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零章 第二部『バーン来襲、アピュラトリス外周制圧戦』

二十八話 「RD事変 其の二十七 『バーンの騎士』」

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  †††

「ホウサンオー様、よく来てくださいました」
 ホウサンオーの哀しい叫び声が響き、誰もが動けないでいる中、ユニサンがホウサンオーに回線をつなぐ。

 機体の全方位モニターが発信源、ユニサンを捉える。

「うおっ、誰じゃお前は!」
 ホウサンオーは、画面に映し出された異形のユニサンに驚く。こんな黒くて怖い顔のやつは知らない。しかもアップで映し出されたので、驚きは二倍である。

「ユニサンです。だいぶ見苦しくなりましたが…」
「おお、ユニサンの小僧かい。びっくりさせおって。しかしまあ、不惑デビューというのかの。そういうのは、ほどほどにな。そんな顔じゃ、子供が泣くぞい」

 高校デビューならまだしも、大学デビューは痛い。さらに不惑(四十歳)でデビューするはもっと痛い。

「じゃが、前よりは案外、愛嬌があるかもしれんな」
 以前も堀の深い、いかつい顔をしていたが、むしろ今のほうがキャラが立っているようだ。

 ただのバンダナレスラーからヒールの覆面レスラーにイメチェンはありか、などとホウサンオーは独りごちる。ダマスカス出身のレスラーがシェイクに武者修行に行くと、なぜかムキムキになって帰ってくるのに似ていなくもない。

(この雰囲気、さすがだ)
 一方、ユニサンはホウサンオーの【余裕】に感銘を受けていた。もし自分がこの場にMGで降り立ったならば、張りつめた緊張感で満たされていただろう。常に死の危険性が潜む場所で、人が平静を保のは難しいものである。

 その緊張感に刺激されて周囲には敵意が満ち、即座に交戦状態に入っていたのは容易に想像できた。それは自分に余裕がないからだ。自分の力に、実力に確固たるものが宿っていないからである。

 ジャングルから出てきたライオンが、大勢の銃で武装した人間に囲まれている状況、数人は噛み殺せても反撃ですぐに射殺されてしまうであろう状況。ユニサンにとって、ここはそういう場所なのだ。

 だが、ホウサンオーは違う。

 彼にとっては多少騒がしくとも、危険ではない場所なのだ。けっして身の危険がないわけではない。が、彼という個のレベルは、いかなる場所でも心の平静を保てるだけに進化している。

 ユニサンとは明らかにレベルが違う。培ってきたものが違いすぎる。ホウサンオーだからこそ、穏和で柔和な雰囲気が周囲を包んでいるのだ。彼にとって周囲の敵兵などは、まるで飼い慣らされた猫と同じに見えるのだろう。

「疲れたじゃろう。おぬしは休んでおれ」
 ホウサンオーはユニサンを心から労う。この男も相当苦労したに違いないのだ。あの姿を見れば、刻まれた戦いの壮絶さがすぐにわかるというものだ。

「我々も戦います。残された寿命の限り、全力でお供させてください」
 ユニサンは戦うことを望む。それはけっして悲壮な戦いではないのだ。むしろ光栄。ホウサンオーの傍らに存在することだけでも誇り高いのだから。

「うむ、そうか。悔いのないようにな」
 ユニサンの顔を見て、ホウサンオーの表情が少しばかり真剣になる。本当ならばホウサンオーが突入班として出向いてもよかったのだ。それならば彼一人いれば事足り、余計な犠牲は出なかったはずである。

 しかし、犠牲が前提となる任務にホウサンオーは使えない。
 だからゼッカーは、【犠牲にしても問題ない二人】に言ったのだ。

「ユニサン、オンギョウジ、人の進化のために死んでくれないか」

 その時の二人の充実した顔は今でも忘れられない。悪魔という真の改革者によって使われる喜びは、今まで理想を持ちながらも現実にできなかった二人にとっては比類なき歓喜!

 彼らは喜んで自ら死にに行ったのだ。
 他の結界師もロキも同様である。

 彼らは殉教者。
 死ぬことが義務づけられた人間である。

 けっして強要はされない。
 自ら望んで、自ら喜び勇んで志願したのだ。
 
 そして、彼らは犠牲になった。それでも心の中は充足感に満たされている。彼らは自らの任務をやり遂げたのだから。それは後に続くものだと知っているからである。

(ワシも見習わねばならんかの)
 ホウサンオーもまた、ユニサンたちと同じ【黒い服】を着ていた。

 ラーバーンに属する者は、バーン、メラキ、ロキともに、ほぼ全員が黒い服を着ている。デザインは各人の出自や好みに応じて自由であるが、黒という色には大きな意味があった。

