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このツンデレは、仕様。

5話

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 彼は多分ツンデレな人だと思う。
 ……いや、別にデレてくれたことなんて、よく考えたら、一度もなかったような……気もしないではないが。



「志野さん」
 ふいにわたしの大好きな低い声に呼ばれた。
 学校帰りらしい学生服姿の織部くんが図書館にいる。
 今日は、会えるなんて思わなかった。
 滅多にないことだけど、わたしの勤務先に織部くんが来てくれることもある。
 図書館に学生がくるのは、不自然なことではないのだけど、彼に“志野さん”と呼ばれるのは、とても不自然な気がする。
 それでも、彼が来てくれたのが嬉しくって、とびっきりの笑顔で返事をした。
 浮かれていたせいで、両手に持っていた本を落としてしまう。
 慌てて、本棚に戻していると、彼からの厳しい一言があった。

「本の並べ方が間違ってる」
「えっ?」
「官能描写の強い作家の本を、実用書の棚に並べる気か?」
 本のタイトルと作家名を確認して、愕然とした。
「ご……ごめんなさい」
「よりによって“家畜人ヤプー”をペットの飼い方の本と混ぜるその感覚に驚かされるな」
 お願い……そのタイトル言わないで。
 文学界では有名な本で三島由紀夫や澁澤龍彦に寺山修司らが賞賛したというけど、内容は恐ろしくグロテスクなものだ。未完の名作といわれている。

 自分のドジっぷりに泣けてきそう。
 わたしは顔から火が噴くような気がした。恥ずかしすぎる。
 アニメならドジっ子がウケるかもしれないけど、現実にいたら普通に腹立つだけ。
 穴があったら入りたい。
 だけど、高校生がなぜこんな古典的SМの本を知っているのかしら。



 じつのところ、上司よりも織部くんは怖い。
 本を抱えてカウンターに帰ると、織部くんもついてきた。
 まさか、この本借りるつもりじゃないでしょうね。
 高校生が読むような本じゃないのよ。
 私だって、読んだことないんだから。

 一人であせりまくる私の前で、織部くんがカウンターに置いたのは分厚い洋書だった。
 高校生のくせに(と言えば、偏見かもしれないけど……)織部くんは辞書を片手に洋書を読む。
 学校がカトリック系だからかもしれない。
 彼の鞄の中にはいつも洋書が入っている。

 その本を受け取ろうとしたら、横から豹が割り込んできた。
 いや違う。胸元に豹の顔をあしらったトレーナーを着た女性だ。
 きつめのパーマのせいか爆発しているみたいなインパクトのある髪型。この人は、上沼さん。
 よく来てくれるんだけど、いつも、割り込みが多いのよね。

「順番にお待ちくださいね」
「何言ってんのよ。あたしのほうが先だったわよ。ちゃんと見てないの」
 ちょっとムッとしそうになったけど、仕事中だ。
 我ながら巧みな顔面操作で、とびっきりの作り笑いをしてみせる。

 そっちこそ何、言ってるのよ。
 織部くんのほうが先だったじゃない。
 貸出カウンターには、他に職員がいるし、空いているはず。
 混んでいるわけでもないのに、なぜか上沼さんは、わたしのほうへ来るのだ。
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