『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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「翠清山死闘演義」編

296話 「お風呂遊戯 その1『反省会』」

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「ごめんなさい!」


 崖での奇襲を防いだ夜。

 アンシュラオン隊のコテージでマキが土下座する。


「マキさん、そんなことしなくてもいいって」

「そうはいかないわ。あんな女に負けるなんて…私だけならばいいけど、アンシュラオン君の妻として申し訳が立たないもの!」

「その気持ちは嬉しいけど、ファテロナさんは強いからなぁ。しょうがない面はあるよね」

「ううっ…やっぱり私が負けると思っていたのね! いいのよ、どうせ私なんて、ちょっと可愛いだけの元門番だもの!」

「あっ、そういう意味じゃないんだよ! マキさんは強いけど、どうしても武人の戦いには相性ってものがあるからね。ほ、ほら、サリータも何か言ってあげてよ」

「じ、自分ですか!? えー、その…マキ先輩はすごく強いと思います! 自分は尊敬しています!」

「こんなに期待されているのに負けるなんて…恥ずかしいわ! 穴があったら入りたいくらいよ! 小百合さん、穴を出して! 穴を!」

「しょうがないですね。はい、どうぞ」

「ありがとう…。小百合さんの中って温かいわ」

「そうですか? そう言われると私も気持ちいいです」

「こういうときは女同士も悪くないわね…癒されるわ」


 これだけを聞くと若干誤解を招きそうな会話だが、小百合が出した『夢の巣穴』にマキが頭だけ突っ込んでいる状態である。

 頭隠して尻隠さずになっているが、そこはつっこまないであげよう。これでも当人は大真面目なのだ。


「しかし、ファテロナ様の動きは、遠くから見ていた私の目でもほとんど捉えられませんでした。あれが本物の暗殺者の実力なのですね」


 ホロロが感心しながら甘めの紅茶を用意する。

 その匂いに引き寄せられて、マキも顔を引き戻す。


「アンシュラオン君は、どうやってあの人に勝ったの?」

「オレは普通に勝ったけど…」

「ふ、普通に…?」

「そりゃアンシュラオンさんなら普通に勝てるわよね。レベルが違うもの。でも、私も打開策や攻略法は知っておきたいわ。マキさんがやられたら『次なるエース』の私が戦う可能性があるものね」

「やられることを前提にしないでよ…」


 ユキネの言葉もさりげなくマキの心を抉る。

 だが、それだけ完敗だったことは事実だ。


「オレも生粋の暗殺者と戦ったのはファテロナさんが初めてだからね。技の系統も少し座学で知っている程度で、そんなに詳しくはないよ。ただ、厄介なのはあの『影を使った攻撃』だよね。それと『分身』かな」

「そういえば分身は使わなかったわね。それだけなめられていたのかしら?」

「いや、あれは能力の使い分けの問題だよ。『分身符』を使うとわかるけど、操作するのに思考力と精神力を使うんだ。オレがこうして闘人を操作しながら戦うのと同じさ」


 アンシュラオンが、手の平サイズの小さな人型闘人を三つ生み出す。


「ファテロナさんと戦った時に分身を使ってきたけど、どれも手動で動かしていたみたいだ。まあ、自動操作にすると細かい制御が利かないから、できれば自分で操るのがいいんだけど、やっぱり集中力が分散しちゃうんだよね。それだけマキさんを高く評価していたからこそ、小手先の術は使わなかったんだと思うよ。一発が怖いからね」

「そ、そうよね。私だって一発当てれば勝てたわよね」

「でもそれって、マキさんが異様にフェイントに弱いってことでもあるわよね? 分身を使う必要もなかったってことでしょ?」

「うんまあ、そうともいえるかな。ファテロナさんは三つ同時に能力を扱えるからね。使おうと思えば使えたはずだよ」

「ガーンッ!」

「マキさんはちょっと単純すぎるのよね。もう少しフェイントの練習もしないといけないんじゃない?」

「わ、私だって少しはフェイントは使うわよ。少しはだけど…」

「ユキネさんの意見も間違っていないけど、かける側からいえば、無駄な動きをしないで見切られるほうが怖いよ。結局フェイントってのは虚の動きの分だけ無駄とロスが生じるから、見破られるとカウンターを受ける可能性だって高まるんだ。マキさんが磨くとすれば、にわか仕込みのフェイントじゃなくて【誘い込む技術】かな」

「わざと弱点を作るってことかしら?」

「そうだね。戦いの中で相手が攻撃したくなる箇所をあえて作る。最初は相手も警戒するけど、上手く追い詰めていけば無意識のうちにそこを狙ってくるから、そうなったら一発で仕留めればいい」

「う、うーん。それしかないのはわかるけれど、彼女の最後のあの技の速度には対抗できそうもないわ」

「ああ、あれね。たしかにすごい技だったね。オレも初めて見たよ」

「アンシュラオン君でもよけられない?」

「ううん、問題はないよ。初見なら少し驚くかもしれないけど、あれなら即興でもカウンターを合わせられるかな? というのも、あれってたぶん『速度全振り』の技だから、使っている間は戦気も展開できない無防備になっているはずなんだ。軽くかすっただけで致命傷になると思うよ」

