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「翠清山死闘演義」編
344話 「将対将の一騎討ち その2『得物の使い方』」
しおりを挟む(これが破邪猿将、紛れもなく猿の王よ。しかし、この魔獣さえ討ち取れば我らが勝つのだ! 今のハイザク様ならばやれるはずじゃ!)
激闘によって因子が覚醒したハイザクのパワーが、破邪猿将を上回った。
これは勝てる。
ギンロがそんな期待をし始めた時だった。
破邪猿将が斬りかかり、打ち合ったハイザクを弾く。
それは勢いをつけたせいではなく、立ち止まった斬り合いで何度も弾くので、素の強さで押し込んでいることになる。
こちらが敵を上回れば、敵もすぐにこちらを上回ってくる。
ただしその原因は、才能や身体の強さ以外の点にあった。
(なぜいきなり…!? そうか! 『術式武具』じゃ!)
破邪猿将の右手の赤い剣が輝きを増していた。
配下の剣舞猿将たちが術式武具を持っていたのだから、破邪猿将が持っているのは当然といえる。
しかもこの二本の大剣は、杷地火の二代前の筆頭鍛冶師のディムレガンが寄贈した業物だ。まだハピ・クジュネがここまで大きくない時代であり、グラス・ギースがグラス・タウンとして栄えていた頃のものである。
そう、いまだ五英雄が健在だった時代に作られた逸品なのだ。
右手の赤い大剣は『叛逆烈士の積剣』という術式剣で、基礎効果として付いている『核剛金』と『原常環』のほかに『被ダメージ威力還元』がある。
こちらは文字通り、受けたダメージの分だけ能力補正がかかるもので、不利になればなるほど剣の攻撃力が上昇していく強スキルだ。
すでにハイザクからそこそこのダメージを受けていることもあり、これによって右手一本でハイザクを上回るパワーを得ることができる。
ハイザクは果敢に打ち合うも、力が増した破邪猿将の一撃で矛を弾かれて、続いて放たれた左の大剣の一撃をくらってしまう。
一瞬ひやっとしたが、戦気で強化されていたために大剣の一撃は鎧に食い込んだだけで済み、ハイザク自身にダメージはなかった。
しかし、これで相手が勢いづく。
再び両手の剣を交互に振る『豪腕剣舞』で調子を掴まれ、連撃への対応が難しくなり傷が増えていく。
何度も受ければ鎧も破損個所が増えるものだ。肩と胸の部分にも亀裂が入ってしまう。
そこから伝わる衝撃も馬鹿にはできず、肉体にはいくつもの痣が生まれていた。
(ハイザク様の矛と鎧には特殊効果がない。このままでは武具の差が出てきてしまう!)
ハイザクが装備している大きな黒鎧と大きな黒矛もまた、アズ・アクスによって打たれた逸品である。
二つとも現筆頭鍛冶師である杷地火が打ったもので、ハイザク専用に作られたものだ。
当然、杷地火はハイザクの要望を聞いて作ったわけだが、当人の希望は『ただただ頑強なもの』、『自分が使っても壊れないもの』だけだった。
子供の頃から肉体が異様に強かったハイザクは、服や道具をすぐに壊してしまうことが悩みであった。そんなつもりはなくとも使っている間に破壊してしまうのだ。
そうした過去のある彼が望んだものは、頑丈であることだけ。極めてシンプルではあるのだが、だからこそ難しい。
杷地火も相当悩んで素材を選び、現状でもっとも硬いとされるガムジュ鉱石を使って作ったものが、この『ガムジュの黒矛』と『ガムジュの黒鎧』であった。
その鎧に亀裂が入るのだから、破邪猿将の攻撃がいかに強いかがわかるだろう。
敵の剣は文句のつけようもない業物であり、武具の観点からいえば、これは歴代アズ・アクスの筆頭鍛冶師同士の勝負でもあるのだ。
そして、特殊効果の差によって、今のところは破邪猿将に分がある状況であった。
「…ん」
しかしハイザクは、敵の激しい攻撃に晒されながらも自己をしっかり支えてくれる武具に感謝していた。
これだけの強打を受けても矛は傷つくだけだし、鎧もいまだに持ちこたえている。その代わり通常の武具の五倍以上の重量があるが、鍛えられた筋肉はそれを苦にしない。
まだいける。問題はない。これは壊れない。
ハイザクは依然として真正面から立ち向かい、この大きなボス猿と堂々と打ち合う!