 これは【喪服】なのだ。

 死にゆく者への哀悼と敬服の念を示すための礼服である。そして、いつかは自らもそうなるであろう宿業さだめを背負った者が身につける戦闘服でもあるのだ。

 ゼッカーの側についた以上、もはやためらいや甘えは許されない。
 ホウサンオーは機体を制御しながら、改めて宣言する。

「ダマスカス軍に告げる。アピュラトリスは制圧した。塔の周囲から撤退せよ。さもなければ、おぬしらを…」


「全員殺さねばならぬ」


 ホウサンオーの言葉はゆっくりと静かではあるが、重く、確実な圧力として響く。

 今度は意味は通じる。
 通じざるをえない。

 当初は目立ちたがり屋の老人が、MGを駆って注目を浴びに来たという考えもあった。

 案外こうした者は多く、退役軍人が物々しい雰囲気に昔を懐かしんで勝手にMGで駆けつけたり、ちょっとボケたおじいちゃんが旧式戦車で騒動を起こしたりすることがある。基本的に平和なダマスカスにおいては、今回もなきにしもあらずであった。

 だが、ホウサンオーは明らかに敵意を表明したのだ。

 その気配は柔和さを保ちながらも、頑とした強い意思を宿していた。けっしてボケた老人の世迷い言ではない。明確な意思にもとづいて、はっきりと述べられたものだ。

 それは訓練された人間にはすぐにわかる。


 この黒いMGは敵なのだと。


 そして一機のハイカランが前に出る。

「射殺許可は出ているんだ。排除したほうが早い」
 アピュラトリスに進入する人間および、あらゆる存在は排除してかまわない。すでにそうした通達は出ている。エリスの場合はまだ車程度だったから見逃されたが、MGとなれば即撃破するのが普通なのだ。

 ここに来てようやく、陸軍は戦闘状態に入る。

「マレン君、ガガのやつが来るまでどれくらいじゃ?」
「あと一分少々です」
「では、【この子】を軽く慣らしておくかの」

 相手は、こちらが一機であることにまだ油断している。戦闘状態を感じても一斉攻撃してこないのがその証拠である。

 ホウサンオーは、黒い機体の手をひらひらと動かしながら催促する。

「ほれ、撃ってこい。その手にあるのはオモチャか?」

 それが合図となり、先行したハイカランがマシンガンを発射。汎用MG用マシンガン、BUG4バッグフォー。四十ミリ弾を発射するMG専用のマシンガンである。

 ダマスカス軍が採用しているアサルトライフル、MUG4000の簡易MG版とも呼べる武装で、通常弾、貫通弾に加えて火炎弾などの炸薬弾が装填可能である。

 ハイカランが装填したのは通常弾。密集した状況であるため、貫通弾では味方に当たる危険もあるためである。仮に相手がハイカランと同程度のMGならば、動きを止めるには十分な威力を持つ。

 狙いは肩。
 AIに補佐された弾丸は、実に見事に黒い機体の左肩を捉える。
 
 乗っている兵士は当然、武人である。まだ数が少ないMGには優れた兵士が乗るのが、この時代の常識。この兵士も陸軍の中では武人として優れた資質を持ち、日々の鍛錬によって一般的な質を超えるだけの力量を有している。

 それにAIの黄涼姫の性能も加わり、補正率はかなり上昇している。それは五百メートル離れた距離にあるドラム缶のど真ん中を、百発百中で撃ち抜くだけの性能である。(静止状態での命中率。BUG4の対MG有効射程距離は、およそ二百メートル以内)

 さらにその弾の射出時には、武人の戦気がジュエルモーターを通じて加わっており、威力を倍加させている。相手が戦車程度ならば、装甲が厚かろうが関係なく破壊できる威力を持つ。

 MGが通常の兵器と違うのは、この点である。

 通常の兵器は、あくまで誰が使っても弾丸自体の威力は同じ結果にしかならないが、【MGは武人の力量によって激的に結果が変わる】。同じスペースを使う兵器でありながらも、結果に何倍もの差が出る恐るべき兵器なのだ。

 MGによって強化された弾丸をくらえば、大きな損害を与えられるのは間違いない。

 が、弾丸が当たったのは、後ろにあったアピュラトリスの外壁、ガレキ。弾丸は自ら黒い機体を避けるように、ガレキに当たったように見えた。

(外れた?)
 ハイカランの兵士は予想外の結果に驚く。狙いは完璧であった。敵機との距離は、およそ八十メートル。ハイカランの命中精度をもってすれば、まず外す距離ではない。

 しかも相手の機体のほうが一回り以上大きいのだ。当たらないほうがおかしい。だが、三発放たれた弾丸は見事に外れてしまった。

「ふむ」
 ホウサンオーは、じっと機体を観察しながら動かない。何か考え事をしながらハイカランの次の射撃を待っているようだ。

 その余裕に兵士は苛立ち、闘争本能が刺激される。

(次は外さない)
 今度は狙いを中心部に合わせる。最初は捕獲を考えて肩を狙ったが、まずは相手を制圧するのが先である。

 最悪パイロットは死んでもかまわないと判断。狙いを胸の中央、コックピットに合わせる。一般的にコックピット周りは装甲が二重になっているので、仮に直撃しても運が良ければ助かるだろう。

 そもそも兵士なのだ。特別な命令がなければ相手の存命を考える必要などない。死んでもかまわない。殺してもいい。その割り切りが兵士の意思を自由にし、溢れ出る戦気は揚々と盛り上がる。

