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【第一章】日本行きチケットゲットしました(インクの匂いがします)
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それからしばらくして、どんよりした曇り空が続く秋の夕暮れ。
マンチェスターの街角で「Travel Express」と書かれた旅行会社の扉が、バーンと勢いよく開いた。
イヴリンが満足そうな笑みを浮かべて出てくると、ガラス扉に映る自分の姿にひらひらと手を振る。
「やっほー、私♪」
彼女の手には、まだインクの匂いがする真新しい航空券が握られていた。
「イヴリン、今度はどこに行くんだ?」
待ち構えていたヴァルターが、妹の腕を軽く掴んで尋ねた。
イヴリンの瞳にはいつものように好奇心と興奮がキラキラ光っている。でも今回は、いつもと様子が違っていた。なんというか、いつもより真剣そうなのだ。
「この前会った日本人の人、覚えてる? タチバナさん? 彼の話を聞いてピンと来たの」
イヴリンは航空券をパシッと手のひらで叩いた。薄っぺらい紙が秋風でひらひら震える。
「え? まさか本気で行くの? 日本に?」
ヴァルターは少し驚いた顔をしたけど、実は彼自身も密かに同じことを考えていた。
確かに一週間前、都市伝説研究をしている若い日本人研究者と出会ったのだ。立花賢雄——その真面目そうな青年は、マンチェスター大学の図書館で日本各地の都市伝説と時間異常現象の関連性を一生懸命調べていた。
あの日のことを、ヴァルターははっきり覚えていた。
* * *
マンチェスター大学図書館の「現代都市伝説研究会」月例討論会。
図書館の奥の小さな会場に、民俗学や心理学の学生たち十数名がぺちゃくちゃ集まっている。まあ、要するに「変な話が好きな人たち」の集まりである。
立花は発表者の一人として、分厚い都市伝説の本と格闘していた。
「きさらぎ駅」「ひとりかくれんぼ」「コトリバコ」なんて現代日本の都市伝説を、最新のタブレットでデータベース化した資料を手に、緊張した面持ちで発表の順番を待っていた。
「それでは、立花賢雄さんによる『日本の都市伝説におけるデジタル解析』について発表していただきます」
司会の学生に紹介されて、立花が壇上に立った。
「あの、これらの都市伝説……ただの作り話とは思えないんです。実際に時間や空間の異常が報告されているケースが多すぎて……現に私の知り合いも、これが原因で心を病んだりしました」
立花の発表内容が、会場の後ろに座っていたヴァルターとイヴリンの注意を強く引いた。
発表が終わって質疑応答の時間になると、ヴァルターが手を挙げた。
「面白い研究ですね。その時間異常について、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」
立花は目をキラキラと輝かせて説明し始めた。
「僕は日本の都市伝説をデジタルで解析してるんです。特に、現実と虚構の境界が曖昧になる事例を追跡してて……」
そして立花は、自分が集めた膨大なデータを見せてくれた。
ネット上で語られる「きさらぎ駅」の体験談、実在しない駅での目撃証言、時間の流れがおかしくなった村の記録——現代日本に潜む、数々の異常現象。
ヴァルターとイヴリンは、自分たちの魔女との戦いを——魔女の存在をぼかしながら——立花に説明した。
立花は興味深そうに頷きながら、
「あなた方の話、僕の研究データと驚くほど一致してます。もしよければ、僕の故郷の日本に来てみませんか? 日本には、もっと奇妙で不可解な話が山ほどありますよ」
立花の好奇心たっぷりの誘いに、その時は曖昧に微笑むだけだったイヴリン。
でもヴァルターは、立花の研究に深い興味を抱いていた。彼の直感が、何か重要なものを察知していたのだ。
* * *
現在に戻る。
二人は航空券を手に入れて、日本行きの決意を固めた。資金は『時の魔女』がたっぷり用意してくれている。ありがたい話である。
「そうよ、もしかしたら魔女の仕業かもしれないじゃない」
イヴリンの声には確信があった。でもその確信は、実は兄のヴァルターから得たものだった。永遠の時を生きる兄の感覚は、時として理屈を超えた真実を捉える。
「そんな遠くまで行ってるのかなぁ」
ヴァルターは表面上疑問を口にしたけど、内心では既に決意を固めていた。
あの魔女——彼らが長年追い続けている、この世の退屈と絶望の大元。これまでヨーロッパ各地でその痕跡を追ってきたが、極東の島国にその本拠地があるかもしれない。
「違ってもいいわ。魔女の匂いはするもの。調べないと気がすまない」