全力で打ち込んだ一撃も、赤い大剣の力によって弾かれて反撃を受けるが、それでも前に出て矛を振る。
左からくれば矛の石突側で対応し、右から襲ってくれば穂先側を叩きつけて対応。
どちらも完全には防げていないものの、敵の渾身の攻撃も梃子の原理を使って上手くいなすようになり、少しずつ直撃が減っていった。
気づけば両者の打ち合いは、再び均衡したものになりつつある。
いったい何が起きているのかといえば―――
(ハイザク様が…武具を操っておるううううううう!?)
何を当たり前のことを、と言いたいところだが、彼を知る者からすると驚愕すべきことなのだ。
ハイザクは強いがゆえに、武器をただ振るだけで相手を倒せてしまう。敵の攻撃でダメージを受けることも稀だ。
左腕猿将の時も腕力では勝っていたし、なぜか鎧を脱いでしまったので傷を負ったが、あれは特殊な状況といえる。
そんな彼が強敵を前にして、ついに『武具を操る』ことを試みる。
「…ん」
手にぴったりと収まる太さ。ちょうどよい長さ。打撃にも適した重さ。
どれもがハイザクのことを考えて作られていた。そこには鍛冶師としての誇りと矜持、相手への思いやりが込められている。
さすが炬乃未の父親だ。娘ほど特殊なものは作れないが、職人としての総合力は間違いなく上である。
武具に差はない。名工が打ったものなのだ。あるはずがない。
ならば、あとは使う者の責任!!
ハイザクが間合いを取って少しだけ長く柄を持ち、振り回す勢いで叩きつける!
破邪猿将は赤い大剣で受けるが、その力は拮抗。今度は弾かれない。
それを見たハイザクは、さらに柄を長くして遠心力を使って豪快に矛を打ちつける!
その一撃が、赤い大剣を―――弾く!!
「ッ…!」
ビリビリと右手が痺れる感触に、破邪猿将の顔色が変わった。
相手もハイザクの様子が変わったことに気づいたのだ。同時に目の前の敵が『いまだ成長途上』であることにも気づく。
破邪猿将がレベルをカンストした熟練の将だとすれば、ハイザクはいまだ経験不足の若い将だ。学べば学ぶほど強くなる可能性を持っている。
事実ハイザクは打ち合えば打ち合うほど強くなっていき、柔軟性と頑強さが増していく。
さきほどまでは単調だった攻撃にも強弱が生まれ、長く持った柄で弾いたと思えば、今度は短く持った柄で近接戦を挑む。
その際にも背中側に長くなった矛を身体で振り回し、石突を使って左手の大剣の動きを阻害。
がら空きになった破邪猿将の腹に、武器を手放してからのボディブロー!
『物理耐性』があるとはいえ、無防備な状態で受けた一撃に破邪猿将が悶絶。肺から空気が抜けて力が入らない。
そうして顔が下がってきたら跳躍して頭突きを叩き込むと、相手がふらついたところで再び矛を握って切り裂く!
破邪猿将の胸が、ずばっと斬られて赤い血が舞った。
これは直撃。かなりのダメージが入ったはずだ。
(なんと見事な武器の扱い方よ!! いつの間にこのような技術を身に付けられたのだ! いや、あれはもしや…サンロの技か? 殴り方もジンロに似ておる。間合いの取り方はカンロか?)
