『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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「琴礼泉 制圧」編

396話 「火乃呼の矯正 その4『突出した才能の苦悩』」

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 翌日。

 アンシュラオンは再びケウシュ経由で挑戦を受ける。

 サナと一緒に川辺に向かうと、そこには火乃呼のほかに屈強な猿神がいた。

 火乃呼は腕組みをしながら横目で猿を見る。


「今日はこいつが相手だ。前とは一味も二味も違うぜ」


 左腕猿将よりは小さいが、他の猿神とは一回り以上は大きさが違う。

 彼は特殊個体である左腕猿将の側近の一人で、ソブカたちを襲った際に指揮を執っていた上位種のグラヌマーハである。

 生き残った群れの中では最古参。責任者的立場にいる個体であり、彼自身も五番目の息子が近くに避難していることから、ここに残る決断をしてくれている。

 ただ、無理やり火乃呼に呼び出されたのだろう。当人はあまり乗り気ではない様子がうかがえる。

 が、握っている大きな剣からは『強い光』が放たれていた。


「その剣は術式武具か」


 アンシュラオンがわざわざ確認するまでもない。紛れもなく術式が付与された武具であろう。

 火乃呼もその言葉に頷き、さらに鋭い眼光を向けてくる。


「昨日の戦いで勝ったからって調子に乗るなよ。言っておくがな、武具の真髄は術式武具にあるんだ。これからが本番だぜ!」

「ほぉ、昨日負けたことは認めるんだな?」

「ちっ…いちいち細けぇんだよ!」

「お前が雑なだけだ。また折られて泣くなよ」

「誰が泣いた!? ああ!? いつどこで何時何分にだ!!」

「あー、はいはい。面倒だからあとでな」


 火乃呼をあしらったアンシュラオンが取り出したのは、昨日とは趣が異なる剣だった。

 大きさは通常のロングソードに似ているが、その刀身からは青く淡い光が滲み出ている。


「へっ、今度は『術式武具』を使うのか。それは親父の剣だな。ふーん、まあまあいい剣じゃねえか」

「オレはお前を過小評価しているわけじゃない。術式武具には術式武具で対するのがセオリーだろう?」

「わかりゃいいんだよ、わかりゃぁな! なら、これで対等だ! 面白くなってきやがったぜ!」


 昨日とは異なり、アンシュラオンが土台に上がったのが嬉しかったのか、火乃呼は満足そうに笑う。

 一方のアンシュラオンのほうは、やや渋い表情だ。


(本当は杷地火さんの剣は使いたくなかったが、さすがに剣気無しじゃ難しいよな)


 あえて爐燕の剣を使っていたのは、家族が作った剣だと火乃呼に響かないおそれがあったからだ。

 しかし、火乃呼が作った術式武具相手では対抗できないだろう。


(この世界の装備の最大の特徴は、まさに術式武具にある。術式が付与されているかどうかで性能が桁違いに変わるんだ)


 昨日の決闘は、素の状態での剣の質の勝負だった。

 それ自体も鍛冶師の腕を競ううえでは重要ではあったが、言ってしまえば、焼き入れをしていない状態の刀を使うようなもの。

 アンシュラオンが火乃呼の剣を簡単に折れたのも、それが最大の理由だった。

 このことから鍛冶師の最大の役割とは、いかに『付与する術式に合った高性能の下地を作れるか』にある。


「行け、猿!」


 火乃呼の号令で、大猿が左腕で大きな剣を振る。

 左腕猿将の側近も左腕が多少肥大化していることから、大将と同じく左利きの猿を集めたことがうかがえる。

 その剛腕は通常のグラヌマの腕力を数段上回り、受けたアンシュラオンの剣が一瞬だけ沈み込むほどだ。

 すぐに力を調整して対等に戻すが、大猿の勢いは止まらない。

 激しく何度も強烈な一撃を放ってくる。


(やる気がなさそうに見えるわりには、けっこうガチできたな。まあ、これくらいでないと意味がないか)


 形式的に服従したとはいえ、プライドの高い猿神は人間を敵視している。

 その憂さ晴らしかのごとく本気で剣を振るっていた。


(腕力自体は問題ない。ただ、攻撃性という意味では火乃呼に合っているな。間違いなくたまたまだろうが、昨日よりは確実にフィットしている)


