『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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「琴礼泉 制圧」編

386話 「英雄の度量 その2『刀の覚悟』」

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「そ、それで…君も……いえ、あなたも僕に会いに?」

「まあ、そういうことだ」


 混乱から立ち直った炸加が、アンシュラオンを恐々と見つめる。

 助けてくれたといっても正体不明の人物だ。警戒するのは自然なことだろう。


「でも、どうやって僕のことを見つけたんですか?」

「単純な方法だ。獲物を見つけたいのならば、それを狙う狩人を追跡すればいい。そうすれば目的の場所まで勝手に導いてくれる」


 ソブカが炸加を炙り出したように、アンシュラオンもまたソブカが動くのを待っていた。

 ディムレガンに関しては、ソブカのほうが何倍も詳しい。アンシュラオン自身も『情報公開』によって独自に調査が可能とはいえ、この状況下でスパイを完璧に見つけ出すのは困難である。

 ならば、状況が好転するまで待つほうが得策といえるし、実際に漁夫の利を得ることができた。作戦は成功といえる。

 ただし、たしかに理に適った方法ではあるものの、ここで烽螺が『とある事実』に気づく。


「追跡してたってことは、俺らがあいつらにやられているのを見ていたってことか!?」

「見ていた、というのは正しくはないぞ。ソブカの動きはオレが放った闘人に見張らせていただけにすぎない。位置情報は共有していても視覚を共有しているわけじゃないからな。その場にいることしかわからない」

「わっ、なんだその生き物!?」

「オレの眷属みたいなもんだ。どうだ、可愛いだろう?」

「可愛いというか…全部同じ色だから、どこが顔かよくわからねぇ…」


 アンシュラオンの足元からモグマウスが出てくる。

 彼らは地中に潜らせて琴礼泉のあらゆる場所に配備されており、常にレーダー情報を送り続けてくれる有能な存在だ。

 当然、サナたちにも張り付いていて、ユキネが左腕猿将を討伐した際にも周囲の敵を排除するように言いつけてあった。

 あの時は左腕猿将が焦っていたため、単に群れの仲間が自分の速度に追いついてこられないと思っていたようだが、実際はモグマウスたちによって排除されていた、というわけだ。

 そして、ソブカたちが琴礼泉から離れて何者かと接触していることも、モグマウスを通じてすべて探知していた。

 おおまかな位置情報さえわかれば、炸加を見つけ出すことは容易い。


「それでも何が行われているのかは、知っていたんじゃないのか?」

「あいつらはマフィアだ。やることはだいたい想像できる。というか、ラーバンサー自体が拷問士だからな。答えは一つだろう」

「やっぱり意図的に助けなかったんじゃないか!」

「それがどうした? お前たちの自衛力が弱かったのが悪いんだろうが。女性のディムレガンならば即座に助けるが、若い男連中を助ける理由がどう考えても見当たらんぞ」

「なんてやつだ…。助けに来たとか行ったくせに」

「名目上はな。しかし、どちらにしてもそれを決めるのはオレじゃない。お前たち自身だ」

「どうせ俺に決定権なんてないんだ。一族の方針は杷地火さんが決めてくれるさ」

「それがディムレガンの考え方ならば否定はしないさ」


 人間から見れば、他力本願や自己放棄とも捉えられる言動だが、彼らは絶対数が極めて少ない種である。

 生き残るために優秀な人物に決断を委ねることは、けっして悪い選択肢ではない。むしろ必須だったからこそ数を減らしても、これだけの勢力を保てたのかもしれない。


「さて、本題に入るぞ。炸加だったな。お前が持っている情報を譲ってもらいたい。すでに述べたように海軍もお前を狙っている。どのみち逃げきれはしない。ここで決断するしかないんだ」

「………」

「最初に言っておくが、オレはお前を拷問しない。それは約束しよう」

「どうして…ですか? そのほうが手っ取り早いんじゃないですか?」

「痛めつけて訊き出す方法も悪くはない。殺しも拷問も手段の一つだ。しかし、そうして手に入れた情報が正しいかどうかを精査する時間がない。今回の情報にとって、もっとも大事なことは『速度と精度』だ。両者が伴って初めて価値が生まれる」


 情報は速度が命、であることは言うまでもないが、今回はそこに精度が要求されるから難しい。

 得た情報が嘘だったら意味がないし、仮に本当でも資源のある場所を『今この時期に』直接確保できなければ実効力は生まれない。

 戦いがすべて終わってから、のそのそ赴いたところで、この作戦中でなければ権利は生まれないのだ。強引に争うことはできても、また北部全体で火種が生まれるだけとなる。

 だからこそソブカも直接的な手法を選んだのだが、精度の点では問題があったといえるだろう。


「人間が一番能力を発揮するのは、『等価交換』が果たされた時だ。意識が朦朧とした際の発言は疑わしいし、かといって割に合わない条件を呑まされた時も怪しい。だから今からする交渉は、お前にどれだけの価値があるかを証明するチャンスだと思えばいい」

