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「英才教育」編

90話 「コッペパン再び」

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 徐々にグラス・ギースを旅立つ準備が整ってきた。

 その最後に赴いたのは、もっとも重要なお店である術具屋コッペパン。


(今のサナの身体能力は、ほぼ常人と同じ。子供で女の子であることを考慮すれば最下層と思っていいだろう。最初は安全面を考慮してできるだけ遠距離から攻撃させたいが、相手が硬い魔獣や武人だとクロスボウ以外の選択肢が欲しいところだ。その答えの一つがここにある)


 手っ取り早く強くなりたいのならば優秀な道具を集めることだ。良い武器や良い防具、特殊なアイテムである。

 この世界において、それは術具を指す。術ならば肉体能力に左右されずに使うことができるからだ。

 もともと術士の大半は身体的には常人と大差ない。レベルを上げればHPも上がるが戦士には到底及ばないだろう。

 もし彼らが激しい前線に立てば、ものの数秒で死んでしまうに違いない。それは仕方のないことである。

 だが、そんなデメリットが気にならなくなるほど術は有用だ。後衛から術を使うだけで彼らは十分役立つ。

 そして、時代の流れが近代兵器に移行するにつれて、術士自体が戦場に出ることも少なくなった。術具が一般に広まったことで、その必要がなくなったからだ。

 扉を開けて店に入る。


「いらっしゃいませー。あっ、あの時のお客さん!」


 店に入ると、前と同じ女の子が出てきた。

 やはり彼女が店主をやっているようである。


「覚えていてくれたんだ」

「もちろんです! お金持ちは忘れませんよ!」


 店をやっている以上、たくさん買ってくれる客を忘れるわけがない。金の力は偉大だ。


「あれから何か売れた?」

「いえ、あまり……」

「そっか。じゃあ、今日は期待していいよ。そこそこ買う予定だから」

「本当ですか!! やったー、大儲けだーー!」


 相変わらず心の声が表に出る少女であるが、隠すよりは遥かに好意的だ。

 せっかくなので名前も訊いてみる。


「オレはアンシュラオン。この子はサナ。君の名前は?」

「あっ、申し遅れました。術具屋コッペパン店主代理のメーリッサ・コッパっていいます!」

「コッパは苗字?」

「はい、そうです。店の名前のコッペパンもここから来ているんですよ。って、おじいちゃんが勝手にそう名付けちゃったんですけどね。何回もパン屋に間違われたし…」

「それは大変だね。この名前じゃ仕方ないけど」

「それで一回、お母さんが本当にパン屋も始めちゃったんですけど、いざそうなるとお客さんって来ないんですよね」

「ああ、それはよくあるね。買う気もないのに雰囲気だけで物を言うやつが多いからね。そういえば店主代理なんだね。店主はお父さん?」

「いえ、お父さんとお母さんは仕入れに携わっていますね。掘り出し物を探す旅に出ていて、たまに戻ってきます。うーん、前に会ったのはいつだろう? 一年くらい会ってないかもです」

「寂しくない? 心配でしょ?」

「大丈夫です。たまに弟か妹が増えて戻ってきますし…あはは」

「なるほど、それなら心配いらないね。まあ、これからは術具の時代が来るから、もっと儲かると思うよ。少なくともオレは使うしね」

「それは嬉しいです!! ぜひともご贔屓にどうぞ!」


 術具は立派な武器である。むしろ凶悪な兵器とも呼べる。

 一流の武人や傭兵ともなれば、術具を持っているのが当然であるほど普通に使われるものだ。

 アンシュラオンは強すぎるので安い術具では効果は薄いが、サナにとってみれば大きな力になってくれるだろう。


「それで今日は何をお求めですか?」

「まずは鎧の強化と予備用に核剛金と原常環の符を三枚ずつ。そのほかにもいろいろ欲しいけど、とりあえずは防御系かな。リストはある?」

「はい。こちらになります!」


 メーリッサが持ってきたリストを見ながら防御系の術具を決める。

 まず大切なのが防御だ。ダメージを負わなければ死ぬことはない。死ななければ逃げることもできるので、すべてはそこから始まる。

 これはアンシュラオンの戦いにおける基本的な考え方である。


(姉ちゃんと戦っていたら、そりゃそうなるよ。まず生き延びることが大切ってことを思い知る)


 あの最強姉と毎日修行していたのだ。下手をすれば、うっかり殺されても仕方のない攻撃が飛んでくる。だから防御と回復は絶対必須の技能だったのだ。


「うーん、そうだな…『耐力壁たいりきへきの符』と『耐銃壁たいじゅうへきの符』、『無限盾の符』、『韋駄天の符』、『分身の符』を五枚ずつちょうだい。それと『身代わり人形』と『我慢人形』を三つね」


