【R18】女神転生したのに将軍に言い寄られています。

ミチル

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女神と宝石

第十章 王都アルバの騎士見習い

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 騎士見習いとしての1日はあっという間だった。
 朝早くから起きて、1日中動き回って頼まれる雑用をこなし気が付くと夜になっていて、くたくたになって簡単に身を清め、布団に潜り込む。

 剣など入団してから一度も持ったことがない。けれど楽しみが全くないわけではなかった。
 荷物を街の指定の建物などを運ぶとき、通りに面したファンタジー世界を思わせる街並やすれ違う人々を見られるのが楽しくてたまらない。

(こういうのを私は待っていたのよ!転生して女神になったからって、池の中の洞窟でひっそり過ごすなんてやってられないわ!)

 あまりにそわそわしていたのだろう。
 一緒に荷物を運んでいた隊の上司から、田舎からでてきて王都の賑やかさが物珍しいのかもしれないが少しは落ち着けと笑われた。

 ゆっくり食事を取る時間もないので、だいたいが荷馬車の上で昼食を食べる。その昼食も途中の通りに出ているお店で買って、簡単に食べられるものばかり。しかしどれも美味しい。

 もちろんギルバートの屋敷で出されたフルコースの料理も美味しかったけれど、こうして街の市民が気軽に食べられる食事もまた別次元の美味しさでたまらない。

(私、女神になってよかった~。毎日こんなに楽しいんだもの!)

 今日の配送は騎士団で上司にあたるフレッド・ガルシアと自分が担当になっている。
 30前だがすでに結婚していて2人の子供もいるのだと聞いた。

 そしてフレッドもまた騎士団は見習いからスタートしたとのことで、扱かれはしても理不尽な仕事を押し付けたりはしない。やり方を聞けば丁寧に教えてくれるし、ミスったときは何がミスの原因だったのかその相談も真摯に乗ってくれる。頼れる兄というのが一番近い。

(人間だったときは一人っ子だったけど、おにいちゃんがいたらこんな感じだったのかな)

 フレッドだけでなく他の第二騎士団配属の騎士たちはみな陽気で、自分になにかと親切にしてくれる。というのも自分が入る前までは、30近いフレッドが最年少であったため、15歳ということで入団した自分が子供のように思えるらしい。

 本日のランチは王都北西にある商人の店に行く途中にある、ピザに似たパンを購入した。パンもどちらかと言えばカレーについてくるナンのようなもっちり感があり食べ応えがある。そこに濃厚なソースと野菜、炒めた肉がどっさり盛られたものだ。

 テーブルについて食べるなら、トッピングされた具が落ちないように食べられるが、急いでいる者はそれを半分に畳んで手に持って食べることもできるので、持ち帰り用に畳んだそれを古紙に包んで持ち帰りもできる。
 なので、2人して荷馬車に揺られながら、休憩兼ランチを頬張っていた。

「お前は本当になんでも美味そうに飯を食うな」

「だって本当に美味しいんです!」

「まぁな。美味いのは俺も認めるぜ。それに上も俺たちの仕事のキツさは知ってるから、運搬担当の昼飯代は出してもらえるからな」

 そうなのだ。配送担当者は帰ってから騎士団の建物で昼食を取る時間もないため、配送しながら適当な店で軽食を買って食べることが許されている。後で配送担当者に一定額の昼飯代がもらえる仕組みだ。

「今日は少し配送時間押しちゃってますよね……すいませんでした。自分が段取り悪かったから…次は早く荷物を分配できるようにしておきます」

 腕時計を持っていないため頭上の太陽の位置でだいたいの大まかな時間を測る。いつもであれば、配送中のランチはもう少し早い時間に食べられていたはずだった。それなのに荷物分配と馬車への積み込みが遅れてしまい、自分だけでなくフレッドの昼食時間まで遅くなってしまったことを詫びる。

 しかし隣に座るフレッドは豪快に笑い飛ばし、

「それくらい気にすんな。配送が少し遅れる程度、道が混んでたってことにすればいいんだよ。それに知ってるか?配送で顔がいいお前が飯を買いに行くと、店がたっぷりサービスしてくれるから、実はみんなお前と配送組みたがってるんだぜ?今日も肉が山盛りじゃねぇか!」

 挟んだパンから零れ落ちそうなほど盛られた肉を大口を開けてフレッドは頬張る。
 配送の時、店に昼食を買出しにいくのはいつも自分の役割だったけれど、そんな狙いがあったのは初めて知った。しかし手に持ったパンは言われた通り肉が山盛りで、お店のおばさんがいくらかサービスしてくれたのが伝わってくる。

 そうしているうちにもアイカが半分も食べないうちにフレッドは食べ終わってしまった。

「まだ食ってるのか?口小さそうだもんな。まぁお前はしっかり食って肉を付けろ!そんなんじゃ剣を振り回す前に、その帳簿つけるペンを持つだけで終わるぞ?」

「は、はいっ」

 ゆっくり食べていては配送先に馬車が着いてしまう。慌てて口にパンを入れるけれど、やはり山盛りの肉が難関だった。

 どうにか配送先の商店に到着する少し前に食べ終えて、馬車を店の前に停めると、店内に荷物の到着と配送物リストを確認しに行くのはフレッドで、自分は荷物を下ろすために馬車の後ろに回る。

 その直後だった。

「キャァッ!!スリよ!誰か!誰かその男を捕まえて!!」

「奥様!大丈夫ですか!?」

 直ぐ先の曲がり角で女性の悲鳴が上がる。振り向けば、血走らせた目でこちらに逃げてくる男の手にはギラついた抜き身のナイフが光っていた。

「退け!退きやがれ!殺されてぇのか!?」

 通りを歩いていた者たちを追い払うように男はナイフをぶんぶん振り回す。わけも分からず慌てて逃げようとして、道に躓いてしまい転んでしまう子供の泣き声や逃げ惑う人々で混乱に陥った。

「嘘?えっ!?本物のナイフ!?」

 突然の強盗にとっさについていけない。人間だった頃、特に日本は世界の国の中でも治安がよく平和だった。刃物なんて料理用の包丁と果物ナイフしか見たことがない。

(剣の扱い方はギルバートに教えてもらったけど、そんないきなり戦えったって戦えるわけないよ!)

 何しろ見習い騎士は騎士として未熟だからとして騎士団の建物外での帯刀が禁止されている。

「何の騒ぎだ!?アイン!」

「退けって言ってるだろうが!殺されてぇのか!」

通りの騒ぎに店の中から慌ててフレッドが出てきた。助けを求めようとしても、店から出てきたばかりのフレッドでは間に合わない。

「ばかっ!逃げろ!アイン!刺されるぞ!?」

(逃げなきゃっ、でも怖くて、足が震えて、逃げられない)

わかってる。逃げないとナイフで刺されてしまう。
男と対峙しようとする自分に気付いたフレッドの叫び声は、確かに聞こえていたけれど、竦んでしまった足はピクリとも動かなかった。

(止まって!こっちに来ないで!)

ぎゅっと目を閉ざし、強く念じた。


▼▼▼


「街で逃げるスリと遭遇しただと!?それでアイカは無事なのか!?アイカに内密につけていた護衛はどうした!?」

 騎士団の建物の一番奥にある自室で、グレンから報告を聞いたギルバートが、報告を聞くや椅子から立ち上がり、その勢いで座っていた椅子が背後にガタンと音を立てて倒れた。

 騎士団とは別に、アイカには護衛が常についていた。もちろん常に傍に控えているような目立つものではない。それは騎士団の外だけでなく、建物内部であっても数人の者たちが他の騎士たちに気づかれないようアイカを警護していた。

