僕たちは永遠の時を与えられたので訳アリ魔女を倒してまわることにした

ぜろのいち

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【第四章―1】秋葉の火、忘れさせる香(記憶までおかしくしちゃうの?)

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浜名湖での戦いから一週間後。立花の研究室に、緊急の連絡が飛び込んできた。
「これは……」
立花がタブレットの画面をじっと見つめて、顔を青ざめさせる。
「どうしたの?」
イヴリンがお茶を入れながら振り返る。彼女の手にした湯呑みが、かたかたと小刻みに震えた。
「秋葉山麓の避難所で、集団記憶障害が発生しています。避難者の皆さんが……名前を思い出せないんです」
「名前を?」
ヴァルターが右手をさすりながら立ち上がる。刻印の痛みは相変わらずだが、もう慣れてしまった。
「そうです。しかも、名札を書こうとしても……」
立花が動画を再生する。画面には、避難所でボランティアの人がペンを握って何かを書こうとしている様子が映っている。
でも、ペン先からインクが出た瞬間、文字がふわーっと霧のように消えてしまう。
「筆跡だけ残って、インクが霧散してる……」
『これは酷い匂いじゃな』
時風タロウが鼻をひくひくと動かす。
『甘い香りの奥に、とても辛い匂いが隠れておる。そして、その奥にまた甘い匂い……三層になっておるぞ』
「三層?」
「複雑な術式ってことね」
イヴリンがため息をつく。
「またあの東の魔女の仕業かしら」
立花がさらにタブレットを操作する。
「発症者の分布を見ると……風向きと完全に一致しています。つまり、何かの香りが原因で記憶障害が起きている」
「香りって……」
「そして、発症の中心地は……」
地図がポンと表示される。赤い点が、山の中の一点に集中している。
「秋葉山本宮ですね。昔から火の神様を祀る神社です」
『火の神様……』
タロウの表情が急に真剣になった。
『それは厄介じゃ。もしも火の結界が別の力に書き換えられておるとすれば……』
「どういうこと?」
「秋葉山本宮の火の結界は、この地域の『名』を守る結界でもあるんです」
立花が説明する。
「氏名、家名、地名、神名……いわゆる『名の四井戸』と呼ばれる、人々のアイデンティティの源泉を護る古い術式です」
「それが壊されたら……」
「人は名前を失い、自分が誰なのかわからなくなる」
ヴァルターがぞくりと身震いする。
「これは急がないとまずいな」
四人と一匹は、急いで秋葉山へ向かった。
 * * *
秋葉山本宮への参道は、いつもなら澄んだ空気に包まれているはずだった。
でも今日は違う。
「うげ、なんか変な匂いがする……」
イヴリンが鼻をつまむ。
甘ったるい香りが、もわもわと辺り一帯に漂っている。まるで香水を百本同時に開けたような、息苦しくなる匂いだ。
『これじゃ』
タロウがぐるるると唸った。
『甘香の結界……火の結界が完全に書き換えられておる』
参道を上がっていくと、境内の四隅に妙なものが埋まっているのが見えた。
「あれは……香道具?」
立花がタブレットで確認する。
「香匙、香箸、三本足香炉、香合……すべて本来の祭具とは違う、擬似的な道具ですね」
「つまり、神社の結界を乗っ取るために仕掛けられたってこと?」
「そういうことです」
境内に足を踏み入れた瞬間、ヴァルターの懐中時計がびりびりと震えた。
「太鼓の音が……」
確かに、神社の奥から太鼓の音が聞こえてくる。でも、それは普通の太鼓ではない。
ドンドン……ドンドン……
二拍子のリズムが、妙にゆっくりと響いている。
「これは……」
ヴァルターがクロノス・パルスを操作すると、太鼓の周りに光の拍線が現れた。
「逆転してる。本来なら『名を結ぶ拍』なのに、『名の解け拍』になってる」
その時だった。
「あの、すみません……」
境内で掃除をしていた神職の男性が、ふらふらと近づいてきた。でも、その表情は困惑に満ちている。
「私……私の名前、なんでしたっけ?」
男性が自分の名札を見ながら首をかしげる。名札には確かに文字が書いてあるのだが、まるで読めないみたいだ。
「試しに、お名前を声に出して言ってみてください」
立花が優しく促す。
「ええと……た、たな……」
男性が自分の名前を言いかけた瞬間、口の中でぽんっと小さな音がした。
「あ……甘い……」
男性の舌の上で、甘露のようなものが弾けている。そして、その度に名前の一文字ずつが記憶から消えていく。
「これは……忘却判定のシステムですね」
立花が青い顔で分析する。
「名前を声に出すたびに、記憶からその名前が削除されていく」
「ひどい……」
イヴリンが握りこぶしを作る。
「人の名前を奪うなんて、絶対に許せない!」
『よし、対抗手段を講じるぞ』
タロウが決意を固める。
立花がポケットから小さなカードの束を取り出した。
「これは『名の由来カード』です。戸籍情報、地名の歴史、神様の名前の意味……すべて調べて準備してきました」
「由来を語ることで、名前を結び直すってこと?」
「そうです。名前にはすべて意味がある。その意味を思い出せば、記憶も戻るはずです」