 剣を折れたもう一つの理由に、剣の性質と使い手との相性が挙げられる。

 火乃呼は『好き勝手に作らせると攻撃に全振り』するため、刀身の重心が先端や前方にきやすい。振り回し続けることで遠心力を得て、威力を上げるように設定しているからだ。

 そもそもの問題として、彼女は耐久性を重視しているわけではない。

 たとえば、絶対に折れないが攻撃力が乏しい剣と、折れやすいが高火力の剣があるとすれば、それは特徴の違いであって剣自体に優劣はないことになる。

 むしろ一度死ねば終わりの世界では、後者のほうが有利ともいえるのだ。ジリ貧で負けるより、一発逆転が可能な武器のほうが好まれるだろう。

 火乃呼が作るのは、そういう武器だ。

 アンシュラオン隊でいえば、同じ攻撃型のベ・ヴェルがもっとも相性が良いかもしれない。

 ただし、普通のグラヌマでさえ持て余すほどの重量とバランスの悪さだ。最低でもグラヌマーハ級でないと使いこなすのは難しい。


(なるほど。強者になればなるほど火乃呼の武器の力を引き出せるのか。完全に『上位武人向けの鍛冶師』だな。これじゃ腐るのも無理はない)


 残念ながら北部の武人の質は高くない。マキやベルロアナ、クジュネ家が特別なだけで、それ以外は凡庸な者が大多数だ。

 となると、必然的に火乃呼が打った武器を扱える者が少なく、あのライザックでさえ使いこなせない惨状だ。

 この点は猿神も同じだが、彼らは腕力が人間を遥かに凌駕しているため、火乃呼が思いきり打った武器でも振ることが可能になる。

 なぜ彼女が魔獣に肩入れするのか、その理由に同情さえしてしまう。


(これだけの才能を見捨てることは星全体の損失になる。だが、言葉で言っても通じない。そんな生易しいものじゃ心に響かない!)


 互いの剣が交錯するごとに、激しい光の粒子がこぼれては散っていく。

 火乃呼の剣の名は、『征火激隆せいかげきりゅうの剛剣』(試作型)。

 刀身には杷地火が作った『代命償火だいめいしょうかの剣』と同じものを採用しているので、叩きつけた瞬間に凄まじい業炎が噴き出して敵を呑み込む能力がある。

 しかも『代命償火だいめいしょうかの剣』が使い捨ての武器だったのに対し、こちらは火乃呼の鍛錬と炎によって素材を超圧縮し、質量を十倍にしたことで威力をそのままに耐久性も上げている。

 そこに魔獣素材である特殊な火の魔石を三つ、柄に組み込み火力を上げ、高品質加工の『核剛金』と『原常環』も付与することで自己修復も可能にする逸品である。

 非常に高いスペックを誇っているが、それも当然。

 これは猿神の大ボスである『破邪猿将用』に作っていたものの試作品なのだ。(完成品はすでに届けられている)

 試作品と銘打ってあるように、こちらはいくつか試しに打ったものにすぎないが、それでも卍蛍以上の強力な術式武具であることに変わりはない。

 猿の強靭な筋力で叩きつけられる火乃呼の剣に、アンシュラオンが使っている杷地火の剣が少しずつ圧されていく。

 同じパワーで対抗し、いなす技術を使ったうえでなお削られるのだ。凄まじい破壊力である。


(杷地火さんの剣の特徴は、安定した品質と高い硬度にある。難しい素材もある程度はまとめられる器用さと熟練した目利きは、筆頭鍛冶師に相応しい実力だろう。だがそれは、あくまで『店売りの鍛冶師』としてだ)