「え? そうなの!? じゃあ、あの時はどうすればよかったのかしら?」

「『無限抱擁』じゃなくて『戦気壁』を展開していたら、それだけでファテロナさんはノックアウトだったかもね」


 『飛影』の最大の弱点は、最大の長所である超速度にこそある。

 少したとえは悪いが、超高速で飛ぶ紙飛行機のようなものだ。それが壁に激突すれば、自身が衝撃で破壊されるだろう。


「技の性質上、狭い場所だと狙いが絞られるから使いにくいんだ。オレが戦ったのも室内だったし、ファテロナさんも警戒して使わなかったんだろうね。まあ、ユキネさんが言ったようにレベル差がありすぎて、それ以前の問題だったけど」


 ファテロナは最初に対峙した瞬間から、アンシュラオンの強さに気づいていた。だから領主が命令しても嫌がったのだ。

 そして、言い訳が立つ程度にほどよく戦って意図的に負けた。こちらが本気でないことも知っていたからだ。

 もし全力ですべての技を出していたとしたら、アンシュラオンが突然のことに驚いて手加減できず、ファテロナを一撃で殺してしまっていたことだろう。

 それは両者ともに望む未来ではない。


「初めて見る技なのに、そこまでわかるのね。素直にすごいわ」

「どんな技にも必ず長短があるのさ。相手の実力から推し量れば技の特性もわかるよ。ファテロナさんのレベルから考えると、あの速度は異常だからね。相当のリスクがあると推測できるんだ」

「でも、初見の技にどうやって対応するの? 読めるの?」

「オレだって知らないものには対応できない。最初は様子見だよ。だからどの方向から攻撃が来てもいいように準備しておくんだ」

「私もそうしていたけど…」

「マキさんの『無限抱擁』は、まだ感度が悪いからね。これは探知能力も関わってくる問題なんだ。波動円が苦手な人は『見えないところ』を感じ取る能力も低くなる傾向にある」


 アンシュラオンがあれだけ高い回避率を誇っているのは、単に素早いからだけではない。

 行動予測能力に加えて、見えない位置の探知能力が極めて高いからこそ、相手が仕掛けた罠やフェイントも見抜けるのだ。その結果として『初動』が早くなり、余裕をもって回避できるというわけである。


「探知か…苦手だわ」

「苦手なのはマキさんだけじゃないよ。その意味では、サナもまだまだなんだよね」

「…?」


 膝に抱っこしたサナのうなじを撫でると、首を傾げながらこちらに視線を向ける。


「当たり前だけど、こうして視線を向けると反対側が隙だらけになる。単純に身体の構造の問題で対応しづらくなるんだ。オレの場合はそれを利用して、わざと反対側に罠を張ったりするけど、マキさんやサナには向いてないかな。グランハムとかなら対応できるんだけどね」


 サナとグランハムの差が、波動円の性能そのものに出ている。

 グランハムはかなり長い距離の探知が可能で、なおかつ精度も高い。だからこそ誰よりも早く部隊の危機を察知できるし、的確にカバーできる。背後への対応力が高いのもそのおかげだ。

 一方で、マキやサナは力の制御が未熟なので、どうしてもムラが生まれて全方位への対応は難しい。

 こればかりは生まれ持った特性もあるので仕方ないが、その代わりに特定の方向を向いた時は強いのだ。


「マキさんは見えているところの反応はいいよ。相手の狙いを見極めて引き込んで、自分の視界に捉えれば今でもファテロナさんには勝てるはずだ。ただ、相手もそれを知っているから簡単には誘いには乗らない。いろいろな技や能力を使って揺さぶってくる。このあたりが今日の敗因かな」

「結局は、あまり相性自体が良くないってことなのね」

「そこを踏まえてどう戦うかだね。あとはマキさんの場合、もう一つ重要な課題がある。もうわかっていると思うけど『能力の切り替え』だね。現状はマルチタスクを行っている状態だから、どっちも中途半端になっているんだ。100%の能力を使いこなす相手に不利になるのは当然だよ」


