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第3章 西の大陸

第10話 小判の秘密

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 まずは、ノアが元いた場所に戻ってきた。周辺の情報を確認するためだ。

「ノア、お疲れ様。本当に早いなノアは。移動が楽で非常に助かる」
「それほどでも…あるのじゃ!」
 人型に戻ったノアが自慢気に胸を張る。

「今日は、ここで休んでいいか?」
「もちろん構わぬのじゃ。ここは龍脈の上にあるから力も漲るのじゃ。休むには最適なのじゃぞ」
 龍脈? なんだろ、力の源みたいなものか?

「ふーん、そうなのか。それよりノアに頼みたい事がある。この周辺の町や村の位置を知りたい。どれぐらいの人が住んでるかも知りたいな。頼めるか」
「ふーん、とはなんじゃ! この場所を取るためにどれだけの敵を倒したと思っておるのじゃ。我が主も少しぐらいは褒めてくれてもよかろう」
「すまんな、そんなにいい場所だったんだな。では有り難く泊まらせてもらおう」
「分かればいいのじゃ。周辺の町と村じゃな、わらわが行った事があるのはまぁまぁ大きな町じゃったが、そこしか知らぬゆえ、下僕共に調べさせようかの」

 下僕? ノアにも配下がいたのか。一匹狼だと思ってたが、ボッチじゃなかったんだな。

『下僕共ー! 我が主が所望しておる! 周辺の町と村の情報を集めるのじゃ!』

 ザザザザザザザザザザ――――――――

 それは大きな声だった。声以外にも頭の中に響く声もあった。恐らく山全体には軽く伝わっただろう。
 山の至る所から何かが移動して行く音が聞こえた。ノアの声に反応して行動を起こしたのだろう。
 これって、配下ではないな、確かに下僕だ。慕われてるわけでもあるまい。やはりノアはボッチだったか。

 行動を起こすのは明日からと決めて、野営の準備に入った。
 いつも通り、とは行きにくい。さっきのノアの行動を見て、周辺の魔物を狩り辛いのだ。
 今はノアの命令で動いているのだし、その魔物を狩るというのは人道的にやりたくない。
 命令で動かず残っているものと思っても、やはりノアの縄張りの魔物だと思うと踏み止まってしまう。

 【亜空間収納】の中にはまだまだ魔物や動物の食材はあるのだし、無理に狩りをせずとも、この人数なら何年も食べれるだけは入っている。
 今日のところは収納から出した食材で夕食を作った。

 食事が始まると、ノアが扇子を出し、少し広げて口元に当て目を閉じて押し黙った。
 なにやら集中している様子だ。

「ノア? 食べないのか?」
「今、色々と報告を受けておるのじゃ。少し時間がかかりそうじゃな。わらわは後で食べるぞえ」
 取るでないぞ。と、ソラに言うと、再び目を閉じた。

「だったら、収納に入れといてやろう。冷めてしまうからな」
「かたじけないのじゃ」

 さっき命令した下僕からの連絡が入っているのだろう。思ったより長い時間黙っていた。
 その間にノアが気になったのか、私に問いかけてきた。

「ご主人様。お尋ねしてもよろしいですか?」
「ああ、なんだい?」
「あの、ノアさんが持っている物は何でしょうか。非常に強い力を感じますが」

 お前もか。箸や扇子に何の力を感じるというのだ。私が【鑑定】しても、ただの箸や扇子としか出ないのだぞ。

「あれは扇子というもので、風を扇いで涼むものだ」
「センス…ですか。一体どこで手に入れられたかご存知ですか?」
「あれは私があげたものだ。ソラとココアにはさっき食事で使っていた箸をあげたんだがな」
「ご主人様の従者になると頂けるのですね! では、私にも何か授けて頂けませんか」

 やっぱりそうなる流れだったか。そうは言っても箸はもう無いし、扇子はまだあるが同じものだと何かダメな気がするんだ。主と長だから、同じものだと対抗心を煽るような気がしてな。
 他に何か無かったか……あ、これならどうだろう。

「これはかんざしと言って髪留めに使うものだ。ミルキーはショートヘアだが、何とか使えるだろう」
 そう言って簪を差し出した。

「ありがとうございます。これにも強い力を感じます。ご主人様の従者になれて幸せです」
 強い力ね……私には感じないのだが……

「後はそうだなぁ…もう空の木箱か短刀か小粒の金と小判ぐらいだな。思ったよりあるな」
「小判ー!?」
 小判に反応し大声で叫んだミルキー。
 そういえばアラハンさんも過剰な反応をしてたな。伝説がどうとか。

「み、み、み、見せて頂いても、よ、よ、よろしいでしょうか」
 何を興奮してるのか分からないが、とりあえず出してあげた。

「こ、こ、これは、間違いございません。こ、小判に間違いございません」
 それはそうだ。間違いなく小判だよ。

「そうだな、間違いなく小判だぞ」
「なっ! 何を落ち着いてるのですか? 小判ですよ、小判なのですよ!」
「あ、ああ、小判だな」
「だから、なぜそのように落ち着いていられるのですか! 小判なのですよ!?」
「そうは言っても、【東の国】ではただの通貨だし、まだ沢山持ってるからな。五〇枚以上はあるぞ」
「ご、ごじゅ……」

 あ、固まってしまったな。まだノアも集中してるようだし、今は騒がない方がいいから少し放っておこう。


 ミルキーの回復よりノアの方が先に終わったようだ。

「我が主ぃ、すべて分かったのじゃ。わらわに任せておけば楽勝じゃのぅ」
 扇子を広げ、パタパタと扇ぎながら自慢気に胸を張るノア。
 これは、いい報告が期待できそうだ。

「じゃあ、分かった事を教えてくれ」
「そうじゃの。まずは、この周辺には町が三つに村が十二あった。もっと小さな集落もあったようじゃが、集落は全滅、町も一つと六つの村が全滅じゃ。あと、一つの町が半壊で残り六つの村も大そう被害を受けてるようじゃ」
「めちゃくちゃやられてるじゃないか。それなのに国は動かないのか? これって冒険者任せにして依頼を出すレベルじゃないだろ」

 どうなってるんだ、この国は。これだけの被害を黙って見てるのか?
 この世界がそういう世界なのか。ロンレーンの町でも駐在の領主軍は動いてたが国軍が動いたとは言ってなかったし、魔物に対しては各領地任せなのだろうか。

 今いるメンバーは皆魔物だし、ソラとココアに至っては私と同じでこの大陸の情報には疎い。ロンレーンの町に戻った時にでも確認してみよう。

「その被害を及ぼしてる元凶は分かったのか?」
「むぐぐ……火龍じゃというのじゃが、わらわはそんな事はしておらん! ずっとここにおったのじゃ!」
 悔しそうに報告するノア。
 それは私にも分かっている。ミルキーから見せてもらったレッドワイバーンが犯人なのだろう。

「ノア、分かってる。私だけじゃなく、ここにいる全員がノアが犯人では無い事を分かっている」
「はい、ミルキーさんに見せて頂いたレッドワイバーンが怪しいですね」
「ノアはやってないよー」
「私もそれで間違いないと思いますが、ご主人様、この件如何致しましょう」

 全員がノアを信じてるんだな。まだ仲間になって二日、ミルキーなんて一日も経ってないのにな。いいチームになれそうだ。
 それにしてもミルキーも小判から離れて今はノアの件で考えてくれてるな。中々切り替えが早いのだな。

「そうだな、そこまで被害が酷いのなら、一度被害状況を見た後で、全く被害が出ていない町に入ってみるか。なぜその町だけ被害が無いのか知りたいからな」
「そうですね、何か特別な防衛手段を持ってるのかもしれませんね」
「もしかしたら、その町が犯人に関わってるかもしれませんね。私が先乗りして様子を見て来ましょうか」

 おー、何か会議になって来てるぞ。こういうのを待ち望んでたんだ。

「いや、それには及ばない。全員で行動しよう。まだミルキーの能力も把握してないし、人間の町だから慎重に行きたい。ミルキーは長でもあったのだから能力は素晴らしいのだろうが、まずは私達と一緒に町に入ってからお願いする事にしよう」
「かしこまりました。それでは、明日から行動開始ですね」
「そうだな、今日の所はここで一泊して、明日の朝からでいいだろう」
「それでは、作戦会議はこれで終わりでよろしいですか?」
「うん? まぁそうだな、明日の様子を見てからになるから今日の所はこれぐらいでいいだろう」
「では! 先程の続きでございます! こ、小判を! 小判を見せては頂けないでしょうか!」
「あ、ああ……」

 会議が終了と聞き、急にテンションマックスになるミルキー。
 確かに切り替えが早いな。そんなに小判とは凄いのか?
 タジタジになりながら、私は小判を出してミルキーに渡してやった。

 おおおお! と言って厳かに受け取るミルキー。

「こ、これは、確かに本物です。す、素晴らしい……これを、ご、五十枚……」
「小判がそんなに珍しいのか?」
 あまりの食い付き方に、質問してみた。

「タロウ様は本当に小判の価値を知らないのですか?」
「ああ、結局町で聞けなかったから、そんなに価値があるものとは思って無かったんだが。確かに東の国では通貨として使われていたから価値があるのはわかるんだが」
 アラハンさんも驚いてはいたが、結局小判が何なのかはよく知らなかったからな。

