5 / 19
【ゼロ章】時空の木こりたち(序ー3)今年の冬はヤバすぎる件について(お腹すいた)
しおりを挟む
それからというもの、ハインリヒ家には重苦しい空気が漂い続けていた。
特に問題だったのは、その年の冬が異常に厳しかったことだ。
「うーん、今日もダメかぁ」
ヴァルターは手に何も持たずに帰ってきた。森に狩りに出かけたのだが、獲物の影すら見つからなかったのである。
「お兄ちゃん、お疲れさま」
イヴリンが振り返る。彼女は台所で、残り少ない食材をやりくりしようと必死に考えていた。
でも、どうやりくりしても、もう限界である。
「今日の夕食、どうしよう……」
イヴリンの困った顔を見て、ヴァルターの胸も痛んだ。
そもそも、今年は春からおかしかった。いつもなら豊作をもたらすはずの畑が、なぜか全然育たなかったのだ。隣近所の家も同じような状況で、村全体が食糧不足に陥っていた。
おまけに森の動物たちも、まるで蒸発したかのように姿を消している。
「なんでこんなことになっちゃったんだろうね」
イヴリンがぽつりとつぶやく。
実は、この異常事態こそが「東の魔女」の仕業だということを、兄妹はまだ知らない。
* * *
——東の魔女、その名をヴィルマ・シュヴァルツと呼ぶ者もいた。
かつて彼女は、この大陸全土を恐怖に陥れた災いの象徴だった。都市を一夜にして廃墟に変え、人々の心に絶望を植え付け、時の流れすら歪めてしまう恐るべき存在。
しかし、今から百年ほど前。伝説の「時の魔女」によって、彼女は深い森の奥に封印された。
ただし——封印は、彼女を完全に滅ぼすことはできなかった。
東の魔女は傷だらけの身体で、ひっそりと力の回復を待っていたのだ。そして、人間の絶望や苦悩を少しずつ吸い取りながら、復活の機会を狙い続けていた。
そんな彼女が、ついに見つけたのがハインリヒ家の存在である。
——時の眷属の血を引く兄妹。ヴァルターとイヴリン。
彼らの持つ特殊な力こそが、東の魔女が手早く復活するために必要なものだった。
だからこそ、彼女は巧妙な罠を仕掛けた。作物を枯らし、獣たちを森から追い払い、人々を飢えに苦しめる。そうすることで、この地に絶望を蔓延させ、同時に兄妹を窮地に追い込む。
そして、最も重要なのは——継母マルガレーテの心に隙を作ることだった。
* * *
その夜、マルガレーテは寝室で一人涙を流していた。
「どうしよう……このままじゃ、あの子たちが……」
今日の夕食も、薄いスープとわずかなパンだけだった。ヴァルターもイヴリンも、お腹を空かせているのを隠そうとして、無理に笑顔を作っていた。
その健気な姿を見ていると、マルガレーテの心は引き裂かれそうになる。
「私がもっとしっかりしていれば……」
「私にもっと力があれば……」
自分を責める声が、頭の中をぐるぐると回り続ける。
ヴァルターもイヴリンも、血のつながった自分の子どもではない。でも、この家に嫁いできてから、まるで本当の親子のように大切に思ってきた。
なのに、その子どもたちを守ることができない。
母親失格だ——そんな絶望感が、マルガレーテの心を真っ黒に染めていく。
そんな時だった。
夢ともうつつとも分からない状態で、甘くて美しい女性の声が聞こえてきた。
『可哀想に、マルガレーテ』
マルガレーテはハッと顔を上げた。でも、部屋には誰もいない。
『あなたの愛する子どもたちが、飢えで苦しんでいるのね。母親として、これほど辛いことはないでしょう?』
「……だれ?」
『私は、あなたの心の痛みがよく分かるの。あなたは本当に良い母親よ。だからこそ、こんなに苦しんでいる』
声の主は、まるでマルガレーテの心の奥底を見透かしているかのように語りかける。
『でも、安心して。私が解決策を教えてあげるから』
「解決策……?」
『そう。よく考えてみて、マルガレーテ。あの子たちは、もう立派な大人でしょう? ヴァルターは十九歳、イヴリンは十七歳。いつまでもこの家にいては、飢え死にしてしまうわ』
マルガレーテの胸に、チクリと痛みが走った。確かに、その通りかもしれない。
『でもね、あの森には不思議な力が満ちているの。あの子たちをそこに送り出せば、きっと新しい道が開けるはず。これは見捨てることじゃない。愛しているからこその、最後の贈り物よ』
「最後の……贈り物?」
『そう。あなたが本当にあの子たちを愛しているなら、自立の機会を与えてあげるべき。いつまでも手元に置いておくのは、愛ではなく、エゴよ』
声の言葉は、まるで砂糖のように甘く、マルガレーテの心に染み込んでいく。
確かに、そうかもしれない。
このまま家に置いておいても、みんなで飢え死にするだけかもしれない。だったら——
『明日の朝、あの子たちに言ってあげて。「森で新しい道を見つけてきなさい」って。それが、母親としてあなたができる、最高の愛情よ』
甘い声は、そこで途切れた。
マルガレーテは呆然と天井を見上げる。
「森に……送り出す……?」
なぜか、その考えがとても正しいことのように思えてきた。
子どもたちのために。愛しているからこそ。
そう自分に言い聞かせながら、マルガレーテは深い眠りに落ちていった。
——彼女は気づいていなかった。
自分が今、恐るべき魔女の罠にはまったということを。
そして、その決断が、愛する子どもたちを地獄へと送り出すことになるということを。
