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零章 第二部『バーン来襲、アピュラトリス外周制圧戦』

三十八話 「RD事変 其の三十七 『外周制圧完了』」

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「完全なる負け戦。何一つ言い訳はできないな」

 バードナーがハムジェルクを安全な場所で降ろし、再び戦場に舞い戻ったときの言葉である。眼前に広がるのは、かつでダマスカス陸軍であったものの残骸。欠片。焼け焦げた肉片である。

 この時すでに、ナイト・オブ・ザ・バーンによってメイクピーク隊はほぼ壊滅。ドラグ・オブ・ザ・バーンによって他のゼルスセイバーズたちも滅殺されていた。バードナーに合流したノーマルゼルスも無人機との戦いで損耗し、残ったのはわずか四機といった有様である。

 ダマスカスの切り札であった武刀組も、来襲したバーンの前では無力であった。これは陸軍が想定してた外側からの攻撃ではなく、逆の塔側からの奇襲という要素も大きく影響したのは事実である。アピュラトリスの安全神話が彼らにそうした対応を予測させなかったのである。

 しかし、それ以上に。

(敵は超一流の武人だ。このレベルの武人など、そうそうお目にかかれるものではない。五大国家の筆頭騎士団長にも匹敵…。いや、凌駕するかもしれん)

 常任理事国の騎士団長ともなれば、たしかに武人の中でもトップレベルの実力者である。がしかし、このような少数で正規の軍隊に挑むなどという暴挙には出ないだろう。名誉ある一騎討ちならばともかく、このような乱戦に単機で挑むなどありえないことである。

 それをやってのける【気概】が彼らにはある。不遜、泰然、自信の塊。個という存在を突き詰めた存在のいかに恐ろしいことであろうか。彼らは国家を相手にしてもなんら怯まず、むしろ堂々と立ち塞がっている。強者とは何か。誰のことか。挑むのならば、いくらでもかかってこいと言っている。

(そして、明らかに組織的な活動だ。これだけの個をまとめる存在がいるとは到底信じられん。だが、いるのだろう。それが一番恐ろしい)
 バードナーがいかに優れた将であろうと、ホウサンオーやガガーランドという突出した個をまとめる自信は皆無である。そもそも規格外の連中なのだ。いったいどうすれば従ってくれるのかすら皆目検討もつかない。

 そんな彼らがまとまって動くということは、そこに共通の目的があるからにほかならない。そのターゲットが富の塔。あのアピュラトリスという存在なのだろう。

 運がなかった。悪かった。

 これが単なるスポーツの試合だったならば、それだけで済んだ問題であろう。バードナーも夢であってほしいと思っている。思っているが、やはり現実である。悪夢が永遠に醒めなければ、それは現実なのだ。

 すでにこのような状況。誰がどう責任を取るかは、もはや意味を成さないことかもしれない。最高責任者の大統領でさえ責任など取れはしないだろう。それでも責任の所在をはっきりさせる必要がある。

 バードナーの眼前には漆黒の機体がいた。竜の意匠が色濃く刻まれたドラグニア・バーンとガヴァル二機。その周囲も少し先には無人機たちがいる最悪の状況。

「呂魁、ダマスカス軍の特機か。乗っているのは陸軍のレド・バードナー中将。間違いないな」
「ああ、そうだ。私がバードナーだ」
「では、お前たちで最後だ」

 バードナーはユニサンから話しかけられたことに驚きつつも、その言葉ですでに周囲に味方がいないことを悟る。逃げたか殺されたか。どちらにせよ孤立無援であることに変わりはない。

 ここまで壊滅的なダメージを負った状態では、すぐに立て直すのは不可能だろう。他の都市を防衛している陸軍部隊が到着するにしても、まだまだ時間がかかる。予備の戦力も簡単に動かせるわけではない。となれば、もう絶望的である。

 唯一の救いは、会議場には連盟側の戦力が残っていること。さまざまな思惑が渦巻いていたとしても、彼らも自衛のためならば戦力を出すに違いない。そのためには時間が必要である。彼らがまとまるための時間と、その【材料】が。

「一応訊いておくが、投降は可能か?」
 ナカガワ准将が投降したのを知っていたわけではないが、バードナーは相手の情報を少しでも得るためにユニサンに問う。その対応次第で相手の目的が知れるかもしれないからだ。

 が、ユニサンの言葉はそっけない。

「交渉はしないし命の保障もない。が、逃げるか死ぬか、選ぶことはできる。逃げるのならば好きにしろ。もう追う意味はない」
「ずいぶんと優しいものだ。ただ、できればこちらの台詞でありたかったな」
 交渉もしない。保障もしない。本来ならば政府がテロリストに対応する際の台詞である。まさにすべてが逆。現状では相手に主導権がある証拠である。

「それで、どうする?」
 ユニサンの言葉に怒りはこもっていなかった。塔内の精神状態であれば問答無用で殺していた可能性もあったが、上位バーンの至高の力を垣間見て、彼の中では怒りよりも静寂が上回っていた。

 あくまで今は。

 それはまるで再び爆発するために力を溜めているような、そんな不気味さを秘めたものであることにバードナーは気がついていた。それを悟ったバードナーが取るべき道は一つ。彼が部下たちに命じたことを、今度は自分がやるだけのことだ。