 店を経営していくうえでは、品質の安定性が求められる。粗雑なものを売らないことが確約されているからこそ、客は安心して買い物に来る。

 そして、できるだけ客が使いこなせるレベルの品を用意する。使えなければ金にはならないからだ。

 杷地火は優秀な鍛冶師で、本気を出せば『侯聯シリーズ』やハイザクが使っていた『ガムジュの黒矛』や『ガムジュの黒鎧』といったものも作れるが、所詮は【A級止まり】。

 武人でいえば第五階級の『王竜級』までの武器しか作れない。技術ではどうしても、そこが限界点。

 それを遥かに超えていく火乃呼の才覚には、未来永劫追いつけない。

 剣の質では、やはり火乃呼が何倍も上なのだ。

 それでも彼女を救うために、アンシュラオンは剣を振る。

 逃げることなく真っ向から打ち合い、武器の威力で勝る相手を抑え込んでいく。

 ぶつかる瞬間に、ほんの数ミリ間合いを外し、芯をずらして自身の剣へのダメージを減らす。

 迷いのない足運びで、受けた瞬間には攻撃に転じ、相手の態勢が整っていない隙に強撃を打ち込む。

 これをほんの数手繰り返すだけで、あっという間に大猿が劣勢に陥ってしまう。

 術式武具の特殊能力は水気で散らし、もちろんノーダメージ。

 ただし、通常よりも強い水気を出さねば肌が焼けるほどなので、剣の威力はかなりのものだろう。

 仮に使い手が剣豪のガンプドルフだったならば、こうは簡単にいかないはずだ。素でこれだけの力を持つ剣を、あの熟練した鋭い剣気で覆うと考えるだけで身の毛がよだつ。


(ちくしょう! 実力が違いすぎる! これじゃ猿を責められねぇ!! なんなんだよ、あいつは! なんでこんなに…綺麗なんだ!)


 『見切り』の見事さに、思わず火乃呼が唸る。

 攻めているのに、なぜか圧される。

 それを打開できない現状に対して、猿はどんどん焦っていく。

 すると、またアンシュラオンがするすると間合いに入り込んできて、さらに押し込まれてしまう。

 剣であれ拳であれ、戦いの術理は変わらない。

 発せられたパワーを相手にどう叩きつけるか、いかに効率よく伝えるかに終始する。

 その点で、アンシュラオンはあまりに突出していた。

 怖れることなく、かといって無理をせず、自分が持っている武器の特徴をすべて理解し、労わるように戦っている。

 杷地火の武器に付与された能力は、ただただ頑丈であることだけ。

 ガムジュ鉱石の残りカスを使って生み出した、ただ硬いだけの剣を使っているのに、最新型の火乃呼の剣をすべて包み込んでいるではないか。

 圧倒的に懐の深さが違う。人間としての器が違う。


「―――はっ!!」


 鋭い攻防を幾度も繰り返した結果、猿の体勢が大きく崩れた。

 その瞬間を狙い、アンシュラオンが気迫の一撃!

 放たれた刃は、剛剣に食い込むと―――


「おおおおおおおおお!」


 アンシュラオンの上腕が肥大化し、何倍ものパワーで一気に押し込む。


「ギッ!??!」


 それに驚いた猿が剣を引いたことで、さらに事態は悪化。

 刀身にビギイインッと亀裂が広がり、火乃呼の剣が―――ひしゃげる!


「ちっ、馬鹿が…!! びびりやがってよ! 一番悪いパターンじゃねえか!」


 いかに術式で強化された硬い剣でも、必ず『歪み』が生まれる。

 たとえば結晶構造が頑強になっていても、強い衝撃を何度も与えたり、剣撃を入れる角度を工夫することで、意図的に歪みを生み出して靭性を下げることができるのだ。

 物質には修復能力があるため、これはほんの一瞬にも満たない刹那の現象なのだが、その刹那を仕留めることができるのが『達人』と呼ばれる者たちだ。

 アンシュラオン級の化け物であれば、この隙を逃すことはない。

 大猿さえ威圧する迫力で剣を死に体にできれば、もう勝ちは確定。

 火乃呼の術式武具ですら、曲げたり折ったりすることが可能になる。


「くそがぁあああああああああ!!」


 この結果に、火乃呼が激怒。

 その怒声には、グラヌマーハが臆してしまうほどの殺気が込められていた。


「火乃呼、もう終わりだ。何度やっても同じ結果になるだけだぞ」

「うるせぇ! うるせぇ!! ふざけんな!! てめぇが強すぎるだけだろうが!」

「やはり認めないか。まあ、こうなることは予想していたさ。だから、次は【お前が戦え】」

「あ?」

「何事も自分で体験しないと理解しないもんだ。お前みたいな短気で頑固なやつには、そのほうが手っ取り早い」

「お前が相手じゃ、おれがやっても同じだろう!」

「戦うのはオレじゃない。この子がやる」

「そのガキが? てめぇ、なめてんのか!」

「この子は黒千代に認められた剣士だ。お前が勝つことは絶対にないから安心しろ。それとも負けるのが怖いのか? 尻尾を巻いて逃げてもいいんだぞ」

「…ああ!? そこまで言われたらやるしかねぇ! 上等だ!! 後悔させてやるからな!!!」


(まさに単細胞か。単純なやつは扱いやすくていいな)


 挑発すれば簡単に乗ってくるので、これはこれで面白いものである。

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