ハイザクの技に孫の面影を見る。
そもそもなぜ彼は矛を選んだのか。扱いやすさだけを考えれば、剣や斧を選択しても不思議ではないはずだ。
実はハイザクは何も考えていないように見えて、彼なりにいろいろと思案している。
剣は間合いが近すぎる。それならば殴ったほうが早い。
斧は威力があるが振りが遅い。それならば殴ったほうが早い。
槍は間合いが長いが突きをかわされると危険だ。それならば殴ったほうが早い。
かといって強敵や大勢の敵を相手に、覇王技をほとんど使えない自分では不利となる。ハピ・クジュネの血統遺伝のせいで、領主の家系は体質的に技を覚えにくいのである。
長男は術式剣に頼った。三男は珍しい遺物を好んだ。
そこで次男が選んだのが、斬撃と刺撃と打撃を併せ持つ『矛』なるもの。
武器屋でもあまり見かけない珍しい類の武具であり、好んで使う武人もいるにはいる程度のマイナーなものだ。
その理由は、単純に扱いが難しいからである。
使いこなすには、細かく持つ箇所を変える高い技量と振り回す腕力、適切な間合いの取り方が必要になるのだ。
言い換えれば、ナカトミ三兄弟の力をすべて持っていないと使えない武器ともいえる。
ハイザクは彼らとの鍛練の中で技術を盗んでいた。使えないのではなく使う必要がなかったにすぎない。
(どこまで底知れぬのだ! ハイザク様はどこまでいかれる!?)
そんなギンロの思いを超えて、ハイザクと破邪猿将は壮絶な打ち合いを演じる。
こちらがダメージを与えると相手の攻撃力も増すため、破邪猿将もすぐに追いついてくる。
そのうえ、ついに左手の大剣の力まで発動。
赤い大剣がダメージを負うごとに威力を上げるのに対し、左手の大剣の役割は『守り』。
黒い大剣、『守将奮士の牢剣』の刀身に、薄い光の膜が生まれて『物理障壁』を展開。
これは『無限盾』の術符と同じものであり、魔力値に応じて障壁の強さが変化する仕組みになっており、能力の発動中は剣の力で魔力値も強化される。
それに加えて右手の大剣と同じく、ダメージを受けるほど体力と防御力に補正がかかる効果も付与されていた。
ハイザクの攻撃は障壁を破壊するものの、防御スキルによって威力が軽減されて難なく受け止められ―――反撃の一撃!
赤い大剣がハイザクを切り裂き、鎧にさらに大きな亀裂を入れる。
破邪猿将は両手の武器の性能をフル活用。一気に攻勢に移る。
左手で攻撃を受け止めて、右手で攻撃を仕掛ける役割分担によって、矛の扱いを阻害して勢いを削いでいるのだ。
けっして攻め急がないことも、このボス猿が円熟していることを示していた。
猿たちにとってここは本拠地。すでに雌猿や子猿は逃がしているため、状況が悪くなればいくらでも撤退することができるし、他の魔獣をけしかけることもできる。
それがわかっているからこそ、やや防御寄りに展開する『上手さ』を見せつける。
一方のハイザクたちは、ここで勝負を決めなければ不利になる。この山に安全な場所などないのだ。目の前の敵を倒さねば逃げることも難しい。
こうして手間取っている間にも海兵たちは、猿たちと死闘を繰り広げているので数を減らしていく。
さすがのハイザクも焦ったのか、強引に前に出る。
しかし、それを予測していた破邪猿将が跳躍。
火に包まれた木の枝に掴まった。
「っ…」
まさかいまさらになって、そんな行動を取るとは思わなかったハイザクは、完全に虚をつかれる形になった。
そこに真上からの―――強襲!
猿独自の『高さ』を加えた三次元の動きで背後に回り込むと、ハイザクの背中、肩口付近に剣を突き立てる!