「言葉をそのまま返そう。『死んでもテロリストとは交渉しない』と。皆もそれでいいな?」
 バードナーの言葉にゼルスセイバーズの隊員も無言で同意を示す。次の瞬間、呂魁とゼルスから戦気が立ち昇る。彼らの気迫は絶体絶命の中でも衰えることはなかった。

「無駄死にとは思わん。見事だ」
 ユニサンは同じ武人として彼らを尊敬する。富の国ダマスカスを憎んではいても、人間の中にはさまざまな者がいるのも事実。

 ユニサンが嫌うのは私腹を肥やし、何の理念もなく自己の欲望のままに生きる奸物たち。弱者を省みず、貧富の差を拡大し続け、それを変えるどころか利用し続ける者たち。

 一方で兵士たちはそれに加担する者であっても、こうして自らの命をかけて戦っている。少なくとも対価を支払っている。奸物たちとは存在そのもののレベルが違う。だから尊敬に値するのだ。

「命はくれてやる。だが、ただでは死なん」

 ここでバードナーは死ななければならない。ここまで事態が悪化すれば、負ける側としても生半可で終わるわけにはいかない。唯一ダマスカスが再び攻勢に出られる可能性があるとすれば、残った味方が奮起するほどの状況を生み出すこと。

 責任を将が取り、追及を終わらせること。
 そして、勇気を与えること。

「ダマスカスの誇り!!! 我々の誇り!! 子供や孫が誇りに思えるような、最期まで戦った男となる!!」

 その姿勢を見せることこそ将の務め。
 騎士の役割とは、民の代わりに戦って死ぬことなのだから。

 そう、彼らも騎士なのである。

 久しくダマスカスにおいて忘れられていた騎士の概念。ダマスカス風にいえばサムライという存在。かつてのサムライは自ら信じたもののために死んでいった。そのすべてが正しいとは限らない。勝った者が正しいわけでもなく、死んだ者が悪いわけでもない。

 だがきっと、それは後継あとのこるのだ。

 その想いは連なって、いつか必ず正義となる。
 だからバードナーは心置きなく死ねるのだ。

 呂魁がドラグニア・バーンに走り、接近戦の間合いに入ると両手を広げて【仁王立ち】の構えを取る。それを見た他のゼルスはガヴァルに襲いかかって戦闘が始まった。ゼルスはバードナーの邪魔をさせないようにガヴァルを威圧するように牽制する。

(最期くらいは力を試すのもよかろう)
 将の意を汲んでくれたゼルスセイバーズのためにも、バードナーは一歩も退かないと決めた。そして、戦気で一本の旗を生み出し、大地に叩きつけた。

 その旗には【威風】の二文字が刻まれている。

殴り合い勝負フラッグファイト、受けてもらうぞ!!」

 バードナーの周囲に戦気のドームが生まれ、ドラグニア・バーンを包み込む。

「面白い!! 受けて立つ!!」

 ユニサンも同意。それに伴ってバードナーと同じく自らも戦気で旗を生み出し、大地に突き刺す。ユニサンの旗には【不屈】の二文字が刻まれていた。

 互いが示した旗は、その人物の生きざまを示す!!
 誇り高き武人たちよ、おのが旗を掲げよ!!
 旗の下、全力で戦うことを誓え!!

 フラッグファイト。文字通りの【旗】をかけた戦いである。古来から伝わる武人の作法の一つであり、一方が旗を生み出して勝負をもちかけ、相手がそれに応じて旗を生み出せば条件が整って勝負が成立する。

 ルールは至って簡単。一対一で戦うこと。
 だが、これは普通の武人が行う一騎討ちとは少々趣が異なる。

「先手はくれてやる。こい!」
「では、遠慮なくいくぞ!」

 ユニサンの声に従い、バードナーの呂魁は思いきり拳を引き絞る。そして、渾身の一撃をドラグニア・バーンに放つ。放たれた虎破はまっすぐにドラグニア・バーンの中心を打った。

 直撃である。

 ドラグニア・バーンは避けるそぶりをせず、そのまま呂魁の拳を受けた。足を踏ん張り、腹に力を入れて踏ん張ったが、避けることはしなかった。

「いい拳だ。この身体にも響いたぞ!!」
 ユニサンは腹に熱がこもったのを感じた。バードナーがいかに武人として生きてきたかを如実に証明しているようだ。彼の苦労、彼の生きざまがここに宿っていた。実に熱い一撃だ。

(全力で打ったのだが…おそろしく硬いな)
 バードナー渾身の遠慮なしの虎破である。多少鈍っているといっても、鍛え上げられた肉体から放つ強烈な一撃。もし相手が無人機であれば、最低でも中破くらいは確実であろう一撃である。

 それを真正面で受けてドラグニア・バーンは平然としている。般若の強靭な肉体に加え、ドラグニア・バーンの防御力も大きく影響しているだろう。

 ただそれ以上にバードナーが感心したのは、ユニサンの防御技術の高さである。受ける直前に戦気を集中させたのはもちろん、身体もわずかに芯を外して威力を半減させたのだ。ジン・アズマも舌を巻いた長年培った戦闘経験値は今も健在である。

「次はこちらがいくぞ!!」
 ユニサンの掛け声と同時にドラグニア・バーンの拳に戦気が集まっていく。戦気は炎気となり、一気に灼熱色に輝いた。それはとどまることなく増え続け、真紅の輝きをまとっていく。