 ミルキーはハァ、と溜息を漏らした。残念な人を見るように小判から私に視線を移すと説明を始めてくれた。

「本当にわかってらっしゃらないのですね。では説明いたします。まず、小判には魔力を溜めることができます」
「魔力を溜められるんなら魔石でいいじゃないか? 元々魔力が入っているし、そういう事もできるんだろ?」
 なんだそれぐらいかと思った事が顔に出てしまったのだろう。ミルキーは少しムキになって言い返してきた。

「まぁ、最後まで聞いてください。小判には、魔力を溜める、増幅する、放出するという三つの事ができるのです」
 ミルキーは再び小判に視線を移し、先程のうっとりした目を一瞬だけさせたが、すぐに真剣な表情になり、小判に魔力を込め始めた。

「ミルキー?」
「はい、こうやって魔力を込めるのですが、いくらやっても満タンにはならないのです」
「ほぅ、凄く容量が大きいんだな」
「大きいと形容できるものではありません! 誰がどれだけ魔力を込めても満タンにならないのです!」
「う、うん、凄いんだな」
「そうです! 凄いのです! しかもこの小判、放出する時に威力を上乗せしてくれるのです!」
「威力を上乗せ? 一の威力のものが二になるとか?」
「はい、全放出の場合にのみ倍になります。小出しにもできますが、それだと通常威力です。それと、この小判には初めに魔法をセットしておくことができるのです。例えば火魔法をセットしておいて発動させると詠唱無しで魔法を放てます」

 おお! 無詠唱! これはいい事を聞いたぞ。それは絶対試してみないとな。

「しかし、ノアはよく知ってたな。持っていたのか?」
「はい…いいえ、お借りした事があるのです。あれは百年以上前になりますが、一度お借りして使用した事があるのです」
「借りた? 誰にだ?」
「はい、冥界の王からお借りしました。その時は勇者相手に使ったのですが、魔力を溜める時間が一週間しかなく、勇者を滅するまでには至りませんでした。使用後にはお返ししましたので私の手元には残っていません」

 もう少しだったのですが、と残念がるミルキーだったが、小判の使用説明よりも気になるフレーズが二つあったぞ!
 冥界の王? 勇者? しかも勇者を瀕死に追いやった? そこにはどんな壮大なストーリーがあったのだ。全然想像が追いつかないぞ。

「勇者に冥界の王か……では冥界の王に会ったのか。冥界の王とはどんな方なんだ?」
「いえ、冥界の王には会っていません。使者が現れ小判を授けてくれました。勇者がこの地に現れる事も予見して頂きました」
 使者ね、王が直々来るはずもないか。来るんだったら、自分で勇者を倒すだろうからな。

「そういえば、魔法をセットできると言ったか」
「はい、セットしておけばあとは発動するだけです」
「それは自分でセットしないといけないのか?」
「いいえ、誰がセットしても構いません。しかも、セットした後でも魔力をいくらでも溜められます」

 おー、やはり便利だな。
「だったら、回復魔法をセットできないか? 私達は回復手段を持ってないのだ」
 ソラがノアに何かやってたけど、私からするとあまり信用をしてないのだ。大体どうやって作ってるかも分からないものを飲みたくないのだ。材料すら分からないのに飲む気になれない。

「はい、それでしたらドレミにやらせましょう」
「では、小判を十枚渡しておくから回復魔法のセットをして皆に配ってほしい。魔力の充填は自分達でやればいいだろうからな」
 そう言って小判を十枚渡した。
 その小判をうっとりとした目で受け取るミルキー。大丈夫だ、言った事は覚えてくれてるはずだ。でも、念のために余分に渡しておこう。

「あと五枚渡しておくから、これはミルキーが自由に使ってもいい。皆にも一枚ずつ渡しておく。あとでミルキーから回復用の小判を貰って、毎日寝る前にでも魔力を溜めるようにしよう」
 攻撃用にも欲しいだろうからな。回復用と攻撃用の二枚でいいだろう。魔力を溜めるのは自分なのだから何枚もあったら魔力が溜められないだろうからな。
 しかし、魔力をいくらでも溜められて、一気に放出すると二倍の威力があるって凄いアイテムだったんだな。
 ミルキーが興奮するのも肯ける話だ。
 セットできる魔法は一種類みたいだが、攻撃に関しては今の所困ってないし、回復ができるのは有り難い。

 その日の内に回復魔法を小判にセットしてくれたミルキーが、翌朝全員に小判を配ってくれた。
 私も魔法のセット方法を聞いてセットは完了させている。昨夜も魔力の充填はしておいた。
 セット方法は簡単だった。セットしたい魔法の詠唱をして、最後の発動する魔法名を言わなければいい。
 小判の発動は、その魔法名を言う事で発動する仕組みだ。

