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「琴礼泉 制圧」編
390話 「覇の示威 その3『領有する者の覇言』」
しおりを挟むモグマウスが咥えていたのは、【フクロウ】。
大きさも色もさまざまではあるが、それが同種の魔獣あるいは動物であることは間違いない。
「烽螺、どいつだ?」
「えーと、どれだったかな? なんか灰色だった気がするけど、そんなに見たことないからわからねぇや…」
「言葉は理解できるんだな?」
「ああ、普通に話してたぜ」
「それならば簡単だ。直接話してみればわかる。おい、この中に言葉がわかるやつはいるか? 『人間と魔獣の言語が両方理解できる』やつだ」
「………」
アンシュラオンが、数十羽のフクロウたちに話しかける。
しかし、どこからも反応は返ってこない。
それに烽螺が首を傾げる。
「あれ? この中にはいないのかな? たまに来る程度だから、いつもいるわけじゃないのかもしれないけど…」
「まあいい。オレにとって重要なことは存在の立証だ。翠清山にいることがわかれば十分だ」
「なら、そのフクロウたちはどうするんだ?」
「生かす理由もないだろう。やれ」
「チュキッ!」
モグマウスの一匹が、咥えていたフクロウを噛み裂く。
胴体が真っ二つになり、爪でも引っ張ったことで、上下に分かれた部位もズタボロになってしまった。
それに続けと一羽また一羽、他のモグマウスもフクロウを引き裂いていく。
「さて、最後の一羽か。こいつはどうやって殺してやろうかな。鳥肉は食料にもなるし、丸焼きもいいか?」
「ハァハァハァハァ!」
アンシュラオンが、最後に残った一羽のフクロウをモグマウスから取り出し、じっくりと観察。
そのフクロウは顔を真っ青にしながら大量の汗を掻いていた。(普通の鳥は汗腺が無いので汗は掻かない)
「あーん? どうした? 汗を掻くほど暑いのか? じゃあ、水浴びでもさせてやるよ」
「ブヒュッ! ゴボボボボッ!」
フクロウの周囲を水気で覆うと、身体が焼けていく。
硫酸で溶かされるのは、火で焼かれるのとは違う恐ろしさがあるものだ。
苦痛に耐えかねたフクロウが、思わず叫ぶ!
「ひーーひーーー! お、オタスケェエエーーー! ごぼぼぼっ! 助けてぇええええ!」
「んんー? 聴こえんなー? まさか鳥が人間の言葉を話すわけないもんなぁ。気のせいかぁ?」
「気のせいじゃないです! わたしです!! わたしがそのフクロウです! 言葉を話せるんですぅうううう!」
「なんだってぇ? もっと大きな声じゃないと聞き取れんなぁ」
「ゴボボッ! あつっ! あつい!! と、溶ける! とけるぅうううう! 何でもしますから助けてくださいいいいいいいい!」
「話せるのならば最初から名乗り出ろ。この馬鹿鳥が!!」
「あぶうううっ!」
アンシュラオンがフクロウこと、『フーパオウル〈言流梟〉』を地面に投げつける。
羽根の表面は溶けてしまい、息も絶え絶えで痙攣しているが、死なないように手加減したので大丈夫だろう。
ちなみに、すでに『情報公開』によってフクロウの正体は知っていたので、単に圧力をかけただけである。
アンシュラオンは、ぐったりしているフクロウを持ち上げて、さらに締め上げる。
「オレの質問に答えろ。答えなければ、どうなるかわかるな?」
「ひ、ヒィイイ! 何でも答えますぅうう! 答えますから暴力はお許しをおお!」
「お前の名前は?」
「け、ケウシュ…です。本当は名前なんて必要ないんですけど…ディムレガンに名付けてもらって…」
「ふん、由来なんてどうでもいい。それより魔獣の言葉がわかるな?」
「訊いたのはそっちなのに…ぎぇえぇえ! は、はい! わかります、わかります!! おぇええ! 内臓が飛び出るぅうう! わかりますからぁああ!」
「ならば、猿たちに『武器を捨てろ』と呼びかけてみろ」
「…へ? 武器を?」
「そうだ。【武器を捨てて投降しろ】と呼びかけろ。呼びかけに応じない場合は皆殺しにするとも言え」
「は、はぁ…」
「早くしろ! 羽根を全部むしり取るぞ!」
「ぎええええ! 言います! 言いますから! 尻尾はらめぇえええ!」
こうしてケウシュが猿神との『通訳』を担当。
この魔獣こそ、アンシュラオンがずっと求めてきた存在なのだ。
