【完結済】敗者の街 ― Requiem to the past ―

譚月遊生季

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第2章 Create for Blood

40. CamilleとBrianの記憶

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 兄さんは、優しい。
 すごい絵をたくさん描いていて、僕にもよく見せてくれた。

 でも、兄さんは、僕よりずっと大人だから、
 カナダを出て、絵の勉強をするって。

 本当は、たぶん、寂しかった。

「わがまま言わないの。いい子にしててね」

 寂しいよ、兄さん。
 そう言いたかったけど、我慢した。叔父さんたちも、優しいから。

「……その足を引きずって一人旅は苦労するぞ。電話くらいは寄越しなさい」
「はいはい……。……頼みましたよ、弟のこと」
「もちろんだ。君も、真面目に頑張りなさい」
「……頑張りまーす」

 兄さんは、そのまま飛行機に乗って、旅に出てしまった。
 何でも、色んなものを見てからフランスの方に向かうんだって、聞いていた。

「そっか、ブライアンはお兄さんが大好きなんだね」

 名前も忘れてしまったあの子が、そう言ってた。
 大好き。そう、大好き。大好きな……はずなんだ。

 電話はたくさん来たし、手紙も来た。
 でも、たまに来なくなった気もする。



 家が火に包まれて、
 おじさん達が亡くなって、
 怖い人たちに捕まって、

 それから、

「このガキどうする?」
「でも、顔見られたんだし……」
「はぁ!?そもそも火ィつけたの誰だよ!」
「お、お前がうっかり殺すからだろ!」
「脅したらなんとかなると思ったんだよ……!」

 その人たちが、僕の前で騒いで、
 色々、うまく、思い出せない。

「どうも。ベレゾフスキーです」
「あ、先生……!待ってましたよ!」
「……深くは聞きません。怪我人は?」
「えーと、こいつと、こいつと……」
「…………なぁ、あの子は?」
「……グリゴリー、深入りするんじゃない。この前も、「変なお友達」に騙されただろう」
「……ごめん、親父。俺……」
「こっちこそだ。……お前には、情けないところばかり見せてきた」
「え、ええっと……助手さん?いかついっすね……」
「……息子です」
「……あっ、そうなんすか……と、とにかくこいつ診てやってください!変な刃物で斬られちまったんすよ……」

 お医者さんがいた。助けてくれると、思った。

「…………お前、大丈夫か?」

 大きな人が、声をかけてきて、

「怪我、してるだろ。お前も」

 怖いって、思ったんだと、思う。
 確か、来ないでって、叫んだのかな。もう痛いの、嫌だった気がする。

「……ッ!」
「グリゴリー!」

 だから、怒らせちゃった。

「あ……。ごめん、ごめんな……そんな、つもりじゃ……」

 頭を殴るくらい、大したことないのに、その人は謝った。

「……へぇ?コイツ変な趣味でもあるの?先生」
「…………昔、色々ありましてな。子供が嫌いなようです」
「……親父、アイツ……ごめんなさいって、もうやめてって……なぁ、「もう」ってことは……」
「……深入りするんじゃない。それは私たちの仕事の範囲じゃない」

 痛いの嫌だった。怖いのも嫌だった。
 もう、嫌だった。

「な、なあ、この倉庫からちょい離れたところに湖がーー……

 冷たい、寒い、苦しいのも、嫌だった。

「アイツら……!クソッ、ごめんな……。頼むから死ぬなよ……」

 大きな背中に揺られて、そんな声を聞いた気がした。

「……ごめんね……」

 兄さんがなんで泣いてるのか分からなかった。

「これが……罰なのかな……」

 苦しげにそう言って、僕を抱きしめた。
 あの感覚は、きっと、あたたかいって感覚で、
 なのに、分からなかった。

 夢の中にいるような、靄の中にいるような、そんな時間が続いた。
 おじさんの家には、刀があった。おじさん達は、日本から来た人たちの子孫だから、そういうのが好きだった。僕も、ドラマとか、本とか、よく見てた。

「ブライアン、……美味しい?」
「……?兄さん、この味……前、好きって」
「そうじゃなくて……ブライアンが美味しいかどうかってこと」
「わかんない」

 そんな会話をよくした。そのうち兄さんは、独り言が多くなっていった。

「煩いな……今大事なのはそれじゃない。サワにはわからないだろうけど……!」
「ノエル、ごめん……だいぶ参ってるみたい……でも、大丈夫……」
「……君にはわからないかもだけど、人間と人形は違うんだよ……」
「エレーヌ、許して、ごめん、ちゃんと描くから……!」

 よく分からないけど、胸がもやもやした気がして、結局、考えてもよく分からなかった。

 取り戻さなきゃいけない気がした。
 わからなきゃいけない気がした。

 なにかに、呼ばれた気がした。

 何で、斬ったんだっけ、
 そうだ、おじさんが、あの人たちを追い返そうとしてて、きっとあれがうまくいってたら、僕は……

 僕は、きっと、こんなじゃなかった。
 兄さんも泣かずにすんだ。



「……ブライアン?」

 ああ、何でこうなるのかな。
 君、僕よりずっと優しいのに、そんなことしたらさ、余計戻れないよ。

 君が斬ったのは他人で、心が動いたのも事実だろうけど、それは……君の心の悲鳴だよ……。

 僕が、殺させてしまったのかな。

「カミーユ、最近寝てる?」

 僕が、人を殺してきたから。人の話を聞くうちに、趣味で、つい……だから、それを見て真似して……

「待ちなさい。それは私の記憶」

 あれ?そうだっけ。エレーヌの首を絞めたのは僕?エレーヌが病気になったんだっけ。

「……カミーユ、後半はボクの記憶だ。いや、病に侵されたのはボク自身なのだがね?」

 そもそも、カミーユって誰だっけ?確か、人形に付け加えてなかったっけ、弟子の名前。

『それはカミーユじゃなくてソレイユ!でもソレイユはソレイユで、僕はあくまでセルジュの友達。……あ、えっと……ミシェルの方?あれ?』

 ……どれが僕のものかなんて、どうだっていい。どれも、僕の痛みだ。僕が感じたすべて。
 どれも、僕が流した血潮に変わりない。

 生命いのちのために、描きたい。



「……へぇ、アドルフさん、警察してたんですか」
「まあ……この身体だとしばらく戻れませんけどね。……フランスの方から来たんですか?」
「パリで画家してました。……住居は、今、知人に任せてます」
「……パリなら、俺にも知り合いがいますね。……アイツには申し訳ないことをしたと思ってて……今でも、夢に見るんですよ」
「…………。……あ、不在着信。知らない番号……?」
「気を付けてくださいね。悪質なストーカーは、知人からも情報を聞こうとするそうですから」
「……ストーカー……。……まあ、気をつけます」

 24歳で彼は、すべての感情に殺されかけた。もはや法的にどうこうとか以前に、ただ、ひたすらに突きつけられたものが重すぎた。同い年の青年と友人になることで少しずつ立ち直っていったけど、彼の犯した罪は消えないし、背負うものが変わるわけでもない。
 ドイツの方の医療の調べも兼ねて、また旅をした。自分の罪がどれか、分からないまま……描いた作品は、着々と増えていった。

 弟が26歳になり、もうすぐ自分も同じになるとレヴィくんから電話を聞いたから……あれは、夏だったかな。

 僕は、あの男に殺されてしまった。



 これすらも、罪人の記憶だ。
 …………ロバート、お前に用はない。 

 貴様だ。コルネリス・ディートリッヒ。

 赦すものか
 貴様の「正義」を赦すものか

 忘れるな
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