 武人とは本来戦う生き物。
 全力を出してこそ輝く存在なのだ。

 そして本気の射撃。

 今度はフルオートで十数発の弾丸を発射。
 AIの着弾予測は確実に中心部、胸を捉えている。

 直撃。

 弾丸は黒い機体の中心部に当たった。

 少なくとも彼にはそう見えた。
 MGのモニターを通してはそう見えたのだ。

 黒いMGは動かない。
 当たったからだろうか。損傷して動けないのか。

 否。その胸には弾丸の跡が存在しない。

 避けたのか。

 否。黒い機体はその場から動いていない。

(馬鹿な! 外れた!? そんな馬鹿なことがあるか!)
 ハイカランは狂ったようにマシンガンを撃つ。撃ち続ける。しかし当たらない。それは誰が見ても奇妙な光景である。その場にいる全員が、なぜか当たらない銃撃戦を見続けている。

 そして五秒後には弾薬が切れ、マシンガンの銃口から煙だけが吹き続けていた。兵士は当たらないことに理解が追いつかず、弾薬が切れたことにも気がつかない。

 撃っても撃たなくても結果が同じなのだ。それもやむを得ない。

「ふむ、変な感じじゃな」
 そんな結果にも、ホウサンオーはやや複雑な表情をして考え込む。この言葉は機体の反応速度に対してのものであり、けっして銃弾が当たらなかったことに対してではない。

 その結果は、彼からすれば【当然】でしかないのだから。

 おそらくこの場にいる誰もが、何も理解していない。今行われていることがどんな意味を持ち、どれだけすごいことかを知らないでいる。

 唯一ユニサンだけが、その意味を正確に理解できていた。

(あれが【止水しすい】か。今日はまったく珍しいものばかり見るな。これも冥土の土産というものか)
 ユニサンは、ホウサンオーの【技】に感嘆し、思わず酔いしれる。なんと美しい技だろうかと、見惚れてしまう。

 武人の技は、殴る蹴る斬るだけではない。もっとも重要とされるのは、そうした攻撃ではなく【足運び】である。

 いかに相手に近づくか、あるいは避けて間合いを取るか。それこそがもっとも重要でもっとも難しい問題である。どんな攻撃も当たらねば意味がないし、避けねばすぐに死んでしまうからだ。

 足運びも基本から応用技、高度な技とさまざまであるが、その中で至高技ハイエンドスキルと呼ばれる部類のものがある。これは道を極めた達人だけが扱うことができるもので、修得するには才能だけでなく長い長い鍛錬と努力が必要である。

 止水もその一つ。まるで止まった水のように見えることから名付けられた、足運びの至高技である。

 ホウサンオーは弾丸を避けていた。しかしながらあまりに自然であまりに速すぎるので、普通の武人では動いていないように見えるにすぎない。ただ素早いだけではない。回避の際には戦気を操って、相手を幻惑しているのだ。

 幻影を扱うという意味では、暗殺者が使う分身とやや似た側面がある技であるが、天性の資質ではなく技であることが重要である。暗殺者の分身は素質のみで最初からある程度使えるが、こちらは鍛錬によって身につけることができる。そこは重要な差異である。

 恐ろしいのは、それをMGでこなすところ。生身で修得できても、実際にMGに乗って使うには違う修行が必要である。MGもそれに対応した特機タイプ、最低でもハイリンク型デバイスを搭載したナイトシリーズに相当するものでないと不可能である。

 志郎とデムサンダーを圧倒できるほど強化されたユニサンですら、黒い機体がかすかに揺れたのが見えた程度である。幻影をかすかに見た程度。蜃気楼と同じようなものである。

 ならば、この場にいる兵士がいくら優れているとはいえ、見えるわけがないのだ。それが技であるとも気がつかないほどレベルに差がある。

「そこの仮面の男たち、動くなよ!」
 ホウサンオーによって兵士たちの中で不安と恐怖が刺激され、ようやくにしてユニサンとロキたちにも銃が向けられる。

 だが、遅い。
 すべてが遅すぎる。
 もう誰も彼らを止めることはできないのだ。

「俺たちも行くぞ! 誰一人として生かすな!」
 ユニサンが手に炎気を生み出す。その莫大な戦気は集まっただけでうねりを生み、囲んでいた兵士たちの足を焼く。

「うわああ! 足が!」
 耐火性のブーツすら溶け、焼けただれた足が大地にくっつく。

「我らが怒り、世界の怒り、思い知るがいい!」
 放たれた炎龍掌は、まさに遠慮なしの本気の一撃。荒れ狂う炎龍がとぐろを巻きながら、動けない兵士たちの群れに突撃。巨大な炎の龍は、彼らを焼きつくしながら爆発。

 一撃でその場にいたおよそ八十人が消し炭になり、その三倍の兵士が余波で激しい火傷を負う。それは彼の怒りそのもの。怒りの強さそのものの力。

 エルダー・パワーは軍隊ではないので、アズマや志郎たちは自分に似た存在に感じたが、こうして軍隊を見れば再び怒りが湧き上がってくる。力によって押しつけるものの象徴に見えてくる。その反発の力こそが、彼らの力の源泉なのだ。

 同時にロキも動く。周囲全体が敵なのだから狙いをつける必要もない。密偵型のN9は、残っていた対人手榴弾を全弾投げつけ、N5もまた炎龍掌を放ち炎を拡大させていく。重なりあった炎気は、さらに兵士たちの気管と肺を焼き、すぐにも阿鼻叫喚の巷と化す。

 三人対何千にも及ぶ陸軍兵士。どちらが強いかは明白であるが、その数の差ゆえの戦い方をユニサンは知っていた。

「敵陣に突っ込め! けっして足を止めるな!」
 ユニサンとロキは、固まらずにバラバラになって走り出す。向かうのは目の前の隊列の中である。

 相手はアピュラトリスを守るという立場にあるがゆえに、塔から離れることはできない。そうなるば、おのずと密集せざるを得ないのだ。近すぎる銃撃は誤射を呼び、それに戸惑っている間にユニサンたちは一人一人を確実に削っていく。

 ここでは広域攻撃はしない。隙が大きいので敵に間合いを与えてしまう恐れがある。最初に使ったのはあくまで牽制のため。相手側を警戒させ、動きを制限するためであった。

(ただでは死なん。一人でも多くの相手を倒す! それが俺の役目だ!)
 富の塔から解放されたユニサンは自由を感じていた。背後ではアピュラトリスが輝き、大地が焼けるこの異様な場において、生まれて初めて自由であることを噛みしめていた。

 見渡す限り敵。
 その状況が彼を自由にしたのだ。

「あっちも始めおったか。若いやつらは元気じゃな」
 ユニサンも動いたことで、ダマスカス軍も次第に戦闘に集中してくるだろう。こちらもあまり遊んではいられない。

「何をしている。俺がやる!」
 銃弾が当たらず呆けているハイカランを押し退け、次のハイカランが銃を構えホウサンオーを狙う。

 迷わず発射。銃弾が放たれた。
 今度は空に向かって。

 威嚇だったのだろうか。否。そんな必要はない。そんな意味もない。兵士はただ引き金を引く命令を出しただけだ。自己の脳とAIに対して。

 ならばなぜ、このような結果になったのかは、見ればすぐにわかることである。

 いつの間にか黒い機体は、射撃したハイカランの目の前におり、ハイカランのアーム部分、ハンドごとマシンガンを奪っていた。引き金を引いたのはハイカランであったが、それを空に向けていたのは黒い機体であった。

 引きちぎったのだ。手ごと。

 距離は五十メートル以上あったが、黒い機体がいつどうやって近づいたのか兵士にはまったく見えなかったし、AIも認識していない。一つだけ確実なことは、引き金を引いた瞬間と同時に手を引きちぎられたということ。そうでなければ銃弾は空に発射されなかっただろう。

 通常はありえないこと。通常のMGの反応速度を大幅に超えている。せめて動きの残像くらいは見えるはず。それがまったく見えないほどに速い。

「ありゃ、すまん。銃だけ奪おうと思ったんじゃが、やっぱり加減が上手くできんわ」
 そんなことを平然としでかすホウサンオーは、なぜか表情が冴えない。

 機体の動きがまだおかしいからだ。相手が引き金を引いた瞬間、移動して銃を奪うという動作。これは成功した。が、力加減が上手くいかず、強く引っ張りすぎて手ごと【もいで】しまった。その微妙な違いが不満なのだ。

「銃は使うな! 押さえつけろ!」
 今度はハイカランが二機、突っ込んでくる。二機はマシンガンではなく、シールドを構えて挟み込むように体当たりをするつもりのようだ。

 シールドは大きなタワーシールドで、表面にはダマスカス軍の国獣の一つである【炎狐】が彫られている。

 ダマスカスは四聖獣を祭っている国であり、風鶴、地亀、炎狐、水猿の四神は重要機関の象徴として用いられていた。立法府が風鶴、行政機関が地亀、軍隊が炎狐、司法府が水猿である。

 そのデザインもなかなか見事であるが、その質はさらに見事である。戦車の砲弾を防ぐために用意された非常に強固なものであるうえに、ハイカランの重量はミドルクラス。MGの出力をもってのシールドアタックはかなり強烈な攻撃手段となる。

 シールドアタックは、MG戦闘において実に有用な技である。単純にMGの質量がそのまま圧力になるので、巨大な鈍器で殴るようなものだ。低い姿勢から跳ね上げるように叩きつければ、相手がMGであっても吹っ飛ぶだけの威力がある。

 弱い装甲ならば、それだけでひしゃげてしまうだろうし、そのままコックピットに衝撃を与え、操者を気絶あるいは死亡させることも可能である。

 そして、シールドは見事に黒い機体を捉え、盛大に吹っ飛んだ。

 【ひしゃげた炎狐】が華麗に宙を舞う。

 そう、ひしゃげたのは潰しにかかったほう、ハイカランのほうであった。

 黒い機体が両側から突っ込んできたハイカランを手で押したのだ。本当に軽く。トンッと両手で押した。その当然の結果としてシールドと腕がひしゃげ、ハイカランが吹っ飛び、落下したにすぎない。