特に問題だったのは、その年の冬が異常に厳しかったことだ。
「うーん、今日もダメかぁ」
ヴァルターは手に何も持たずに帰ってきた。森に狩りに出かけたのだが、獲物の影すら見つからなかったのである。
「お兄ちゃん、お疲れさま」
イヴリンが振り返る。彼女は台所で、残り少ない食材をやりくりしようと必死に考えていた。
でも、どうやりくりしても、もう限界である。
「今日の夕食、どうしよう……」
イヴリンの困った顔を見て、ヴァルターの胸も痛んだ。
そもそも、今年は春からおかしかった。いつもなら豊作をもたらすはずの畑が、なぜか全然育たなかったのだ。隣近所の家も同じような状況で、村全体が食糧不足に陥っていた。
おまけに森の動物たちも、まるで蒸発したかのように姿を消している。
「なんでこんなことになっちゃったんだろうね」
イヴリンがぽつりとつぶやく。
実は、この異常事態こそが「東の魔女」の仕業だということを、兄妹はまだ知らない。
* * *
——東の魔女、その名をヴィルマ・シュヴァルツと呼ぶ者もいた。
かつて彼女は、この大陸全土を恐怖に陥れた災いの象徴だった。都市を一夜にして廃墟に変え、人々の心に絶望を植え付け、時の流れすら歪めてしまう恐るべき存在。
しかし、今から百年ほど前。伝説の「時の魔女」によって、彼女は深い森の奥に封印された。
ただし——封印は、彼女を完全に滅ぼすことはできなかった。
東の魔女は傷だらけの身体で、ひっそりと力の回復を待っていたのだ。そして、人間の絶望や苦悩を少しずつ吸い取りながら、復活の機会を狙い続けていた。
そんな彼女が、ついに見つけたのがハインリヒ家の存在である。
——時の眷属の血を引く兄妹。ヴァルターとイヴリン。
彼らの持つ特殊な力こそが、東の魔女が手早く復活するために必要なものだった。
だからこそ、彼女は巧妙な罠を仕掛けた。作物を枯らし、獣たちを森から追い払い、人々を飢えに苦しめる。そうすることで、この地に絶望を蔓延させ、同時に兄妹を窮地に追い込む。
そして、最も重要なのは——継母マルガレーテの心に隙を作ることだった。
* * *
その夜、マルガレーテは寝室で一人涙を流していた。
「どうしよう……このままじゃ、あの子たちが……」
今日の夕食も、薄いスープとわずかなパンだけだった。ヴァルターもイヴリンも、お腹を空かせているのを隠そうとして、無理に笑顔を作っていた。
その健気な姿を見ていると、マルガレーテの心は引き裂かれそうになる。
「私がもっとしっかりしていれば……」
「私にもっと力があれば……」
自分を責める声が、頭の中をぐるぐると回り続ける。
ヴァルターもイヴリンも、血のつながった自分の子どもではない。でも、この家に嫁いできてから、まるで本当の親子のように大切に思ってきた。
なのに、その子どもたちを守ることができない。
母親失格だ——そんな絶望感が、マルガレーテの心を真っ黒に染めていく。
そんな時だった。
夢ともうつつとも分からない状態で、甘くて美しい女性の声が聞こえてきた。
『可哀想に、マルガレーテ』
マルガレーテはハッと顔を上げた。でも、部屋には誰もいない。
『あなたの愛する子どもたちが、飢えで苦しんでいるのね。母親として、これほど辛いことはないでしょう?』
「……だれ?」
『私は、あなたの心の痛みがよく分かるの。あなたは本当に良い母親よ。だからこそ、こんなに苦しんでいる』
声の主は、まるでマルガレーテの心の奥底を見透かしているかのように語りかける。
『でも、安心して。私が解決策を教えてあげるから』
「解決策……?」
『そう。よく考えてみて、マルガレーテ。あの子たちは、もう立派な大人でしょう? ヴァルターは十九歳、イヴリンは十七歳。いつまでもこの家にいては、飢え死にしてしまうわ』
マルガレーテの胸に、チクリと痛みが走った。確かに、その通りかもしれない。
『でもね、あの森には不思議な力が満ちているの。あの子たちをそこに送り出せば、きっと新しい道が開けるはず。これは見捨てることじゃない。愛しているからこその、最後の贈り物よ』
「最後の……贈り物?」
『そう。あなたが本当にあの子たちを愛しているなら、自立の機会を与えてあげるべき。いつまでも手元に置いておくのは、愛ではなく、エゴよ』
声の言葉は、まるで砂糖のように甘く、マルガレーテの心に染み込んでいく。
確かに、そうかもしれない。
このまま家に置いておいても、みんなで飢え死にするだけかもしれない。だったら——
『明日の朝、あの子たちに言ってあげて。「森で新しい道を見つけてきなさい」って。それが、母親としてあなたができる、最高の愛情よ』
甘い声は、そこで途切れた。
マルガレーテは呆然と天井を見上げる。
「森に……送り出す……?」
なぜか、その考えがとても正しいことのように思えてきた。
子どもたちのために。愛しているからこそ。
そう自分に言い聞かせながら、マルガレーテは深い眠りに落ちていった。
——彼女は気づいていなかった。
自分が今、恐るべき魔女の罠にはまったということを。
そして、その決断が、愛する子どもたちを地獄へと送り出すことになるということを。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる