『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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『翠清山の激闘』編

255話 「白い魔人の妻 その1『見えない奇襲』」

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 風呂から上がったアンシュラオンたちは、少し離れた森の中に移動。

 このあたりは侵攻ルートから少し離れていて伐採されておらず、木々が乱立して視界もあまりよろしくないが、こういった環境を利用するのも戦いにおいては重要な要素だ。

 森はかなり薄暗いが、この地域の人間にとっては夜に光がない生活も珍しくはない。火気を使って軽く灯りを設置してやれば十分な光量になる。

 そして、周囲二百メートルを水泥壁で覆い、外から邪魔されないように隔離すれば準備完了だ。


「隔離? 二百メートルを? どうやって?」


 それを聞いたサリータが理解できないことも仕方ない。普通ではありえないことなのだ。

 いちいち解説するのも面倒なので、華麗にスルーして説明に入る。


「勝負の形式は『通常組手』だ。二人とも戦闘不能になるか、負けを認めた段階で終了となる。危なくなったらオレが止めるから普通に戦ってくれてかまわない。で、そっちも無手でいいの?」

「当然です!」

「さすがにメイドと元受付と聞いちゃ、武器は持てないさね。あたしらにも面子ってものがあるからねぇ。むしろサリータが手加減するのが怖いくらいさ」

「そ、それは…小百合さんと戦うのは心苦しいが…勝負は勝負! 本気でいく!」

「まあ、試してみるといい。小百合さんとホロロさんもいいかな?」

「はい」

「大丈夫ですよー」


 公平を期すために四人は武具を持たない。

 小百合はトレーニングウェアで他の三人は布製の服だが、どれも何の効果もない一般製品である。


「それじゃ、オレが合図したら開始ね」


 互いが五十メートルほどの距離を取ったのを見計らい―――



「組手開始!」



 アンシュラオンが合図を出して勝負開始。

 それに対して傭兵二人組が猛然とダッシュ。

 公平を期すとは言ったが、実際のところ両者には相当な差がある。

 まずは体格差。男女含めても二人は大柄で、アイラのように組み付かれたら戦気を出しても対応できないことがある。

 対戦式の格闘技やスポーツで明確な体重制限を設けているのは、それが大きな差を生み出すからにほかならない。

 この点において、二人は圧倒的に有利だった。


「サリータ、一気に押さえ込むよ! あたしはメイドをやる」

「わかった。小百合さんは任せろ!」


 今回は二対二という特殊な条件下だが、やることは変わらない。

 互いに一人ずつ押さえればいいだけだ。

 それに対して、小百合とホロロは微動だにせずに突っ立っていた。


(あまりに無警戒すぎる。やはり素人なのか?)


 サリータはこれでも十年間、傭兵生活を営んできた。

 二人から感じる気配は、まだまだ素人臭が漂う『一般人』である。

 普通の一般人が少し訓練をした程度では傭兵には勝てない。それはライザックが志願兵を侵攻作戦に参加させなかったことでも明白だ。


(ええい、迷うな! 今は勝つことだけを考えるのだ! これ以上、負けられない!)