 落下したハイカランは動かない。兵士はもう生きてはいないからである。自らが与えようとした衝撃の数倍の衝撃を受けて、圧死してしまっていた。

「何が…起きたのだ」
 それは当然の結果なのだが、ダマスカス軍にとっては受け入れられないのも当然であった。

 仮に相手のパワーが上回っていたとしても、せいぜい突撃を止められる程度であるし、そうして密着すれば動きを止めることはできる。少なくともハイカランの兵士はそう考えていた。

 だが、それすらもできない。銃で撃っても当たらず、密着することも不可能。パワーでも相手が圧倒的に上。こうなるとMG部隊は立ち竦むことしかできない。

「やっ、どう? うちの子は?」
 突如、ホウサンオーの耳に訛りの強い国際語が軽快な口調で届く。黒い機体のモニターには、珊瑚色の長い髪を強引に太いバンダナでかき上げた、二十代前半くらいの女性が映っていた。

 素材はかなりの美人ではあるが、上半身はタンクトップに軍手、顔には機械油を染み込ませているので色気はあまり感じられない。眼鏡もかなり汚れている。

 こうしてみると機械いじりが好きな若い女性整備士に見えるが、この女性こそ黒い機体を開発したタオ・ファーランその人である。

「やっ、やっ、どうかな? いけてる?」
 タオは好奇心旺盛といった表情でホウサンオーに尋ねる。今回は初陣ということもあり、ホウサンオーが動かしたデータは常時タオにも伝わっていた。

 MGはまだまだ発展途上の分野であるため、パイロットのフィードバックはエンジニアにとって貴重な資料である。やはり実戦を経験しなくてはわからないデータも数多くあるのだ。

 本当は黙って見ていなくてはいけないのだが、あまりに疼いてしまって、ついつい声をかけたというわけである。

「で、どうかな? どうかな?」
「タオちゃん、なんか重いぞ」
 せっかくなのでホウサンオーは、タオに機体の状況を聞いてみることにした。申し分ない動きとパワーなのだが、微妙に感覚が狂っている。今も銃だけを奪おうとしたら相手の手ごと奪ってしまった。

 五センチずれている。

 人間にすると五ミリくらいのずれである。それがホウサンオーには気になるのだ。

「やっ、そんなことないよ。うちの子は間違いなく最高傑作なんだなー」
 この黒い機体は、タオが造った中で最高の機体である。賢人という後ろ盾を得たのをいいことに、国家予算並みの資金をつぎ込んで自己のアイデアを具現化させたのだ。

 その愛着は「うちの子」という部分に如実に表現されている。

「じゃがの、あの程度の動きで二割も出力を使っておるのは…」
 そうホウサンオーがAIをチェックしていると、陸軍の戦車が隊列を組んで砲台を向ける。

「撃て!」
 MGがやられたことで相手も本気になったようだ。戦車二十両の一斉砲撃である。

「とっ、さすがにちゃんと避けるかの」
 調子に乗って止水を使っていたが、まだ完全に把握していない機体である。無理をせず普通に避けようとするが、タオがとっさに叫ぶ。

「やっ、待って! 動かないで!」
 その言葉に反応して、ホウサンオーは避けるのをやめる。

 直撃。
 二十発の砲弾が黒い機体に当たる。

 戦車の砲撃も兵器としては優秀なものである。搭乗者の戦気が上乗せされるMGは、優れたパイロットがいれば同じ武装でも戦力は何倍にもなる。が、実際は強い武人は少ないものである。

 ならば、誰が使っても同じ威力が出る通常兵器を使うことは悪い選択ではない。可も不可もないが、女子供が使っても結果は変わらないのだ。そうした安定した戦力として数えられるのは強みである。

 装填されたのは、装甲を貫くために使われる徹甲貫通弾。この一斉砲撃も、仮に兵士が操るハイカランが受けたのならば大破は間違いなかっただろう。MGの装甲は戦車よりも強固であるが、所詮量産型であり武人の質も並。これだけの砲撃の前には、ひとたまりもない。

 MGがその真価を発揮するには、本来の意味で覚醒した武人が必要なのである。いまだMGが発展途上であるのは、そうした事情も大きい。

 現在MGが与えられているのは軍隊が中心であり、軍内部の兵の質は年々下がっている。軍上層部はそうした現状を嘆いてはいるが、これに特効薬はない。兵器の質と反比例するかのように、兵の質は下がり続けているのだ。

 では、この黒い機体はどうだろう。

 乗っているホウサンオーが発している戦気は一級品であり、それは機体の装甲に上乗せされている。戦気が見える武人ならば、装甲の上をジュエルモーターによって増幅された赤い戦気が覆っているのが見えるだろう。これがまず最初の盾となるものである。

