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「白い魔人と黒き少女の出会い」編
61話 「ガンプドルフと少年 その2『少年の性質』」
しおりを挟む「ベルを放せ!」
「まったくあんたは、お決まりの台詞ばかり言うね。ある意味で尊敬するよ。そうだな。領主ってのはこれくらい傲慢でなくちゃいけないし、これはこれで面白い余興だと思えてきてさ。で、どうすればあんたが苦しむのか考えた結果、これが一番いいかなと思ってね」
「ど、どういう意味だ?」
「娘に甘いんだってな。だからこんな痛いやつに育つんだよ。教育を怠った親の責任だ」
「わたくしは痛くないですわ!」
「おっ、痛くないのか? ぐにぐにぐにっ」
「いたたたたたたたたた!!!」
「動くなって。トマトになりたいのか?」
「トマト?」
「そう、ぐちゃっとしたトマトだ」
「そ、それってまさか…」
「悪い。ミートソースの間違いだ。脳みそはドロっとしているからな」
「ひぃいいいい!! そっちのほうが怖いですわあああ!」
いつでもイタ嬢の頭を潰せるように掴んでいる。
その気になれば本当にあっという間にミンチだろう。
「お嬢様!」
「お姉さんは動かないでね。この距離じゃ間に合わないよ」
「はぁはぁ、す、素敵な笑顔ですよ! ナイス泣き顔!!」
「うぇええええーん!! ファテロナの馬鹿ぁああああ!」
違った。助けようとすらしていない。
「おっさんも動かないでね。あんたに動かれると本当に手元が狂うかもしれない」
「スレイブが目的なのだろう。彼女を放してくれないか」
「この子も当事者でね。反省の色もないし、これくらいのことは必要だよ」
「若気の至りだ。若い頃は誰だってミスを犯す。そうだろう? 誰だって環境によって左右されてしまうものだ。自分の意図しないところで性格が歪んでしまうことはある。彼女もそういった被害者にすぎない」
「…たしかに。それはあるね」
少年は、少し思い出すそぶりをしてから何度か頷く。身に覚えがあるのかもしれない。
「まったく、面倒事ばかりだ。オレはただ、この子が欲しかっただけなのにさ。こんなことをしたくはなかった。目立ちたくもなかった。こいつらが横取りしなければ、すべて順調だった」
「まだ間に合う。穏便に済ませられる。お互いに血を見なくても済むはずだ」
「あんたはそう思っていても、この子とそいつは違うんじゃないのか?」
領主がこちらを睨んでいる。
娘を人質に取られたのだから怒り心頭である。が、怒り心頭なのは少年も同じであるようだ。
それを知っているガンプドルフは、必死に説得を開始する。
まずは元凶である領主に対して。
これ以上馬鹿なことをされては困るからだ。
「領主殿、ここは引いていただきたい。お嬢様のためにも見逃してやってほしい」
「わしの領地だ! わしの家だぞ! ルールは領主が決めるものだ!」
「わかっております。しかし、お嬢様はあなたにとって大事な存在。違いますか? 目に入れても痛くないほどだ」
「それは…当然だ」
「たかがスレイブ一人ではありませんか。代わりなど、いくらでもおります。お嬢様と対等なわけがない。所詮、使い捨ての道具です」
「うむ…」
「聡明なあなたならば、おわかりのはずだ。大事な娘さんのことで頭に血が上ったのでしょうが、ここは落ち着くべきところです。より大きな利益のために」
「利益…か」
「そう、利益です。お嬢様が助かり、揉め事がなくなれば我々も助かります。残るは領主殿のお気持ちだけですが、統治者の度量を示すときでありましょう。相手はまだ少年です。お嬢様とそう変わらない。羽目を外すこともある。礼節を知らぬこともありましょう。それにいちいちかまって、余計なリスクを取るのは割に合いません」
「…ふむ」
「時にはこういうこともあります。しかし、そのつど冷静に利益を選択するべきだ。その積み重ねが大きな成功を呼ぶのです。この都市も、そうやって発展してきたはずです」
(領主は現実主義者だ。説得はできる)
領主の怒りが少し収まったのを感じた。頭の中でいろいろと計算をしているのだろう。
ガンプドルフとしても、ここで争って変な噂が飛び交うのは避けたい。素性が判明すれば他国からの介入があるかもしれないのだ。それ以前に本国に伝わっては困る事情がある。