 サリータが小百合に五メートルの距離まで接近する。

 この段階に至っても彼女は動かない。

 五メートル程度、走っているサリータにとっては一瞬で詰められる距離だ。

 そして、彼女の手が小百合の肩にかかりそうになった時。


「おやすみなさい、サリータさん」

「っ―――」


 直後、視界が暗転したサリータの意識が飛び、小百合を素通りして地面にダイブ。

 顔面から落ちたのでかなり痛そうだが、当人は痛みを感じる暇もなかっただろう。

 小百合がホロロのほうを見ると、ベ・ヴェルも同様に地面に倒れていた。起き上がる気配もない。


「うん、勝負ありだね」


 アンシュラオンが二人をチェックするが、完全に意識を失っている。

 この段階で戦闘不能と判断できた。


「へ!? な、何が起きたの? ユキ姉、わかった?」

「…正直、私もわからなかったわ」


 それを見ていたアイラも何が起きたのか理解できず困惑。

 ユキネでさえ状況がわからないのだから、明らかな異変が起きたのは間違いない。

 それから一分後。


「ううっ…」

「目が覚めた?」

「…え? ここは…」

「森の中だよ。君たちは一分間、目覚めなかったんだ」

「一分? 一分間も!?」

「勝負ありだ。君たちの負けだよ」

「ちょっと待ちなよ! まだ戦ってもいないのにかい!?」

「組手の開始は宣言したよ。それで君たちは倒れた。一分もあれば誰だって意識を失った相手を殺せるよね?」

「なっ…」

「嘘だろう…」


 二人は絶句。

 それも当然。何が起きたか理解できていないからだ。


「これじゃ納得いかないよね? もう一回やろうか。次は手加減してもらうからさ、がんばって善戦するといい」

「て、手加減! 我々が…される側ですか?」

「普通に戦ったら、こうなるってわかったでしょ?」

「ちっ、イラつくねぇ! 何をやったんだい!」

「ベ・ヴェルさんは、いちいち敵に何をしてくるか訊くの?」

「くっ…」

「実戦では一回の敗北が死に直結する。この前みたいにタイミング良く援軍が来るとも限らないし、その一回でチャンスを掴めずに死んでいく者が世の中には大勢いるんだ。二回目が与えられるだけ君たちは幸運だ。その意味を噛み締めて次に挑んでもらいたいな」

「…わかりました。もう一度お願いします」

「小百合さんたちもいいかな?」

「はーい、いいですよー! せっかく準備しましたしね。もう少し戦ってみたいです」

「じゃあ、もう一度最初からね」


 まだショックを引きずりながらも、両者が再度距離を取る。

 ただし、その顔はさらに真剣なものになっていた。


「ベ・ヴェル、もう負けられないぞ」

「わかっているよ。屈辱なんてレベルじゃない。相手にもされていないってことだ!! こんなのは絶対に許せないねぇ!」

「さっき何があったのか覚えているか?」

「…いいや。気づいたら意識が飛んで、地面に熱烈なキスをしていたよ。でも、何かやってきたのは間違いない」

「自分とお前が両方意識を失ったことも気になる。注意深くいくぞ」

「注意してどうにかなるもんだといいけどね。どっちにしろやることは一緒さね」


 傭兵二人は、今度は慎重に間合いを測りながら近づいてきた。

 時折周囲にも意識を向けつつ、最大限の警戒をしている様子がうかがえる。


(サリータさんは生真面目でベ・ヴェルさんは短絡的だけど、けっしてただの馬鹿じゃない。一回目の反省を生かして警戒レベルを最大にまで引き上げている。オレが煽っても乗ってはこなかったし、傭兵としての習慣が染み付いているんだ。悪くない対応だ)


 わざわざアンシュラオンが上から目線なのは、精神的な圧力を加えるためだ。それによってどう対応するのかを見ている。

 一般企業の面接では、たまに圧迫面接を意図的にやってトラブルが発生するケースもあるが、こと戦闘職に至っては実際に命を失う可能性があるのだ。これくらいのテストは必要である。