イヴリンは航空券を大切そうに上着のポケットにしまい込んだ。
彼女の言う「匂い」は、実は兄から教わった感覚だった。永遠の時を生きる者には、世の理の歪みが実際に感知できるのだ。それは鼻で嗅ぐものじゃなくて、魂で感じ取る「気配」だった。
「そうだな、こっちもだいぶ落ち着いてるし、違う土地の調査は大事だ」
ヴァルターが最終的に頷いたのは、妹の提案に同意したというより、自分自身の判断を確認したというほうが正確だった。
確かに、マンチェスターでの異常現象は一段落している。先月解決した「霧の中の時計台」事件以降、目立った歪みは検出されていなかった。
二人がカフェに腰を下ろすと、ヴァルターは静かに口を開いた。
「実は俺も、あの立花って青年の研究に興味があったんだ」
「え?」
イヴリンが驚いた顔をする。
「彼が調べてる都市伝説……全部繋がってる気がするんだ。東の魔女と」
その名前が口にされた瞬間、周りの空気がひやっと重くなった。
東の魔女——それは彼らにとって、ただの敵以上の存在だった。退屈の大元。ヴァルターとイヴリンが森で追い詰めた相手。そして時の魔女の宿命のライバル。
彼らが永遠の時を与えて、永遠に追跡し続けている存在。
「あいつにとって、俺たちが倒した魔女なんて、ただの捨て駒だったんだろうな」
ヴァルターが苦い笑いを浮かべる。
「時の魔女は東の魔女の封印の矢で身動きが取れない。実体も無し。だから、こんな追跡道具まで渡して」
イヴリンはヴァルターが手にした追跡道具を見つめながら答えた。
「要するに、私たちが追い続けることで周りの人たちの絶望が際立って、それが魔女たちの餌になるのね」
「でも、俺たちは学んだじゃないか」
ヴァルターがコーヒーカップを両手で包み込む。
「魔女がどんな存在なのかを」
魔女は、世の理の歪みの「身体」として現れる存在だ。人間社会に生まれる矛盾、絶望、無気力——そういった負の感情がたまりにたまって、臨界点に達した時、それは具現化する。
歪みが具現化する時「魔女」という形を取るのは、それが最も効率的で強力に、その歪みの「力」を使える器だからだった。
「でも東には、違う形があるって聞いたことない?」
ヴァルターが声を潜める。
「『理の幽霊と、その使者』っていう」
イヴリンは頷いた。
確かに、東洋には西洋とは違う超自然現象の伝承がある。魔女という概念そのものが、西欧文化圏特有のものかもしれない。
「だとすると、立花さんが言ってた日本の都市伝説は……」
「東の魔女が、現地の文化に合わせて別の姿を取った可能性がある」
兄妹は顔を見合わせた。
これはただの調査旅行じゃない。彼らの永遠にわたる宿敵との、新たな戦いの始まりかもしれなかった。
——でも、それがどれほど大変なことになるのか、この時の二人はまだ知らなかった。
そして長いフライトの間、彼らは戦いの始まりを夢見るのだった。
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イヴリンが満足そうな笑みを浮かべて出てくると、ガラス扉に映る自分の姿にひらひらと手を振る。
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彼女の手には、まだインクの匂いがする真新しい航空券が握られていた。
「イヴリン、今度はどこに行くんだ?」
待ち構えていたヴァルターが、妹の腕を軽く掴んで尋ねた。
イヴリンの瞳にはいつものように好奇心と興奮がキラキラ光っている。でも今回は、いつもと様子が違っていた。なんというか、いつもより真剣そうなのだ。
「この前会った日本人の人、覚えてる? タチバナさん? 彼の話を聞いてピンと来たの」
イヴリンは航空券をパシッと手のひらで叩いた。薄っぺらい紙が秋風でひらひら震える。
「え? まさか本気で行くの? 日本に?」
ヴァルターは少し驚いた顔をしたけど、実は彼自身も密かに同じことを考えていた。
確かに一週間前、都市伝説研究をしている若い日本人研究者と出会ったのだ。立花賢雄——その真面目そうな青年は、マンチェスター大学の図書館で日本各地の都市伝説と時間異常現象の関連性を一生懸命調べていた。
あの日のことを、ヴァルターははっきり覚えていた。
* * *
マンチェスター大学図書館の「現代都市伝説研究会」月例討論会。
図書館の奥の小さな会場に、民俗学や心理学の学生たち十数名がぺちゃくちゃ集まっている。まあ、要するに「変な話が好きな人たち」の集まりである。
立花は発表者の一人として、分厚い都市伝説の本と格闘していた。
「きさらぎ駅」「ひとりかくれんぼ」「コトリバコ」なんて現代日本の都市伝説を、最新のタブレットでデータベース化した資料を手に、緊張した面持ちで発表の順番を待っていた。
