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「最強姉からの逃走」編
2話 「姉ちゃんは『災厄の魔人』」
しおりを挟む(撃滅級魔獣って最強の魔獣たちじゃないのか!? 盾にすらならない! 姉ちゃん、やばすぎだって!)
「アーシュ、向かってきなさい!」
パミエルキが覇王技、修殺を放った。
戦気と拳圧を一緒に繰り出す基本の技のはずだが―――山を砕く
荒れ狂う拳の圧力が、周囲数百メートルにあったあらゆるものを排除しながら通り過ぎていった。
もし緊急回避で逃げていなかったら、今頃自分もどうなっていたかわからない。
「嘘だろうっ!! 死んじゃう! あんなのくらったら死んじゃう!」
「大丈夫よ。アーシュは死なないから」
「げっ!」
パミエルキは凄まじい速度で前に回り込むと、蹴りを放った。
アンシュラオンのガードを打ち破り、腕をへし折る。
「ひぃいいい!!」
「ほぉら!! 撃滅級魔獣でも殺せる一撃を、あなたは受けるのよ!!!」
「違う、違う! 折れたから!! 今ので折れたから! ガード破れて、ボキッて音がしたから!!」
「治しなさい、すぐに。そうじゃないと、またいくわよ!」
「どうせ治してもくるじゃないかぁあああああ!」
「アーシュが可愛いからねぇええええええええええ!」
「可愛くなくていいよ!!!」
アンシュラオンは、水の最上位属性である命気を展開。急速に折れた腕が治っていく。
姉の暴力(愛情表現)から助かるためだけに会得した、とても貴重な技の一つである。これがなかったら、もう何度も死んでいるに違いない。
「もっと上げていくわよ!」
「ちくしょうううう! 好き勝手やられてたまるか! オレにだって人権はあるんだ!」
打ち合わねば死ぬ。
仕方なくアンシュラオンも姉の攻撃を拳で迎撃。
互いの拳が激突するたびに轟音が鳴り響き、大地が焼け焦げ、吹き飛んでいく。それも当然だ。互いに音速を遥かに超えた速度で殴り合っているのだ。
「ほらほらほら、遅い遅い遅い! そんなものじゃないでしょう! パワーで負けてるのに速度も負けてどうするの!」
姉の拳が迎撃を強引に打ち破り、アンシュラオンの顔面に直撃。
頭が―――ボンッ
爆発事故に巻き込まれたように、あっさりと頭部が消え去る。
「ぐぬううううっ!」
しかし、アンシュラオンの頭部は即座に復活。
これも命気の力だが、通常の使い手ではこれほどの回復力は見込めない。
「あら、綺麗なお肌になったわね。吸い付いてあげたいわぁああ!」
「このっ! オレだってやる気になれば!」
近づいてきた姉の顔面を蹴り飛ばす。
本気の本気、全力で顎を蹴り上げるが―――
「なぁに? 撫でてくれるの? お姉ちゃん、嬉しい。でも、まだまだ弱いわね!」
今度は姉の蹴りが腹に炸裂。
当然、ガードなど無意味。アンシュラオンの腹が吹き飛ぶ。
「くそおおっ! やっぱり無理だ! 逃げるしかない! アーシュラ!」
アンシュラオンの戦気から、四メートルほどの大きな人影が生まれる。
『闘人操術』と呼ばれる戦気を使った『人形』を生み出す技である。
しかも今生み出したものは、武器を持った『武装闘人』という一段階上の奥義で、巨大な剣を持った炎の闘人であった。
それを捨て駒にして逃げる算段だ。
「なんだぁ、お人形遊びをしたいなら先に言ってちょうだい」
が、姉からも大きな人影が生まれる。
それはアンシュラオンが生み出したものよりも禍々しい造詣をしたもので、四本の腕に小剣を持った黒い闘人。
顔は野獣のように猛々しく、身体には大量の棘が付いている。
その黒い闘人が炎の闘人に抱きつくと、持っていた小剣を背中に突き刺す。身体には棘があるので前からがっしり、突き刺した小剣で後ろからもずっぷり。