 そう、これはサリータとベ・ヴェルに対する適性検査でもあるわけだ。

 少なくともこの段階でアイラより使えることは明白だが、アンシュラオンの妻二人にどこまで戦えるか見物であった。


「小百合様、今回は普通に対応いたしますか?」

「そうですね。さっきのはちょっとずるかったですもんね。まさか彼女たちも『始まる前から仕掛けられていた』とは思っていないはずです」

「ご主人様がおっしゃる『奇襲』が効果的だったということですね。しかし、これで相手が『見えていない』ことがわかりました。次もよい実験になりそうです」

「こういう機会も貴重ですから、今までの鍛錬で培ったものを見せていきましょう。仕留めるのはいつでもできますし」

「かしこまりました。様子を見ながら徐々に絡め取るといたしましょう」


 小百合とホロロが互いに距離を取り、相手を誘う。

 ここでサリータたちには、どちらか一方を二人で囲む選択肢もあった。

 が、最初に手痛い一撃を受けたため、どちらからも目を離すことができない。


「あたしはもう一回メイドをやる! そっちは任せたよ!」

「了解だ!」


 ベ・ヴェルがサリータと分かれ、ホロロに向かっていった。

 対するホロロは、ベ・ヴェルを待ち構えている。


「さっきはどうも!!」

「二度目が与えられるとは幸運でしたね。ご主人様の慈悲深さに感謝するとよろしいでしょう」

「ああ、感謝しているよ! 妻のあんたを殴れる権利をもらえたからねぇ!!」


 ベ・ヴェルは加速して突っ込んできた。

 警戒してゆっくり立ち回るのは性には合わないし、そもそも手の内がわからない以上はどうしようもない。

 それならば自分が有利な間合いで戦ったほうがよいという判断だ。

 大きな身体を生かした拳がホロロに迫る。

 ホロロは現在、銃やナイフはおろか『給仕竜装』もバイザーも腕輪も装備していない状態だ。

 ベ・ヴェルの拳をまともに受ければ大ダメージを負ってしまうだろう。

 しかしながら、そんなことはホロロも理解している。

 後ろに下がって拳を回避。


「逃がさないよ!」


 ベ・ヴェルの柔らかくも強靭な筋肉が躍動し、逃げたホロロを追撃。

 再び拳を放つ。

 今度はホロロは逃げず、前に出ると同時に攻撃をかわして、カウンターの一撃を叩き込む。

 拳はベ・ヴェルの腹に当たったが、強い弾力で押し戻される。


「効かないねぇ! やっぱり武具なしの腕力は一般人と大差ないよ!」

「それはそうでしょうね。そんなに筋肉があれば当然です」

「次はあたしの番さ!」


 ベ・ヴェルが強引に腕を振ってくる姿は、まるで魔獣のように荒々しかった。その圧力に普通の相手ならば驚いて下がってしまうだろう。

 それでもホロロは、その場で対応。

 ベ・ヴェルの動きを最小限の間合いで見切ると、次々とカウンターを叩き込んでいく。


「効かないって言っているだろう!」


 相変わらずたいしたダメージは受けないので、ベ・ヴェルも攻撃を続けるが、ホロロにはまったく当たるそぶりがない。

 紙一重で回避しているように見えて、相当な余裕をもってかわしていた。


(速度はこっちが上のはずなのに、なんで当たらないのさ!? こいつ、全部見切っているってのかい! それに、この目はなんだ? じっとこっちを観察しているような視線さね。…気に入らないねぇ!)


「うおおおおおおおお!」


 ここでベ・ヴェルの動きがさらに激しくなる。

 彼女も様子を見るために多少の加減をしていたのだが、その枷を外したのだ。

 さきほどよりも鋭い拳が、ホロロの頭上から振り下ろされる。

 が、ホロロは初動の瞬間には、すでに次の動作に入っていた。

 腰を屈めてすっと懐に入り込むと、肘を脇腹に叩き込みつつ、殴りかかってきた腕を取って、ひねり上げる。


「ちっ…!」


 関節に嫌な違和感を抱いたベ・ヴェルが振り払おうとするが、すでにホロロもそれに合わせて動いていた。

 肘関節を極めながらの一本背負い。

 耐えようとすれば肘が折れるし、流そうとすれば自ら飛んで投げられるしかない。かなり危険な技である。


「そんな細腕であたしの腕が折れるかい!」


 ベ・ヴェルは腕に力を入れて抵抗。

 体勢が悪い中でも筋力だけで強引に背負い投げを止める。圧倒的な体格差があるからこそできる防御である。

 だが、ホロロもすでに動いており、踏ん張って頭が下がったベ・ヴェルの顔面に裏拳一発。

 無防備な鼻に直撃し、血が噴き出す。


「このっ!!」


 右手を使って抱え込もうとするも、するっとホロロが下から抜け出し、離れ際に下腹部に蹴りを叩き込んだ。

 男も股間を蹴られると涙目だが、女性だって神経が集まっているので痛いのは同じだ。しかも同性なので容赦なく全力の蹴りを放ち、一瞬だけベ・ヴェルの動きも止まる。

 その間にホロロが少し間合いを取ると、手の甲や肘をさする。


「タフですね。急所を狙っているのにあまり効いていないどころか、こっちの手のほうが痛くなります。やはり身体そのものが違いますか」


 ホロロが攻撃する際は、肋骨や鼻、股間や肘関節といった人体の弱い部分を狙っているのだが、アンシュラオンの評価通り、ベ・ヴェルの肉体の強固さゆえにあまり効いていない。

 これが一般人あるいは普通の傭兵だった場合、裏拳からの股間一撃でノックアウトだっただろう。

 やはりベ・ヴェルの身体能力はずば抜けているといえるが、彼女の顔に余裕はない。


(この女、本当にメイドなのかい? 急所を狙うのは当たり前だとしても、さっきの動きはなんだ? 腕を極めながら投げようとした? そんなことができるのかい? そもそもさっきから、こっちの動きを全部読んでいるような動きさね。そんなにモーション丸見えかね?)


 ホロロ自体は素人臭がするのに、なぜか優れた体術と見慣れない技を使っている。

 その光景は、ジリーウォンがサナに感じた不気味な雰囲気と同じものであった。


(ホロロさんの動きは完璧だ。オレが教えた『護身術』通りだよ。それができるのも彼女の魔石の力があるからだ。身体能力的にもアロロさんをとっくに超えて、下位の武人レベルに達している)


 通常、武人間の高速戦闘中に投げ技はあまり使用されない。強引に引っ張って叩きつけることはあれど、投げ技を駆使することは少ないのだ。

 それをホロロは、魔石の『精神感応』を使うことで可能にしていた。

 相手が動く前に発する意識の変化や、神経に通る微弱な電気信号を感じ取って相手より先に動いている。

 これならば相手の力を利用することで、非力さをカバーすることができるわけだ。


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