(やはりディムレガンと魔獣の間を繋ぐ存在がいたか。通訳ができるのならば魔獣と意思疎通ができるようになる。これは大きいぞ)
移動中、ちょうどユキネたちと合流した際、烽螺たちから『フーパオウル〈言流梟〉』について訊き出していた。
最悪は『マスカリオン・タングル〈覇鷹爪河馬〉』との接触も考えていたが、曲がりなりにも三大魔獣の一角である。そう簡単に要請を受け入れるとは思えないし、敵の戦力もかなり大きいので手間取るだろう。
その点、ケウシュは弱いのでプライドがなく、このやり取りから強者には逆らわない傾向にあることがわかった。
どちらを選ぶかといえば、やはり後者である。
(が、本当のことを言っているかの判別は難しい。注意が必要だな)
この世界は『大陸語』という共通語が存在するのでまだよいが、地球では通訳が意図的に違う伝え方をすることがある。
それが好意的な場合は相手の文化に合わせて調整してくれるが、悪意を持てば挑発的な意味に言い換えることもできる。
だからこそ注意が必要なのだが、それは杞憂に終わる。
「猿たち、この人間が武器を捨てて降参しろと言っている。素直に従ったほうがいい。逆らったら殺されるぞ」
「キキッ…!」
「キーー!」
「私に言われても困る! この人間がそう言っているんだ! わからず屋どもめ! 少しは頭を使え!」
(普通に会話しているが…どうやら伝わっているようだな。ふむ、なるほど。言語を介して意念を伝達する能力か。これなら言語自体は何でもいいらしい。ホロロさんの能力に似ているが、少し方向性が違うな)
ディムレガンとの対話の時もそうだったが、ケウシュは『言流意念』というスキルを使って、ほとんどの種との対話が可能になっている。
このスキルは言葉を通じて意思の送受信をするものなので、あくまで言語は『渡り船』にすぎない。
ただし、ケウシュ側が使う言語が『大陸語』になっていることは興味深い事実である。おそらくは絶対数の問題だろう。
少数の魔獣が使う限定された言語よりも、星のあらゆる場所にいる人間が使う言語を利用したほうが便利なのだ。たとえカタコトでも日本語よりも英語を使ったほうが、より多くの国籍の人間に意思が伝わるのに似ている。
よって、この方式ならば少なくともケウシュ側が嘘を伝えることはない。すぐにバレるからだ。
「猿たちは何と言っている?」
「どうせ殺すつもりだ、とか、人間に負けを認めるものか、とかです。猿は無駄にプライドが高いので…」
「魔獣たちに投降の文化はないのか? 負けを認めて身を委ねるやり方だ。お前たちだって、すべてを皆殺しにするわけじゃないだろう?」
「そりゃそうですね。無駄に争うことはしません。全面的な殺し合いになるほうが稀ですよ。だから私みたいな魔獣が生き残ってこられたんですから」
フーパオウルに戦闘力は無いに等しい。普通ならば簡単に駆逐されてしまうだろう。
が、通訳ができるメリットはあまりに大きいため、魔獣たちにとっても『折衝役』として重宝されていた。だからこそ弱くても生き残っているのだ。
クルルが真っ先に支配下に置いたのがフーパオウルだったことを考えれば、大群を統制するのに不可欠な魔獣(能力)といえる。
「あとは信用問題か。それに関していえば人間と同じで難しいな。さて、どうするかな」
「あ、あの…何をしようとしているのですか?」
「実験だよ」
「は、はぁ…? 実験?」
「あっ、そうだ。ロクゼイのおっさんたちも武器を捨てろよ」
「なっ…!? 猿神がまだ武器を持っているのにか! 自殺行為だぞ!」
「だからだよ。まずは人間側が範を示す必要がある。ケウシュ、猿神たちにも人間に対する一切の攻撃を禁ずるように言え」
「は、はい」
ケウシュを通して猿神とロクゼイ隊双方の武装解除を命令。
猿神たちは最後まで抵抗しようとしたが、半ば強引にモグマウスを使って武器を没収。
互いに武器を失った結果、両者の間に緊張感が満ちていく。
不信や不満、死への恐怖等々、人間がライオンやゴリラといった動物と一緒にされた時に抱く感情が湧くのだ。
対する猿神たちも人間への強い憎しみと不信感、そして恐怖心を隠しきれないでいるようだ。
「よしよし、ここまでは順調かな」
「アンシュラオン、どうするつもりだ?」
「杷地火さんは、この戦いの行く末をどう考えているの? どんな決着を迎えるのが一番いいと思ってる?」
「………」