今度は動けなくなった闘人アーシュラの喉に噛み付き、首ごと引きちぎると、炎の闘人はそのまま消失した。
「アーシュラぁあああああ!」
まったくもって役に立たないうえに、滅び方が自分の未来を感じさせて嫌な気持ちにさせてくれる。
さすが姉。同じ技なのに練度も性質も違う。
「はぁはぁ、お姉ちゃんね、人形遊びじゃ我慢できないわ。あーくんの体温を感じさせて! 抱きしめてぇえええ!」
「まだだ!」
接近したパミエルキの足元から大量の『凍気』が噴出し、彼女を氷付けにする。
事前に技をとどめておきトラップとして活用する、『停滞反応発動』という遠隔操作の超高等テクニックだ。
停滞発動で発した技はストックされ、効果範囲内で特定の行動を取った対象に反応して一気に発動する。まさに罠である。
アンシュラオンは闘人を生み出しながら、すでに足元に罠を張っていたのだ。
しかしながら、そもそもが無意味。
「つめたぁい。あーくんは冷たいのがお好きかしら? じゃあ、お返しね♪」
何事もなく氷から脱した姉の右手から、今しがた発した凍気の三倍以上はある氷の竜巻が生まれる。
至近距離から発せられたためよけることができず、アンシュラオンが竜巻の中に呑まれて空に舞い上がった。
凍る、回転する、抉る。
身体が凍り付き、竜巻の勢いで皮膚や筋肉が削げ落ちいていく。
戦士の因子レベル7で使える『水覇・氷旋竜美衝』という技で、見た通りに氷の竜巻で相手をズタズタに引き裂く強烈な技である。
(とんでもない凍気だ! オレの防御を簡単に突き破る! というか、いつ爆発集気を行ったんだ!? まったく予備動作がないじゃないか!)
因子レベル6以上の技を通常威力で発動するためには、戦気を急速圧縮する『爆発集気』が必要になるが、姉がそれをやった形跡がない。
アンシュラオンが見えない速度で練り上げたとしか思えない。戦気術を極めると、ここまで至るという生きた手本である。
自分ならば二回の手順を踏むところを一回で済ます。つまり、姉にとっては『二回行動』が当たり前なのだ。
(おかしいよ! 最初から差がありすぎるだろう! って、なんだ!?)
なんとか全力で防御の戦気を展開して耐えているアンシュラオンの眼前に、凄まじい量の炎が集まっているのが見えた。
(しまった! 姉ちゃんも停滞反応発動か! この位置まで計算付くかよ!)
アンシュラオンの罠が発動した瞬間、姉もすでに空中に技を放っていた。逆に自分の罠の発動が目隠しになり、それにまったく気づかなかった。
この位置に飛ばされることまで計算し、万全の準備で技が発動。
爆炎から二百メートルはある巨大な焔竜が生まれると、アンシュラオンを呑み込む。
焔竜の体内は、まさにマグマ。溶かされて焼かれて、両手足の肉が削げ落ち、骨だけにされてしまう。頭部と胸は守ったが、もはやどうしようもない。
焔竜はそのまま大地に落下。大きな溶岩帯を生み出した。
「げぼっ…げぼぼおっ……ぐうううう」
溶けた身体を引きずって、なんとか脱出。
服は焼け焦げてしまったので、半裸を超えて全裸に近い。
「どう? お姉ちゃんはあったかいでしょう?」
「熱すぎだよ、姉ちゃん!」
「うふふ。ほぉら、全然大丈夫。もう肉まで修復できたじゃない。ね、あーくんは死なないのよ」
「違うって! 必死に防御しているんだよ!」
「じゃあ、もう一段階上げても大丈夫ね」
「どうしたらその考えになるの!? いやぁあああああ!」
ドゴンッと嫌な音がして、アンシュラオンが蹴り飛ばされる。
今しがた治したばかりの肉や骨も、それによって再び破砕。もう涙が止まらない。
その姿を見て姉は笑っている。それが一番怖いのだ。
(ただオレに甘いだけの姉ならば我慢できたんだ! でも、愛情表現が過激すぎる! 金属バットで殴って愛情表現する姉なんて、怖いだけだろうが!!)