「僕の…価値」

「そうだ。自分の価値をオレに示せ。それに相応しい対価をお前にくれてやろう」

「………」


 この段階でアンシュラオンは、自分の正体(覇王の弟子)について明かしていない。

 突然現れた謎の強者を信じてよいのか、誰だって迷うだろう。

 だが、炸加の答えは変わらない。


「あなたが代わりに買う、ということでいいんですね?」

「そうだ。当たり前だが、互いが納得しなければ取引はなしだ。交渉が決裂したら好きにしろ。逃げるのを止めはしないし、妨害もしない」

「それなら…僕は……チャンスが欲しい」

「炸加、もうそんなもんは捨てちまえよ! 俺らには過ぎたもんだ! それでさっきも人生終わりそうになったんだぞ! いいかげんに諦めろって!」

「烽螺は黙っててよ! 僕にはこれしかないんだ! これにすがるしかないんだ!!」

「お前な…! どうしてそこまで!」

「烽螺、お前は杷地火さんに判断を任せたんじゃないのか? ならば黙っていろ。ここから先は個を求めた者だけが入れる領域だ」

「うっ…」


 アンシュラオンに威圧されて、烽螺が後ずさる。

 ここで烽螺と炸加の違いが如実に示された。

 烽螺はディムレガンとして種の存続をリーダーに委ねた。それ自体は間違ってはいないが、同時に自らの個を捨てたことを意味する。

 対する炸加は、それが欲望に根付いたものであれ、自らの意思で選択することを選んだ。


(より人間らしいディムレガンか。ある意味において、こいつも突然変異と呼べる存在なのかもしれないな)


 彼は種全体における最下層がゆえに、異端になりえた。

 異端は変化の兆しでもある。それが始まりなのか終わりなのかは別としてだが、変化のない緩慢なる死よりはましであろう。


「まず前提条件を確認しておく。お前は希少性の高い鉱物、レアメタルがある場所を知っているのか?」

「調べた…つもりです」

「自信はあるのか?」

「…たぶん……いえ、きっと」

「………」


 アンシュラオンが、じっと炸加を観察。

 そして、ばっさりと切る。


「駄目だ。残念だが交渉はこれで終わりだ」

「えっ…なんで…」

「ソブカはお前にいくら提示した?」

「ご、五十億…です」

「五十億か。オレがもらう額と同じだな。その含みのある値段はともかくとして、少なくともあいつは、お前にそれだけの価値があると判断した。だが、今のお前にその価値はない」

「………」

「烽螺、お前から見てどうだ? こいつが以前とどう違うかわかるか?」

「え? うーん、なんつーか…駄目な時の炸加だな」

「だ、駄目ってなにさ!」

「弱気で何もかも諦めているって感じが見え見えなんだよなぁ。そりゃ俺だって、あれだけ痛い目に遭えば仕方ないとは思うぜ。あんな激しい暴行を受けたのは初めてだったしな」

「っ…」


 炸加の瞳には怯えの色が見え隠れしていた。

 強者に対する恐怖。搾取されることへの絶望。希望が叶わないことへの失望。

 さまざまなマイナスの感情が、ソブカと対峙した時の強烈な意思の強さを消してしまっていた。

 そんな炸加に対して誰が金を払うというのだろうか。


「スパイの情報が不正確かもしれないなんて、最初からわかっているんだよ」

「ひっ!」


 アンシュラオンが卍蛍を抜くと、炸加が一気に青ざめて腰を抜かす。

 それには烽螺も抗議の声を上げた。


「おい、暴力は無しじゃないのか!! 約束が違うぞ!」

「武力は使わない。しかし、こいつの中にはソブカから受けた拷問の痛みが残っている。それでは話にならない」


 アンシュラオンは『日本刀』を軽く振る。

 ヒュンという美しい音とともに大気に残る白い軌跡が、霧さえも一瞬で切り裂く。


「刀は特別だ。硬くて柔軟で、速くて重い。一撃で相手を断ち切るために生まれた存在は、その佇まいからして美しい。この刀を愛用するオレの祖国の武人たちは強かったが、これ見よがしに力を使うことはなかった。大事なのは心。宿る意思であり精神だからだ」


 強者がゆえに、力を安易には使わない。

 つらい時も耐え抜き、礼節を守り、けっして信念が揺らぐことはなかった。

 まさに日本刀こそ、その象徴たるもの。武人の心意気、サムライの魂そのものだ。


「炸加、お前はこの刀を見て怖ろしいと思うだろう。たしかに現実世界では物質的な力が一番強い。どんな詭弁を弄しようが、直接的な武力こそが最強だ。しかし、この交渉の場において、武力は二の次になる」


 これは武力による脅し合いが意味を成さない戦い。

 炸加が持っている情報の正確性と値打ちが問われる戦いなのだ。


「気づいているか? この場ではオレとお前は【対等】だ。オレが何万の魔獣を倒す力を持っているとしても、そんなことは関係ない。お前自身で自らの価値を示すことができるのならば、そこに限界などは―――ない!」


 アンシュラオンが地面に刀を突き刺す!