ヴァルターがクロノス・パルスを操作して、刻限札を境内のあちこちに設置し始める。
「安全呼名時間を三十秒ごとに作る。その間だけ、名前を言っても記憶が消えない」
イヴリンも鈴の調整を始めた。
「倍音分離モードに切り替えるわ。名前の輪郭だけを拾って、記憶に定着させる」
準備が整ったところで、最初の実験。
チリーン……
イヴリンの鈴が響くと、神職の男性の表情がはっきりしてきた。
「私は……田中……田中正雄です!」
「成功!」
でも、喜んだのも束の間。境内の奥から、不気味な笑い声が響いてきた。
「くすくす……面白い試みね。でも、そんな小手先の技で私に勝てるかしら?」
現れたのは、香炉の魔女だった。
全身が唐草模様の着物に包まれ、手には古い手焙りの香炉を持っている。そこから立ち上る煙が、文字の形に変化しながら宙を舞っている。
「私は香炉の魔女。人々の名前を甘い煙に変えて、すべてを忘却の彼方に送り届ける者よ」
魔女が香炉を振ると、煙がさらに濃くなった。そして、その煙が筆画の形になって、空中に浮かぶ文字を次々と塗りつぶしていく。
「うわあ、また名前が消えてく……」
田中さんが慌てる。
「だめよ。弱点を見つけないと」
イヴリンが鈴を握りしめる。
その時、立花がぽんと手を叩いた。
「わかりました! 魔女の弱点は『名の由来を声にする音圧』です!」
「音圧?」
「名前には力がある。特に、その由来を大きな声で語ると、甘い煙を吹き飛ばせるはずです」
「なるほど……」
ヴァルターがうなずく。
「それなら、四位同時操作をやってみよう」
「四井戸?」
「氏名は本人が、家名は家長が、地名は神職が、神名は祝詞で。四者同時に名前の由来を叫ぶんだ」
作戦開始。
まず田中さんが自分の名前の由来を叫ぶ。
「田中正雄! 田んぼの中の正しい男!」
続いて、境内にいた家族連れのお父さんが家名を。
「我が家は佐藤家! 佐藤とは佐渡の藤原氏の末裔!」
神職の方が地名を。
「ここは秋葉山! 秋の葉が美しい神聖な山!」
そして最後に、立花が神名の祝詞を読み上げる。
「火之迦具土神! 火の神様の御名前!」
四つの声が重なった瞬間——
ばばばば!
香炉の魔女の煙が、一気に分解され始めた。
「そんな……そんな馬鹿な……」
でも、魔女はまだ諦めない。香炉から新たな煙を吐き出そうとする。
『今じゃ!』
タロウが理の縄を振り回し、香炉の吐出口をぎゅっと結んだ。
「吸引から吐出に反転……名返しの術式じゃ!」
香炉が逆回転し始める。今まで吸い取った名前が、ぽんぽんと空中に文字になって現れた。
「田中正雄」「佐藤一家」「秋葉山本宮」……
無数の名前が、光る文字となって宙を舞う。
「最後の仕上げよ!」
立花がアストラル・プリズムの欠片を取り出し、香炉の灰床にすっと刺し込んだ。
光学的拡散が起きて、甘い香りが無害な普通の空気に変わっていく。
「ギャアアアアア!」
香炉の魔女が最後の悲鳴を上げて、煙のように消えていく。
「名前を……名前を返しなさい……」
最後の言葉と共に、魔女は完全に消滅した。
 * * *
戦いが終わると、境内に平穏が戻った。
でも、すべてが元通りというわけにはいかなかった。
「あれ? 私の名前、微妙に違ってる……」
田中さんが困った顔をする。
「田中正雄じゃなくて、田中正男になってる。旧字体と新字体が混じっちゃったみたい」
「後遺症ですね」
立花がため息をつく。
「完全に元通りにはならないみたい。身分証明で苦労する人が出てきそうです」
でも、新しい道具も手に入った。
神職の方から、感謝の印として「名縄」という細い紐をもらった。
「これは名前を一時的に固定する道具です。一人につき三十分だけですが、確実に自分の名前を覚えていられます」
それと、祝詞の写しも。
「神様の名前を一度だけ借りられる護符です。ここぞという時に使ってください」
『ふむ、なかなか良い道具じゃな』
タロウが満足そうに尻尾を振る。
でも、香炉の魔女が消える直前に残した言葉が気になっていた。
「次は『結び目』が整う……」
立花がタブレットで情報収集を始める。
「二俣方面で、変な現象が報告されてますね」
画面に表示されたのは、SNSに投稿された写真だった。
橋の欄干に、無数の紙垂がひらひらと結び付けられている。そして、川の水面に奇妙な筋のような模様が現れている。
「これって……」
「龍の背骨の一部じゃないかしら」
イヴリンがぞっとした顔をする。
「紙垂の魔女が、ついに動き出したってことね」
ヴァルターが右手の刻印を見つめる。最近、痛みが激しくなってきている。でも、まだ戦いは続く。
「よし、次は二俣に向かおう」
「お兄様……無理しないでよ」
イヴリンが心配そうに兄を見つめる。
「大丈夫だ。まだまだ行ける」
そう言いながら、ヴァルターは右手をそっと隠した。
刻印の模様が、また一段と複雑になっているのを、イヴリンには見せたくなかった。
四人と一匹は、夕日に照らされた秋葉山を後にした。
次なる戦場——二俣での、最後の魔女との決戦に向けて。
災厄復活を阻止するための、最終決戦が待っている。
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