鎧は万遍なく強く作られているものの、やはりその構造上、可動域部分に関しては脆くならざるをえない。破邪猿将はそこを狙ったのだ。
ただでさえ弱い箇所に加えてハイザクが隙を晒したことで、ぶっすりと赤い刀身が突き刺さり、血が滲む。
それだけでは終わらない。
続けて黒い剣の障壁を利用して押さえ込むと、赤い剣を何度も突き刺していく。
人間の剣士は耐久力と腕力の問題から超接近戦を苦手とするが、グラヌマは魔獣としても力が強いために苦にしない。
もともとの体格差と重さの違いも利用し、その巨体でハイザクを押さえ込んでしまう。
こうなれば、一方的。
実力が近い者同士であれ、一方がマウントポジションを取ったら片方は何もできないのと同じく、破邪猿将のターンが続く。
力強く叩いた一撃で、鎧にヒビが入り。
もっと強く叩いた一撃で、鎧に穴があき。
素早く正確な一撃で、そこに剣を突き入れる。
あっという間にハイザクの背中は、刺し傷や切り傷だらけになってしまった。杷地火が作った『ガムジュの黒鎧』も背中側はかなり損壊が激しい。
ここまでか。よく持ちこたえた。人間にしては強かった。
破邪猿将は半ば勝利を確信。なぜならば、いまだにこの状態になってから盛り返した存在はいなかったからだ。
唯一の例外は、かつて出会った『金獅子の旗を掲げた英雄』だけ。
あの人間だけは何度攻撃しても平然と立ち上がってきた。傷が開いて血が流れようが、頭が割れようが気にしない。
猛々しい咆哮とともに真正面からこちらに挑んでくる姿に、さすがの破邪猿将も畏怖したものである。
しかし、ハイザクは獅子ではない。
所詮は海賊。挽回するだけの力はない。
そう破邪猿将がとどめの一撃を加えようと、剣を高く振り上げた時だった。
「…んんんんっ―――おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ハイザクが、咆えた。
その地鳴りのような大きな声は、文字通り地面を揺らして三袁峰全体に響き渡る。
咆えるとは、何か。
咆えるとは、ただ大きな声を出すことだけではない。
全身の力を引き出すために、仲間を鼓舞するために、自分の意思を表現するための本能的な魂の衝動なのだ。
それは海賊の声。
先頭を突っ切る海賊船の旗艦が、離れた仲間の船に呼びかけ、引っ張り上げるための【歌】!!
バイキング―――ヴォーグ!!
その声を聴けば勇気が湧き上がる!
どんな苦しい場面でも諦めない不屈の闘志が湧き上がる!
ハイザクが背中を密着させながら黒い剣を掴んで力を入れると、ぐぐぐぐっと破邪猿将の身体ごと持ち上がる。
「ッ―――!?」
この巨体、この重量の足が浮く。
今まで誰も持ち上げることなどできなかったボスの身体。
その威厳と威風ごと掴んで跳躍すると、身体を回転させて―――ドゴーーーンッ!
ここでまさかのプロレス技が発動。破邪猿将の顔面を大地に叩きつける。
「んんんんんっ―――おおおおおおおおおおおお!」
ハイザクが雄たけびを上げる!
自分はまだやられていない。これからだと周囲に示しているのだ!
その叫びにも似た歌声を聴いた海兵たちに力が宿り、再び第二海軍が猿たちを押し込んでいく。
「…んっ!!」
自由になったハイザクは、矛で突きを繰り出す!
ユニークスキルによって強化された一撃は、まだ体勢が整っていない破邪猿将の脇腹に突き刺さり、さらに押し込むことで身体の中ほどにまで侵入。
そのまま力を入れて、刺さった矛ごと破邪猿将を持ち上げると、地面に叩きつける!
二度、三度、四度!
ただただ力任せに振り回す!
しかし、五度目をくらわせようとした時、破邪猿将が復帰。
ダメージを負いながらも強引に矛を引き抜き、がばっと立ち上がると剣を構える。
人間ならば相当な深手だが、サイズ差もあるので魔獣にとってはそこまでの怪我ではないようだ。
身体の筋肉をぎゅっと引き締めることで傷口を塞いでしまう。
「…キ゛ッ」
「…ん」
両者が睨み合うが、すでにそこに敵意というものはない。
破邪猿将もハイザクを強者と認めたことで、人間に向ける怒りではなく、より純粋な闘争心の発露が見て取れる。
ハイザクも猿に恨みはなく、ただただ任務のために戦っていたが、今は自分を高める好敵手だという認識を持っていた。
両者は―――似ている
海と山という違いはあれど同じ大自然を愛する者同士。戦いの中で通じ合うものもあるだろう。
しかしながら、やはり敵は敵。戦う定めにある。
ここからの戦いは、追い越されては追い越してを繰り返すような、両者が互いを高め合いながらも死へと誘う『死闘』に昇華していくのだ。
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