(これは、勝負の選択を少々誤まったかもしれんな)
 バードナーはドラグニア・バーンの拳を見て冷や汗を垂らす。今や周囲はユニサンの炎気の光で輝いているだけではなく、あまりの高圧に大地がかすかに揺れるほどの事態。あれだけの威力がまともに直撃すればどうなるかは明白であろう。

 当たれば死ぬ。
 そんな一撃を。

「さあ、まだ足腰が弱っていないことを祈るぞ!!」

 バードナーは避けない。

 ドラグニア・バーンから放たれた炎竜拳が呂魁に襲いかかる。それを避けずに受け止める呂魁。こうした無謀とも呼べる行動に出るのは、当然ながら理由がある。

 これが【ルール】だからだ。

○フラッグファイトのルール

1、お互いに旗を出し、大地に掲げること。
2、お互いの攻撃を避けてはならない。
3、攻撃は交互に順番に行うこと。
4、勝負はどちらか一方が負けを認めるか、戦闘不能になるまで継続される。(殺してもかまわない)

 これが通常の一騎討ちとはだいぶ異なるフラッグファイトのルールなのだ。

 簡単にいえば殴り合い。お互いの意地をぶつけあって、お互いが倒れるまで続ける果し合い。お互いに性質が違う剣士や戦士であっても同じ条件となる。参加条件が「武人であること」だけだからだ。

 正直、馬鹿らしいルールである。穴だらけのルールである。最初に攻撃したほうが有利なのは明白であるし、体力や肉体の個体差も相当あるだろう。また、お互いの性質が違えば戦い方も異なり、そうした短所や長所をいかに埋めて戦うかが本来の一騎討ちである。武人の叡智ある戦いである。

 それを完全に壊したのが、このフラッグファイトなのだ。

 誰が始めたのかはわからない。武人という存在を意識した時には、すでに存在していたといわれている。が、長年存在するからといって無理に参加することはないものだ。馬鹿馬鹿しいと思う武人も大勢いるだろう。

 だが、これが武人にとっては重要なのだ。

 単に意地の張り合いというだけではない。フラッグファイトがいまだ存在を続けているのには理由がある。こうした戦いは【真に武人を鍛える】という最大のメリットがある。

 そもそも武人の強さとは何か。

 賢さ、腕力、速さ、いろいろとあるだろうが、まずは何より武人の血、いわゆる因子をより多く覚醒させた者が強いのである。血の沸騰もまた、因子を強制的に読み込むことで潜在能力を覚醒させるから火事場の馬鹿力が出る。当然、これは邪道である。

 では、通常のプロセスでどうやって因子を覚醒させるかといえば、死線を潜り抜けるしかない。命からがら生き延びる必死の戦いを何度も続けて、その中で少しずつ開花させていくしかない。ただし、それは修羅の道。一度でも負ければ死んで終わってしまう無情の世界である。

 フラッグファイトはそうした理不尽な武人の世界で生まれた、実に合理的な【武人の強化方法】の一つでもあるのだ。互いの全力を出し、どちらかが死ぬまで戦うデスマッチによって因子を高めあうのである。今存在している武人たちは、こうして生き残ってきた者たちの子孫だから強いのだ。

 ちなみにフラッグファイトは断ることもできる。デメリットはない。そうにもかかわらず、フラッグファイトから逃げる武人は少ない。それは彼らの中の武人の血が騒ぐからである。

 もっと強くなりたいと叫ぶからである!!
 その衝動を抑えつけるのは難しい!!

 こちらも余談だが、統計上ではフラッグファイトを挑むのも受けるのも、やはり戦士が多いという結果になっている。剣士はもともと間合いが必要な技も多く体力には劣るし、暗殺者タイプの武人も回避があってこそ成り立つ存在だからだ。普通の武人同士ならば一騎討ちで事足りるため、世間一般では「ガチムチ系の礼式」として恐れられているとか。

 そのガチムチ系の一人、ユニサンの拳が呂魁に直撃。炎の余波が周囲の大気を巻き込み、視界すら歪めるほどの高火力を発し、周囲を焼いていく。拳の部分が当たれば即死級の一撃である。爆炎の中がどうなっているのかはわからないが、見ている者、特にダマスカス関係者にとっては心臓に悪い画面であろう。

 爆炎がゆっくりと引いていき、思わず目をそむけたくなる現状が広がっている。のかと思いきや呂魁は現存。はっきりと姿が現れた。

「ふぅ…。寿命が縮んだな」
 バードナーは汗びっしょりになりながらも、ドラグニア・バーンの一撃を受けきることに成功する。手はまだ痺れている。燃えるように熱くて痛むものの呂魁に大きなダメージはなかった。

(この男、【手が強い】な)
 ユニサンは攻撃が止められた瞬間をしっかりと見ていた。炎竜拳が当たる瞬間、ドラグニア・バーンの拳を呂魁の両手が覆った。暴虐の炎竜が暴れるのを手の力で強引に押さえ込み、そのまま装甲に到達させることなく手中で爆発させたのだ。

 もしこれが人間の生身の手だったならば炎で焼かれる以前に、衝撃によってバラバラに砕け散っていたことだろう。それができたのも呂魁の手が通常のMGよりも強固に造られていたからである。それはバードナーの手の強さを最大限に生かすことにもなる。