 乗っている機体の性能はまだ未知数であるが、ハイカラン二機をパワーで圧倒することからも、OG(オーバーギア)相当の機体であることがうかがえる。

 一流の武人に優れた兵器。これこそが本来のMGの姿であるといえる。もし直撃していても、おそらく砲弾は装甲に届く前に戦気によって相殺されるに違いない。

 そう、おそらくと言ったのは、【砲弾は戦気にすら触れなかった】からである。

 砲弾はすべて、黒い機体に当たる前に消えてしまった。発射された瞬間、機体の両肩が開き強力な防護フィールドを発生させ、物理的な力をもって砲弾をすべて圧砕してしまったのだ。

 赤白い独特の色合いのフィールドが黒い機体を中心に十メートル四方に展開され、ジィィンという、何か虫が羽音を立てているような音が響いていた。

「タオちゃん、これは?」
 ホウサンオーは、予期していなかった結果に戸惑う。

「やっ、気づいちゃったかな? そうなんだなー。その子は障壁持ちなんだよ」
 これはいわゆる【障壁】と呼ばれるもので、戦艦にも装備されている電磁フィールドである。

「やっ、これすごいんだな。ゼッカーのガイゼルバインだって、こんなの出せないんだな。うちの子だけの特別装置!」
 タオは実に楽しそうに自慢げに話す。何がすごいのかといえば、現状においては戦艦にしか搭載できないレベルの障壁をMGに組み込んだことである。

 場合によっては、中型戦艦の主砲ですら直撃しても無傷でいることが可能なのだ。現状でこのレベルの障壁をMGのサイズで搭載している機体は、一部の神機しんき鬼機ききを除けばタオが造った機体だけである。

「タオちゃんや、もしかして、この常時出力の二割を使っているのって、この障壁か?」
「うんうん、そうなんだな!」
 ホウサンオーが感じていた違和感の正体は、この障壁であることが判明。そしてこれだけのパワーを出すのだから、相当なエネルギーを使うのは当たり前であった。

「やっ、すごいでしょ。まだまだ他にもね…」
「うんうん、タオちゃんはすごいのぉ。じゃが、いらん」
 ホウサンオーは迷うことなく、すぐさまスイッチをオフにする。

「や――――――! なんで消したんだな!!」
 自慢の装置をあっさり切られて叫ぶタオ。これを搭載するのにどれだけ苦労したことだろうか。

「ふむふむ、あれもいらん。これもいらんな」
 そんな苦労をよそに、ホウサンオーは次々と機能をオフにしていく。その大半がタオの発案で搭載された【便利だけど、べつになくてもいい】機能である。

 障壁は便利であるが、これほどエネルギーのロスが多いのならばそこまで必要な機能ではない。なにせこれだけ攻撃されても、ホウサンオーは無傷なのだ。避ければいいだけのことである。

「やっ、やっ! 落ち着いて! やっ、素数を数えるんだな!」
 タオの抗議?もむなしく、ほぼすべての機能がオフにされ、黒い機体は素のAIだけを残して綺麗さっぱり【白く】なった。

 タオも白く燃え尽きたが。

「かわいそうに。重かったじゃろう?」
 パソコンでいえば常駐ソフトが起動しているようなものである。この機体のスペックが高いから気にならないが、常にCPUとメモリを圧迫されることはAIにとっては重荷でしかない。

 その鎖はホウサンオーによって取り除かれ、素のAI、赤子の状態に戻る。残ったのは【カノン・システム】のみ。ホウサンオーにとってはこれだけあればよいのだ。

「それじゃ、ありがたく使わせてもらうから。あとは任せておくれ」
「やぁーーーーー、うちの子ぉぉーーー!」

 ブチン。あっけなく通信を切られ、絶叫したまま消えていくタオの残像だけが残った。彼女の苦労には申し訳ないが、いらないものはいらないのだ。仕方がない。

 そして、ホウサンオーの対話が始まる。

「いいかい。これからのワシの動きをよく見ておくのじゃぞ。考えるんじゃない。感じるのじゃ」
 ホウサンオーはAIに優しく語りかける。AIには音声認識システムがあり言葉による命令も可能であるが、彼が語っているのは【彼女】自身である。

「おぬしは覚えておらんじゃろうが、そこに宿る意思はかけがえのない尊いものなのじゃ。そう、それは魂とも呼べる愛おしいものじゃからな」

 黒い機体に搭載されているテラジュエル。それはホウサンオーにとっても懐かしく愛しく、そしてまるで自分そのものと呼ぶのに相応しいものである。

 だから彼は、その【魂】、【自我意識】に語りかけているのだ。
 その意思に対して、心から敬意を表して。

「取り押さえろ! 全機で動きを封じるのだ!」
 一瞬、現状を把握するために硬直していたハイカラン部隊であるが、こうなればもはや手段を選んではいられない。

 次々と波のように何十機ものハイカランが襲いかかってくる。シールドを持つ機体やMGブレードを持つ機体など、武装はバラバラである。重要なのは数で押さえつけること。どんなに屈強な大男でも、何十人もの警備員にのしかかられれば身動きが取れなくなる。

 だがこの時、彼らは気がついていなかった。自らが知らずのうちに、ダマスカス軍の誇りすらかなぐり捨てていたことに。たった一機相手に体裁も気にせず、がむしゃらになっていることに。