可愛いから、つい苛めたくなる。イタズラしたくなる。
これが普通の関係ならば、まだ許せる。最後はイチャイチャする関係になってハッピーエンドだろう。
が、命にかかわるとなれば話は違う。
(愛情表現が激しすぎるし、それ以前に強すぎる! 今の姉ちゃんはどうなってるんだよ!? ちょっと調べてみるか)
アンシュラオンが、ひっそりと【能力】を使う。
すると、姉のデータが出てきた。
―――――――――――――――――――――――
名前 :パミエルキ
レベル:255/255
HP :99999/99999
BP :9999/9999
統率:SSS 体力: SSS
知力:SSS 精神: SSS
魔力:SSS 攻撃: SSS
魅力:SSS 防御: SSS
工作:SSS 命中: SSS
隠密:SSS 回避: SSS
【覚醒値】
戦士:10/10 剣士:10/10 術士:10/10
☆総合:第一階級 神狼級 魔人
異名:災厄の魔人
種族:人間
属性:光、闇、無、月、臨、命、圧、界、時、虚、実、滅
異能:デルタ・ブライト〈完全なる光〉、災厄招来、災厄障壁、災厄の加護、災厄魔人化、情報保存、情報復元、対属性修得、最上位属性限界突破、全属性攻撃無効化、物理反射、銃反射、術吸収、即死無効、毒吸収、精神支配、全種精神耐性、二十四時間無敵化、完全自己修復、完全自動充填、一騎当億、弟への愛情MAX、弟と結婚、弟の子を産みたい、弟とずっと一緒、弟と自分以外は死んでもいい
―――――――――――――――――――――――
(嘘だろっ!? 本当に人間やめたのかよ!!)
能力数値は、SSS、SS、S、AA、A、B、C、D、E、Fの十段階評価で、Dもあれば立派な一人前といわれるレベルにある。
Cは相当の熟練者、Bもあれば、その道の達人レベル。Aなら、もう国を代表して誇れるレベル。
それ以上となると、もはや使い手を見つけるのが困難になり、Sまで到達した日には、歴史に名を残す英雄だと思ったほうがいい。
それが、オールSSS。
師匠の陽禅公でさえ、そこには到達していない。つまり姉は、すでに師匠を超えていることになる。強くて当然だ。
しかも因子の覚醒値が半端ないことになっている。
これらは武人の資質を示すもので、常人は「0」である。「1」でもあれば武人認定されるほどの覚醒値であり、騎士団なら正規騎士として採用されるだろう。
2あれば、相当な達人。3もあれば、そこらの軍隊では太刀打ちできないレベルだ。
それもまた、オール10。
通常、武人の資質は、どれか一つに限定される。戦士なら、戦士に特化するのが普通だ。やはり10はおかしい。
その正体は、彼女の異能スキルである『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』が関係している。
このスキルは、全部の覚醒値が最大値まで解放されるというもの。
否。それは逆説的である。全部の覚醒値の制限を取っ払った人間だけが、このスキルを獲得するのだ。
弟であるアンシュラオンも持っているスキルだが、覚醒値は遠く及ばない。
あくまで制限を取っ払い、最大値を10にするだけのスキルで、覚醒させるのは自分の努力次第だからだ。
(しかも、【災厄の魔人】ってなんだ!? こんなの前はなかったぞ! いつの間にか最上位属性も全部そろえているし、それ以外のスキルもやべえ! 称号も、すでに人間を超えて【魔人】になってるぅうううう!)
この人がラスボスだったら、勇者レベル99でも秒殺するだろう。まあ、勇者などいないのだが。それにレベルの上限は255だ。
それ以外のスキルも、何から説明すればよいのか迷うほど危険だ。
(後半のスキルは見なかったことにしよう。何もなかった。何もなかったんだ! オレは何も知らない!)
そして、アンシュラオンは諦めた。
「姉ちゃん、好き! 大好き! もう遊びはいいから、戻ろうよ!」
「せっかく楽しくなってきたのに…もっと遊びたいわよ」
「姉ちゃんをぎゅってしたいから、ねっ!? いいでしょ!? イチャイチャしたいんだよ!」
「あーくんったら…可愛い。私も大好きよ。ちゅっ」
(くそ、逆らえない。逆らったら殺される…。姉ちゃん…こんないい女なのに、神様ってやつは残酷なもんだなぁ…)
この人(姉)には、ひたすら従順でなくてはならない。
命令されれば「イエッサー」以外は言わない。マッサージを強要されれば、そのスタイルの良さを賛美しながら奉仕に勤しむ。鍛錬になれば、ひたすら生存だけを望んで、相手のストレスが解消されるまで防御に徹するのだ。
そして、そういった日々が、彼の中に大きな【トラウマ】を作ってしまうのだった。
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