 呂魁の手が通常のMGより遥かに大きいのは殴るためではない。
 【握るため】なのである。

 さて、フラッグファイトには攻撃は避けてはいけない、とある。しかし、ユニサンとバードナー両名はしっかりと【防御】している。

 よけてはいけない。避けてもいけない。
 ただし、防ぐのは問題ない。

 これが第二項の但し書きであり、両足さえ大地についていれば腕(あるいは武器)を使って防御してもよいのである。ここにこそフラッグファイトの面白みがあるといってもよい。

「では、今度はこちらの番だ!」
 今度は再び呂魁が攻撃する番である。その言葉でドラグニア・バーンは防御の態勢に入る。腰を下ろしてどんな拳にも対応できるように身構えたのだ。

 バードナーがフラッグファイトを選んだのには理由がある。一つは彼がユニサンと同じ防御型の戦士であったこと。手の力が強い彼と呂魁の組み合わせは非常の高い防御力を生み出すことができる。フラッグファイト向きの性能ともいえた。

 加えてもう一つ。
 
 呂魁は手を広げて振り上げると、握り締めることなくそのままドラグニア・バーンの肩を掴んだ。虚をつかれたユニサンは対応が遅れ、その攻撃をもろに受けてしまう。

 爆発。

 呂魁の右手から発せられた高圧の戦気が爆発し、ドラグニア・バーンの肩を焼くと同時に破壊する。

「ぬっ!!」
 カノン・システムで融合しているユニサンの肩に亀裂が入る。さすがドラグニア・バーンだけあって装甲は厚い。完全破壊までには至らず亀裂が入っただけであるが、しっかりと戦気で守っていたにもかかわらず、このダメージである。

 呂魁の最大の攻撃方法、圧手あくしゅ。呂魁の手は、それこそコックピットよりも強固に造られている。手こそ、この機体の生命線だからだ。それを生かして自身にすらダメージが返ってくるほどの戦気を圧縮し爆発させる攻撃方法が可能となった。それが圧手である。

「やっぱり痛いな、こいつぁ!」
 バードナーは自身の手にも火傷を負ったような痛みを感じ、かつてのテストパイロット時代を思い出す。圧手を使うたびに酷い痛みに苦しみ、大きく腫れ上がった手を冷やすのが日課だったからだ。

「そもそも攻撃した側も痛いなんて、攻撃方法としては間違っているんだ」
 そう開発主任に進言したこともあるが、結局意見は通らずに威力だけを追及する方向となった。当時のダマスカス軍としては攻撃力に優れた機体がどうしても欲しかったのである。そのために犠牲になったのが若きバードナーであった。

 ただ、それが今は役立っている。この強靭なユニサンとドラグニア・バーンのコンビにダメージを与えたのだ。それは賞賛に値する。

「このような攻撃方法があるとは…。だから世界は広い」
 ユニサンも意外な攻撃かつ、これほどフラッグファイトの盲点をついた攻撃があったことに感心する。

 フラッグファイトは両足をついて攻撃を受けねばならない。防御方法といえば、踏ん張る、軸をずらす、腕でガードする、この程度に限られる。熟練の技を持つユニサンは、こうした技術を使って防御できる。

 が、掴まれるとそれが発揮できない。

 密着した状態で放つ技があれば、今まで述べた防御方法はすべて無効である。これは「殴り合う」イメージの強いフラッグファイトの盲点。ルール上の抜け道である。

 前例がないわけではない。密着して放つ技、志郎が使った水覇・波紋掌のような技の使い手はフラッグファイトでは有利である。相手はけいを上手く逃がせないので、身体に多大なダメージを負う可能性がある。初手でこれをやられると非常に厳しい。

 勁を使った技も防ぐ方法はあるので万能ではないが、バードナーのやり方は少し【あくどい】。初手で普通に殴っておいて二回目にさりげなく発するあたり、彼の経験による狡猾さが出た場面だといえるだろう。

 だが、それがいい。

「ふっふっふ、まったくダマスカスという国は面白い。ただ富に溺れているかと思えば、かつての武を受け継ぐ者たちがそこらにいるのだからな」

 そんな圧手を受けてユニサンは笑っていた。アズマも志郎もデムサンダーも、いざ対してみれば恐るべき使い手である。目の前のバードナーも武に特化している。そこここに紅虎丸が遺した武が宿っている。武人の身であれば興味を抱くのは当然だろう。

「もし俺がただの武人であったならば、好きになれた国の一つだったかもしれんな」

 もし自分がラーバーンの一員でなければ。
 もし自分が普通の武人だったならば。
 もし自分が怒りを抱いていなければ。

「次はこちらがいくぞ!!」
 ドラグニア・バーンの虎破。呂魁は両手で防御。するも、獣竜が放った一撃はあまりに重く、さすがの呂魁の手も弾かれる。なんとか芯は外したものの見過ごせないダメージを負う。

 呂魁の反撃。圧手で攻撃。だが、すでに攻撃を知っているドラグニア・バーンはあえて防御力の高い腕を掴ませ、そこで爆発を誘引する。ダメージは負ったが、オブザバーンシリーズの試作機であるドラグニア・バーンにも初期型生物装甲が使われているため、この程度の【火傷】程度ならばすぐに自己修復ができる。

 しばらく両者は打ち合っていたが、この状況が続くにつれて徐々に差が生まれてきた。

「はぁはぁ…! はぁっ!!」
 バードナーは汗が止まらない。呂魁の圧手は攻撃に多量の戦気を使うため、実戦が久しぶりであるバードナーはスタミナ切れを起こしていた。そのうえドラグニア・バーンの凶悪な一撃を毎回死に物狂いで防いでいるのだ。肝心の手がすでにボロボロである。

 よく耐えた。この言葉が相応しいだろう。もともと両者の間には歴然とした差があったのだ。素の武人としての力量ならば、強化前のユニサンよりバードナーのほうが数段上だったに違いない。だが、すでに般若となった彼の前ではすべてが劣勢である。パワーもスタミナも勝てる要素は何一つない。

 それでも、意地。
 彼が掲げた旗にある通り、威風堂々を貫く。

「ぬおおおおお!!」
 呂魁が右手を突き出してドラグニア・バーンの腹を掴む。そして圧手による爆発。それが今までと違ったのは明らか。通常の圧手の三倍はあろうかという大爆発を起こしたのだ。

「ぐううっ!!」
 同時にバードナーの右手の感覚がなくなり、【ぜる】。粉々に砕け散った右手はもう二度と使えないだろう。

「まさに奥の手だったようだな」
 それをくらったユニサンは、ダメージを負った腹を気にするそぶりもなく、冷静に何が起こったかを見ていた。

 呂魁の右手ごと爆発した。正確にいえば、呂魁の右手に仕掛けられた爆薬が爆発し、戦気と相俟って大爆発を起こしたのだ。これぞ呂魁の奥の手。死に物狂いで放つ一撃。トカゲの尻尾切り。

 その威力は圧手の三倍以上。普通のMGが相手ならばコックピットを破壊するだけの力は十分あっただろう。が、それもドラグニア・バーンでなければの話である。ユニサンが負ったダメージは大きいが、倒れるほどではない。

 彼はけっして倒れない。
 なぜならば、不屈の旗を掲げたからだ。

 どんなに劣悪な環境でも、どんなに苦しい時でも、彼は耐えてきた。耐え抜いてきた。不屈の精神で我慢してきた。ユニサンの強さは肉体の強さではない。不屈の精神なのだ。その強固な精神は彼が死んでも倒れることを拒み続けるに違いない。

 そしてドラグニア・バーンの反撃。お返しとばかりに強烈なボディブローが呂魁の腹に命中。車の破砕処理のごとく、鋼鉄が圧砕されるような音と同時に腹部が中破。必死に防御したが、単純に相手の攻撃力が呂魁を上回っていたのだ。これは防ぎようがない。

 コックピットが中破し、中にいたバードナーにまで大きなダメージがあった。衝撃で割れた部品が身体に突き刺さる。彼もまた倒れない。背負ったものがあるから倒れない。

「動け。まだ動け、呂魁!! まだ左手があるぞぉおおおお!!!」
 バードナーの叫びが影響を及ぼしたかはわからないが、半壊した呂魁は予想以上に機敏な動きを見せる。繰り出したのは右手同様、左手を犠牲にした超圧手攻撃。ドラグニア・バーンの右腕を掴み、大爆発。その激しい衝撃は呂魁自身を後方に吹き飛ばすほどの一撃である。

 自爆に近い決死の一撃。
 バードナーが繰り出せる最後で最高の一撃。

「響くな…あの男を思い出す」

 ドラグニア・バーンの右腕は、さすがにいくつか装甲が飛び散っていた。当人の右腕にも強い痺れが走る。思わずジン・アズマとの戦いを思い出してしまった。あの全霊をかけた痺れるような戦い。死すら甘美に思えた最高の戦いを彷彿させるものがバードナーの一撃に宿っていた。

 それでも決定的なダメージにはならなかった。
 結果、バードナーと呂魁は両手を失う。

「ここまで…か」

 勝負あり。

 蹴りを使える武人、あるいは手を補強できる機体ならばともかく、呂魁の攻撃手段は手のみである。この段階で勝敗は決した。

 ふとバードナーが周囲を見回すと、ゼルスセイバーズたちの戦いも終わっていた。ガヴァルの前にゼルスたちは敗れ、屍を晒していたからだ。目の前の戦いに必死で周囲のことに気が回らなかった。それだけ集中していたのだ。

 この結果は最初からわかっていた。最初から【発奮材料】になるために死ぬつもりだったのだ。自分が死んでこそすべては完成する。

「はは、ははは!! さあ、こい! これでダマスカスは強くなる! お前たちの好きにはさせんぞ!!」

 バードナーから最後の力が発せられる。もはや肉体ではなく意思のみの力だけで立っている。戦気も彼の意思にだけ反応を示していた。腕は燃え尽き、腹は抉れ、足もふらついている。あとは終わるだけだ。

「これも武人の戦い。せめて旗の下で死ねるのならば本望だろう」

 ユニサンは感傷に浸ることなく、目の前の誇り高い将にとどめを刺す。たしかにバードナーが死ぬことは相手に活気を与えるかもしれない。将がここまでの意気込みを見せれば、残った兵士たちは絶望感よりも怒りを内包するからだ。

