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ルイスの手紙を犬に奪われました
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しおりを挟むいつもと何も変らない部屋なのに、部屋の中の光景から色が消え去り、ルイスの目にはひどく虚無に思えてしかたなかった。花瓶に入れられた花々も大輪の花を咲かせていようと、生気のない造花に見える。
たった一人いないだけで、こんなにも自分の世界は色褪せてしまうものなのだろうか。
部屋に入って生きたロイドが淡々とルイスに報告した。
「リリー様が王都を出られたそうです」
「そうか」
昨日、ルイスを拒絶したリリーは王宮に用意した自室に戻らず、王都にある侯爵邸に帰ってしまった。
馬車も何も用意していないのに、徒歩で侯爵邸まで帰ったと聞いたときはリリーの行動力に驚かされると同時に、もう二度と王宮へ足を踏み入れたくないという確固たる意思を示された気持ちになった。
王都に住む貴族令嬢であれば、徒歩で王宮から家に帰ろうと本気で考える者はいないだろう。移動に馬車は当然用意されるものだと考え、逆になぜ馬車を用意しないのかと相手を詰る。
ロイドが侯爵邸に様子を伺いに行っても部屋から出てくることはなく、けれど、リリーは王宮で自身が何をしていたのか執事にも誰にも話さなかったようで、突然男装の姿で泣きながら戻ってきたリリーに、ロイドを対応した執事はどうしたのかと困惑していたらしい。
まさかロイドも<王子が王宮でリリーに見習い騎士の真似事をさせていました>なんて言えるわけがない。
次の日には<明日、お父上の元に帰られるそうです>と執事が王宮に報告にやってきて、直接リリーから伝えることができず申し訳ないと謝られた。
確かに王子であるルイスに対して貴族が直接報告しにくるか直筆の手紙で知らせるのではなく、執事を使って連絡させるというのは王族に対して非礼に当たる。それをまだリリーは16歳で、貴族のしきたりやマナーなどが疎いのだ、とひたすら汗を拭い頭を下げる執事に、見ているルイスの方が申し訳なく思ったほどだ。
「引き止めなくてもよろしかったのですか?」
確認するように言うロイドに、ソファでお茶を飲みながら淡々と答える。
「リリーがそう決めたんだ。俺が決めることじゃない」
見習い騎士など、咄嗟の思いつきだった。
こちらの気持ちなど全く知らず、自分勝手な思い込みで婚約を破棄したいと言い出したリリーへの意趣返し程度のものだった。
けれど、ルイスの言葉を信じたリリーは、不満はあれど正式な騎士になろうと一生懸命仕事をこなしてた。元々貴族令嬢として躾られ育ってきたリリーは、見習い騎士はもちろん侍従の仕事のなんたるかすら当然知らない。
(売り言葉に買い文句の勢いで見習い騎士になったところで、知り合いもいない王都、加えて慣れない王宮暮らしで全く不安がないわけがなかったんだ。右も左も分からなくて不安ばかりだったろうに。その上、男装して女だとバレないように気をつけて、気の休まるときだってほとんど無かったリリーに俺は………)
リリーの初心な反応の1つ1つが嬉しくて、触れたいという欲望を抑えきれなかった。
酷く鈍感にしか思えない反応も、貴族の令嬢たちとの駆け引きに内心疲れていたルイスにとっては、いつの間にか安らげるひと時になっていた。
何より田舎でのびのびと育ってきたリリーは、貴族の社交パーディーも出たことが無く、言い寄ってくる男にどう対処すればいいのか知らない。そして相談できる相手もいない。
だから訳もわからず、しかし第一王子であるルイスにどこまで言っていいか分からず、言われるがまま、されるがままで、腕の中で震えて必死に耐えていた。
(俺が調子に乗ったんだ。触れても逃げないことを良い事に、勘違いして自惚れていたんだ。ちゃんとリリーの話を聞いていればこんなことにはならなかった)
舞踏会の時のリリーが楽しそうに笑っている笑顔が思い浮かぶ。
今になって考えれば、大きな緑の瞳に涙を滲ませ、戸惑い震えて耐えている顔ではなく、舞踏会の時のようにリリーが心から笑っていられるようにする方が遥かに大事だった。
なのに、抵抗しないのは少しずつでもリリーの気持ちが自分に向いてくれているのではないかと錯覚して、自分の我を優先してしまった。
「リリーとの婚約は破棄する」
「本気ですか?」
「例えこのまま結婚したとしても、無意味だ」
リリーの真心を裏切ってしまった自分を、リリーは決して許さないだろう。
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