボクの体は、好きで「こう」なったわけじゃない……。いつか、認めさせてやるとも」
サワの体は、奇妙なあざで覆われていた。ちらりと見ただけなら鱗のようにも見えたけど、本人は頑なに見せたがらなかった。
生まれつきの奇病らしい。両親はまだ受け入れたが、他人には受け入れられなかったと聞いた。
「皮一枚違うだけだ。……可笑しなことだよ。結局は祈祷だのなんだのに連れ回された。引越しに付き合わされる妹も、実に哀れなものだったね」
彼女の体質に小説の出来は関係ない。だからこそ、僕も応援していた。彼女が夢を叶えて、体を隠さなくても堂々と生きられる日を、僕も夢見ていた。
彼女はいくつか作品を書き上げて日本に送った。フランス語に翻訳してこっちで発表もしていたけど、本人は外になかなか出なかった。
「……免疫力がね、低いんだ」
ポツリと、そんなことを漏らしていた気がする。
買い出しに行ったっきり、サワは突然帰ってこなくなった。
部屋に知らない人たちが来て、サワの持ち物を全部持っていった。
たった一人、おばさんが僕を見て「これは一緒に故郷へ」と言った。
そこで初めて僕は、サワの言葉の意味を知った。
人間は、やがて死ぬ。その言葉の意味を。
サワは、出先であっさり死んでしまっていた。
出かけるまでは元気だったのに、何かの発作で倒れて頭を打ったらしい。
あっさり、本当に呆気なく、寿命を迎えてしまった。
「いやはや、困ったものだよ。吾輩としたことが、こんなにあっさり死んでしまうとは」
……サワは、自分の屍の上でおどけたようにそう言った。
「……しかし、困ったね。まだ書きたいものが山ほどあったというのに」
じゃあ、僕と一緒にいてくれる?セルジュの生まれ変わりを待ってくれる?
そう、言ったら、
「前も言ったと思うが、輪廻転生とやらは信じていないよ。だが、新たな創作者という意味でなら、キミと共に待とうじゃないか。このままじゃボクも……死んでも死にきれない」
それは、きっと許されないこと。
セルジュが人形に命を与えてしまったことも、
僕が一人の小説家に関わってしまったことも、
彼女が、無念のあまりこの世に留まることを選んだことも、
本当は、いけないことだったんだと思う。
「『我が友』よ、それでもボクは見てみたいんだ。ボク達の孤独を、哀しみを……呪いでなく、糧にできる新たな創作者の姿を……!」
その時初めて、サワの涙を見た気がした。サワ自体は、ハッキリとした姿を失ってしまっていたのに。
結局僕は、サワの故郷には行けなかった。
理由は簡単。荷物からこぼれ落ちて、道端に埋もれてしまったから。
サワも、魂だけは故郷に戻らなかった。それより僕のそばにいたがった。
そして、また時が流れた。今回は前よりずっと短く感じた。
「カミーユ、何か見つけたの?……何それ。汚れた人形じゃない」
「……いや、変に気になったからさ……」
彼らは狂人だろうか?異端だろうか?罪人だろうか?