 それでも終わらせてやらねばならない。
 同じ武人として、一人の男として。

 ドラグニア・バーンの拳が引き絞られる。その手に迷いなどはない。なんのためらいもなく相手を打ち砕くだろう。そのはずである。そうであったものが。

 止まる。

 ユニサンの視界に何かが映った。呂魁のコックピットの前に突如として何かが出現。それは般若の眼を持っていたからこそ力の流れが視えたのであるが、視えたがゆえに行動が止まってしまった。それは思考するに値するものだったから。

ゲート…だと?)
 ユニサンが思わず思考の渦に囚われたのは、それが自身に深い関係があるものだったからだ。それは門。ゲートと呼ばれるもの。ユニサン自身がアピュラトリスに侵入するために使い、このドラグニア・バーンを送るために使った【転移装置】である。

 それが目の前に出現したのだ。驚きと思考が波となって頭を駆け巡るのは当然のことだろう。一瞬、ミユキとマユキの双子の仕業かと思ったが、わざわざ貴重な能力を使うような場面ではない。しかもその門は、二人が使っているものとは違う趣があった。

 双子が使う門は【二重門】と呼ばれる門の上に建物が乗せられた二階建ての門である。白と朱で塗られた美しい門で、入る門は三つある。ユニサンは中央から入ったが、左や右の門から入るとどうなるかはわからない。それぞれに違う能力があるという噂もある。

 MGを送る際も二重門が使われる。物質の情報を再構築する能力なので、実際のところ大きさはあまり関係ない。この門という形も双子のイメージによって作られたにすぎないのだろう。だが、双子の能力が発動した場合は必ずこの門の形となる。

 しかし、ユニサンの目の前にあるのは双子の門とは違う。門は一つで屋根もなく、非常に簡素な門である。身近なものでは冠木門かぶきもんに近い形をしている。まさに単純な門という形状だ。

 門が開き、そこから出てきたのは一人の人物。全身をうぐいす色の外套ですっぽり覆い、外見からは男か女かもわからない。

(味方ではない)
 ユニサンは直感で相手が味方ではないと感じた。仮にバーンならば漆黒の外套に身を包むはずである。それが喪服だからだ。しかし、目の前の相手は鶯色の外套を羽織っている。非常に簡単な理由であるが、単純がゆえにわかりやすい目印である。

 ただ、即座に敵だと判断しなかったことには理由がある。門から現れた謎の人物の気が、ドラグニア・バーンではなく呂魁に向けられていたからだ。

 外套の人物は出現した門が消えると同時に呂魁のコックピットに拳を叩き込む。すでに半壊している呂魁の装甲は吹き飛び、血まみれになったバードナーが丸見えとなった。外套の人物はバードナーを見つけると、まったくの躊躇なく引きずり出し腕に抱え、そのまま呂魁を足蹴にして地面すれすれを跳躍。恐るべき速度で遠ざかっていく。

「っ…! 無粋な!!」
 ユニサンは相手の敵意のなさに反応が遅れたことを恥じた。一騎討ち、それもフラッグファイトのさなかに介入するなど、武人としてこれ以上の屈辱はない。ユニサンだけではなくバードナーに対する侮辱でもあるのだ。

 これは穢す行為。
 武人の誇りをないがしろにする行為である。

「逃がさん!」
 ユニサンのドラグニア・バーンが拳衝を放つ。それは実に妙な攻撃だった。頭に血が上ったためかなり本気で殴ってしまいつつ、相手が生身であることを考えて(バードナーがいることを考えて)、ついつい勢いを殺した拳衝になってしまった。結果的に中途半端で、どっちつかずの拳になる。

 それでもドラグニア・バーンから放たれた一撃は、まさに獣竜の一撃。人間はもとより、戦車であれMGであれ蹂躙するだけの威力がある。それが逃げる外套の人物に放たれたのだ。誇りを穢されるくらいならば、バードナーもここで死んだほうがよいとも考えていた。

 外套の人物は背後から迫る拳衝に気づいて振り返る。そして、外套から右手だけを出し戦気を集中。無言で拳を繰り出す。繰り出された拳圧は戦気を伴って巨大な球体となって奔り、ドラグニア・バーンの放った拳衝と激突。お互いの戦気が衝突して激しい力の奔流が溢れ出る。

 覇王技、【修殺しゅさつせん】。拳衝に回転する戦気のエネルギーを混ぜることで、弾丸のような回転エネルギーを与える技である。貫通力が高く、通常の修殺より遠くに飛ばせる利点がある。

 放たれた修殺・旋は勢いよく回転し、ユニサンの拳衝の中をしばらく回転して受け止めていた。が、勝ったのは当然ドラグニア・バーン。MGのジュエルモーターによって強化された戦気は、生身で放つ一撃のおよそ五倍から十倍の威力となる。これがMGが恐ろしい兵器である所以である。生身でMGと対するのは、よほどの実力差がなければ不可能である。

 その結果は外套の人物も予想していたようで、焦った様子などは微塵も見受けられない。その人物にとって重要だったのは一瞬の時間を稼ぐことだったようだ。修殺を放った勢いを利用して回転し、迫り来る拳衝に対して強烈な蹴りを放つ。蹴りに秘められた戦気は膨大で、拳衝の下っ腹をこするように蹴り上げる。