 刀身から放たれた力の波動が、波紋となって広がって、地中で激突しながら膨大なエネルギーを撒き散らす!


(なんだこりゃ!? 地面が燃えているようだ! でも、身体は熱くない。熱いのは―――)


 烽螺にも何か強い力が蠢いていることがわかる。

 圧倒的に荒ぶっていながらも、その中に静寂を秘め。

 刺激的に高ぶっていながらも、ぶれない方向性を与え。

 ガンガンと激突しながらも、混じり合って循環し。

 さまざまな力がその場にとどまって、一つの『領域』を生み出す!


「っ―――はっ!! ―――はっ!!」


 その気質に触れるだけで、炸加の心からマイナスの感情が消えていく。

 代わりに湧き上がるのは、自己を表現したいという【熱情】。

 誰しも心に熱量を持っている。自分を示したいと願っている。

 それが自己愛だろうが欲望だろうが関係ない!

 生きている限り、自分を証明し続けねばならない!


「どうした、お前は出来損ないか! ただの嘘つきか!」

「ち、違う…! 僕は、違う違う違うぅううう!」

「譲れないものがあるのならば、立ってみせろ! オレに示してみせろ! お前が手にしたものの価値はなんだ!!」

「絶対にあるんだ! わかるんだ! 僕だけにはわかる! あそこには眠っている…可能性が眠っている! それは世界すら一変させるものなんだ! 北部の現状を考えれば、その価値は数千億を遥かに超えるんだ!!」

「それは本当か?」

「嘘じゃない!! 僕を見くびるな!! 侮るな!!」


 腰を抜かしていた炸加が立ち上がり、歯軋りをしながらアンシュラオンを睨み返す。

 すでにその瞳に怯えの色はない。

 それどころか怒りの感情が宿り、無謀にも突っかかる勢いで言葉を吐き出す。

 烽螺でさえ、あまりの力の奔流にまったく動けないのに、この軟弱で貧弱な青年は闘志を剥き出しにしていた。


「たいした自信だな。では、そのためにお前は何を犠牲にできる!」

「犠牲だって!? 僕はずっと奪われてきたんだ! もう犠牲にするものなんてない! これからは僕が奪うんだ!! 手に入れて、燃やして、好きなだけ見下してやるのさ! そのためならば命だって捨ててやる!」

「その覚悟、この刀に誓えるか!!」


 アンシュラオンから凛と張りつめた気質が溢れ出す。

 なぜ彼は『首供養』などをしたのだろう。

 普段はしないことを、なぜあえてしたのだろう。

 ソブカが使った暴力はグランハム曰く、ただ相手を脅すだけのナイフだ。必要以上に相手を傷つけてしまい、心にも深い傷跡を残す。

 しかし、アンシュラオンが扱う刀は、一撃必殺。

 一撃で相手の命を断ち切るためには、殺した者のすべてを背負う覚悟が必要になる。少しでも躊躇いがあれば、殺しきることができないからだ。


(こいつ…あのマフィアとは格が違う。質も器も違いすぎる! あんなに刀が喜ぶなんて初めて見た!)


 烽螺には暴力の世界のことはわからないが、刀の価値ならばわかる。

 アンシュラオンに扱われている卍蛍は、間違いなく輝いていた。自身の価値を数倍にも引き上げられて狂喜乱舞していた。

 そこで改めて猿の生首を見てみると、最初の印象とはまるで違っていた。


―――『死者の感謝の念』


 背負う覚悟があるからこそ、殺された者も弱肉強食を受け入れて潔く死ねる。死が無駄にならないと確信できる。

 死生観すら超えた何かが、そこには宿っている!


(でかすぎて訳がわからねぇ!! やっぱりおかしいぞ、こいつは! でも、なんで目が離せないんだ!)


 突然宇宙空間に放り出された人類のように、あまりの大きさと魂を引き付ける魅力に、烽螺は愕然。

 それと同じく、炸加も圧力に気圧されて怯む。


「うっ…だいたい、あなたはなんなんだ! 僕に何を与えてくれるんだ!」

「お前が望むものは何だ?」

「金が欲しい!! 五百億だ!! びた一文譲らな―――」

「いいだろう、くれてやる」

「―――はっ!?! そ、そんなでまかせ―――」

「刀の前で嘘はつけない!」

「っ―――!」


 嘘や虚偽は、ここでは存在を許されない。

 もしそのようなことをすれば、即座に猿の生首のように、鋭い刀の一撃によって叩き斬られるだろう。

 物質的な意味でもそうだが、それよりは精神的な破壊をもって、未来永劫蘇ることはできなくなる。

 それは刀を振るう者にも等しく訪れる結末なのだ。

 人はそれを【覚悟】と呼ぶ。

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