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戦略は、馬刺しと囲碁。

15話

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 わたしの両親は、もうすっかり織部くんのことを気に入ってしまった。
 彼を、食事に誘うと、非常に喜ぶ。
 一人っ子で娘のわたししかいないせいか親は、織部くんを息子みたいに思っているらしい。
 何よりわたしの恩人だ。

 物静かで、ほとんど何も喋らずに黙って食べるけど彼は、とても行儀がいい。
 育ちの良さというのが、はっきりと判る。
 一緒にいて、わたしの方が恥ずかしくなるときもあった。
 箸の上げ下げは完璧だし、尾頭付きの魚も奇麗に食べる。
 彼は、お祖父ちゃん子なのだそうだ。
 小さいころから厳しく躾けられてきたと言っていた。
 そのせいか、高校生のくせに織部くんは美食家だ。
 食道楽な我が家の食卓には、けっこう珍しいものが並ぶ。
 両親から言わせるとわたしは、貧乏舌らしい。親と食べ物の好みがまったく合わないのだ。
 フォアグラは脂っこくて、あのねっとりとした舌ざわりが苦手。
 珍味と言われるカラスミもキャビアも、お酒を嗜まないわたしにはそれほど魅力がなった。
 トリュフもあの臭いがダメ。
 チョコのトリュフなら好きなんだけど。
 織部くんはどんな料理を出されても、わたしと違って物怖じしたりしない。おかげで両親は大喜びだ。
 織部くんは、小さいころに外国で暮らしていたからクセの強い料理も平気らしい。
 今は、学校の寮住まいなのだそうだ。
 だから、母は織部くんのために、はりきって腕を振るっている。
 最近では、さまざまな食材をお取り寄せするほどだ。

 もちろん、織部くんを歓迎するのは、母だけではない。
 父は、食後の囲碁が楽しそう。
 本当は、わたしのほうがもっとお話したいのに、父ばっかりが織部くんを独占してしまっている。
 父の囲碁なんか、まったく興味なかったけど、織部くんが碁を打っている姿はとても好き。
 彼が二本の指を弓にそらして石を運ぶ。
 ああ、いっそ、あの石になりたいくらい。
 だって……そうしたら、ずっと彼のそばにいられる。彼の手の中で……なんて、我ながらバカな妄想だ。
 絶対に恋人にはなれないから、そんなことばっかり考えている。
 ちょっと寂しいけど、彼の顔を見られるのが嬉しい。
 やっぱり、お父さんやお母さんにも感謝しなきゃ。
 織部くんは、お母さんの料理やお父さんとの囲碁につられてうちにきてくれるんだから。
 このままずっと、うちに遊びにきてくれたらいいのにな。
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