 マキがファテロナの攻撃に対応できないのも、随所随所で鉄化に戦気を食われているからだ。

 相手はその揺らぎを見て攻撃しているため、わかっていても間に合わなくなる。

 ただし、これは当人の問題なので改善が見込めるポイントだ。


「少しずつ慣れてきたとは思うのだけれど…あと一歩何かが足りない気がするのよね」

「日々の積み重ねが大切だよ。ファテロナさんとは嫌でもしばらく一緒だろうし、良い実験台くらいに思えばいいんじゃないかな」

「そうなんだけど…煽られるとムッときちゃうのよね」

「まずはそこからだね」


 マキの制御の甘さは性格的なものも由来している。

 これ自体は彼女の良さでもあるので直す必要はないが、心の制御はどの分野においても重要である。


「マキさんとサナは引き続き課題の克服に集中するとして、あとはサリータとベ・ヴェルとアイラだな」

「えー、私は課題なんてないよー?」

「お前は課題しかないだろうが。ようやく高所には慣れたようだが、それは最低限だからな。サリータたちと一緒に戦気の勉強をがんばれ」

「私は出せるから、まだいいでしょー? 出せない人を最初にどうにかしてよー」

「生意気な口を叩きおって。出せても負けるやつの台詞か。サリータ、ベ・ヴェル、戦気を出してみろ」

「やってみます!」

「あいよ」


 サリータが集中すると、少しずつ白いモヤのようなものが生まれてきた。ベ・ヴェルも似たような状況だ。

 ただし、これではまだ戦気に至っていない。


「うーむ、ある程度『気孔』が開いてきたけど、もう少しマッサージが必要だな。風呂にでも入りながら調整するか」

「やったー、お風呂だー!」

「マキさんも今日はがんばったから、入念にマッサージしておこうね。ファテロナさんの毒はやっぱり怖いし」

「ええ、ありがとう。助かるわ」


 山脈に入ってから広いスペースが取りにくくなったこともあり、現在はコテージを三階建てにすることで対応している。

 その三階部分に風呂が設置しており、天井部分のガラスは露天風呂の雰囲気を出すため、真正面から見た時だけ透過するように細工していた。(覗き防止も兼ねているが、そもそも外はモグマウスが警備しているので覗けない)

 一番最初に飛び込むのがいつもアイラで、その次にサナがダイブ。

 それから他の女性陣が入り、アンシュラオンが最後に風呂場を美麗にライトアップしてから、ゆっくり入るのが恒例の流れだ。

 まずはマキとサリータを並べて、同時にマッサージする熟練の技を見せる。

 今日はこの二人が一番身体を張ったからだ。


「あっ…あはっ…やっぱりアンシュラオン君のは効くわね」

「さ、触られると…身体が熱くなってきます。あっ…! うううっ!」

「こら、サリータ、動くんじゃない。これはちゃんとした修行だぞ」

「は、はい! 申し訳ありませ―――ふゆぅううう! はぅうう…」

「相変わらず君は敏感だなぁ」


 適度に賦気を行いつつ命気で細胞を満たすので、強化と回復を同時に行うアンシュラオン独自のマッサージ方法が確立していた。

 これは毎晩欠かさずに全員に行っている。


(賦気はもともとそういうものだけど、命気を併用すると効果が二倍になるな。オレの力がみんなに刷り込まれていく感じだ。サナの魔石獣を見ると若干副作用が怖くもあるけど、女性を強くするために役立つなら何だって使うべきだよな)


 たまにサナや小百合やホロロが異様に強くなる程度で、今のところ目立った副作用は存在しない。ひとまずこのまま継続で大丈夫だろう。

 そして、人間というものは自分に近しいものを愛する傾向にある。

 どんどん自分の力を吸っていく者たちが愛しくなるのだ。

 そのせいで触り方も優しくなり、愛しくなり、受ける側もそれを感じ取る。


「あぁ…満たされるわ。アンシュラオン君…負けてごめんなさい」

「本当に気にしなくていいよ。次に勝てばいいからね。サリータもじっくり大切に育てるから慌てなくてもいいんだぞ」

「自分は…が、がんばり…ます。はぁはぁ…うう、こんなに優しく触れられると…す、好きになっ―――ううう…」

「あはーーんっ! 我慢するサリータさん、可愛いぃいいいいい! 大好き大好き大好きー!」

「あうーーっ!」


 そこに小百合が乱入。

 いつも通りに滅茶苦茶になる。


「じゃあ、私もアンシュラオンさんにご奉仕しようかしら。いつもマッサージしてもらうばかりだから、たまにはしてあげないとね」

「って、どこに座ろうとしているんだい」


 ユキネがアンシュラオンの膝に正面から座ろうとするのをベ・ヴェルが止める。


「今日はあたしの番だからね。あ、洗うよ。一生懸命に! 身体を使ってね!」

「ちょっと待って」


 が、今度はベ・ヴェルがそこに座ろうとするので、ユキネが止める。


「さすがに身長差がありすぎじゃない? それだと何も見えなくなっちゃうでしょ?」

「アンシュラオンはそんなことを気にする男じゃないだろう? むしろ胸が見えて喜ぶさね」

「あらあら、すっかりとのぼせ上がっちゃって。最初はあんなに嫌がってたくせに、男を知ったらころっと変わっちゃうのね」

「あんただって男に媚びを売っているじゃないか」

「私はそういう生き方なんだからいいのよ。恩義を身体で返すだけ。女であることを上手く使わないと損だもの」

「それならあたしだって同じだよ」


 ユキネとベ・ヴェルが睨み合っているが、これもいつものことだ。

 やはり風呂に入るとリラックスするのか、いつの間にか仲良くなっていくのだ。


(まあ、仲が良いのはいいことだな。こんな山奥でも女性に囲まれて暮らせるなんて、それだけでも幸せなんだよなぁ)


 サナを抱っこして、ゆっくりと湯船に浸かるだけで満たされるのだ。

 人間の幸福とは、愛する者と一緒にいることだと知る。



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