 少し長くなるが、ここで各道具の説明をしておこう。

 『耐力壁』は、身体の表面に物理耐性のある障壁を一定時間発生させるものだ。スキルの『物理耐性』を一時的に付与するといえばわかりやすいだろう。

 これはアンシュラオンも持っているスキルで、単純に通常の物理ダメージや衝撃を半減させるという実に便利なものだ。

 特殊な技でなければ武器の攻撃も含めて適用されるので、おそらく一番需要がありそうな術符である。

 『耐銃壁』も同じくスキルの『銃耐性』を一時的に付与するものだ。どうやら銃弾、砲撃などは別の枠組み扱いになっているようなので、こちらも銃が使用される対人戦闘では重要なものとなる。

 また、魔獣の中にも身体の一部を飛ばす等、銃属性の攻撃手段を持っているタイプもいるので、そういう相手にも使えるだろう。

 『無限盾』は、物理的な『擬似シールド』を作り出す術式である。

 耐力壁と似ているのでわかりづらいが、耐力壁はスキルの一時的な付与であり、破壊されない限りは一定時間効果が持続する。

 一方の無限盾は、実際に『魔素』と呼ばれる術士における戦気と同じ要素を使い『質量のある盾を生み出す』ものだ。

 術者の魔力値に応じて耐久力が変わるが、それが尽きるまでは盾代わりになる便利なものだ。物理でも銃弾でも対応できるのが強みである。

 『分身符』は、使うとファテロナのように分身を生み出すことができる。どれだけ操れるかは要実験だろうか。

 『韋駄天符』は、脚力増強効果のある補助術式がかかる。文字通りに足の速度が上がるので、サナにとってはありがたいものだろう。

 『身代わり人形』は藁人形のような形をした術具で、一度だけ【即死を回避】してくれるものだが、ここでの即死は『属性攻撃』を意味している。

 攻撃の中には『即死属性』を持つものが存在し、耐性がないと一撃で全HP分のダメージをくらう怖ろしいものがある。暗殺者が使う『暗殺刃』などがそうだ。

 この身代わり人形は、そうした攻撃を身代わりで受けてくれる効果が付与されている。

 もう一つの一般的な即死である、単純なダメージによってHPがゼロになるのを防ぐものは『我慢人形』と呼ばれ、スキルの『我慢』と同じ効果を持ち主に与えることができる。

 しかもこの人形はダメージも肩代わりしてくれるので、HPを三割残して耐えることができる優れものだ。その分だけ人形は常に歯を食いしばったデザインになっており、彼らの痛みがよく伝わってくる。本当にお疲れ様である。

 この二つの人形を使う際は、自身の身体の一部を埋め込むだけでいいので、髪の毛一本でも効果を発揮する。呪いの藁人形の良い効果バージョンであろうか。(髪の毛がない場合は、まつ毛でも脇毛でもスネ毛でもかまわない)


(防御系はこんなもんかな? 術具もいろいろとあるけどまた買い足せばいいし、まずは符で術に慣らしておこうかな)


 変な術具を買っても仕方ないので、使い捨てで便利な符をメインに選んでいくことにした。


「次は攻撃の符だね。『火痰煩かたんはん』の符、『水刃砲すいじんほう』の符、『風鎌牙ふうれんが』の符、『雷刺電らいしでん』の符を十枚ずつちょうだい」


 『火痰煩』は、粘着性のある炎の塊を相手に叩きつけ、そのまま炎上させる術だ。焼夷しょうい弾のようなものと思えばいいだろうか。

 『水刃砲』は水流を使ったウォーターカッターのような術。相手の部位を狙って切り落とす際によく使われる。

 『風鎌牙』はカマイタチのように風を飛ばして敵を切り刻む術である。水刃砲と比べて広域なので、相手の全身を傷つけ、動きを封じる目的で使われることもある。

 『雷刺電』は、鋭い雷を飛ばして突き刺し、相手を感電させる術だ。神経組織が多い生物には特に有効である。

 すべて因子レベル1で使えるようになる術式だが、術の熟練者であればあるほど基本技を重視する。入門編としては最適であろう。


「ところで爆破系はあるかな? 記憶によれば『複合術式』に爆破があったはずだけど」


 通常の基本属性は、火、水、風、雷であるが、複数属性を同時に使うことで強力な術式を生み出すことができる。

 爆破は火と風の複合術式であり、圧縮した炎を風で一気に周囲に撒き散らすことで爆弾のような効果を生み出すものだ。火災現場で発生するバックドラフトに近い現象だろうか。

 火や、その上位属性である炎単体でも爆破に近い効果が得られるが、複合術式になると半分の労力で同等以上の力を発揮できるらしい。同じ消費量ともなれば、その威力は三倍にもなるという。

 修行時代にパミエルキが使った時は、魔獣ごと周囲が完全に吹っ飛んでいたので「これはヤバイ」と思ったものである。

 しかし使う側になれば、これほど心強いものもないだろう。


「符はないですけど術具ならあります。これですね」


 メーリッサが持ってきたのは『大納魔射津ダイナマイツ』と呼ばれる術具であり、赤い筒が六本くっついたような不思議なデザインをしている。


「大納魔射津? 怪しい名前だね」

「ですよねー、私も文字で書くときはいつも間違えます。でも、昔からある優秀な術具なんですよ」


(というか、思いきりそのまんまのネーミングだな…)


 筒の見た目もダイナマイトに似ている。が、似て非なるもののようだ。

 このことから前から薄々考えていたことが脳裏をよぎる。


(転生者って意外と大勢いるのかもしれないな)


 どう考えてもアンシュラオン一人であるはずがない。

 今までの日本人の名前にしても文化にしても、明らかに地球の文化が入り込んでいる。


 つまり―――ほかにもいる


 こうした文化をこの星に持ち込んだ地球人がいるのだ。それは今の時代であるとは限らない。もっと大昔にいたのかもしれない。

 この大納魔射津もまた、そうした人間によって作られたと思ったほうが合理的である。

 もともと劣った星を発展させるために女神が魂を【誘致】しているので、これ自体はさほど不思議なことではない。


(まあ、転生者が何人いようとオレには関係ないことだな。ありがたく使えるものは使うことにしよう)


「それで、どう使うの?」

「えと、たしか…」

「おじいちゃんに訊いてくる?」

「大丈夫です! 今回はがんばります!」


 と言った瞬間、ガラガラと奥の戸が開くと、おじいちゃんが顔を出して―――


「大変じゃ。わしの肛門が爆発したぞい」

「どういうことなの!? そんなこと普通は起きないよ!」


 おじいちゃんのほうから来た。

 しかも掴みはバッチリだ。ぐいぐい引き付けてくる。


「トイレの紙にヤスリが仕込まれておった。狙われとる。血が止まらん」

「誰もおじいちゃんのお尻は狙わないよ! 紙が硬かっただけでしょ! おじいちゃんは戻ってよ! ここは大丈夫だから!」

「じゃが、わしの肛門が…」

「いいから、今忙しいから!!」


 おじいちゃん、強制撤去。


「すごく気になるけど…大丈夫?」

「はぁはぁ、大丈夫です。たまに言うんですよ」

「言うの? たまに?」


 それはそれで問題である。


「じゃあ、説明を続けますね。この六つの穴に無付与の空のジュエルを入れるとですね、爆破系の術式が付与される仕組みになっています。付与させるには多少時間がかかるので、事前に入れて充填しておく必要があります。各々の筒で十回の付与が可能です。…たぶん」


 たぶんと言ったのは聞かなかったことにしよう。


「最大六十発は作れるってことか。ジュエルはそのまま投げるの?」

「このカプセルに入れるんです。カプセルのボタンを押して投げれば五秒後に爆発します」

「ほぉ、便利だね。カプセルに入れなくても使えるの?」

「カプセルに入れるのは誤爆を防ぐためです。剥き出しのジュエルに強い衝撃を与えると、その瞬間に爆発するので気をつけてくださいね。付与が終わったら手で触れないで、そのまま筒からカプセルに入れるといいですよ」

「威力はどれくらい?」

「駆除級魔獣なら木っ端微塵ですね」

「駆除級というと、前にラブヘイアに殺させたワイルダーインパスとかか。あれが一発なら普通の人間も一発ってことだ。いいね。けっこう凶悪だ」

「術式は防御力に関係なくダメージを与えますから、上手く当たればもっと上の魔獣でも一撃で倒せますよ。…たぶん」

「その空のジュエルとカプセルはここで買えるの?」

「はい、ありますよ。空ジュエルは街の生活雑貨屋さんにも売っていると思いますので、どこで買っても大丈夫です。他の用途にも幅広く使われますからね。カプセルも一般的に売っているものです」

「ありがとう。足りなくなったら店に行ってみるよ。それにしても前と違って今回はちゃんと説明できたね」

「攻撃系の術具は得意分野なんです! みなさん、もっと術具を買ってくれると嬉しいんですけどね」

「それは同感だな。今はこんなもんでいいかな。お会計よろしく」

「ありがとうございますー! やったー! また売り上げがあったー!」

「命の値段だと思えば安いもんだよ。こちらこそありがとう!」


 合計で約千五百万円になったが術具にはそれだけの価値がある。金があれば、こうして力を得ることもできるのだ。

 その後、サナの鎧も術式で強化して完成。

 こうして出立の準備は整った。


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