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ルイスの手紙を犬に奪われました
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ルイスが自室に戻ってくるなり、リリーはルイスに頭を下げた。戻るのが遅れただけじゃなく、お茶をしているところまで見られてしまったのだ。絶対にルイスの機嫌が悪くなっている。
「ごめんなさい……。アレは仕事をサボったのではなくて、犬のマルスにルイス様宛ての手紙を奪われてしまって、それを取り返そう追いかけているうちにあのお庭に迷い込んだの……」
「わかっている。話はちゃんと聞いたよ」
そんな肩を丸めて謝るリリーにルイスは、ぽんとその肩に手をつき問題ないと宥めた。
どうせルイス宛の手紙の差出人はエマ本人だろう。その手紙の中にマルスに咥えて持って来させるための匂いを仕込む、初歩的な仕掛けだ。
リリーが手紙を運ぶ大まかな時間帯を前もって調べていて、こんな偶然を装ったのだろうが、我が親ながらいくつになっても悪戯心というか遊び心が抜けない。
(とは言っても、正面からリリーを連れてお茶しに来いと言ったところで、俺に断られるとはじめから分かっていたんだろうな。それともリリーが秘密で俺の侍従をしているならと大袈裟にしたくなかっただけか)
とりあえず急に午後から呼ばれた茶会で、王都に来ていることすら公には伏せているリリーの姿を見つけた時は冷や汗がでた。
「ルイス様、ご質問してもよろしいですか?」
「さっき会ったご夫人のことかい?」
「はい。お名前を聞きそびれてしまって、今度お会いしたときにご挨拶したくいのです。私が淹れたお茶を誉めてくださったの」
「リリーが淹れたお茶を、母上はとても誉めていらっしゃったよ」
人を誉めるときに、エマは本当に納得していないモノに対して、例え社交辞令であっても誉めたりはしない。
それはエマが王妃になるときに誓ったことなのだという。虚栄が蔓延している貴族社会の中で、当時王子だったリチャードに見初められ王妃となるとき、自らを律するために、また決して奢らないために、エマは一生その誓いを守ると神に誓った。
おかげでルイスが幼い子供だったときから、エマが納得しないものに対して誉められたことがなかった。頑張った、ではダメなのだ。努力を認めないわけではないが、結果を残してこそその努力は報われるという独自の持論の持ち主なので、並大抵のことでは誉めるということはしない。
そんなエマがリリーを誉めたということが、何ともないふりをしつつ、心の中でルイスは嬉しかった。
しかし、偶然迷いこんだ庭で、たまたま会った夫人とお茶をしただけと思っていたリリーは違った。ルイスの何気ない一言にびきっと音にならない音を立てて固まった。
「母上?」
「そうだよ。さっきリリーがお茶を一緒に飲んだご夫人は、俺の母上、この国の王妃であらせられる方だ」
ルイスが言うと、途端にリリーは両手で口元を覆い慌てはじめた。
「王妃様ッ!?どどどど、どうしよう!?私ったら、王妃様とも知らないで失礼なことをしちゃったわ!」
「いいんじゃない?特に気にしてなかったよ。それにリリーとは入れ違いで会えなかったけれど、父上も今度こちらに遊びにいらっしゃるそうだ」
「父上って、まさか……」
「国王陛下だね」
ちょうど良かったのでついでにリリーに話しておいた。先ほどの茶会で既に遊び行くと明言しているのだ。
いつリチャードが乗り込んできてもおかしくない。事前連絡を必ずするようにと約束したが、時間が経ってから改めてリチャードの性格を考えるとそれも疑わしく思えてくる。
「待って!待って!?私、こんな姿で王妃様にお会いしちゃったわ……。名前だって偽名で挨拶して………」
「それは問題ないよ。リリーが見習い騎士として俺の侍従をしていることは、既にお2人ともご存知だから」
「お2人は私がリリー・イングバートンだとご存知なの?」
「うん」
リリーが見習い侍従をしていることはルイスとロイドしか知らないことになっている。それも嘘ではなかった。ルイスは親であってもリチャードとエマの2人にリリーのことは話すつもりはなかった。
だがあちらの情報網の方が一枚上手だったことは認めざるをえない。
