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「翠清山死闘演義」編
313話 「五重防塞攻略戦 その6『突入戦』」
しおりを挟む中央に突撃を仕掛けた傭兵隊が奮戦していた頃。
白の二十七番隊とザ・ハン警備商隊、約千人の突入部隊が東側から迂回して山を登っていた。
要塞の左右は死角にはなっているものの、かなり険しい岩場となっており、人はともかく大量の物資を運搬するには難しい地形であった。
銀鈴峰の頂上に向かうためには、やはり要塞を突破するしかないことがよくわかる。
「見て! アンシュラオン君が大きい竜を圧倒しているわ!」
マキが指をさした方角では、金竜美姫が『水覇・奄翔水漣波』によって滅多切りにされている姿が見える。
霧のように赤い血が舞っているので、一方的に攻撃されているようだ。
「これは…なんという戦いなのだ。レベルが違いすぎる。いや、次元が違う…」
サリータはここで改めて、自分が師事している存在が人知を超えていることを実感する。
魔獣のランクである『殲滅級』は、『軍隊が殲滅されてしまう』ほどの能力を持った魔獣という意味である。
おそらく金竜美姫単体で、混成軍を全滅させるだけの力を持っているだろう。空から炎で攻撃されれば手の打ちようがないからだ。
そんな魔獣を単独で完全に圧倒している光景は、まさに英雄譚に出てくる竜退治そのものだ。
それと同時に、いざ戦闘になった時のアンシュラオンの容赦のない攻撃に、思わず身震いしてしまう。
「そういえばサリータさんは、本格的な彼の戦いを見るのは初めてだったわね」
「ええ、これほどとは…」
「私も右腕猿将の時くらいしか見ていないけれど、あの時でもまだ本気じゃなかったのね。本当にすごいわ。四代悪獣を倒した英雄だもの。それも当然かしら」
「マキ先輩は、怖くはないのでしょうか?」
「怖い? アンシュラオン君が?」
「その…師匠自体は優しいのですが、あまりに差がありすぎて…自分たちの存在意義がないように感じてしまって…」
「ああ、そういうことね。そういう意味ならば、いつだって感じているわよ。私からすると、ちょっとやそっと強いくらいじゃ嫉妬しちゃうから、あれくらい離れているほうがいいかもしれないわ。そのほうが素直に自慢できるじゃない?」
「ご自分は師匠の役に立たなくてもよい、と考えておられるのですか?」
「あなたは、自分が常に役に立っていないと不安なのね」
「それが普通ではありませんか?」
「そうね。普通ならそうよね。でもそれって、働くことに慣れちゃった女の発想かもしれないわ。だから私もあなたも行き遅れてしまったのよ」
「うっ、それは…」
「アンシュラオン君は、けっして私たちをお荷物と思っているわけじゃないわ。もしそうだったら追いかけた時も、一緒に連れていってはくれなかったはずだもの。森での戦いだって、わざわざ私たちの成長を促すようなこともしてくれた。自分が戦えば一瞬で終わるのにね」
「それは…たしかにそうです。しかし、なぜなのでしょう? すべてご自分で完結できるほど強いのに」
「実際のところ、あの人が一番【家族に飢えている】のね」
「え? 師匠がですか?」
「いろいろと不幸な生い立ちがあったせいかしら。彼にはどことなく他人を寄せつけない雰囲気があるでしょう? 最初は強すぎるからだと思ったのだけれど、それは関係ないみたい。やっぱり心に負った過去の傷が原因ではないかしら」
「人間不信のようなものでしょうか? 自分も男への不信が強かったので多少はわかります」
「だからこそ私たちは、無条件にあの人を信じてあげないといけないの。彼が私たちに求めているのは、ただその点だけだと思うわ。サナちゃんを見ていると、そのことがよくわかるもの」
「なるほど。さすがです」