「ディムレガンの立場からすると言いづらいかな? オレは経済的な側面からいえば、このまま人間と魔獣が全面衝突するのは最悪のケースだと考えているんだ」
「人間からすれば、資源が手に入ったほうが得ではないのか?」
「それで消耗してしまえば身も蓋もない。それに、魔獣には魔獣の役割が存在する。自然環境を守り、維持するのは人間には無理なんだ。古来より人間は自然の破壊者であっても、残念ながら守護者になったことはないのさ。つまりは、資源を奪い尽くしたらそれっきり、ってことだね。それでは荒廃するばかりさ」
「…言いたいことはわかる。しかし、共存は難しい。すでにこれほどの戦いになれば、特にだ」
「そうだろうね。でも、戦争にもルールが必要だ。しかも絶対に守らねばならないルールがね。ただし、いくら口で訴えても意味がない。力で示すしかないんだ」
「お前は本当に誰の味方でもないのか?」
「それもまた行動で示すよ。すべて終わってからオレを信用するかどうかを決めてほしい」
「………」
「おいケウシュ、今度はこう伝えろ。ごにょごにょ」
「…ええええ!? 本当にそれを言うんですかい!?」
「当たり前だ。早くしろ!」
「は、はいぃい!」
ケウシュが猿神と海軍に向かってアンシュラオンの意思を伝える。
その内容は―――
―――「この土地は今からオレが占有する! この場所に手を出す者は、魔獣であれ人間であれ敵とみなす! 同様にオレの支配下に入りたいと望む者がいれば、魔獣であれ人間であれ庇護下に置くと約束しよう!」
この宣言は中立地帯の設立、いや、そんな生易しいものではない。
この地に【アンシュラオンの領土】を置く、という意味である。
いきなりの発言に、誰もがぽかーんと呆けていた。真意をはかりかねているのだ。
「ロクゼイのおっさん、翠清山は誰のものだ?」
同じくぽかーんとしていたロクゼイに、アンシュラオンが話しかける。
「誰の…もの?」
「少なくとも人間のものではないよな?」
「それは…そうだ。魔獣のものだと言いたいのか?」
「それも違う。べつに誰のものでもない。自然は星の大地が生み出したものであり、厳密な意味での所有権は星にある。言い換えれば女神様だ」
「…何が…言いたい?」
「まあ、そんな話は興味ないよな。ならば本題だ。小百合さん、ハローワークにおける土地の【領有権】はどうなってるの? たとえばハピ・クジュネの自治権の規定はどうなっているのかな?」
「ハピ・クジュネの自治権は、あくまで都市のある周辺一帯となっております。せいぜい外周部から数キロメートル程度ですね」
「じゃあ、荒野や山脈に関しては?」
「境界線が設けられているわけではないですから、都市部以外における明確な領有権は存在していません」
「では、その領有権を主張するには、どうすればいいのかな? 国際法とかあるの?」
「ハローワークへの登記と『実効支配』がなされていることが前提条件となります。そのうえで他国との条約を締結する等、一応の形式は存在しますね。ただし、東側大陸では国家と呼べる組織が非常に少ないため、公的ルールが機能しているかは不明な状況です」
「つまりは実力で確保して守れれば、そこは自分の領土にしていいってことだよね? ハローワークはそれを追認しているって認識でいい?」
「特に規定はありませんので、その通りだと思います。ハピ・クジュネも誰かの許可を得て生まれたものではないみたいですから、事実上の支配によって都市として認知されているだけにすぎません」
「シンプルでいいね。どこの世も仕組みは同じってわけだ」
そもそも論として、その土地は誰のものか、という話題である。
現在の地球では【国家】が『ある程度は確立』されてきたが、それでも曖昧な部分は多く、常時揉めている状態だ。
領土問題などが最たる例だろうし、現代日本とて完全に統一されたのは戦国時代末期から江戸時代にまで遡らねばならない。
それ以上遡っても意味がない話になるので、結局のところは『制圧した者が管理できるか』が問題となってくる。
簡単に言えば、より強い力、強力な実力行使によって維持できれば、そこは自分の土地なのである。
当然、この話はすでに小百合から聞いていたので、周知するためにあえて問答したにすぎない。
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