 彼らは本能的に悟ったのだ。


 目の前の黒い機体が【悪魔】であることに。


 そして黒い悪魔は動く。

 次の瞬間、最初に襲いかかってきたハイカランの両腕が失われた。そのことに気がついた者はいない。奪われた当人ですら気がつかなかったのだ。

 次にハイカランの両足が消えた時になって、隣にいたハイカランがようやくにして視線を向けた。

 だが、もう遅い。次の瞬間には、視線を向けた二機目のハイカランの四肢も奪われていたからだ。

「そうじゃ。リラックスして。力を入れずに。入れる時は、力の中心を意識して」
 恐るべき速さで移動し、軽く押すように手を乗せるだけで、ハイカランの両腕は奪われる。必要なだけのパワーを、必要な時に、必要な角度で打ち込む。ただそれだけのことである。それ以外のことはしていないのだ。

「こういうこともできる」
 次に四方から襲いかかってきた四機のMGに対して、ホウサンオーはまず右手から攻めてきたMGの攻撃を受け流し、その腕を掴んで逆側のハイカランに投げつける。

 二機の衝突に巻き込まれて急停止した残りの二機、その一機目にはコックピットやや上に掌底を叩き込んで一撃で行動不能にする。もう一機に対しては防御する暇も与えず、前蹴りで足の関節を破壊後、両腕をもぎ取る。

 時間にしておよそ五秒。
 あっという間にハイカランは行動不能になる。

「うああああ!」
 その光景に錯乱したハイカランが一機、めちゃくちゃにブレードを振り回して攻撃してきた。

 それに対して黒い機体は、即座にカウンターを発動。タイミングを合わせて掌底で武器を持った腕を破壊。続けてホウサンオーがやったように、残りの腕を持って放り投げる。大地に叩きつけられたMGは、もはや動くことはできなかった。

 特筆すべきは、この行動はAIがやったものであること。

 向かってくる機体を確認後、ホウサンオーは機体の主導権をAIに任せたのだ。その結果がこれ。まさにホウサンオーと同じ動きを再現してみせた。

 【黒神太姫こくしんたいき】。それがこの黒い機体のAIの名である。その演算能力と思考力は桁外れで、アピュラトリスに設置されているスーパーコンピューターをもってしても追いつけないほど優秀である。

 なにせ前人未到のアナイスメル百十階層にダイブしているルイセ・コノがシステム開発を担当し、その他天才と呼ばれているスタッフが基礎プログラムを作るのに総がかりで三ヶ月はかかった代物である。そこにさらにメラキたちの特殊な処理を加えた化け物AIなのだ。

 いや、【女性】に対して化け物は失礼であろう。この黒姫こそ、世界を席巻するために用意された美しき破壊神である。あるいは慈母神かもしれない。

 もはやAIという枠組みを超えた意思ある存在。
 感情すら存在する一人の高級自我である。

「うむ、頭のいい子じゃ。カノン・システムも完璧じゃな」
 ホウサンオーはAIの学習能力の高さに加え、MGの動きそのものにも満足していた。通常のMGを遙かに凌駕するこの動きの秘密は【カノン・システム】にある。

 これは神機に搭載されている、ダイレクトフィードバックシステムとほぼ同じものである。機体と神経をつなぐことで動きを完全に共有化し、操者の動きを完全にトレースするというものだ。

 肉体だけではなく幽体にもつながっており、全神経が機体とリンクしているので風の流れすら感覚で理解できる。

 もともとはアンバーガイゼルに搭載されていたシステムであったが、タオが改良して自分の機体に搭載したものである。元の開発者であるシッポリート博士の協力もあり、このシステムは神機にも劣らぬ素晴らしい仕上がりになっていた。

 生まれたてのAIは赤子と同じ。
 そのまっさらな場所に超一流の動きを教え込む。

 赤子はそれが当たり前だと思って成長していき、知らずのうちに子供は超一流の動きを寸分の狂いもなく再現できるようになる。

 これが重要なのだ。ホウサンオーが扱うMGともなれば、これくらいは当たり前でなくてはならない。そうでなくてはいざという時、死と隣り合わせの本気の戦いの際において、動きの遅延は致命傷となりうる。

 近年、軍隊ではこうした作業を怠る傾向にある。ハイカランにしても量産機という扱いで、AIの調整はすべてオートで工場で行っている。誰にでも使いやすいように、どれも同じ平易な設定になっているのだ。

 だが、そんなわけがない。

 どんなMGであっても個体特有の【個性】が存在している。そのためのAI、人工自我なのだ。同様に兵士にも個性がある。同じ量産機であっても合う合わないがあってしかるべきである。

 そうした意識の低さは数で補えるものではない。その積み重ねが、今という分かれ目を生み出していることを彼らは知らない。

「よいか。どのようなときも心は平静に。明鏡止水であれ。恐れや怒りは身を滅ぼす。…とまあ、【バーン】のワシが言うのもなんじゃがな」

 ホウサンオーは自慢の髭を撫でながら笑う。その心は、ここに降り立った時より何も変わっていない。常に平静。常に余裕。なんら変わっていない。誰が来ても、何人に囲まれても、砲弾を浴びせられても変わらない。