「ただ、だからといって彼に甘えっぱなしなんて嫌よ。いつかきっと認めてもらえるくらい強くなりたいと思っているわ。あなたもそう思ったから訊いてきたのでしょう?」
「はい。お世話になっている以上、恩を返したいのです」
「女としても?」
「い、いえ、それは…そこまでは求めていません!」
「いいのよ。私の立場が常に安泰だなんて思っていないもの。ユキネさんみたいに遠慮なくやってきなさい。全力で叩き潰すから。さあ、私たちはアンシュラオン君から与えられた任務をこなしましょう。まずは目の前のことを一つ一つね」
「はい! 必死についていきます!」
「キシィルナ、そろそろ表側に行く。ちょうど第三防塞の位置のはずだ」
「わかったわ」
グランハムの指示に従い、マキたち一行が崖を登り終えると第三防塞の側面に出る。
そこはアンシュラオンの攻撃によって完全に破壊されており、敵の姿は見られない。
「いい場所に出た。まだ相手側も混乱していて防備が完全ではない。今がチャンスだ」
「これからどうするの? 二手に分かれる?」
マキが上下を交互に見つめる。
上の台地には第四防塞があり、下には第二防塞があった。
「いや、敵の戦力を考えると分かれるのは危険だ。我々はこのまま第二防塞に攻め入り、内部を制圧することを優先する。第一防塞を後ろから攻撃できれば、正面の傭兵隊と挟撃できるからな」
「上は?」
「ベルロアナ嬢たちに任せる。キブカランならば上手く対応するだろう。そのためにやつを向こう側に回したのだ」
「ずっと不思議だったけど、彼のことを評価しているのね」
「傭兵は実力主義だ。実力があれば誰だろうが認める。武人とは本来そういうものではないか」
「そうだけど…彼には悪い噂もけっこうあるわ」
「優れた資質を持つ者はアンシュラオンしかり、総じて善悪と長短を併せ持つものだ。むしろ表面が綺麗な人間ほど疑うべきだろう。その点、あの男は自分を飾らない。自身が『火』であることを隠そうとはしない。そこは好感が持てる」
「それって危険人物ということでしょう?」
「グラス・ギースではな。我々とて本来は違う派閥。協力して動くことなどありえなかった。何よりもお前自身が一番、ここにいてはいけない人物だったはずだ」
「そう…なのよね。もう門番であった頃の自分が思い出せないくらいよ」
「それと同じだ。時代は変わっていく。…いや、時代が変わる時が来たのだ。すべてはあの男、アンシュラオンの出現からだ。あいつは全部を変えていく。お前もキブカランも、この私でさえも変えてしまった。そして、ベルロアナ嬢が変わったのは、紛れもなくアンシュラオンの影響が大きい。良くも悪くも変化をもたらす男なのだ」
「彼がいなければ、今が存在しなかったのは間違いないわ。それだけ強い求心力を持っているってことよね。まさに英雄の資質よ」
「それに異論はない。しかし、アンシュラオンは同時に敵も呼び寄せる。どうにもあの竜は臭う。あのような強大な魔獣が翠清山にいるのは、どう考えてもおかしい」
「アンシュラオン君の存在が竜を引き寄せたってこと? まさかそんなことが…」
「正しく述べれば『やつを目当てに集まってきた』だ。この戦いが始まってから、ずっと嫌な視線が付きまとっている。誰かがこの戦いを監視しているのは間違いない」
「それこそ魔獣側のボスじゃないの?」
「三大ボスよりも強い竜を捨て駒にできるほどの魔獣か? だとしたら、そのほうが困るな。状況をよく見て考えろ。事態は思った以上に悪い方向に向かっているのだぞ」
「…たしかに不思議なことが多い気がするわね。言われてみると、ずっと不自然だった気もするけれど…」
「グランハム、上から増援が来るぞ。あの小鬼どもだ」
「ちっ、対応が早いな」
先行したメッターボルンから急報。
第四防塞の壊れた個所からブイオーガの群れがやってくるのが見えた。