唯一、リリーが見習い侍従をしていると知っても、今日までそっと触れないでいてくれたことだけはルイスにとってありがたかった。
けれどもルイスの話を聞いていたリリーの顔色が、急に真っ青になった。何か信じられないものを見たかのような眼差しでルイスを見上げている。
「やっぱり私、ルイス様と婚約破棄するわ……」
「いきなり何を」
「貴族の娘が見習い騎士をしているだなんて、お2人ともきっと幻滅されたもの……お父様にだって知らされるわ……」
そこに至ってルイスはリリーの様子がおかしいことに気付き、誤解だと説明しはじめる。
リリーが見習い騎士であることに、ルイス自身がいつの間にか慣れてしまったせいで、こんな些細なことにすら考え及ばなかった。
普通に考えれば貴族の令嬢が見習い騎士になるなんてことはありえない。それをリリーは正式な騎士になれたら婚約破棄するというルイスの甘い罠にかかって、ルイスとロイドしか知らないという条件の下、内密に見習い騎士なった。
リリーが自ら望んで好きで見習い騎士になったわけではないのに。婚約破棄のために、嫌々見習い騎士をしていたというのに。
それが国王夫妻に知られてしまっていたのだとしたら、リリーのショックは計り知れないだろう。たとえ見習い騎士をやめたとしても、国で最も尊い身分である2人に、そんなみっともない姿をしていたこと知られてしまったと己を恥じて当然だ。
失敗した。
「そんなことはない。母上はリリーに会えてとても喜んでいらっしゃったよ。幻滅だなんて」
「いやよ……。みんなで私をからかっていたの?影で笑っていたの……?」
「リリー、そうじゃない」
「見習い騎士もやめるわ……。田舎に、お父様の元へ帰るわ……。ルイスだって、もう十分私をからかって遊んだでしょう?」
「落ち着いて。俺の話を」
混乱しているリリーを落ち着かせようと伸ばしたルイスの手を、リリーはパンッと手で払い拒んだ。
ぐっと唇を噛み締めて必死で堪えているのだろう。
けれど溢れる涙は堪え切れなかった。一度零れた涙はもう止まることを知らない。
「私に触らないで」
どんなにルイスが触れようと震えるだけで拒まなかったリリーが、はっきりと言葉にしてルイスを拒む。
そして、
「王都になんて来なければよかった」
踵を返しリリーは部屋から飛び出ていってしまった。
「ごめんなさい……。アレは仕事をサボったのではなくて、犬のマルスにルイス様宛ての手紙を奪われてしまって、それを取り返そう追いかけているうちにあのお庭に迷い込んだの……」
「わかっている。話はちゃんと聞いたよ」
そんな肩を丸めて謝るリリーにルイスは、ぽんとその肩に手をつき問題ないと宥めた。
どうせルイス宛の手紙の差出人はエマ本人だろう。その手紙の中にマルスに咥えて持って来させるための匂いを仕込む、初歩的な仕掛けだ。
リリーが手紙を運ぶ大まかな時間帯を前もって調べていて、こんな偶然を装ったのだろうが、我が親ながらいくつになっても悪戯心というか遊び心が抜けない。
(とは言っても、正面からリリーを連れてお茶しに来いと言ったところで、俺に断られるとはじめから分かっていたんだろうな。それともリリーが秘密で俺の侍従をしているならと大袈裟にしたくなかっただけか)
とりあえず急に午後から呼ばれた茶会で、王都に来ていることすら公には伏せているリリーの姿を見つけた時は冷や汗がでた。
「ルイス様、ご質問してもよろしいですか?」
「さっき会ったご夫人のことかい?」
「はい。お名前を聞きそびれてしまって、今度お会いしたときにご挨拶したくいのです。私が淹れたお茶を誉めてくださったの」
「リリーが淹れたお茶を、母上はとても誉めていらっしゃったよ」
人を誉めるときに、エマは本当に納得していないモノに対して、例え社交辞令であっても誉めたりはしない。
それはエマが王妃になるときに誓ったことなのだという。虚栄が蔓延している貴族社会の中で、当時王子だったリチャードに見初められ王妃となるとき、自らを律するために、また決して奢らないために、エマは一生その誓いを守ると神に誓った。
おかげでルイスが幼い子供だったときから、エマが納得しないものに対して誉められたことがなかった。頑張った、ではダメなのだ。努力を認めないわけではないが、結果を残してこそその努力は報われるという独自の持論の持ち主なので、並大抵のことでは誉めるということはしない。
