上 下
2 / 46
1 異世界転生と中二病

1- 2.異世界転生と中二病

しおりを挟む

明け方に淀波志ヨドバシの「服を着させてください!」という声に起こされた。

二段ベッドの下をノゾくと、声の主はタオルケットを、何かに奪われまいとするかの如く、両腕に抱き込んで眠っている。

意味が分からない。どんな夢だよ、っていうか、よく考えたらすごく気持ち悪い。
淀波志よ、お前は今夢でどういう状況なんだ、服はどうした? 着ていないのか? 真っ裸なのか? 

アホのモーニングコールですっかり目が覚めてしまい、日曜日だがこのまま起きて、河原にまうシモベ達に会いに行くことにした。
台所を物色し、ハムを調達して食パンにのせ、マヨネーズで肉球を描き、トースターで焼く。
一枚目は母さんに取られた。
二枚目のやつとホットミルクを飲んで、出かけると母さんに伝える。

「気をつけていってらっしゃい」
「うん」
玄関の明り取りから射す光が、何故かいつもと違って見えた。
もう二度と、この光景を目にすることはない。そんな気がした。そんなはずはないのに。

振り返ると、仁西ニトリ光輿ミツコシが階段を降りてきた。こいつらは双子でいつも仲がいい。
「あれ、素剛ソゴウ、出かけるんか? 今日俺らと映画に行く約束しとったのに?」
「そうや、孤〇の血LEVEL4観に行くつったろう」
「言ってない、映画のチョイス完全に俺以外の趣味だし」
「伊世兄とヨドは受験生やから、素剛と行こう思っとったん、俺らだけじゃムサ苦しいやろ、可愛い弟に付き合わされている体でな、出かけようと思っとったんよ」
「嘘だね、二人でいると見知らぬ女子にマトわり付かれて面倒臭いだけだろ」
「いやいやいや、素剛は可愛いね、俺らそんなモテねえって、伊世兄じゃあるまいし」
「それな~」と光輿が遠い目をする。
このまま話していても、ずるずると引き止められそうで、双子の声を後ろに聞きながら玄関のドアを開けて出た。

「あらら、素剛行ってしもた」
「フラれたな、しゃーない、朝何食べよ」
仁酉と光輿が目玉焼きとトーストを用意してダイニングテーブルに着くころ、父、家伝カデン伊世但イセタンが「俺たちのも作ってくれ」とコーヒーメーカーをセットして言った。
母、百華ヒャッカ淀波志ヨドバシを起こしてきて六人でダイニングテーブルに着く。
「素剛はな、俺らがモテとると思っているんよ、ほんと可愛い奴や」
「伊世兄に比べたら、俺らなんてなあ」
「なあ」
「俺は別にモテてないけど」
仁酉と光輿が顔を見合わせて、口の端を上げる。
「木曜日の放課後や、伊世兄を取り合って喧嘩する女子の騒動があったんは、なあ、ミツ」
「おう、騒動を聞きつけた伊世兄が、廊下の端からカーリングのストーンみたいに、スライディング土下座して登場しよったわ」
「あちらのお客様からです、ってバーのカウンターを滑ってくるグラスのごとき見事な土下座よ、喧嘩しとる二人の横でピタッと止まってマジウケた」
「それ土下座なんか? 伊世但は何をしたんだ」
不安顔な家電。
「伊世兄は二股かけとったんよ」
「クズよ」と双子が答える。
「伊世但よ、お前、めたことしよるのう?」
家伝の堅気とは思えない眼光を向けられて、伊世但が光速で首を振る。
「いやいやいや」がドップラー効果で聞こえてくる。
「伊世兄は、今回のことだけじゃないんよ」
浮名ウキナを流しとる。困った兄よ」
「誤解だって」
「誤解もクソもあるか、ミツ、庭の太枝切り鋏フトエダキリバサミもってこい、問題児を切り落としちゃろ」
「いや、仁酉、そんなもんは必要ない。生け花用の園芸鋏で十分よ。伊世兄いうお人はのう、己の目が悪いことを言い訳にして、どの女子も同じに見えよったけえ、同一人物じゃあ思ったゆうて、複数人に手をだしよる」
「まあ、それじゃあ、私のまゆ毛バサミが必要ね?」
「鼻毛カッター貸すぞ」
「・・・・・・・プラモデルニッパーなら」
「ヨド、鼻毛カッターの方が小さい」
「すんません、仁酉兄さん・・・・・・・」

百華がため息をつきながら「ソーちゃんがいないと、総じてガラが悪い」とこぼす。
親子の聖典は、蘇る金〇や、孤〇の血、またマル暴などを主人公とした小説で、百華と素剛以外で回し読みをしている。
「お父さんが組長で、お兄ちゃんが若頭、ニトりんと、ミッちゃんが幹部で、淀くんが鉄砲玉ってところかしら」
「いや、母さん、俺、鉄砲玉じゃないからね」
項垂ウナダれる淀波志を尻目に、百華は「そうしたら、ソーちゃんは何がいいかしら」と素剛に思いを馳せていた。
しおりを挟む

処理中です...