 彼らにアイカの素性や目的は知らされていない。命令は護衛のみであり、必要外の接触もしない。
 ギルバートが直々に選んだ腕に覚えのある者たちだ。

 しかし、声を荒げるギルバートとは反対に、グレンは冷静さを崩さない。

「スリはアイカに付けていた護衛が捕らえました。アイカに怪我はありません」

「よかった……」

「しかし不可解な報告が上がっております。刃物を持ったスリからアイカを助けに入ろうとしたとき、突然スリの足元から透明な結晶の塊のようなものが現れ、足止めを食らったようにその場に倒れたそうです。警護の者たち数名が見ています。しかし、触れようとしたら消えたとのことです」

 警護の者から上がった報告をそのまま伝える。普通で考えるなら、突然結晶がスリの足を地面に固定し転ばせるなどありえない話だった。
 だが、それを聞いてギルバートがどう反応するのか、グレンはそれが知りたかった。

(反応がないということは、心当たりがあるということか)

 ギルバートは無表情で黙ったままだ。問い返すわけでもない。

「今日はもう仕事は切り上げさせて、離れの部屋で休むように言ってあります。これを機会に、彼女には騎士ごっこは危険だからもう辞めるように促せばいいとして、アイカとは何者なのですか?ギルバート様がお側に置かれたいというお気持ちはもう十分分かっておりますが、身元不明の者を置くのは危険です。他国からのスパイかもしれません」

 上司であるギルバートに対して些か出過ぎた言葉であると自覚しつつ、あえてグレンは諌める。無礼と断じされても仕方ない言い方だったのはわかっている。しかしそろそろ自分の立場を思い出していくべきだ。
 ギルバートの身は決して自分ひとりのものではないのだ。

 眼差し鋭く忠言してくるグレンに、ギルバートも頭に上っていた血が急に冷えていく。

(アイカを不審に思っているのか。当然だろうな……)

 今回突然スリの足を固定したという結晶はおそらくアイカがやったのだろう。そして、グレンは鑑定を頼んだダイヤモンドの原石をアイカがギルバートに渡したと考えているようだが、それは正確ではない。
 アイカが炭から作り出したのだ。ギルバートの目の前で。その女神たる神の力で。

 用心深いグレンの性格を考えれば、恐らくギルバートが止めようとアイカの素性を調べようとしただろう。

(上司であり将軍でもある俺の傍に、素性も知れない女が傍にいるなど、普通に考えればあってはならないことだ。グレンの懸念は当然か)

 だが、いくら調べようとアイカの素性が判明するはずがない。
 アイカは女神であり、夜会が行われた満月の夜に生まれたのだから。

 そして調べても調べても不明なことが、グレンの疑いを深めていく。グレンはギルバートの部下の中でも右腕とも呼べる腹心である。アイカの素性を隠し続けることは、グレンのギルバートへ捧げられた忠誠に影を落すかもしれない。

(アイカの正体をグレンだけには教えておくべきか?何度もアイカを女神と言っているが、グレンの性格では例えとしか受け取っていないだろうな)

 ギルバートの脳裏に、夜会の夜、満月が空に輝く池の中央で月光を浴び、この世に女神として具現したアイカの姿が思い浮かぶ。
 今はまだ――

「………、わかった。その言葉、しかと覚えておく。アイカのところへ行く」

 まだ教えるべきではないと口を閉ざし、ギルバートは自室を後にする。

「アイカ?聞いたぞ!?怪我はないか!?」

 早くアイカの元に行きたいという逸る気持ちはあったが、まだ日も落ちていない夕方だ。誰に見られてもおかしくないため、遠回りして隠し通路からアイカの部屋へ入る。

「ギルバート?平気だよ。怪我なんてしてないよ。私にこっそり警護つけていてくれていたんだね」

 隠し通路から慌てた様子で現れたギルバートに、ベッドに腰掛けていたアイカはふわりと目元をほころばせた。
 昼間、スリの持ったナイフで刺されると思い、恐怖でぎゅっとアイカは目を閉じた。しかしナイフで斬られるだろう痛みはなかった。
 それよりも、バタンと無様なほどに目の前で倒れこんだスリと、そのスリの足が透明な結晶にからめとられている光景が目に入った。