「それでは、立花賢雄さんによる『日本の都市伝説におけるデジタル解析』について発表していただきます」
司会の学生に紹介されて、立花が壇上に立った。
「あの、これらの都市伝説……ただの作り話とは思えないんです。実際に時間や空間の異常が報告されているケースが多すぎて……現に私の知り合いも、これが原因で心を病んだりしました」
立花の発表内容が、会場の後ろに座っていたヴァルターとイヴリンの注意を強く引いた。
発表が終わって質疑応答の時間になると、ヴァルターが手を挙げた。
「面白い研究ですね。その時間異常について、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」
立花は目をキラキラと輝かせて説明し始めた。
「僕は日本の都市伝説をデジタルで解析してるんです。特に、現実と虚構の境界が曖昧になる事例を追跡してて……」
そして立花は、自分が集めた膨大なデータを見せてくれた。
ネット上で語られる「きさらぎ駅」の体験談、実在しない駅での目撃証言、時間の流れがおかしくなった村の記録——現代日本に潜む、数々の異常現象。
ヴァルターとイヴリンは、自分たちの魔女との戦いを——魔女の存在をぼかしながら——立花に説明した。
立花は興味深そうに頷きながら、
「あなた方の話、僕の研究データと驚くほど一致してます。もしよければ、僕の故郷の日本に来てみませんか? 日本には、もっと奇妙で不可解な話が山ほどありますよ」
立花の好奇心たっぷりの誘いに、その時は曖昧に微笑むだけだったイヴリン。
でもヴァルターは、立花の研究に深い興味を抱いていた。彼の直感が、何か重要なものを察知していたのだ。
* * *
現在に戻る。
二人は航空券を手に入れて、日本行きの決意を固めた。資金は『時の魔女』がたっぷり用意してくれている。ありがたい話である。
「そうよ、もしかしたら魔女の仕業かもしれないじゃない」
イヴリンの声には確信があった。でもその確信は、実は兄のヴァルターから得たものだった。永遠の時を生きる兄の感覚は、時として理屈を超えた真実を捉える。
「そんな遠くまで行ってるのかなぁ」
ヴァルターは表面上疑問を口にしたけど、内心では既に決意を固めていた。
あの魔女——彼らが長年追い続けている、この世の退屈と絶望の大元。これまでヨーロッパ各地でその痕跡を追ってきたが、極東の島国にその本拠地があるかもしれない。
「違ってもいいわ。魔女の匂いはするもの。調べないと気がすまない」
イヴリンは航空券を大切そうに上着のポケットにしまい込んだ。
彼女の言う「匂い」は、実は兄から教わった感覚だった。永遠の時を生きる者には、世の理の歪みが実際に感知できるのだ。それは鼻で嗅ぐものじゃなくて、魂で感じ取る「気配」だった。
「そうだな、こっちもだいぶ落ち着いてるし、違う土地の調査は大事だ」
ヴァルターが最終的に頷いたのは、妹の提案に同意したというより、自分自身の判断を確認したというほうが正確だった。
確かに、マンチェスターでの異常現象は一段落している。先月解決した「霧の中の時計台」事件以降、目立った歪みは検出されていなかった。
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「実は俺も、あの立花って青年の研究に興味があったんだ」
「え?」
イヴリンが驚いた顔をする。
「彼が調べてる都市伝説……全部繋がってる気がするんだ。東の魔女と」
その名前が口にされた瞬間、周りの空気がひやっと重くなった。
東の魔女——それは彼らにとって、ただの敵以上の存在だった。退屈の大元。ヴァルターとイヴリンが森で追い詰めた相手。そして時の魔女の宿命のライバル。
彼らが永遠の時を与えて、永遠に追跡し続けている存在。
「あいつにとって、俺たちが倒した魔女なんて、ただの捨て駒だったんだろうな」
ヴァルターが苦い笑いを浮かべる。
「時の魔女は東の魔女の封印の矢で身動きが取れない。実体も無し。だから、こんな追跡道具まで渡して」
イヴリンはヴァルターが手にした追跡道具を見つめながら答えた。
「要するに、私たちが追い続けることで周りの人たちの絶望が際立って、それが魔女たちの餌になるのね」
「でも、俺たちは学んだじゃないか」
ヴァルターがコーヒーカップを両手で包み込む。
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「でも東には、違う形があるって聞いたことない?」
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