『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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「琴礼泉 制圧」編

389話 「覇の示威 その2『魔石共鳴』」

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 三者が対立し、一瞬だけ空白の時間が流れる。

 がしかし、やはりというべきか、この場で最初に状況を変えたのは猿神たちだった。

 何やら人間同士が対立していることはわかるし、自分たちに対しても威圧していることはわかるのだが、なにせ『言葉がわからない』。

 言語が理解できなければ細かい意思疎通は困難だ。それが人間と魔獣という種の違いがより大きな者同士であれば、まず不可能に近い。

 猿神たちが、ロクゼイ隊に攻撃を再開。

 高所に陣取っている小百合たちよりも、一番攻撃しやすい場所にいる彼らを狙うのは当然のことだろう。

 前に逃げられないロクゼイ隊は、否応なく背水の陣を敷かれてしまう。


「隊長! この状況は危険です!」

「わかっている!」


 まだロクゼイには迷いがあった。

 目の前にディムレガンがいるのに、みすみす奪われてしまったことへの苛立ちと、任務失敗の恐怖から判断が鈍っていたのだ。

 以前も述べたが、軍人にとって任務の成否こそがすべてであり、最後まで執着するのは彼らの本能ともいえる。

 だが、やはりこれは致命的なミスだ。

 ロクゼイ隊は、まともな指揮を受けられないまま猿神たちの猛攻を受け、一気に瓦解しそうになる。

 いくら精兵とはいえ、この数の差でまともにぶつかり合うのは難しい。

 が、岩場から小さな黒い影が落ちてきた。

 彼女はすたっと降り立つと―――雷撃放射!

 凄まじい雷撃が猿たちを薙ぎ払い、感電させて動けなくする。


「サナ様! 私たちの力も使ってください!」

「…こくり」


 サナのペンダントがバチバチと青く輝き、体表を覆う雷も強くなっていく。

 それと同時に、小百合とホロロの魔石の力の流れが感覚的にわかるようになっていく。

 サナの正面に魔石獣の『青雷狼』が具現化されると、唸り声とともに雷撃放射。

 それらはロクゼイたちにも向かっており、彼らが思わずのけぞって回避しようとする前に消失。

 否、消えたのではない。

 直後、まったく関係のない場所、再び高所に登ろうとしていた猿神たちの背後に出現すると、彼らに突き刺さる!


「ギッィッイッッッッイーーッ!?!」

「キッッギッイッイッイーーーー!?」


 次々と至る所から猿たちの叫び声が聴こえ、感電して倒れていく。

 威力はやや抑えているので死ぬには至らないが、それはサナが魔石を制御していることを意味していた。

 魔神戦を経て、彼女の魔石の扱い方が劇的に上手くなっていることがわかる。


(サナ様の魔石の威力も上がっていますね。あの速度に合わせるのは難しいですけど、上手くいけばすごいですよ!)


 ただし、今この場で『魔石全体の統御』をしているのは、小百合である。

 ホロロの『精神感応』能力を使って周囲の敵の位置を完璧に割り出し、サナが放った雷撃を『夢の架け橋』を使って転移させ、死角に回り込んだ敵にも対応。

 サナの雷撃の速度があまりに速いため、シビアなタイミングが要求されるが、三人の魔石の融合化によって意識の共有も起きていることで、この奇跡的な行動が可能になっていた。


(これは…近寄れん! やはり連中は異質すぎる!)


 荒れ狂う雷撃の威力に加え、意図しない場所や方向からも飛んでくるので、ロクゼイ隊も完全に動きが止まっていた。

 脳裏に浮かぶのは、人喰い熊戦での悪夢。

 これが本気でないことがわかるため、迂闊に刺激できない状況なのだ。

 三者対立状態といっても、実質はアンシュラオン隊の一方的な示威行動が目立つ展開になっていた。

 そんなサナたちの戦いぶりに杷地火も舌を巻く。


(ここまで魔石の力を引き出すとは…噂に聞く『ジュエリスト〈石の声を聴く者〉』なのか? それが三人もいるとは、見た目以上の戦闘力を有していることは間違いないようだ)