そんなエマがリリーを誉めたということが、何ともないふりをしつつ、心の中でルイスは嬉しかった。
しかし、偶然迷いこんだ庭で、たまたま会った夫人とお茶をしただけと思っていたリリーは違った。ルイスの何気ない一言にびきっと音にならない音を立てて固まった。
「母上?」
「そうだよ。さっきリリーがお茶を一緒に飲んだご夫人は、俺の母上、この国の王妃であらせられる方だ」
ルイスが言うと、途端にリリーは両手で口元を覆い慌てはじめた。
「王妃様ッ!?どどどど、どうしよう!?私ったら、王妃様とも知らないで失礼なことをしちゃったわ!」
「いいんじゃない?特に気にしてなかったよ。それにリリーとは入れ違いで会えなかったけれど、父上も今度こちらに遊びにいらっしゃるそうだ」
「父上って、まさか……」
「国王陛下だね」
ちょうど良かったのでついでにリリーに話しておいた。先ほどの茶会で既に遊び行くと明言しているのだ。
いつリチャードが乗り込んできてもおかしくない。事前連絡を必ずするようにと約束したが、時間が経ってから改めてリチャードの性格を考えるとそれも疑わしく思えてくる。
「待って!待って!?私、こんな姿で王妃様にお会いしちゃったわ……。名前だって偽名で挨拶して………」
「それは問題ないよ。リリーが見習い騎士として俺の侍従をしていることは、既にお2人ともご存知だから」
「お2人は私がリリー・イングバートンだとご存知なの?」
「うん」
リリーが見習い侍従をしていることはルイスとロイドしか知らないことになっている。それも嘘ではなかった。ルイスは親であってもリチャードとエマの2人にリリーのことは話すつもりはなかった。
だがあちらの情報網の方が一枚上手だったことは認めざるをえない。
唯一、リリーが見習い侍従をしていると知っても、今日までそっと触れないでいてくれたことだけはルイスにとってありがたかった。
けれどもルイスの話を聞いていたリリーの顔色が、急に真っ青になった。何か信じられないものを見たかのような眼差しでルイスを見上げている。
「やっぱり私、ルイス様と婚約破棄するわ……」
「いきなり何を」
「貴族の娘が見習い騎士をしているだなんて、お2人ともきっと幻滅されたもの……お父様にだって知らされるわ……」
そこに至ってルイスはリリーの様子がおかしいことに気付き、誤解だと説明しはじめる。
リリーが見習い騎士であることに、ルイス自身がいつの間にか慣れてしまったせいで、こんな些細なことにすら考え及ばなかった。
普通に考えれば貴族の令嬢が見習い騎士になるなんてことはありえない。それをリリーは正式な騎士になれたら婚約破棄するというルイスの甘い罠にかかって、ルイスとロイドしか知らないという条件の下、内密に見習い騎士なった。
リリーが自ら望んで好きで見習い騎士になったわけではないのに。婚約破棄のために、嫌々見習い騎士をしていたというのに。
それが国王夫妻に知られてしまっていたのだとしたら、リリーのショックは計り知れないだろう。たとえ見習い騎士をやめたとしても、国で最も尊い身分である2人に、そんなみっともない姿をしていたこと知られてしまったと己を恥じて当然だ。
失敗した。
「そんなことはない。母上はリリーに会えてとても喜んでいらっしゃったよ。幻滅だなんて」
「いやよ……。みんなで私をからかっていたの?影で笑っていたの……?」
「リリー、そうじゃない」
「見習い騎士もやめるわ……。田舎に、お父様の元へ帰るわ……。ルイスだって、もう十分私をからかって遊んだでしょう?」
「落ち着いて。俺の話を」
混乱しているリリーを落ち着かせようと伸ばしたルイスの手を、リリーはパンッと手で払い拒んだ。
ぐっと唇を噛み締めて必死で堪えているのだろう。
けれど溢れる涙は堪え切れなかった。一度零れた涙はもう止まることを知らない。
「私に触らないで」
どんなにルイスが触れようと震えるだけで拒まなかったリリーが、はっきりと言葉にしてルイスを拒む。
そして、
「王都になんて来なければよかった」
踵を返しリリーは部屋から飛び出ていってしまった。
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番外編①~2020.03.11 終了
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