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「白い魔人と黒き少女の出会い」編
69話 「王気、それは妹に贈る想花 その3『初めての意思』」
しおりを挟むアンシュラオンは、ベルロアナが発した闇を見つめる。
意識が具現化するとは、まさにこのこと。
痛々しく、哀れで、それでいて強い波動が身体から噴き上がり、戦気と同じく実体化しているのだ。
この星の大気は意思が実体化しやすい性質を持つので、地球以上に精神が持つ意味合いは大きい。
ベルロアナは、もともと性格の強い人間だ。それは【意思】が強いということ。
彼女の中にこびりついた強い意思が、世界を夜よりも暗い闇で包んでいく。
(鏡とは怖いものだな。お前はオレと同じ性質の闇を抱えている。姿かたちこそ違うが、ほとんど同じものだ。それは簡単には消えない。転生しても消えなかったからな)
人間の腐った性根を知っているがゆえに、金や権力といった直接的なものしか信じられない。他人を信じるなんて馬鹿のやることだと思っている。
しかしその力がどんなに強くても、それだけでは人の心は満たされない。
自分だけの独りよがりでは相手を支配することはできないし、ましてや友達になることは絶対にできない。
そうした心の中にあるどうしても拭いきれなかった大きな闇が、スレイブを求める動機になっているのだ。
(ベルロアナ・ディングラス。お前はかつてのもう一人のオレだよ。だからお前を否定しない。ここで出会ったのも女神様の気まぐれかな)
アンシュラオンはイタ嬢に同情の念を抱きながら、ゆっくりと目を瞑る。
意識を黒い少女、サナに集中させ、その内面に触れるように心を広げる。
その中は―――深遠
ただただ深い真っ黒な世界だけがあった。だが、ドス黒いものではない。
もっと綺麗で純粋な、言ってしまえば『無』である。
(何もない。お前には本当に何もないのか?)
何度探っても少女の中は真っ黒である。何も見えない世界が広がっている。
どんなに意識を発しても、すべて飲み込まれてしまうようだ。そこに限度というものがない。
なぜならば最初から存在しないから。
無から有は絶対に発生しない。無は、無であり続ける。
なぜサナ・パムという少女が、このような状況なのかは理解できない。知る由もない。
だから―――受け入れる
(そうか。お前は真っ白どころか真っ黒なんだな。それでもかまわない。お兄ちゃんがお前に生きる力を与えてやる。だから―――)
「―――サナ!」
―――光が溢れた
声が光となって放出され、世界を包む。
その光は透明ではない。
強く、強く、ただ強く、白でありながら赤で、情熱的でありながら静かで、儚くありながら現実的で、確かにそこにある力であり―――光!
光は、光として、光であり、燃えるように輝く。
そうあれと願い、そうであることを祈り、そうなると知る。
すべての実であり、すべての有であり、すべての欲求の根幹であり、すべてを満たすもの。
大きく息を吸い、目を瞑ったまま―――叫ぶ!
「サナ!!! オレを見ろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「―――――――――っ!!!」
その声は周囲一帯だけではなく、おそらく壁さえ貫いて領主城にも届いたかもしれない大音量である。
「うっ、な、なんて大声…!」
「声まで人間離れしているとは…!」
イタ嬢やガンプドルフが思わず耳を塞ぐほど、強烈で痛いもの。
触れるだけで―――痛い!
求めるだけで―――痛い!
感じるだけで―――痛い!
それは単に音量が大きかったから痛かったのではない。
アンシュラオンの心の痛みを乗せたものだったから。
求める気持ちを体現したものだったから。
その【意思】を示したから。
意思は痛みとなり―――虚無の中を駆け巡る!
黒い世界が白で埋められ、初めてサナがアンシュラオンを見た。
緑の瞳が、エメラルドの瞳が、たしかに動いた。
それは痛みによる反射だったのかもしれない。だが、はっきりと見たのがわかった。
点と点が線となり、線と線が繋がり―――閃となる!
今、両者の間に光の橋が生まれた。
「サナ。お前はサナ・パムだ!! クロメでもクロミでもない! サナ・パム!! それがお前の名だ!! わかるな! わかるはずだ!! オレだけは、オレだけがお前を知ることができる!!!」
「サナ!! オレと来い!! オレの妹になれ!! だが、強要はしない!! お前が選ぶんだ!! 来い、ここに来い!! さあ、来い!! 来るんだ!! 来ないと強引に連れていくぞ!!」
強要しないと言いながら来い、と言う。
来ないと連れていく、と言う。
ワガママで自己中心的で、自分自身と自分の所有物以外に興味がない少年。
粗暴であざとく、暴力すら使うことを厭わない危ない人間。
だが―――【意思】がある!
誰にも負けない強い意思がある!
「お前に意思が無いというのならば、それでかまわない! オレがお前に生きる意味を教えてやる! お前に喜びを教えてやる! お前に怒りを教えてやる! お前に楽しさを教えてやる! お前に哀しみを教えてやる! お前の中をオレという存在で満たしてやる!」
喜びを知らないというのならば、教えてやる!
怒りを知らないというのならば、教えてやる!
楽しさを知らないというのならば、教えてやる!
哀しみを知らないというのならば、教えてやる!
痛みを知らないというのならば、教えてやる!
そして―――
「お前に―――【愛】を教えてやる!!」
人生が愛であることを教えてやる!
世界が愛であることを教えてやる!
人が愛であることを教えてやる!
霊が愛であることを教えてやる!
すべてが、すべてのものが、ありとあらゆるものが愛によって生まれ、愛によって育まれ、愛によって循環していることを教えてやる!
「オレが、オレだけが! お前を愛することができる!!!」
「サナ―――来いぃいいいいいいいいいいいいいいい!」
―――「オレは、ここだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
求める。求め続ける。
君が、欲しいと言うから。
あなたが、欲しいと言ったから。
あの日、あの時、欲しいと願ってくれたから。
わたしは行くのです。
その白くて、赤くて、燃えるようなものに惹かれて。
それはきっと、わたしの中にある虚無を埋めて、埋め尽くして、叩き壊して、満たして、すべてを支配してくれるとわかったから。
あなたが、あなたの白の力だけが、黒と調和すると知ったから。
一歩―――歩く
もう一歩―――よろけながら歩く
それはまるで赤子が初めて歩くように、たどたどしく頼りなく、怖くなるような拙い運び。
それでも確かな一歩。
確実な一歩。間違いのない一歩。
歩かねば何も始まらない。千里の道も一歩ずつ歩むしかない。
それこそが人間なのだと!
生きるということなのだと!
あの人は叫ぶから!
歩く。ゆっくりでもよろけていても、歩く。
たかが三十秒の時間だったが、永遠かと思えるほどの長い感覚の中、ようやくそこにたどり着く。
初めて発した。初めて求めた。
それが何かわからなくて、ただただ眩しくて、触れるのが怖いと思えた。
でも、大きくて優しくて、強くて怖くて、泣きながら怒っているその人は、暗闇の中で唯一の光だった。
手を―――伸ばす
アンシュラオンが、ゆっくりと目を開けた。
手に残る、温もりを感じたから。
そこには、サナがいた。
初めて意思を示した【妹】がいた。
「サナ、お前は今からオレの妹だ」
「…こくり」
妹となった黒き少女を優しく抱きとめる。
言葉はない。ただ頷くだけ。
しかし、その目はアンシュラオンを見ていた。ずっと見ていた。
ビシビシッ バリン
ベルロアナが付けたスレイブ・ギアスが粉々に砕ける。
アンシュラオンの光に晒され、その醜い正体がバレてしまった魔女のように、一瞬で存在を掻き消されてしまった。
この『始まり』は、同時に一つの『終焉』を意味していた。
言葉は光となって周囲の闇をすべて切り裂いた。ベルロアナの闇が一瞬で消えていく。消されていく。
かつては同じ闇を抱いていた少年が、それを食い破るように白い力ですべてを潰し、満たしていった。
「…そんな……ことが……起こるなんて……。こんなことが…こんなことが……嘘よ……」
ベルロアナが呆然とへたりこむ。
さすがの彼女も、今起こったことの意味がわかったのだ。
アンシュラオンの光は頭で考えずとも理解できるものだった。彼の感情、気持ち、情愛のすべてが込められていたからだ。
その大きな心の光に触れただけで、自分がいかに矮小な存在かを痛感する。
しかも白い光は、そんな自分でさえ満たそうとする。満たしてくれる。
優しくて温かくて、心が愛に満たされるから。
涙が―――流れた
「うう…ううう……! 所詮、偽物だった…! 全部壊れてしまった。こんなもの、何一つ意味がなかった…。ファテロナの言う通りよ。あなたの言う通りよ。全部…偽りだったもの…!!」
とめどなく涙がこぼれ続ける。
怒りも憎しみもなく空虚だけがあった。必死になって集めてきたものが全部ゴミクズだった時の最低の気分。
「わたくしは……全部、独りよがりで……なんて惨めな……」
がくっと力なく崩れる。
ここまで完全な敗北を味わったのだ。簡単には立ち直れないだろう。
だが、それも仕方がない。それこそ最初から彼女に勝ち目などなかったのだ。
なぜならば、サナを抱き上げるアンシュラオンが発しているのは―――
「【王気】!!」
ガンプドルフが、その言葉を紡いだ。
―――王気
【王】だけが発することができる最強のエネルギー。
宇宙を生み出した力であり、星を運行しているパワーであり、太陽が太陽であるための輝き、その熱量そのもの。
次元や時空さえ飛び越え、あらゆるものを生み出す根源的な力。
空が―――王に包まれる!
世界が祝福する。
世界が震撼する。
世界が悦び勇む。
―――「アンシュラオン、王よ!」
―――「偉大なる白き王よ!」
―――「人を導く強き王よ!」
―――「歩め、戦え、動かせ!」
―――「お前の存在を世に示せ!」
王の誕生に刺激され、世界の意思が発せられる。
世界に直接意思を叩きつける者、それが王である!!
「あの少年、【王の器】か! ふははは、このようなところに王がいる! 我々が求め続けた王が、こんなところにいるとは!! こんなに可笑しいことはないぞ!! はははははは!!」
ガンプドルフは可笑しくてたまらない。
子供たちの茶番に付き合っていたら、そこから黄金が出てきたのだ。それも金銀財宝の山。一国どころか世界すら動かしてしまえる巨万の富である。
王は、ただの称号ではない。
人を導き、道を示す存在。迷える人間のために舞い降りた力そのもの。女神の愛に匹敵する人類の道標なのだ。
人の可能性であり、人の未来であり、人が霊だからこそ到達しえる究極の光を束ねる存在。
女神が与えた無限の因子を体現する者であり、弱き人々の希望!
「動く、時代は動くぞ! 我らの道に光が見えたのだ!! 同胞よ、喜べ! 東から日は昇るのだ!」
当然、この地にとっての救世主にもなりえる存在である。むしろフロンティアが狭く感じるくらいの大きな器だ。
ガンプドルフにとっても、アンシュラオンと出会えたことは僥倖としか言いようがない。
こうして関われたことを今は女神に感謝してもいる。もし味方に引き込めれば、ガンプドルフの目的も大いに達成できるだろう。
しかし、まだ懸念もある。
―――〈破壊の魔人でありながら創造の王でもある。なんとも奇妙な存在だね。こんなものは初めて見た。お前はたいそう気に入ったようだが、人間の手に余る存在かもしれないよ〉
「わかっている。彼は意思と力が強すぎるがゆえに危うい。だが、それくらいの者でなければ困難を乗り切ることはできない。私は決めた。必ず彼を味方に引き入れる」
―――〈ふふふ、面白いことになってきたね。これだから人間の世界は興味が尽きない。いいよ、とことんやってみればいい。人間が這いつくばってあがく姿を私に見せてくれ〉
もし王が道を誤れば、それだけ被害は大きくなる。だからこそガンプドルフは、ますます少年から目が離せなくなるだろう。
いや、彼だけではない。すべての人間がアンシュラオンという少年に釘付けになるのだ。
文字通り世界が彼を中心に動くことになる。王気とはそれだけの力なのだ。
光は多くの者を寄せ付ける。清らかなものも、醜いものも、害虫でさえも。光が光ゆえに数多くのものが彼に群がってくるだろう。
そこにはアンシュラオンが嫌なものも集まるはずだ。苛立つはずだ。面倒がるはずだ。
だが、白い魔人は黒き少女のためにあえて困難な道を歩むと決めた。
彼女に「心から愛される人生」を教えるために。自由と意思を与えるために。
(ああ、満たされる。オレはサナと一緒に世界を見るんだ。自由に生きるんだ!)
「さあ、一緒に行こう。オレと君の新しい人生の始まりだ」
「…こくり」
サナが頷く。
少年が初めて手に入れた『自分だけのもの』。
それを大事そうに抱えて歩み出す。
その一歩こそ、すべての始まり。
覇王アンシュラオンと、彼がもっとも愛した女性との物語の始まりだ。
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