 ただの女子供と思っていたら、あのロクゼイ隊をいとも簡単に押し込んでいるではないか。しかも苦戦どころか圧倒的な力をもって。

 軍隊は通常戦には強いが、特殊な力には弱い傾向にある。

 特殊部隊のロクゼイ隊とて役割が強襲なだけで、サナたちほどの特異能力を持っているわけではない。そこで差が出ている。


(だが、数の差では圧倒的に不利。出力が高ければ高いほど、それだけ長時間は戦えない。そこをどう補うつもりだ)


 術式武具に精通している杷地火には、その弱点が手に取るようにわかる。強い武具ほど長時間はもたないのが常識である。

 魔獣たちはもちろん、海軍も全体では万規模となる。

 どんなに個が強くても戦いは数だ。多いほど有利になるのは当たり前だろう。

 されど、この時まだ杷地火は知らない。

 そんな常識すら覆すほどの武が存在することに。


「キキッ!? キキキキッ!?!」


 猿神たちが突如パニックを起こし、ロクゼイ隊に突撃していく。

 ロクゼイたちも特攻のような行動に狼狽したが、もっと困惑したのは、彼らが『背を向けていた』ことだった。

 敵に背を向けながら突撃していくことなど、まずありえない。普通は正面を向くものである。

 ならば、彼らにとっての敵はロクゼイ隊ではないのだ。

 なぜか猿たちの背中に圧されて岩盤に押し付けられている海兵たちが見たものは、周囲を覆い尽くすほどの水色のネズミの群れ。

 それ単体でも軽々と猿神たちの攻撃を受け止め、反撃の爪でいとも簡単に斬撃耐性のある皮膚を切り裂く。

 そんな化け物たちが、およそ二百匹ほど彼らを囲んでいた。

 それだけではない。

 その中には、四脚に四つ目という謎の箱型の物体もおり、それが地面を泥に変化させることで猿たちの機動力を奪っていく。

 岩場に多少残っている木々に飛び移ろうとしても、それ以上の速度で追いかけてきたネズミたちに弾き飛ばされ、結局は泥の地面に叩きつけられる有様だ。

 こうなってはもう『前に後退』するしかない。


「ぬぐううう」

「ギギギギギッ!」


 周囲に現れた謎の存在によって、ロクゼイ隊と猿神たちは、仲良くおしくらまんじゅうをする羽目になる。


「な、なんだ! 見たこともない魔獣が出てきたぞ!」

「爐燕さん、あれは何ですか!?」

「む、むぅ。わからんが……たぶん大丈夫だろう。たぶん…な」


 その光景には、ディムレガンの若者と爐燕も冷や汗が止まらない。

 が、ちらりと爐燕が小百合の顔色をうかがったところ、平然としていることから問題ないと判断する。いや、するしかない。

 そして、動揺する爐燕たちの前に、猛スピードで走ってきた水色の虎が猿神や海軍を飛び越して、一気に降り立った。


「ひぇっ! また何か来ましたよ!? 今度は虎!?」

「ご心配なく。アンシュラオン様が戻ってきたのです!」


 弾む小百合の声の先には、アンシュラオンと炸加と烽螺。

 それに加えて、他の虎にはユキネたち三人も乗っていた。ついでに回収してきたようだ。


「小百合さん、ご苦労様。少し遅れたかな?」

「いえいえ、ちょうどいいタイミングでしたよ! そちらはどうでした?」

「ああ、上々の出来かな。例の件もこっちで処理しておいたよ」

「さすがアンシュラオン様です! こちらは無事、ディムレガンの皆様を保護できました! 主要人物は全員そろっています!」

「素晴らしい成果だ。よくやってくれたね。サナも戻っておいで。あとはこっちでやるから」

「…こくり!」


 サナが戻ったことを確認してから、アンシュラオンが杷地火に話しかける。


「あなたが杷地火さんだね。オレはアンシュラオン。よろしく」

「…なぜすぐにわかった。こちらはまだ名乗っていない」

「この中で誰が一番強いかなんて、見ればすぐにわかるよ。そっちもそうでしょう?」

「………」


 杷地火も一目見た瞬間に、アンシュラオンがこの群れのリーダーであることがわかった。

 明らかに輝きが違う。威圧感が異なる。迫力が段違い。

 ガンプドルフが一瞬で強者と見抜いたように、たとえ武人ではなくともその分野でトップクラスの実力者ならば、同様の存在を感じ取ることができる。


「その魔獣たちはお前の配下なのか?」

「オレの闘人だよ。攻撃しなければ危害は加えないから安心していいよ。本当はこんなに数は必要ないんだけど、見た目はある程度大切だからね。ちなみに、ここにいる海軍と魔獣たちを駆逐するのに、あのネズミが三匹もいれば十分なくらいさ」