 ドラグニア・バーンの拳衝を受け止めることはできずとも、わずかに軌道が変化。暴虐の衝撃波は外套をかすめながら上空に向かって消えていった。

(ドラグニアの拳を生身で防いだのか!)
 それにはユニサンも驚愕を隠さない。もし自分が相手だったら、あのような芸当はできなかったに違いない。せいぜい強靭な肉体を盾にして【我慢する】くらいしかできなかっただろう。その場合自分はともかく、抱えているバードナーは間違いなく死んでいたはずだ。

(間違いなく超一流の武人の業だ)
 下手をすればバーンに匹敵する力量を外套の人物から感じる。それは驚愕の事実。されど場所が場所だけにありえることである。

 ここは連盟会議が開かれているダマスカスの首都なのだ。周囲には各国騎士団もいるだろうし、まさに世界のトップに君臨する武人が集結している。その中にはバーンに匹敵する実力者もいるだろう。それゆえに不思議ではない。その人物が外套で姿を隠すことも素性を知られないための手段なのだろう。

 ただ、拳衝の勢いは簡単に受け流せるものではない。直撃は避けられたが、余波はカマイタチのように外套を切り裂き、その体の一部が外に露出する。飛び出た腕は丸太のように太く、頑強な体つきであることがうかがえた。おそらく男。あくまで外見から判断した印象であるが。

 その外套の男は走る速度を上げ、より施設が密集するエリアに消えていく。生身の利点は建造物に紛れて身を潜められることである。あの素早さと力強い戦気を持つ人物であれば、今から追っても見つけることは難しいだろう。

 加えて門。

(ミユキとマユキのほかに転移能力者がいるのか? …いや、いるのは不思議ではない)

 ユニサンは事情に明るくないが、ミユキとマユキの転移は個人の能力というよりは【一族の秘術】であるという。オロクカカが戦糸術を使う一族から代表としてバーンに加わっているように、双子も転移術を代々継承する一族から代表として加わっていたと記憶している。

 現に彼女たちの母親も、マレンと同じレレメル〈支援者〉としてラーバーンに助力しているはずだ。彼女も双子ほどではないが転移術が使える。ならば、他に同じような能力を持つ人物がいてもおかしくはない。おかしくはないが、それが味方ではない事実が危険である。

「ユニサン、制圧が終わりました。あとは無人機に任せて、一度上位バーンの御二方と合流しますよ」
 ユニサンが追うかどうかを考えていた矢先、オロクカカから連絡が入る。完全に制圧が終わったようだ。

(オロクカカからは見えなかったか。これも計算済みだとすれば面倒な相手だ)
 門の出現から一連の行動までが実に速かった。そして角度も絶妙。何も知らない人間が見れば、ユニサンが最後のとどめを刺すのを嫌って、関係のない方向に拳衝を放ったようにしか見えない。

 すでに事切れた相手に苛立ち、あるいは敬意を感じ、そのまま終わらせたような格好。外部の人間にはこう映るだろう。事実、マレンの映像にもその人物の姿は映ってはいない。このことからオンギョウジが使った隠行術のようなものを相手が使っていた可能性があった。それが視えたのは、般若の眼があったユニサンだけかもしれないのだ。

(寿命もわずか。小事にこだわるのは悪魔への背信か)
 ユニサンは追撃を諦める。自身に残された寿命はわずか。与えられた力は悪魔の思想のみに使われるべきである。小事のために大事を見失えば、それこそ本末転倒なのだから。


   ††† 


(完敗だ…)

 一方のメイクピークも完全なる敗北を悟る。完膚なきまで叩きのめされた。MGの質、武人の質、何より人としての質で負けたのだ。

(だが、これで…終われぬ!)
 ゼルスワンがやっとのこと立ち上がる。手にはまだリンドウがある。刀はまだ折れていない。

「もうやめておけ…と言っても聞かぬじゃろうな」
 ホウサンオーは武人の生きざまを知っている。武人がいかに不器用で愚直で、むなしい存在であるかも知っている。彼らは死ぬまで戦い続ける生き物なのだ。

「ここで生き延びるわけには…いかんのだ!」
 ゼルスワンはすでに半分死んだ状態で刀を構える。戦わねばならない。生き延びるわけにはいかない。そうしなければならない理由がある。

 ステヤの子は三つ子でまだ三歳。親が必要な大切な時期である。それなのに加わってくれた彼女には感謝してもし足りない。そして子に詫びる言葉もない。

 クウヤは好き勝手に生きていたかもしれないが、彼の歪みはダマスカスが生んだもの。この社会の闇が彼を汚染し、魂まで否定してしまったがゆえの罪。そして自分も救えなかった。救おうとしなかったことへの罪悪感。

 ドミニクは誇り高い軍人であった。軍内部の腐敗に一番憤り、そのために左遷の憂き目にあっていた。彼とともに約束したのは国を正すこと。正義を確立し腐敗を排除すること。彼は見事それに殉じたのだ。

 カゲユキは忍者として家によく仕えてくれた。それだけではなく、彼はメイクピークに対しても理解を示してくれた。歳の離れた弟のようであり、頼れる仲間であり、家族の一人だった。失って哀しくないわけがない。

「せめて一太刀! それが無理でも押し通す!!」
 メイクピークの血が燃えていく。その身に宿した信念が折れないように、折れることを恐れるように炎で叩き続ける。自分だけ生き残るなど、メイクピークには考えられないのだ。