その汎用性から要塞全域に配備されているのだろう。
「メッターボルン率いる第二商隊の半数は、ここで敵を抑え込め! 第三商隊も援護だ! そのうちキブカランたちが突入して圧力も弱くなる! それまで耐えろ!」
「了解した! 戦士隊、いくぞ!」
メッターボルンの戦士隊とモズの第三商隊の約五百人が、ここで上からの増援を防ぐことになった。
対するブイオーガは七百体以上いるので数の上では不利だが、熟練の傭兵であるメッターボルンたちは強く、一振りで数体を蹴散らしているようだ。
ただし敵も武装しているため、中央の傭兵隊同様に槌が鎧に当たると、今までとは違って大きな傷が生まれてしまう。
ようやく戦気を放出しても完全に防げない攻撃を繰り出す魔獣が出てきた、ということである。
ここからは、まさに死闘。
両者ともに大きな損害が出る激しい戦いが始まった。
メッターボルン隊が敵を抑えている間に、グランハムたちは突入を開始。
「屋内戦闘となる! 各隊は距離と高さに気をつけろ! キシィルナ、最初の突撃は任せるぞ」
「ええ、任せてちょうだい!」
「私が合図したら突入しろ!」
まずはグランハムが、アンシュラオンの攻撃で破損した壁に赤鞭を投げ入れる。
赤鞭は入った瞬間に角度を変えて突き進み、隠れていたブイオーガ二体の頭部を破壊。
それと同時に術符を壁に貼り付けると雷撃が走り、同じく二体の小鬼を貫いた。
すでに波動円によって、敵が待ち伏せていることを知っていたのだ。
「今だ! 入って右奥に敵の群れがいる!」
「白の二十七番隊、出撃よ!」
その合図で、マキが迷いなく突っ込む。
グランハムの言う通り、指示された方向にはブイオーガたちが三十体ほど待ち構えていた。
が、こちら側の奇襲で完全に浮足立っている。
(さすがグランハム、波動円のレベルが違うわ。味方になると頼もしい武人ね。これがアンシュラオン君がもたらした変化なのね。私は元がつくけど、違う派閥同士の人間が協力し合えるなんてすごいことだわ)
マキは長年門番をしていたことから、グラス・ギース所属の武人には特徴を知られている。波動円が苦手なことも知れ渡っているだろう。
それを見越したうえで、グランハムがアンシュラオンの代わりとして動いてくれているのだ。
「はぁあああ!」
防塞の中に降り立ったマキが、ブイオーガの群れに突っ込んで拳と蹴りで蹴散らす。
凄まじい攻撃力を前にすれば、彼らの防具とて意味を成さない。簡単に破壊され、身体の中がぐちゃぐちゃになりながら吹っ飛ぶ。
そうして敵陣に穴をあけたところで、マキが横壁に張り付くように跳躍。
そこにホロロのガトリングが炸裂。
マキがあけた穴をさらに拡大するように大量の銃弾を撃ち込み、敵を倒しつつ動きを牽制する。
室内で発射されるガトリングは音が反響することもあって、その迫力と威力はかなりのものだった。
ブイオーガといえども当たった箇所は損壊。頭が抉れ、槌を持っていた指は吹っ飛び、足に当たれば立てなくなって動きを阻害する。
横に逃げる小鬼は、マキが銃弾の中に蹴り戻して逃がさない。
「そろそろ弾が切れそうです」
「小百合さん、ユキネさん、援護をお願い!」
「わかりました!」
弾が切れた瞬間、小百合とユキネが突っ込んで攪乱。
ユキネが大きな動きで敵の注目を引き付けている間に、小百合が跳躍して敵部隊後方に大納魔射津をばらまく。
前方からのマキたちの攻撃と後方での爆発を受けて、ブイオーガたちは完全に混乱状態に陥った。
「ゴガガッ!」
「グベッ!?」
小鬼ががむしゃらに振り回した槌が、味方の小鬼に当たって頭が陥没したり、倒れた小鬼に足をひっかけて転んだりと、なかなか無様な醜態を晒す。
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