 朝食を摂ると早速調査に出かけるのだった。
 移動は徒歩、周りは山で樹が多い。馬も馬車も持ってないが、あっても使えなかっただろう。
 ノアにまた龍に戻ってもらって飛んで行けば、目立つ事この上ない。調査もできなくなるだろうし、徒歩で向かっている。
 徒歩と言っても、我々は全員身体能力が高い。【東の国】でソラとココアと一緒に森の中を駆け抜けたような速度で移動している。それも、話をしながらだ。
 さすがは山の主と森の長。かなり余裕を持っていた。元の能力よりも名付けた事で能力も非常に上がっているのも影響してると思うがな。

「ご主人様、先程も崩壊した集落がありましたね。酷いやられ方でしたが、燃やされている家が多かったですね」
「そうだな。やはり、火龍の仕業と見せかけるように行動してるな。レッドワイバーンの仕業と見ていいだろうが、どうなんだ? レッドワイバーンとは強いのか?」
 ノアやミルキーよりも強いとは思えないが、やはり気になるので聞いてみた。


「そうですね、レッドワイバーンであれば以前の私でも倒せると思います。しかし気になるのは、人間が5~6人では余程の者でも無い限りレッドワイバーンには敵わないと思います。そうですねぇ、Aランクパーティが2組以上が妥当なところでしょうか。しかも生け捕りにするとなるとそれ以上の実力が必要ではないかと思います。それにレッドワイバーンクラスを従わせるとなると、特殊な術者かアイテムも必要です。あのレッドワイバーンは人間に従ってたように思えるのです」
 そんな事までよく知ってるな。ミルキーはもう参謀のようじゃないか。これは仲間にして良かったな。

「しかし、なぜ町や村を襲うのだろうか。人間が一緒に行動してるのなら、町を壊滅させても何も得るものは無いと思うのだが」
「そうじゃの、戦争を起こしてる情報は無かったのじゃ。レッドワイバーンの餌かのぅ」
 おいおい、物騒だな。レッドワイバーンは人間を食うのか? 魔物全般に人間は食うか。ならレッドワイバーンも同じだな。

「しかし、餌にしちゃ多すぎないか? レッドワイバーンはどれぐらい食うんだ?」
「一日に人間一人か二人も食えば十分じゃろ。そう考えると、ちと食いすぎじゃのぅ」
「ご主人様、もしかしたら人間の魂を食料にしてるのではないでしょうか。私達の山にもそういう魔物はいましたから」
「いたねー」
「魂ですか……確かにそういう魔物はいますが、レッドワイバーンは違うと思いますね」
「そうじゃ、レッドワイバーンが魂を食うなど聞いた事が無いのじゃ」

 しかし、ミルキー一人加わるだけで、こうも変わるものか。話し合いになってるぞ。いい…いいぞ君達、この調子で話し合いを進めて行こう。

「色んなパターンを検討しないといけないだろうが、まだまだ情報不足だ。もう少し襲われた町や村を確認して、予定通り無傷の町へ行ってみよう」

 予定通り、襲われた町と村を幾つか遠目に確認し、未だ襲われていない町に辿り着いた。
 町の名前はノーライザ。ロンレーンより小さな町のようだが、町の周囲を囲む塀は、ロンレーンの1.5倍は高い塀で護られていた。

 さて、ロンレーンと同じであれば、町に入るには門で並んで審査を受けなければならないはずだが、ノアとミルキーは大丈夫だろうか。
 ソラとココアは実践済みだから問題ないだろうが、ノアやミルキーは人間も殺してるだろうし、犯罪者認定を受けてしまわないだろうか。もしそうなったも戦うという選択肢は無い、逃げる一択だ。
 その時は私も一緒にお尋ね者になるだろうが、このメンバーなら町に入れずとも生きては行けるだろう。町に入れず情報が得られないのは厳しいが、その時はその時だ。旅人から情報を仕入れるとか何か考えればいいだろう。

 決死の覚悟で挑んだ入門だったが、あっさりとパス。
 まず、ソラとココアが冒険者カードでパスし、通路に隣接されている入門受付窓口にある水晶玉を手で触れ簡単に入門した。
 ノアとミルキーは初めてだが、町の外で仲間になったと私が説明すると、通路に面してる水晶玉が置いてる入門受付窓口にそのまま通され水晶玉で鑑定後、入門料の銀貨五枚を二人分支払うと仮入門カードを発行してくれた。
 態々建物の中に入らずとも入門できたのだ。もちろん水晶玉での鑑定も白、犯罪者認定はされなかった。基準がどうなってるのか、作った人に聞いてみたいものだな。

 仮入門書では今後も不便だし、水晶玉での鑑定がパスする事も分かったので冒険者ギルドで登録しておこうと冒険者ギルドに向かった。

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