 ホウサンオーはこの哀れな男に憐憫の情を覚える。こうした社会を生み出してしまったのはダマスカスだけの問題ではない。導く立場にあった自らもまた負わねばならない責任なのだ。

 同時に武人への哀れみを感じる。自分たちは人の可能性を体現する者であるが、現在の地上世界は力だけを求め、武人という存在も歪んでしまった。

 女神が示している愛。偉大なる父たちが示している力。それらは叡智によって導かれるものである。今はそのどれもが不完全な形で顕現している。目の前の男、そして自分もまたあまりに不完全であった。

「殺しあうことしかできんとは、ワシらは罪深い生き物じゃな」

「いざ…!」

 ゼルスワンが走る。
 その一太刀ですべてを終わらすため。

 自らが死ぬために。

 ナイト・オブ・ザ・バーンも刀を鞘から出そうと身構える。まだ刀は鞘に納められたままだが、彼の振りの速さを思えば、抜いたと思った瞬間には斬られているだろう。

(誰かが…受け継いでくれれば!)
 すでに重傷のメイクピークの意識は途絶えそうになる。流れる血が目に入り視界も半分が潰れている。もう何が起こっているのかもわからない。

 リンドウが振るわれる。威力は万全の時とは程遠い。あまりに弱々しいもの。そして無情にも刃はナイト・オブ・ザ・バーンに達することなく、空を切る。もはや戦いの感覚すら失われようとしていた。戦気を維持することすら難しいコンディションなのだ。

 そして、メイクピークの意識は徐々に途絶えていく。彼が赤い世界で最後に見たのは、目の前のナイト・オブ・ザ・バーンではなかった。うっすらと視界に入った何か違うもの。

(門…?)

 見間違いだと思うのは無理もない。すでに幻覚を見るほどに消耗しているのだろう。だから疑問には思わなかった。その門から一人の人物が出現し、自分に対して刀を抜いたことも、すべては幻だったのかもしれない。

 現れた人物は、全身を赤い外套に身を包んでいた。ただ、その間から外套の赤よりももっと濃い、深紅の着物がわずかに見えている。外套で隠しているにもかかわらず、その人物の動きは実に優美で優雅で、思わず見惚れるほどに美しかった。

 死に際の手向け。メイクピークにはそう感じられた。これほど美しいものが見られるのならば玉砕も案外悪くはない。そう思えるほどに。そんな夢うつつの中でメイクピークの意識は完全に途切れていく。

 冠木門から出現した赤い外套の人物は刀を抜くと、ゼルスワンの半壊したコックピットを綺麗にくり貫いて、メイクピークを引きずり出す。ただ、引きずり出すというのは行為の結果であって、その過程、手段はとても優しく慈愛に満ちていた。大切な子供を抱きかかえる母親のようにメイクピークを優しく包む。

(うーん、どうすっかの)
 黒神太姫という超絶したAIを持つナイト・オブ・ザ・バーンのモニターには冠木門の姿がはっきり視えていた。外套の人物がメイクピークを、おそらく【助けた】ことも。

 ホウサンオーが唯一ユニサンと違うのは、武人の勝負にあまりこだわりがなかったことだろうか。しかも勝敗はすでに決した相手。とどめを刺すのはあくまで相手のためであって自分のためではない。だからもう面倒くさいと思っていた面が少なからずあった。

 だから傍観。ホウサンオーにとってメイクピークは、すでに戦う対象ではないのだ。そしてもう一つの理由は、目の前の剣士が凄腕だということ。

(凄まじい使い手じゃ。下手に手を出して反撃されたら痛い目に遭うのぉ)
 というのはホウサンオーの謙遜であろう。少なくともナイト・オブ・ザ・バーンを有するホウサンオーの前では、目の前が剣士がいかなる使い手であろうと無力に等しいに違いない。

 それでもゼルスワンの装甲を簡単に抉り取るなど常人の業ではない。いくら戦気をまとっていない普通の装甲でも、あれは特殊合金で造られた鋼鉄以上の強度を誇るものだ。特にコックピット周りの厚みは他の部位の五割り増しである。相手が凄腕なのは間違いない。

 そうした剣技を見たせいもあってか、なんとなくホウサンオーには相手の正体がわかってしまった。そう、なんとなく。それは相手も同じであった。

〈ご無沙汰しております〉

 被衣かつぎ(女性などが頭に被って顔を隠す布)からわずかに見えた唇が動き、ホウサンオーにそう伝えたような気がした。読唇術の覚えなどないので、そう言った気がしたにすぎないが、おそらくそう言ったのだろう。

 それだけを言い残し、その人物はメイクピークを抱えたまま再び冠木門に消えていった。それは刹那の出来事。おそらく一秒にも満たない時間で行われたこと。

 ゆえに、それを見ていた外部の人間には、最後の力を振り絞って立ち向かったものの、途中で力尽きて倒れたゼルスワン、として映っただろう。実際に見ていたホウサンオーにも実感がないくらいだ。映像だけならば捉えるのは至難の業に違いない。


 ホウサンオーは長刀マゴノテを肩に担ぎ、ぼやく。


「あーあ、ワシより強いやつ多すぎじゃね? せっかくバーンになったのに自信なくすのぉ」


 ともあれアピュラトリス外周制圧完了である。

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