「三匹……この数をか」

「当然、こっちに損害は無しで、だよ。同時に作れる数には限度があるけど、壊れたらまた作り直せばいいだけだから安いもんさ。元手はタダだしね」

「………」


 その言葉に杷地火も絶句。

 モグマウスが五十匹もいれば、デアンカ・ギースすら軽々喰い尽くすほどだ。根絶級や討滅級程度では到底歯が立たない。

 それが二百匹および、主力闘人である土のジュダイマンまで登場すれば、この規模の相手にとっては完全にオーバーキルの陣容である。

 しかし、ここは『覇の示威』を見せつける場。

 動物が自分よりも大きな相手を怖れるように、圧倒的な力の差を教えてやることも争いを避けるための有用な方法といえる。


「ユキネさん、『首』を貸してもらえる?」

「はい、どうぞ」

「ちょっと、その前に言うことがあるんじゃないのかい」


 袋を渡そうとしたユキネの前に、ベ・ヴェルが割って入る。

 その大きな身体に似合わず、ソワソワしている様子が妙に可愛く見えた。


「二人とも、よくがんばったね。こんな大物を倒すなんて、すごい大手柄じゃないか。オレも教える立場として鼻が高いよ」

「し、師匠…じ、自分は! 自分はがんばりまひゅたぁああ! うおおーーんっ!」

「よしよし、がんばったな。ベ・ヴェルもよしよし」

「ふ、ふん、わかればいいのさ。あたしらだって、やればできるさね!」


 と言いつつ、完全にベ・ヴェルの顔は赤くなって、ゆるゆるになっていた。

 引きつったような顔をしているが、笑顔になるのを我慢しているだけである。

 サリータは素直な性格なので、褒められて完全に涙腺崩壊だ。(怪我はすでに治している)


「ユキネさん、よく二人を引率してくれたね。助かったよ」

「これくらいは当然の献身よ。でも、ご褒美をくださるのならば、いくらでも頂戴したいわ。それが女ってものでしょう?」

「ははは、そうだね。じゃあ、その前に面倒事をさっさと片付けておくとしようか」


 アンシュラオンは、袋から『左腕猿将の首』を取り出す。

 多少損壊しているが、もともとの骨格が頑丈のため、一目で巨大な猿の首だとわかる。

 それを刀で突き刺して、高く掲げた。


「猿どもぉおおおおおおおおおおおおおおお! お前らの大将は討ち取ったぞおおおおおおおおおおお!」

「ッ―――!?」


 アンシュラオンの大声に猿たちの視線が一点に集まる。

 そこには群れのボスの無残な首。

 すでに右腕猿将の時にも同じことをしているので、効果は実証済みだ。

 猿神たちが最低限の知能を有していることが災いし、事態を一瞬で悟ってしまう。

 本来ならば即座に逃げ出すところだが、周囲をモグマウスに囲まれているうえに彼らには居場所がない。

 話が猿神だけならば他の群れに合流することも可能ではあるが、すでに魔獣の大軍団が生まれつつある今、敗残者がその中に割って入るのは簡単ではないのだ。

 どうしてよいのかわからず、猿神たちは戦意喪失。呆然と左腕猿将の首を見つめる個体が続出していた。


「ロクゼイのおっさんも動くなよ。話がややこしくなるだけだぞ」

「アンシュラオン! これ以上、何をするつもりだ! 何を考えている!」

「そう慌てるなって。もう少し待ってな」


 おそらく十秒もかからなかったはずだ。

 その間、誰もが一言も発しない無音状態が続いたが、数十匹のモグマウスが戻ってきた瞬間、刻は動き出す。

 このモグマウスたちは、口に何かを咥えていた。

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