僕にはよくわからない。ただ、その願いが世界に対する罪だったとしても、
セルジュ、僕は、創ってもらえて良かったよ。
……これは、
領分を侵した人形の記憶。
セルジュは、僕にそう名前をつけて、彫刻家をやめた。
目が見えなくなってしまった彼に、彫刻刀は握れなかった。それでも彼は、新たに音楽を奏で始めた。
僕は、ずっとセルジュのそばにいた。
「『我が友』よ……私は、この先どう生きるべきですか」
「弟子ができました。歌い手と演奏家です。芸名を、シエル、ソレイユ、と名付けました。可愛い子達ですよ」
「もう、ほとんど見えません。アナタの姿も、手触りでしか分からなくなりました」
セルジュは、何かを表現することを決して諦めなかった。
彫刻がダメなら音楽で、自分で演奏が出来ないのなら弟子を取って、パトロンがいなくても旅芸人として……
「新たな弟子ができました。芸名はミシェルとしました。少々変わり者ですが、器用な青年です」
「……『我が友』よ、いずれ戦火の炎は、私や弟子達をも苛むでしょう」
「『我が友』よ……。私の唯一にして至高の友人よ、私を、そして……我が弟子達を、見守ってください」
セルジュは僕の友達だった。
違う。僕に……セルジュ・グリューベル以外の友達なんていなかった。
セルジュはやがて、どこかに行った。
いつか帰ってくると思って、長い時間待っていた。
「ふむ、興味深い話だ。だが『我が友』君。キミは人間というものを根本的に誤解している」
ある日突然、前触れもなくサワが現れた。僕がセルジュをずっと待っていた場所は、骨董品店、という場所だったらしい。
「人間には寿命があり、やがて死ぬ。セルジュ・グリューベルはもう帰っては来ない。とっくに亡き者だからね」
嘘だ、と言いたかった。セルジュはいつか、また僕に色んなことを聞かせてくれるはずだから。
「輪廻転生……という考えもあるが、生憎と吾輩は仏教徒ではない。クリスチャンでもないがね」
気取った喋り方をしながら、サワは手袋に覆われた手で僕に触れた。そうして、眠っている店主の元に僕を連れていく。
「丁度いい。吾輩に聞かせてもらいたいものだ。キミが見てきた「19世紀」に興味がある」
その日から、サワが新しい友達になった。
ハナノサワ。日本から来た小説家。彼女が夜遅くまで原稿に頭を悩ませる姿は、セルジュとどこか似ていた。
「……ボクはね、人にボクを認めさせたい。この世界に、ボクの小説を響かせたい」
「ボクの体は、好きで「こう」なったわけじゃない……。いつか、認めさせてやるとも」
サワの体は、奇妙なあざで覆われていた。ちらりと見ただけなら鱗のようにも見えたけど、本人は頑なに見せたがらなかった。
生まれつきの奇病らしい。両親はまだ受け入れたが、他人には受け入れられなかったと聞いた。
「皮一枚違うだけだ。……可笑しなことだよ。結局は祈祷だのなんだのに連れ回された。引越しに付き合わされる妹も、実に哀れなものだったね」
彼女の体質に小説の出来は関係ない。だからこそ、僕も応援していた。彼女が夢を叶えて、体を隠さなくても堂々と生きられる日を、僕も夢見ていた。
彼女はいくつか作品を書き上げて日本に送った。フランス語に翻訳してこっちで発表もしていたけど、本人は外になかなか出なかった。
「……免疫力がね、低いんだ」
ポツリと、そんなことを漏らしていた気がする。
買い出しに行ったっきり、サワは突然帰ってこなくなった。
部屋に知らない人たちが来て、サワの持ち物を全部持っていった。
たった一人、おばさんが僕を見て「これは一緒に故郷へ」と言った。
そこで初めて僕は、サワの言葉の意味を知った。
人間は、やがて死ぬ。その言葉の意味を。
サワは、出先であっさり死んでしまっていた。
出かけるまでは元気だったのに、何かの発作で倒れて頭を打ったらしい。
あっさり、本当に呆気なく、寿命を迎えてしまった。
「いやはや、困ったものだよ。吾輩としたことが、こんなにあっさり死んでしまうとは」
……サワは、自分の屍の上でおどけたようにそう言った。
「……しかし、困ったね。まだ書きたいものが山ほどあったというのに」
じゃあ、僕と一緒にいてくれる?セルジュの生まれ変わりを待ってくれる?
そう、言ったら、
「前も言ったと思うが、輪廻転生とやらは信じていないよ。だが、新たな創作者という意味でなら、キミと共に待とうじゃないか。このままじゃボクも……死んでも死にきれない」
それは、きっと許されないこと。
セルジュが人形に命を与えてしまったことも、
僕が一人の小説家に関わってしまったことも、
彼女が、無念のあまりこの世に留まることを選んだことも、
本当は、いけないことだったんだと思う。
「『我が友』よ、それでもボクは見てみたいんだ。ボク達の孤独を、哀しみを……呪いでなく、糧にできる新たな創作者の姿を……!」
その時初めて、サワの涙を見た気がした。サワ自体は、ハッキリとした姿を失ってしまっていたのに。
結局僕は、サワの故郷には行けなかった。
理由は簡単。荷物からこぼれ落ちて、道端に埋もれてしまったから。
サワも、魂だけは故郷に戻らなかった。それより僕のそばにいたがった。
そして、また時が流れた。今回は前よりずっと短く感じた。
「カミーユ、何か見つけたの?……何それ。汚れた人形じゃない」
「……いや、変に気になったからさ……」
彼らは狂人だろうか?異端だろうか?罪人だろうか?
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