 なぜならば絶対の自信があるから。
 自己ができることをすべてやりきってきた者だけが持つ【自負】があるから。

 これこそが真のバーン、人を焼く者。

 ユニサンは言った。


「俺などバーンにすらなれないのだ」


 賢人の遺産を使って強化されてもなお、バーンの末席にかろうじて届くレベル。命を捨てるがゆえに、温情で席を与えてもらうレベル。

 ならば、本物のバーンとはいかに強いか。
 このホウサンオーの動きを見ればバーンの実力がわかるのだろうか。
 否、それはまだ半分にも満ちていない。

「ゲート、開きます」
 マレンの声と同時に、空から転移してきた存在があった。

 それは地面に足をつけると、ホウサンオーの黒い機体の三倍はあろうかという黒く巨大な姿を現す。寸胴の体躯に四肢と頭が生えたその姿は、まるで一つの建造物のようである。

「なんだ、まだ全滅させていなかったのか」
 巨大な黒い機体、【ドラグ・オブ・ザ・バーン〈バーンの獣〉】に乗っていたガガーランドが、ホウサンオーに声をかける。

「ちと、この子を慣らしておってな」
 ホウサンオーは、まるで自分の孫を見るような愛着をもって黒い機体を「この子」と称する。こうまで見事に自分の動きを再現してくれると、タオの気持ちも幾分かわかるというものである。

「ふん、相変わらず甘いことだ。そんなものは実戦で身につけさせればいいものを」
 ガガーランドは、最初から自分の機体を慣らすつもりはなかった。こんなものは勝手に慣れるもの。それが彼の持論であり、やり方である。

 人間の肉体のように、その環境に置いてしまえば、おのずと適応していくものであると。子供などは訓練せずとも、過酷な環境に放り込めば、勝手に武人として強くなる。そうしなければ生き残れないからだ。

「ほっほっほ、お前さんらしいの」
 それもまた真実。結果は同じものとなるだろう。

 ホウサンオーとガガーランドは同じ場所に立っていながらも正反対の人生を歩んできた。それでもたどり着いた場所は同じ。この極み。この領域。それもまた不思議なものである。

「忘れものだぞ。勝手に差していくな。【剣士】が剣を忘れてどうする」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンが手に持っていた【刀】を放り投げる。その刀はドラグ・オブ・ザ・バーンが持てば、長めの杖にしか見えないが…

「ほっほ、やはり落ち着くの」
 ホウサンオーの黒い機体は刀を受け取る。

 その長さ、およそ二十メートル。

 MGの平均サイズが九メートル。黒い機体がやや大型の十三メートルとはいえ、全長を遙かに超える長さである。

 そうである。
 今までは刀を持たないサムライ。
 剣を持たない騎士であったのだ。

 それでいて、この力。
 ならば、剣士が剣を持ったならば、どうなるだろうか。

「さて、仕上げじゃ。剣の使い方を教えてやろう」
 ホウサンオーが黒い機体に優しく語りかけ、ゆっくりと鞘から刀を引き抜く。刀は美しい白刃で太陽の光を吸収し、今ようやくにしてめいを与えられる。

 リィィィン

 涼しげな音が鳴った。まるで夏の夜に風鈴がたなびくように、そよ風が流れる如く。

 その波紋は、人の心を落ち着けさせる響きがあった。
 それで終わるもの、それで始まるものを告げる音となる。

 納刀。
 長い刀を器用に操って鞘にしまう。

 それが一連の動作の締めくくりであることをAIに教えているのだ。

「さて、話では二万いると聞いていたが…」
 ガガーランドは周囲を見回す。たしかに雑魚が、うようよとはいるようだ。その数も多い。

 だが、二万という数はすでに過去のものである。

 今この瞬間、その場にいた残りのMGと戦車のほか、剣の間合いにいたおよそ千人の兵士が消え去ったのだから。

 二十メートルの長い刀は、振った瞬間に、ごくごく薄い衝撃刃を発生させていた。

 剣衝。剣に宿した剣気を斬撃とともに放つ剣王技の初歩の技である。が、この基本の技を突き詰めれば何になるだろうか。虎破という基本の技を突き詰めれば最強の覇王の拳にもなるとすれば。

 その一撃は、最強の刃。
 研ぎ澄まされた剣士の最高の一撃になるのだ。

 斬られたことにも気がつかず、その数秒後にゆっくりと真っ二つになっていく機体と人間に痛みはない。その余波で吹き飛んだ兵士たちも痛みはない。あっという間の出来事である。

 それがせめてもの慈悲。

 そしてこれこそが、この強さこそが真なるバーン。


 【ナイト・オブ・ザ・バーン〈バーンの騎士〉】の力。


 それは機体の名前でもあり、ホウサンオーだけに与えられた名前でもある。彼は悪魔が世界を席巻せっけんするための片腕たる存在であり、ゼッカーの志を体現する最強の剣。

 バーン序列二位。

 ホウサン・オーザ・ヴェランボゥ。

 ラーバーン最強の剣士である。

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