「わかった。いいだろう。だが、高くつくぞ」
「心得ております」
「話は終わった?」
「そうだ。終わったのだ。少年、彼女を放してくれないか?」
これで少年が領主の娘を放せば、すべてが解決する。
そう誰もが思ったが、事態はそう上手く運ばない。
少年が少年ゆえに、彼は他のことに興味を示さないのだから。
「肝心なことを忘れているようだけど、オレはまったく納得していないよ?」
「なっ…まだ不満があるのか?」
「そりゃそうでしょう。こっちのことを無視して上から目線で納得されてもね。そういうのって本当にムカつくよ。よくあるんだよ。そっちが悪いのに『許してやろう』的な態度でくるやつがさ。そいつらって自分がお偉いさんだと思っているようだけど、実際はナイフ一本で死ぬ程度のやつらなんだよね。ははは、お笑いぐさだよ」
地球でも、そういったやつらは大勢いた。だが、所詮は人間。ナイフで心臓を刺せば死ぬ程度の存在にすぎない。
現実を理解していないで傲慢な態度に出れば、いつしか自分に刃が降りかかってくるというのに、それを意識できない実に哀れな存在である。
領主を見ていると、そんな連中を思い出して笑えてくる。
【力こそがすべての世界】で、その行為がどういう結果を生むのか教えてやりたくなる。
「オレは納得していないよ? さぁ、どうするの? どうやって場を収めてくれるのかな? 早くしないとイタ嬢が死んじゃうけど、いいの?」
「あだだだだだっ! 本気で痛いですわあああ!」
「痛くしているんだ。当たり前だろうが。くくく、あはははは。それにしても虫ケラふぜいが偉そうになぁ! はははは! お前たちは面白いよ! 愉快だ!」
少年は嘲笑っていた。
弱くて矮小な存在が喚く姿を楽しむような。
あえて混乱を求めるような。
抵抗してくれたほうが面白いといったような残忍な色合いだ。
(なんという少年だ)
ガンプドルフは本気で背筋が震えた。
この少年は自己のことを理解している。深く理解している。していながら暴力的なことを受け入れている。力を力として使うことを知っている。
力こそが、もっとも強いのだと知っている。
それが何から生まれた感情なのかはわからないが、ただただ怖ろしい。
「どうすれば…納得してくれるのだ?」
「領主が土下座して謝るなら許してやってもいいよ」
「ふざけるな! そんなことができるか!」
領主が声を荒げる。だが、切り札を握っているのは少年である。
「あっそ。じゃあ、イタ嬢様はトマトかな」
「ひぃいいっ!」
「いや、待てよ。こいつを『ラブスレイブ』にするのも面白い。顔は可愛いから、痛いやつだってわかっても人気はあるだろう。どこぞの好色家に売り飛ばせばそれなりにすっきりするし、損害も回収できるかな。領主の娘なら高く売れそうだ」
「ベルはわしの娘だ! スレイブとは違う!」
「何を言ってるのかなぁ。何の差もないよ。オレからすれば、みんな同じだよ。力を入れれば、バンッと弾ける。脳みそをぶちまけて死ぬ。ね? 同じでしょう?」
「ひっ…ううっ…」
少年の手に冷たいものが満ち、娘が震える。
それは純然たる殺気。
目の前に迫ったリアルな死に、娘の身体が凍り付いて硬直した現象である。
脅しではない、という明確な意思表示だ。
「で、土下座する? まあ、オレは土下座されたって何の自尊心も満たされないけど、弱いやつが這いつくばるのは面白いからね。ほら、さっさとやりなよ」
「ぐぬううう! ふ、ふざけおって!!」
「領主殿、落ち着くのだ!」
「これが落ち着いていられるか!! ベルを放せ!!」
「会話が通じそうもないね。それじゃ、バイバイ。こいつはラブスレイブにして売り飛ばすよ」
少年から戦気が放出され―――天井が吹っ飛んだ
そして、跳躍。
屋根に出て一気に逃げていく。
「ま、待て!!」
「領主殿、ここは私にお任せください!」
「ガンプドルフ殿! 頼む! あの子はわしの宝なのだ!! 絶対に取り戻してくれ!」
「わかっております!」
ガンプドルフは少年を追う。
(少年、どういうつもりなのだ? これは君にメリットがある行動なのか? 何か意図があるのか? それとも暴力と破壊を求めているだけなのか?)
その心に不安と疑念を抱きながら。
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