 そして目の前に影が落ち、襲ってくる男は突然能われた者たちに捕らえられていた。

 スリを捕縛した者たちは、アイカの方を振り向こうとはしなかったけれど、そっと声を潜め『アイン様、お怪我はありませんか?』と尋ねてきた。

 騎士団の普通の騎士であれば、たかが見習い騎士を『様』付なんてしないだろう。スリに襲われるときに助けてくれるタイミングも良すぎる。

(見るからに隠密っていうか、只者ではない感半端なかったもの。あんな強い人達をわたしの護衛につかせるなんて勿体無い)

 そのおかげで自分は助かったのだけれど。
 すぐにフレッドが慌てて駆け寄ってきたため、それ以上、護衛なのだろう者たちと会話をすることは出来ず確かめられなかった。

「私に護衛をつけていてくれたんだね。全然気が付かなかったわ。ありがとう」

「それくらい…、そうだ、それより報告を聞いたんだが、いきなり結晶が地面からでて襲ってきたスリの足を掴まえたというのは、アイカがしたのか?」

「たぶん、私だと思う……。けど、突然襲ってきて、無我夢中でよく覚えてないの」

 昼間の出来事を思い出しても、自分が何をしたか思い出せない。
 ただこれ以上、襲ってくるスリが止まることを願った気はする。

「やはりアイカだったか。話を聞いたときは生きた心地がしなかった……怖かっただろう?本当に無事でよかった……」

 隣に腰掛け、ギルバートはぎゅっとアイカを抱きしめた。アイカの無事な姿を見た途端、ギルバートは一気に力が抜けていき、深い溜息をつく。
 この美しい肌にかすり傷一つでも負っていたらと、考えるだけでも恐ろしい。

「心配性なんだから。大げさよ」

 抱きしめながら頬に口づけを落とすギルバートにアイカはくすくす笑う。
 
(今回は無事だからよかった。しかし次はどうだろう。そのまた次があれば?アイカは無事なのか?)

 常にギルバートがアイカの傍にいて守ってやれるわけじゃない。アイカが騎士団に入っている限りこの不安が消え去ることはなく、きっと心配で自分の方がもたないだろう。

「アイカ、その、……」

「わたしね、とても楽しいわ。毎日休憩する時間もないくらい忙しくて、でも毎日初めて知ることばかりで、美味しいお店を騎士団のみんなが教えてくれたり、はじめての道を歩いてみたり。こんなこと、池にずっといたら知らなかったわ」

 危険だからもう騎士はやめよう、安全な自分の屋敷に戻ろうと言いかけて、アイカの話に遮られる。ココを撫でながらしみじみと話す様子は騎士団に入ってからの日々を思い返しているのかもしれない。

 だが、まさかアイカが騎士団での生活を楽しいと言うのは、ギルバートにとって予想外だった。

 報告では毎日倉庫の中で荷の確認をして、リストどおりに分配し、配達するだけの日々で、恐らくアイカが想像していただろう剣を振るような機会はなく、そろそろ現実の騎士団に飽きはじめたのではないかとこっそり期待していたのに。

(まぁ、確かに池の中にいるだけじゃあ街を歩いたり、食べ物を買って食べたりはできないだろうな)

 生まれたばかりのアイカにとって王都アルバの街は見る物全てが目新しく、好奇心をかき立てられることだろう。

「ああ、そうだな。しかし、」

「ありがとうギルバート、私を騎士団に入れてくれて。私もっとみんなの役に立てるようお仕事がんばるわね」

「え?あ、俺も影ながら応援しているよ……」

 真っ直ぐに自分を見て騎士団に入れてくれたことに礼を言うアイカに、危険だから騎士団はもうやめるべきだと言うタイミングを逃してしまう。

そして背後からギルバートの後を追ってやってきたらしいグレンの視線がとても痛かった。


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